誰にも言えないんじゃないじゃなくて「言えないの。」

琉水 魅希

第1話 ごめんね素直じゃなくって、スケッチブックでなら言える。

「ねぇねぇ。やっぱり龍一君カッコいいよね。」


「うんうん。わかる。あの爽やかスマイルには参っちゃうよねぇ。」


「いやいや、虎太郎君の方がワイルドでかっこいいって。」


 教壇横の最前列の机付近に集まっているのは、学校でも美男子で有名な坂上龍一君と日向虎太郎ひなたこたろう君。


 格好いいとか爽やかスマイルとか、ワイルドとか言ってるのは離れた席でイケメンたちを眺めている女生徒達。



「断然龍×虎リュウコでしょ。」


 その女生徒はワイルドイケメンが受けって相場が……とか言っている。


「いやいや、虎×龍コリュウだってば。」


 はいはい、爽やかスマイルには闇があるとか言うんでしょ。


 またまた腐った女子達が好き勝手言ってるよ。


「おはよー。」


 新たな来訪者が来た。あぁ、BIG3が揃っちゃったよ。また女子がきゃきゃーしちゃうよ。



「おう、おはよ志狼。」


 龍一君が爽やかスマイルで挨拶してる。確かに可愛い、守ってあげたくなる笑顔というのもわからなくはないけど。


「おっす。志狼、ギリギリじゃんか。」


 両手を広げて挨拶とかってバンギャかよって。ワイルド虎太郎が咲いてるよ。



「いや、この後分かる事だから良いのだが、転校生を職員室に案内してたのだよ。」


 遅れてきたのはイケメンBIG3三人目である大地志狼。普段は生徒会長という立場から温和に魅せているけれど、その実別名鬼畜眼鏡の異名を持っている。


 女性陣よ、騙されてはいけない。鬼畜眼鏡に踏まれたいとか蔑まれたいとかという一部女子も存在はしているけれど。


 あれはただ、貶して楽しんでいるだけだ。そして今の会長の仮面だって偽物だ。


 見たくて見た事があるというわけではないけど、何人もの女子が撃沈している。



 ほら、転校生は男子?女子?イケてるのとか可愛いのとかお決まりの質問が飛び交ってるじゃない。


 これでキングオブモブな転校生だったらどうするの?可哀想じゃん。


 声って残酷だって気付いて。




 ん?誰かが近寄ってきた、あぁ芽衣子か。


 短いスカートをヒラヒラさせながら来てるよ。ここ女子高じゃないよ?


「そういえば千秋は誰派とかもないし、カップリング固定派でもないしカプ厨でもないよね。興味ない感じだよね。」


 言うだけ言って返事も聞かずに去っていくとか……友人ながら薄情なやつだ。


 ほら、去っていく時もお尻のあたりがヒラヒラして……


 芽衣子はあんな事を言っていたけどイケメン論争しても仕方がないし、BIG3が相手をするような女子は所謂主人公ヒロイン補正がかかってる子に限定されるって。


 教室の隅から見て満足してる人達や、妄想に胸を膨らませてる人たちには振り向く事はない。


 余程のイベントでも起こらなければ、モブは一生モブなんだってば。


 あ、あと私がBIG3に興味がないというよりは、既に心の中に決まってる人がいるからなんだよね。


 誰にも伝えた事はないけど。



 ガラガラガラ


 あ、先生が来た。この担任もラノベに出てきたら、若い参謀って感じがするんだよなー。


 この先生もBIG3を交えたカップリング論争には話題が上るんだよね。


 あれ?なんだ、このクラスには腐った女子しかいないのか。


「お前らー席につけー、席に着かなければ転校生の席にしちゃうぞー。当然机の中身はその転校生のものになっちゃうぞー。主にスマートフォンとか化粧道具とか。彼氏の秘密のアイテムとか。」


 おい、あっさり転校生の存在をバラすなよ。しかも教材とかノートとかを勝手に人のものにしようとするなって。あと女子校生の机の中身を適当に言わないで欲しい。


 あ、転校生が入ってきたけど、随分線が細くて……でも筋肉は付いてそう。


 所謂カモシカのような足って表現するような、アスリートのような匂いがプンプンするわ。


 ってプンプン匂うのは隣の女子の香水だったりするんだけど。


 決して奇妙な冒険の悪党とかではない。


目白朝馬めじろあさまと申します。東京の目白から転居して参りました。実は小さい頃この辺に住んでいた事もあるので、少し懐かしさを感じます。」


 メジロにアサマって競走馬かよ。しかも目白に住んでたって、牧場関係者かよ?


 うん、自分の心の声って結構口悪いな……いかんいかん。


「部活は陸上部に入ろうと思ってます。中学時代も長距離をやっていたので……」


 おいおい、メジロで長距離ってもうネタじゃ……ん?


 あーーーーーッ! 








 休み時間のうちに、トイレで一生懸命書いた手紙を、転校生の机の中に入れておいた。


 だからだろうか、授業中チラチラ見られている気がする……転校生から。


 手紙を入れて以降からの休み時間の時は、BIG3や女子が集まって話をしてるけど、その時でもたまにチラチラ見られている。


 もはや4人もイケメンが集まればイケメン四天王……でもないか、だって目白朝馬は……






 よし、放課後になった。


 そうだ、屋上へ行こう。


 やはり先に着いちゃったか、目白朝馬を待つ事数分が経過すると唯一の扉が開いた。



「ボクは何故呼び出しを喰らったのだろう。決闘?」


 そう、まずは素の目白朝馬はボクっ子なのだ。もう一度言おう、目白朝馬はボクっ子なのだ。


 ん?呼び出し?決闘?そんなもの送ったはずがないのだけど。


 だって送ったのは……


「果たし状、本日16時に誰にも告げず一人で屋上に来られたし。夏野千秋」


 目白朝馬が手紙を開いて見せてくる。そして言葉に出してはっきりと読み上げられた。


 それ、正しく解釈されてない。というか、私そんな文面を書いたんだっけ。


 あの時は焦っていて細かく文面までは覚えてないや。


 私はを取り出して、慌てて文字を書いていく。


 私は言いたくても言えないのだ。文字通り言えないのだ。大事な事なので二回強く思った。


「それは、違くて。正しくは……伝えたい事があるので、本日16時に屋上に来てください。恥ずかしいので誰にも言わずに一人でお願いします。という意味なの。」


 書き上がったスケッチブックを目白朝馬に見せた。


 悪いか、恥ずかしがり屋なんだって。昔のヤンキーはこういう告白の仕方をしていたって聞くよ。


 それに喋りたくても喋れないんだ、こうして対面でないと伝えられるものも伝えられないって。大勢の前では無理なんだって。


「え?もしかして告白?」


 あぁ、恥ずかしいとか伝えたいとか言ったら告白しかないよねー。


 私は更にスケッチブックを走らせる。


「もうバレちゃったみたいだから白状するけど。好きです付き合ってください。」


 本当はずっと前からと付け加えるべきだけど。




「あぁっとえぇ、初対面でそれはいくらなんでもごめ……」


 バンッとスケッチブックを一回叩いて注意を逸らさせた。


 流石にこっちを見るよね。


 私はさらさらっと文字を書きなぐった。


「名前を見てまだ気付かないの?私よ、私。」


 スケッチブックを、ほらぁほらっと見せつけた。


「新手のオレオレ詐欺かな?」


「違うって。昔この辺に住んでたんでしょ?私の名前は夏野千秋でしょ?思い出さないの?朝馬が男装する事になったのは誰のせい?」



 時代に沿うようにってうちの学校もジェンダー関連にも積極的に取り入れてて、制服は別にどちらを着用しても良い事になっている。


 だから目白朝馬が現在、男性型制服を着ていてもおかしなことはない。



「ボクが男装してる事を知ってるって事は……本当に千秋ちゃん?」


 コクコクと首を縦に振って肯定を示してあげる。


「でもボクが知ってる千秋ちゃんは、口やかましいくらいおしゃべりだったは……ず。」


 私はいそいそとスケッチブックにペンを走らせる。


「それについては今度説明したげる。今はそれは置いておいて。色々尺が足りない。」


 スケッチブックの残枚数には限りがあるんだって。


 本当の私は、心の中で思っているような口調がそのまま言葉になっている……という自信は確かにある。


 昔から変わってないはずだし。



 そういえば……言えないといえば、もう一つ言えない事が出来た。



 目白朝馬は男子の恰好をしているけれど、れっきとした女の子なのだ。


 別に心は男子というわけではない。昔から男子の恰好をさせられていただけなのだ。


 私のせいで。


 まだこの町に朝馬がいた小さい頃に……かっこいい服を着てと言って、男の子の服を着させたら結構似合ってて。


 可愛かわかっこいい中性的な朝馬が出来上がった。それ以来男子の服を着てってお願いしたら朝馬ってばいつも言う事を聞いてくれて。


 親の仕事の都合で引っ越していってそれっきり。私はその時のショックでストレスからか声を失って。


 随分重い女だと自覚をしたっけ。


 だってお互い大好きーと言って抱き合ったり、プールに入ったりお風呂に何度も一緒に入っていた仲だよ?


 小学生だったとはいえ……キキキッき、スキスキスーもしてたんだよ?


 将来を誓い合ってたんだよ?大ショックを受けても仕方ないよね?


 あ、私を見る朝馬の目が真剣だ。何か言われちゃうのかな。


 実は男装なんかしたくなかったとか、女同士できゃっきゃうふふとかありえないとか……言われちゃいのかな……


「実はボクもずっと千秋ちゃんの事が好きだったんだ。男の子の恰好をしていたらそれを自覚しちゃって。」


 と、思っていたらまさかの告白でした。にへらとしてしまいそう。


 普通は泣いて喜ぶシーンだとは思うけど。


「引っ越してからも男装をやめなかったのは、いつかここに戻ってきた時に気付いて欲しいという思いがあったからなんだ。」


「まさか転校初日にロックオンされるとは思ってはなかったけど。」


 私は気分良くペンを走らせているのが実感できた。


「じゃぁ、今から彼氏彼女の関係って事でOK?」


「OK。こちらこそよろしくお願いします。」


 嬉しいんだけれど、もう一回やり直しを要求します。だからもう一度スケッチブックにペンを走らせる。


【ずっと前から朝馬の事が好きでした。将来一緒のお墓に入ってください。】


 あ、かなり重かったかな……

 だってほら、日本て同性婚とか認められてないし?

 遠回しな言い方するしかないじゃない?


 久しぶりに抱き着いてきた朝馬の胸は……小さい時同様平たい一族だった。私もだけど。


「で、どっちが彼氏でどっちが彼女?」 


 朝馬が聞いてくるので、私は顎に人差し指を当てて考える。


「学校では朝馬、家では臨機応変で良いんじゃない?」


 私はさらにスケッチブックに書き足していく。


「あ、そうそう。トイレとか大変だろうから協力したげるね?」




 明日から学校でどうしよう……周囲に隠し通せるかな?


 男装女子と失声症女子の百合カップル。うん、こりゃ誰にも言えんわ。


 


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誰にも言えないんじゃないじゃなくて「言えないの。」 琉水 魅希 @mikirun14

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