第14話 猫は飼い主のある特定の部位について考察する(一応もと魔王のオス猫ですから)
「では、他に気になるところはございますか?」
「あ、あの、私……あんまり、わからないです……」
雨音はさっきからそればっかりだ。ベテランらしい担当エステティシャンの女性も困ったように笑っている。
「本当におきれいでいらっしゃいますものね。では、当店オリジナルのアロマオイルのマッサージとオーガニックパックなど、リラクゼーションとお肌のケアを中心に」
女性がメニューを見せながら説明する。雨音はもじもじしていたが、急に思い切ったように言った。
「あの、私、胸が小さくて、あの、もう少し大きくすることはできますか」
担当の女性が目をぱちくりして、復唱した。
「胸」
「はい、胸。……あの、ご覧のとおり、小振りで、その……もう少し、こう……」
「あら、はい……ええ……まあ……」
2人とも急に小声になった。俺は気になってしまい、首を伸ばした。さすがにはだけてはいなかろうが、その、胸を張るなり布を体にぴったり押し付けるなり、大きさがわかるようなことをしているんだろうか。
雨音の、胸。
実はまだ直には見ていない。だって俺は紳士だから。例え雨音が時として非常にくつろぎ過ぎた様子であったとしても、目をそらすのが礼儀というものだ。
そして雨音は、おそらく胸がコンプレックスだったのだろう、家の中でもなかなか肌を見せるような格好をしなかった。
風呂上がりだって真夏だってきっちり着込んだところしか見せないし、最も無防備な睡眠中でさえ、パジャマだ。ネグリジェでもないし、もちろんパジャマの上だけでもない。
暑い時などは腹を出して寝ているが、それでもパジャマから垣間見えるのは、せいぜいズボンのゴムの上から、細いウエストの真ん中にあるおへその少し上くらいまで。
のぞき込めば見えるだろうが、もと魔王たる者紳士であれ。のぞき込むことなんてできる訳がないじゃないか。そもそもおなかが痛くなるといけないから布団をかけてやってるし。俺は優しい紳士なのだ。
でも、雨音の胸は、雨音が気にしているほど小さくはないよ。
見た目もちゃんと女性らしい曲線が出ているし、抱っこされると柔らかいし、ぎゅっと抱きしめられるとちゃんと谷間に挟まるし。
いや、俺が触りたくてそうしてるんじゃなくて、雨音がするんだからね。
雨音は勘違いしている。豊満でさえあれば優れていると思っているのが間違いなのだ。
確かに女性の豊かな胸には、夢と希望がつまっていると思う。
しかし控えめな胸には、奥ゆかしさという知性がなければ感じられない魅力がある。控えめな胸の良さを知るには、文化と歴史と教養が必要なのだ。そして限りないそれとその持ち主に対しての敬意。
以上のことから、俺は断然雨音のありのままを支持する。蓮もそうだと思う。
……でも、もうちょっとだけならふくよかになるのも悪くないかな?雨音は細過ぎるから。
もっとごはんをたくさん食べたら、あっちやこっちがもっともちもちになって、抱かれ心地がよくなったりして……
「マオちゃん、静かになりましたねえ、どうしたのー?怖くないでちゅよー、ご主人様もそこにいますからねえ」
俺の相手をしてくれていた女性が、落ち着きをなくしそうな俺を抱き上げて言った。ご主人様ー、マオちゃんですよー、と雨音の注意を引いた挙句に前足を人が手を振るように動かす。やめてやめて、特に今は恥ずかしい。
雨音は幸いこちらには気付かず、カウンセリングの女性になりたい自分を一生懸命説明している。
「もっときれいに、セクシーになって、
人が振り返るほど美人な雨音が、誰も振り向かないであろう蓮のために耳まで赤くなっている。
女性のきれいになりたいという思いは、男の強くなりたいと同じなのだろうか。
目指すところに至れる権利を持っている、という確信がなければ、その希望は口に出すことすらできない。
雨音の必死さには、おこがましい願いを恥じながら、しかし隠しようもないくらいの憧れがあった。雨音は自分が美人だということを知ろうとしないし、信じない。
俺に人の言葉が話せたら。雨音に、君はきれいだ、他の誰よりもきれいだと伝えることができたなら。
俺は百回でも千回でも、君がそのことを自覚できるようになるまで言い続けるのに。
俺はブラシをかけられながら、突然思い出した。
……エステって、あれだよな。
テレビなんかで見ていると、女性が外側から泥だの何だの処方されていた。そのため、体が露わな方が効果が高いとされているのだろう、水着なんかで施術を受けていたりした。
だからエステティシャンは力仕事に見えるけれど女性であることが多いように思う。施術を受ける女性が安心するからだろうか。現にこの店にいるのは女性スタッフばかりだった。
事実を整理しよう。
ここはエステ。雨音は布地の少ない水着になるかも。
俺は急にドキドキしてきた。
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