後 編


 お弁当を食べ終わり、警察署の外へと田中警部がおもむくと、桜の木の下に佇む佐々波太郎さざなみたろうが居た。

 桜は満開で、佐々波を覆い隠す様に花びらが散っている。その姿はまるで幻想的だった。


「ああ、桜が満開の時期だったんだな」


 田中警部は、最近の仕事の忙しさに外の景色など見ている余裕が無かったことを思い知る。集団自殺事件の他にも、未解決事件は山のようにあるのだから田中警部にゆっくりと花見をする休みは無い。

 佐々波さざなみは桜を見上げながら、


「田中さん、貴方は満開の桜の下で花見をしたりしますか?」

「ああ、時間があればするけれど」

「この木、ソメイヨシノって言うんですよ」

「そのくらい、知っているわ!」


 植物にうとい田中警部だって、目前の桜がソメイヨシノである事くらいは知っている。


「そうですか。では、カワヅザクラやシダレザクラは?」

「知っている! カワヅサクラは寒さに強く早咲きで有名だし、シダレサクラはその名前の通り、枝垂しだれている!」


 子供の様に言い返す田中警部に穏やかな笑みを浮かべて頷く佐々波さざなみ


「そうです。他にもヤマザクラ、マメザクラ、エドヒガンなど、変種を合わせれば100種以上の桜があるそうなんですよ」

「そ、そのくらい、知っている……!」


 と鼻息荒く言いつつも、そんなにあったのかと心底は驚いている田中警部。


「じゃあ、物知りの田中さんはもうお分かりですよね? 今回の事件と貴方の食べたお弁当と、この桜の関係」

「……それは、知らん!」

「ええ?! ここまで知っていて分からないのですか?」

「知らぬものは知らん! 勿体ぶってないで早く教えろ!」


 短気な田中警部に薄ら笑いを浮かべ、佐々波は敢えてゆっくりと話し出した。


「はは……牛肉の小枝の表示なんですけれど、あれって『クローンマーク』なんですよ」


「……は?」


「警部が食べていた牛肉、クローン牛なんです」

「へ……クローンって……」

「1996年にイギリスで初めてクローン羊が誕生しました。しかし、クローンの研究者は人間が生き物の遺伝子を操作する事のリスクに恐れを抱き、それから30年余り、表立って研究は進みませんでした。――しかし、そんな呑気な事を言っていられないほど、世界中で問題が増えました。昔から、世界中の人口増加による食糧危機は問題視にされていました。その上、世界的な異常気象や天災、戦争など、色んな問題が浮かび上がり、海外からの輸入に頼り、食料自給率が先進国でワースト1位、たった28パーセントの日本は食料を得るのが難しくなりました。そこでやむを得ず始めたのが、クローン肉栽培。そうです、貴方が食べていた肉です」


 田中警部は、話を聞いているうちに胃がムカムカし始めて、気分が悪くなった。

 さっき食べた肉が……クローン肉?!

 そんなの、いつから?

 一体、自分はいつからそんな恐ろしい肉を食べていた?!

 青ざめる田中警部に、佐々波さざなみは微笑み、


「ご安心下さい。もう十年以上召し上がっていますから。今更、食生活を変えた所で何も変わりません。第一、現在はクローン肉が市場の75パーセントを占めていますから、クローン肉・クローン魚以外の食事で日本人がタンパク質を得るのはとても大変なんですよ」

「!!」

「この小枝クローンマーク。皆さん、自然の中で作られた製品のマークだと信じ、学校の教科書でもそう取り上げていますが、実はクローンとはギリシア語で「小枝の集まり」と言う意味。知らず知らずと、ほぼ99%の国民はクローン製品を一度は食べています。これは国家機密でもあるんですけれどね。田中さんには特別に教えちゃいました」


「な、なんでお前はを知っているんだ?!」

を探偵業で知ってしまったので、『警察』という名前の刑務所にぶち込まれたんですよ」


 田中警部は、気分が悪くなり、フラフラと桜の木にもたれる。


「田中さん、気分が悪いついでに、そのソメイヨシノ。それもクローンなんですよ」

「え?!」

「これはかなり昔から有名な話ですよ。江戸時代末期にエドヒガンとオオシマザクラの人工的な交雑によって、ソメイヨシノが誕生したんです」


 思わず、桜から手が離した。


「そして今回。藤宮結人の結婚によって、亡くなった桜の名前を持つ女性15人も『同じ遺伝子を持った女性』だったんです」

「……なん、だと!?」

「つまり、禁じていたクローンがすでに誕生していたんですよ。クローンである証拠にソメイヨシノの名前が入っている」

「しかし、15人とも容姿も年齢も違う……!」


「確かに容姿に多少の誤差はありますが、そこは製作者が考慮したのでしょう。そして、年齢も同じクローン遺伝子を保存し、適当な順番に誕生させたのでしょうね。

 ソメイヨシノはクローンだから、同じ条件が揃った時に同じタイミングで開花をする。同様に、クローンの15名の女性達は全員、藤宮結人に本気で恋をしていた。だから、結人の結婚を聞いて、15名は知らず知らずと同じ行動……自殺をしたのです」


 田中警部はその場にへたり込んでしまった。

 クローン肉にクローン人間。

 そんな馬鹿な。

 そんな信じられない真実が……。


「一斉に開花し、人を魅了する綺麗な満開の桜には秘密がある。同じように美しい世界に見えても、実は貴方の知らない世界があるのですよ」


 そして佐々波太郎さざなみたろうは、田中警部に手を差し伸べた。


「貴方は僕と同じく裏側の世界を知ってしまった。今日から同志ですね。ようこそ、裏側の世界へ。歓迎しますよ!」


 春一番が風吹き、ソメイヨシノの花びらが二人を包む。

 田中警部は、冷ややかに口角を上げる佐々波太郎さざなみたろうを見上げ、自分が真実を知ってしまった事で、もう知らなかった無垢な世界に戻れない事に気が付いたのだった。



――事件解決と引き換えに――

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満開の桜には秘密がある さくらみお @Yukimidaihuku

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