第11話 魔女とマオの日常(+烏)

 平日の俺と雨音あまねの1日は毎日だいたい同じだ。


 朝、れんを見送り、雨音はそのまま庭の薬草畑に出て様子を見る。俺は庭の巡回をする。だいたいひと回りしてくると、雨音も作業を終えていることが多い。2人で家に入り、雨音は他に畑の作業が必要なければ部屋で護符を書いたり、本を読んだり、ガレージで薬を作るための作業をして過ごす。


 そしてお昼前頃になると、魔女の連絡係をしている使いがらすがやってくる。


 家にはリビングの掃き出し窓の上に、猫用の出入り口と同じくらいの出入り口がある。それが烏用の扉だ。猫用と違って外側に取っ手がついており、動かして開けるようになっているが、烏はなかなか器用にそれをこなして入ってくる。


 入ってくると烏はカアと挨拶する。

「あらカア太郎さん、いらっしゃい。いつもありがとう」

 雨音は烏に手を伸ばして腕にとまらせ、頭をなでてから足の書類箱をはずした。

「お疲れ様、少し待っててね。マオ、カア太郎さんのお相手をしてさしあげてね」

 雨音は烏にお茶とお菓子を出して、書類を確認するために部屋に戻った。


 俺は烏に目で挨拶した。烏も小首を傾げて答える。

「おいマオ、お前んとこの魔女に言ってくれよ、俺はカア太郎じゃなくて佳久郎かくろうだって」

「どっちでもいいじゃないか、どうせカアカア鳴くんだし」

 俺は身振りと鳴き声で答えた。俺の言葉は人には伝わらないようだが、烏とは話ができる。


「お前な、お前みたいな飼い猫にはわからないかもしれないが、名前ってのは大事なもんなんだぞ」

 佳久郎は不満そうに言い、くるりと一回転した。そのまま椅子に着席して足を組む。佳久郎は涼しげな目の黒いスーツ姿の人間の男に変化へんげしていた。

 気取った仕草でお茶のカップを持ち上げ、においを楽しんでみせる。佳久郎、烏はそんなに鼻は効かないだろ。

「この前お前んとこの魔女がくれたタオルな、結構評判良くてさ。協会の方で扱いたいって話になったんだけど、返事してくれないんだよ。お前に何か相談してないか?」

「いや、特に聞いてないな」

「そうなのか。量産がかかる商品なんてなかなかないんだぜ、儲かるのになあ、何迷ってんのかな」

 佳久郎はお茶を飲みながらカアカア言った。人には化けられるが、こいつは人の言葉は話せないのだ。


 雨音のタオルとは、先日雨音が薬草鍋をひっくり返して染まってしまったものを、洗っても色が取れなかったので厄介払いに……いや、いくらかでも効果が期待できるので使いたい人がいるなら、と雨音が佳久郎に本部に持ち帰ってもらったものだ。

 あの調合には、体を癒し、心を穏やかにする効果があるらしい。よく頼まれる薬なので、鍋が空いた時に作り置きしようとしたらああなった(前話参照)そうだ。家ではさっぱり効果がわからなかったが、効いた人がいたなら良かった。


 佳久郎はお菓子をつまみ、器用に外袋をむいてひょいひょい食べた。

「ほはへほもふふ」

「いやわかんないよ」

 身振りのない烏語からすごだけでも少しわかりにくいのに、お菓子を頬張ってしゃべられても伝わらないよ。


 佳久郎はお茶でお菓子を飲み込んだ。

「お前んとこの魔女はどうも儲け話に疎いって言うか、儲ける気がないって言うか。あのくらいの腕があれば、城みたいな家に住んで、あんなおじさんじゃなくて若い美男子たくさん囲えるぜ」

「雨音はそんなことしないんだよ。おじさんは確かにそうかもしれないけど、いいんだよ、雨音はあれで」

「お前は知らないからそう言うんだよ。金持ちの暮らしはすごいぜ」

 知ってるよ、俺も城持ってたもん。言いそうになって俺は口をつぐみ、しっぽをぱたりと動かした。

 別に秘密にしている訳じゃないが説明が面倒だし、佳久郎はこの通りのおしゃべりだ。どこでどう伝わるかわかったもんじゃない。


「雨音は魔女としてすごいのか」

 俺は佳久郎に聞いてみた。佳久郎はお菓子をもぐもぐしながらカアカア言った。だからわからないって。

 俺はお茶のカップをずいと押した。佳久郎はお茶を飲み、改めてカアカア話し出した。

「すごいってもんじゃないよ。護符は強いし、薬もよく効くし。指名してくる客には、政治家とかアイドルとか、有名人もいっぱいいるんだぜ」

「そうなんだ」

 それは知らなかった。蓮の給料だけでは厳しいから、家計の足しにしているくらいかと思っていた。


「俺もさ、何とか彼女の専属にしてもらいたいんだけどな。彼女、なかなか俺になびかないし」

 佳久郎は気取ったポーズで言った。変化した人間の姿に自信があるらしいが、確かに蓮よりは若くて男前だけど、魔王だった時の俺に比べればまだまだ。しかもお前、カアカアしか言わないじゃないか。


「家族も急に引っ越しはできないしな」

「そういえば今年も卵が4つ生まれたんだったな」

「そうなんだ、みんな可愛いぜ。協会の方でエサの補助はしてくれるから、俺が子育てを手伝えなくても何とかなってるよ。他の烏より俺で良かったって、昨日もワイフがさ」

 佳久郎はのろけ始めた。おい、さっき俺の雨音に手を出そうとしてなかったか。


「マオ、お前も彼女くらい作れよ。責任も大きくなるけど、それが男をあげるってもんだぜ」

「大きなお世話だよ」

 俺は皿のお菓子をぺしっと叩いて佳久郎の方に飛ばした。佳久郎は難なく受け止め、すぐに袋を破って中身を口に放り込む。お前本当に食ってばっかりだな。


「それにしてもお前んとこの魔女、遅いな。何か時間のかかる書類でもあったのかな」

 佳久郎は自分でお茶を注ぎ足しながら雨音の部屋の方に首を伸ばした。

 俺は何となく尋ねた。

「佳久郎は中身は知らないのか」


 佳久郎は急に目を鋭くして、声をひそめた。

「俺たちは運ぶだけだよ。魔女の秘密なんて知るもんじゃない」


 俺はこの世界の他の魔女は知らないが、雨音のように平和的な人ばかりではないと言うことだろう。

 魔王だった世界でならいくらか見知っているけれど、俺が知る限りでは、雨音が少し魔女としては変わっている。


 佳久郎はお菓子を食べ尽くし、うろうろし始めた。勝手に冷蔵庫を開け、ハムを食べ始める。こいつの行儀が悪いのはいつものことだ。俺も雨音に注意しなくていいと言われて以来、手出しはしないことにしている。

 佳久郎がお菓子をバリバリ食べなくなったので静かになり、雨音の声が聞こえた。電話しているらしい。

「電話してるよ。何か、タオルのこと断ってるみたいだ」

「え、そうなのか」

 魚肉ソーセージをむきながら佳久郎が驚く。ハムはもう食べたのか。


 俺は耳をすました。

「ひとりでやっておりますから、ええ、ちょっとその量は。いいえ、人を雇うなんてとても。調合の秘伝レシピですか?ええ、それは、その……でも、ええ、ですが……」

 佳久郎は魚肉ソーセージをほおばりながら廊下に頭を出した。

「え?まあ、そうしていただけるなら。1割?そうですね、ええと……まあ、2割ですか。それでしたら、はい」

 話がまとまったようだった。


「お前のとこの魔女、すげえな。協会から権利料2割も引っ張ったのか」

 頭を引っ込め、佳久郎が驚いた顔をする。

「2割ってすごいのか」

「そりゃそうさ。何しろ協会はケチだから」

 佳久郎は生卵をひと飲みにして言った。お前も鳥じゃないか。その卵はいいのか。

「卵は栄養があるし、これは無精卵だから何の問題もないよ」

 そういうことなのだろうか。俺は若干の疑問を覚えたが、佳久郎は2個目の卵を上手に口に入れた。


 しばらくして雨音が戻ってきた。佳久郎は何事もなかったかのように気取ってカッコつけ、そっと雨音の肩を抱こうとしたが雨音は笑顔でさっとその手を払った。

「お待たせしてごめんなさい、カア太郎さん、これ本部に。よろしくお願いしますね」

 その足環の付いた書類入れを受け取ったら佳久郎のここでの仕事は終わりだ。あとは本部に戻らなければならない。

 佳久郎は少し未練がましく手をさまよわせたが、雨音は笑顔のままきっぱりと全てかわした。毎日のことだから慣れている。


 佳久郎は諦めてしゃがみ込んだ。烏の姿に戻り、足環をつけてもらう。

 佳久郎はまた一声鳴いて、専用扉を出ていった。

 雨音は手を振って見送り、ふう、と息をついた。

「マオ、お客様のお相手お疲れ様。いい子ね」

 俺を抱き上げ、雨音が頬をすり付ける。うん、俺いい子にしてた。

「この前薬草の煮汁で汚れちゃったタオルあったでしょう。あれ、本部に差し上げたら評判が良かったみたいなの。全然特殊な調合の薬じゃないのに、少しふっかけたら通っちゃった」

 雨音が俺の腹に埋もれて打ち明けた。

 雨音が俺の腹から顔を上げ、悪戯っぽく笑う。

「これで蓮に新しいスーツ買ってあげられるかしら?」

 佳久郎、俺の魔女はなかなかの策士のようだよ。


 その秘伝レシピはいくらも経たないうちにスーツどころか蓮の車にまで化けるのだが、それはまた別の機会に話そう。

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