第17話

 『コロンビア』で軽食を貰っただけだった。

 陽も暮れて、エネルギーの消費を控える為に公園のベンチで身じろぎもせずに座っていたら、津々木(つづき)さんが近付いて来た。

「どうした?」

 津々木(つづき)さんは、私の状況を察してくれた。

「実は、お願いがあるんです」

「そうか。分かった。じゃあ、どこかお店に入ろうか」

 私は、出来るだけ遠いお店をお願いした。

 津々木(つづき)さんは、お店に着くまでの間、私に問い詰めるような事はせず、当たり障りの無い話題で時間を潰してくれた。

 そういう津々木(つづき)さんの気持ちが有難かった。ささくれ立った気持ちが少しずつ解きほどけて行った。何もかも泥沼な私の人生に、細く零れ落ちるひと筋の光だった。

 私は、ドリアで落ち着いた後、ウーロン茶を飲みながら、全てを津々木(つづき)さんに話した。ホテルに入る所を見られて、噂が学校に広まった事、好意を寄せてくれていた男子から連絡が無くなった事、お金が無くなった事、家に帰ってない事。

「それで、どうするつもりだい?」

 津々木(つづき)さんは、私を刺激しないように静かな柔らかな声で聞いてくれた。

「私、この町を出たいんです。その為のお金を貯めようと思っています」

「うん……」

 津々木(つづき)さんは、余計な事を言わず、私の言葉を待った。私の決意は、私の口から伝えないといけない。津々木(つづき)さんは、自分が無理に誘って、後で私が後悔しないようにしてくれている。

「三月までにまとまったお金が無いといけないので……。ホテルを考えています」

 最後のひと言は、意外とすんなり言えた。

「本当にいいのかい?」

「はい」

「そうか……。分かった」

 津々木(つづき)さんは、携帯を出して、画面を操作した。

「ひとり暮らしをするには、最低限必要なお金がいるからね」

 津々木(つづき)さんは、私に向かって携帯の画面を見せた。

「月二回会って、このくらいのお小遣いでいいかな?」

「そんなに? ありがとうございます。……いいんですか?」

 津々木(つづき)さんは、少し笑みを見せた。

「雫(しずく)ちゃんが俺を必要としてくれるなら、俺も相応のお返しをしないとね」

 津々木(つづき)さんは、カフェオレを手元で遊ばせている。

「それと、もうひとつお願いがあるんですけど……」

「ん? いいよ。何かな?」

「お小遣いは、津々木(つづき)さんに持っていて欲しいんです」

「いやいや。それは危険だよ。分かってる?」

「はい。そうですね。でも、もう他に安心出来る所が無いんです」

 津々木(つづき)さんは、私の強張った表情を見て溜め息をついた。

「それじゃ、分かった。責任を持って預かるよ。でも、今後はそういう事をしないようにね。特に、パパ活の相手にお金を預けるなんて、お金を貰わないのと同じ事だと思うようにね」

「はい。ありがとうございます」

 確かに、お小遣いをくれる相手にお金を預けるなんて、危なすぎる。それは、良く分かる。津々木(つづき)さんの住所も分からない現状だと、遊ぶだけ遊ばれて持ち逃げされる可能性もある。

「家には帰れる?」

「はい。大丈夫です」

 もう、私には目標が出来た。それまで、私の邪魔をする者には負けない。

「包丁を持って寝るようにします」

 津々木(つづき)さんは、私の言葉に苦笑いをした。

「学校は、辞めます。バイトをしてお金を貯めようと思います」

「いや、それは止めた方が良い」

 津々木(つづき)さんは、断固として言った。

「通うのは辛いかもしれないけど、高校は卒業した方が良いよ。まだ、雫(しずく)ちゃんは若いから分からないかもしれないけど、中卒と高卒では大きく違うからね。職を探す事を考えたら、今は我慢して、ちゃんと卒業はする事だよ」

 先生と同じ言葉。でも、今の私にはすんなり心に溶け込んだ。

「そうですね……」

 私が、卒業までと言わずに三月までと言ったのは、学校でみんなの視線に耐えられないと思ったからだった。

「学校に行きたくないのは分かるよ。でも、これだけは頑張って欲しい。後半年だけ我慢出来無いかな?」

 津々木(つづき)さんが私の事を考えてくれているのは、良く分かる。

「大丈夫です。頑張ります」

「ありがとう。もし、辛い事があったら、いつでも言って来ていいからね。幾らでも話し相手になるよ」

「はい。その時には、遠慮無く甘えさせて貰います」

「よし、その意気だ」

 津々木(つづき)さんが両手を握り締めて笑顔を見せた。

 落ち着く。

 私、津々木(つづき)さんに会えて良かったんだろうな。あの時、私を見付けてくれなかったら、今頃どうなっていただろう。

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