第3話 廃止……ですか?

 両親が昏睡してから二か月が経過した。


 計画していたとおり永眠する奇病として処理されると、王家から許可が下りて唯一の子供である俺が爵位を継ぐことになる。


 俺が未成年だったら親戚の横やりが入ったかもしれないが、成人済みだったので拍子抜けするほどスムーズにいった。


 これから俺は、ジラール家六代目の当主として土地を治めることになる。


 両親と同じように贅沢三昧の日々を過ごしてもいいのだが、今の生活が永続的に続けられるのか現状把握ぐらいはやっておくべきだろう。


 ジャックが幼少期から学んだ知識や経験を使って、過去の報告書を読み漁っていた。


「な、なんだこの数字は……」


 執務室で羊皮紙を持つ手が震えている。


 税収報告書には驚くべき内容が記載されていたのだ。


 なんと、農民からは作物の九割を奪い取っていた。


 さらに商人に対しても利益ではなく売上から税を計算してる。


 他にも人頭税、地代、死亡税、結婚税、通行税など、何かあれば税金を取る仕組みになっているのだ。


 さらに教会にも収入の十パーセントを収めなければいけないようで、領民がまともに暮らしているとは思えない。


 ジャックの両親は頭おかしいだろ!


 何を考えて……ううん、違う。何も考えてないから出来たんだろうな。


 領民を生かさず殺さずの状態にして利益を得ようと思っていたら、領地は既に死に体だ。


 いつ反乱が起こってもおかしくはない。


 いや、その前に領地は壊滅するか?


 どちらにしろ、このままではゲームオーバー一直線の運営だ!


 最悪の場合、世直しという名目で恐怖の勇者がやってくる。


 さっさと改善しないと贅沢三昧な日々は過ごせないぞッ!!


「ケヴィンを呼んでこい!」


 俺の後ろで控えていたルミエが、慌てて部屋を出て行った。


 当主になった今でも専属のメイドとして雇い続けている。


 理由は単純だ。他のメイドが信用できないからだ。


 ルミエ以外は両親に仕えていたやつらばかりなので、当主になった俺を気に食わないと思っているかもしれない。


 もしくは俺を利用して甘い汁を吸おうとするかもな。


 そんなことは許せないッ!


 俺は富を独り占めしたいのだ。


 ルミエはいつか裏切ってしまうが、逆にそれまでは献身的に仕えてくれることはわかっている。


 ゲームでいえばまだ序盤。


 両親に振り回される前に永年の眠りについてもらったので、早めに領地運営が出来るようになり、時間があるのだ。


 この貴重な時間を使って、確固たる地位を築き上げなければならない。


「お呼びでしょうか、お坊ちゃま」


 執務室に入ってきたのは白髪が目立つ初老の男性だ。七三に髪を分けている。


 歳を取っても肉体は鍛え続けているようで、足取りはしっかりしていた。


 彼がこの家を管理している家令のケヴィンだ。


 両親が政務をサボって贅沢三昧し続けられた理由は、ケヴィンが代わりに実務を担当していたからである。


「俺はもう当主だ。坊ちゃまというのは止めろ」


「では、なんとお呼びすれば?」


「正式な場では家名で呼べ。それ以外は名前だ」


「承知いたしました。ジャック様」


 名前を呼ぶついでにケヴィンは深々と頭を下げた。


 俺を試すために絶対、わざと呼び名を昔のままにしてやがったな。


 生意気だ。


 ゲームでは終盤でルミエと同じくジラール家を裏切ったので、すぐに首を斬り飛ばしたい気持ちに駆られるが、家のすべてを知っているケヴィンがいなくなったら領地運営はさらに悪化する。


 今は我慢するしかない、か。


 頭を上げたケヴィンは部屋の中心にまで進むと立ち止まる。後ろにはルミエもいた。


「ジャック様、どのようなご用件でしょうか」


「お前は税収についてどう思っている?」


「税収ですか……わたしは言われたとおりにしていただけです。ご当主様の命令に、疑問を抱くような人間ではございません」


 チッ。無難な回答をしやがった。


 自分はどんな命令でも従う忠実な手足ですよ、と宣言したのだ。


 忠誠を誓うような発言なので責めようがない。


 ケヴィンは俺を真っ直ぐ見ている。


 瞳には性格の悪そうな俺、ジャックの姿が映っていた。


「それでは優秀なケヴィンに、一つ仕事を任せよう」


 俺の前に立つケヴィンとルミエの表情が強ばった。


 新人の当主が余計なことを言って仕事を増やすんじゃない! とか、思っていそうだな。


 残念だが楽をするのは俺だ。


 お前たちは必死に働いてもらおう。


「税制度を変更する。農民の税率は六割に下げる。また商人に対しては、売上ではなく利益から税を徴収するように今年から変更しろ」


 仕事が出来ると思っていたケヴィンは、口をぽかんと開けたまま黙っていた。


 すぐに返事をしろよ!


 俺が新人当主だからといって舐めた態度をとりやがって!


「他にも結婚税、死亡税は廃止だ」


 積極的に結婚してもらわなければ人口は増えず、死んで悲しんでいるときに金を徴収したら恨まれるからな。


 金を得るメリットよりデメリットの方が大きいので、俺には不要な税制である。


「廃止……ですか?」


「何か文句があるのか、ケヴィン」


 先ほどお前は手足だと宣言したのだ。


 文句は言えないはず。


「ご、ございません!」


「それなら速やかに実施しろ。領民にも告知しておけよ」


 税制の負担を軽くしたのに、気づかれずに反乱されたら笑い話にもならない。


 きっちりと、伝えなければいけないのだ。


「か、かしこまりました! このケヴィン、全身全霊をかけて対応いたします!」


 深々と礼をしてからケヴィンはくるりと反転して、早足で部屋を出ようとした。


「まて、もう一つだけある」


 足を止めたケヴィンはゆっくりと振り返る。


 不安そうな表情だ。


「屋敷にある趣味の悪い絵画や芸術品を全部売れ。売上の一割は、屋敷に仕えている全員へ分配する。だから手を抜くなよ?」


「え……?」


 素人の俺では商人に騙される可能性があるからケヴィンに頼んだ。


 当然、信用なんてしない。


 だから成果に連動した報酬を用意したのだ。


 雑な仕事をされても困るからな。


「話は以上だ。さっさと行け!」


「か、かしこまりました!」


 今度こそケヴィンは部屋を出て行った。


 残されたルミエは俺のことをじっと見ている。


 ……居心地が悪いな。


「喉が渇いた。お茶をもってこい」


 無言で頭を下げたルミエは静かに部屋を出て行った。


 考え事をしているような表情だったが、裏切る算段でもしていたのだろうか。


 ルミエが裏切るタイミングは覚えておかないと、命に関わるな。


 記憶が薄れる前にメモを取っておく必要がありそうだ。

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