第8話 世紀末の魔術師(前編)

私はラスプーチン様の熱狂的ファン。表向きにはロマノフ王朝研究家の中国人で通しているけど、裏の顔はICPOから指名手配されている怪盗よ。


このあいだ日本でロマノフ王朝の秘宝が発見されたんだけれど、早速盗みに行った矢先に他の怪盗がこの秘宝を盗むぞって犯行予告を出していたの。

そのせいでアンタ。予告状なんか出たせいで、美術館の警備がエゲつないことになってるんですけど。蟻の入るスキもない感じ。そりゃ「行くよ」って言えば「来るんだ」ってなるでしょ。噂では日本の警察には脈々と流れるポンコツの血というものがあるらしいけど、言っても質より量。迷惑この上ないったらありゃしない。

おまけに聞いた話、この怪盗は宝石専門の泥棒らしいわ。何でエッグを? 何でラス様グッズを? “にわか”じゃない!

困るのよね。にわかファンが出しゃばるせいで、グッズの競争率が上がっちゃって、私みたいな昔からのファンが困るって現象。


愚痴をこぼしていても仕方がないわ。今私がするべきことはただ1つ。いざエッグの仮住まいの美術館へ!

って、来てみれば。いるわいるわ、エッグにたかるハエどもが。

ロシア大使館の一等書記官。秘宝をロシアに寄贈してほしいって。何言ってんの? それ私のだから。

日本の美術商。ロシアにもロマノフ王朝にもラス様にも縁が無い。にわかよ。8億円で商談に来た? 投資額で我が物顔する最悪の部類のにわかファン。あのね、真のファンってものはお布施の額じゃないの。愛なのよ!

あとはフリーの映像作家。こいつも嫌だわ。モラル無い系の撮りオタだったし。セルゲイと乾の喧嘩中に「アンタだって喉から手が出るほど秘宝が欲しいんじゃないか?」って私を煽ってくるし最悪。煽りカメラ。

最低な人間どもの集い。

このままじゃハエ2匹にエッグを買われちゃって、ピロシキとか寿司を食べた手でエッグをベタベタと触られちゃう。


私は決心した。こうなったら怪盗がエッグを盗む方に賭けるしかない。そして盗んだところを私が横取りする。これで行こう。

幸い予告状のおかげで怪盗が来るのは『今日の夕方から明日の明け方まで』ってことは分かっている。なら待つわ。徹夜の可能性もあるけど。

ため息しか出ないわ。ラス様グッズならまだしも、他の怪盗待ちとか。


ということで美術館周辺で待機中の私。日も暮れて7時20分となった頃、突然大阪城から花火が打ちあがったの。何? 素敵なサプライズ。夏の風物詩ね。

私がうっとりしていると今度は突然、町中が停電してしまった。何コレ!? 日本でも発展途上国みたいな電力不足の停電って起こるの?

いや、違う。これは間違いなく怪盗の仕業! 停電の混乱に乗じて盗みに来るに違いない。ならここで迎え撃つ!

と思っていた矢先、美術館前で高校生と何か言い争いをしていた子供が、スケボーで走り出したわ。いやそれだけなら別に大したことじゃないんだけど、なんか加速度とか初速度とか全て異常。それからすぐに高校生もバイクで走り去っていったわ。

 どうしようこの状況。絶対これ映画よね。映画的なすっごいこと起きてるよね。私、まさに当事者。これ追いかけたら怪盗にたどり着けるパターンよね。


こうして2人を追った私。やっぱり正解だった。大阪の街、ビルの間すり抜ける白い影。白いハンググライダー。これが例の怪盗じゃなかったら、白い翼のガッチャマンしか考えられない。

ただ1つ気になったのが、怪盗は美術館とは違う方向に向かって飛んでいるということ。考えられる可能性は2つ。“もう盗み終わって帰るところ”か“今から盗みに行くところ”。

どちらにしても都合がいいわ。前者ならこのままヤツのアジトまで追って秘宝を奪えばいい。後者でも盗まれる前に怪盗殺して盗むだけ。簡単な話。


簡単な話じゃなかった。町中停電で信号機も全滅、あっという間に大渋滞。どこもかしこも罵声と怒号が飛び交っている。えっ? 日本人のマナーって良いんじゃないの? あれって嘘? それも地味にショック。私まで渋滞に捕まっちゃったのもショック。全然前に進めないの。そのせいで怪盗を完全に見失ったわ。

まさかここまで計算のうち? 追っ手を撒くための停電交通渋滞? だとしたら迷惑すぎるでしょ! 経済損失半端ないわよ!

悔しいけれど完敗ね。終わった。さようならラス様。

見知らぬ街の中、ラス様ロスの傷心に日本人の喧騒は辛すぎる。私は人混みと渋滞を避け、町の外れで一人袖を涙で濡らすことにしたわ。

帰ったらお酒でも飲もう。そう、月明りで一杯。見晴らしのいい橋の上で、ブロウクンハートで空を見上げながら……


するとなんということでしょう。空の暗闇の中、私の方に向かってくるガッチャマン! じゃなくて例の怪盗! きっと秘宝を盗み終えて、今から帰るところね。

この期を逃してなるもんか!

私は急いで愛銃のワルサーPPK/Sを取り出し、レーザーポインターで狙うは怪盗の右目。散々面倒をかけてくれたわね。これはそのお礼よ。喰らいなさい!

射撃の腕はご心配なく。確実に怪盗の右目に当たったわ。銃撃を受けて怪盗はハングライダーと一緒に海に向かって落ちていくわ。

勝利。怪盗は死んだ、ラス様の名に賭けてもいいわ。見ていてくれましたかラス様。ラス様の秘宝を盗んだコソ泥は、今こうして海へ…と……


ってああああああああああああああああああああああああああ!!!


血の気が引く音が私の悲鳴に掻き消された。手で必死に空気を仰いだ。でも、そんな願いも虚しく。私が撃ち落とした怪盗は海へと落下していった。

秘宝とともに……

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