第13話 せっかくの旅行(ただし割と近場)なのに雲行きが怪しくて

 結局2人とも無言のまま、目的地に着いてしまった。


 山と丘の間くらいの大きさの、名前だけは立派な山の上にある公園で、俺はバッグから出された。

「マオがいい子なのはわかってるけど、初めての公園だし、気にする人がいるかもしれないから、ちょっとだけ我慢してね」

 雨音あまねが俺にリードを着ける。わかってるよ、俺ももと魔王だ、抗うべき時とそうでない時の分別くらいついてるよ。

 俺はおとなしくリードを着けられ、雨音に引かれて散歩を始めた。れんは少し後ろから着いてきた。おそるおそる雨音の顔色をうかがっている。


 土の所はびちゃびちゃだが、この公園は歩くところに木が敷いてあって、道は湿っていたが濡れてはいなかった。俺は久しぶりに外を満喫した。空は真っ黒だけど。

 木が開けたところがあり、そこから町が一望できる。雨音は俺を抱き上げて見せてくれた。俺たちの町よりこぢんまりしていて、全体に建物が低い気がする。


「ほら、やっぱり猫だよ」

 少し離れたところで声がして、俺と雨音はそちらを見た。

「お父さん、声が大きいわよ。お邪魔してすみません、こんにちは」

 大きなカメラを下げた年配の男性と、その伴侶らしき同じくらいの年頃の女性が会釈した。雨音も何とか微笑んた。

「お散歩しているところを見かけたんですよ。リードを着けている猫は珍しくて。賢そうな猫ちゃんね」

 雨音は困ったように少し後ずさった。世間話が苦手なのだ。


「ありがとうございます。良かったなマオ、ほめられたよ」

 蓮がすっと入ってきた。雨音がすぐに俺を蓮に渡す。いいぞ、蓮。珍しく気が利いている。

 蓮が話している間、雨音はずっと蓮にくっついていた。雨音の前でもあるし、こんな時だし、蓮の株を少しでもあげるため、俺は話好きそうな夫婦に懸命に愛想を振りまいた。こんなサービス滅多にしないんだからな。


 円満に世間話が終わり、夫婦が去ると、雨音はようやく緊張を解いた。

「ごめんなさい、ありがとう」

 やっと笑顔になった雨音を見て、蓮もほっとしたように笑った。

「急に話しかけられたから、びっくりしちゃった」

「猫が好きなんだって。マオもいい返事するから、喜んでたよ」

「いいことしたわね、マオ」

 うん、俺頑張ったよ。雨音がなでてくれて嬉しい。俺は喉をぐるぐる鳴らした。


「ここ、見晴らしが良くて気持ちいいね」

 雨音が小さな町を眺めながら笑顔で言った。蓮もそうだね、なんて嬉しそうに言っていたのに。


 蓮がポケットを気にした。携帯電話の入っている方だ。雨音の雰囲気が一転、きりきりと尖り始める。

「あ、ごめん、ちょっと電話してきていい?」

 おい。おい蓮、今はやめとけ。

「さっきからずいぶん忙しそうね。お仕事?」

 声が冷ややかだ。ほら、雨音がまたぴりぴりしてきたじゃないか。

「ええと、いや、うん、まあそんな感じ」

 蓮は曖昧に言って離れていった。電話を諦める気はないらしい。


「そんな訳ないじゃない、あなたの会社は土日みんな休みじゃない。何なのよ」

 雨音がイライラと呟く。

 また冷戦か。俺は再び曇った天を仰いだ。

 俺はこんなに居心地の悪い雨音の腕の中も初めてだと思いながら、おとなしくにゃあと鳴いた。

 

 非常に心地の悪い散歩を終え、俺たちは車に戻った。長くはない移動中、蓮はまた言葉をなくして時々雨音の顔色を探り、雨音はそれでますます苛々を募らせているようだった。もう勘弁してほしい。


 旅館に着いた。

 チェックインは午後からだが、エステはその前でも大丈夫なので午前中に予約したのだそうだ。蓮がさっき言った。事前に心の準備ができなかったので、雨音はさらに機嫌が悪くなった。この男の段取りはどうなっているのだ。


「ゆっくり疲れを癒してきてよ。マオもね」

 俺はふにゃ、と鳴いた。俺に声をかける余裕があるなら雨音のフォローをしてくれ。俺にはもう無理だよ。

 こわばった声で雨音が尋ねる。

「蓮はその間どうするの?」

「その辺でもぶらぶらしてるよ」

 雨音は言葉の真意を探るように、大きな目をまっすぐに蓮に向けた。蓮はあまりに見つめられて、少しおろおろしていた。しかし逃げ場がないと悟り、目を逸らして、ぎこちなく笑った。笑って誤魔化した。


 蓮。それは、今それは良くないよ。

 雨音は明らかに不審がっている。ちゃんと説明して安心させろよ。本当に気が利かない男だな。雨音を見ろ、そろそろ臨界点だよ。まずいよ。

 雨音は目を伏せ、ぎゅっと俺を抱きしめた。

「わかった。行ってくるね」

 雨音は顔を上げないまま言い、蓮がさすがに異変を察して何か言いかけるのを振り切って、旅館に付属したエステの店に入った。

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