第3話 幼なじみの呪縛

昭人あきと、お前、、本当に可愛そうだな」

「自暴自棄になるなよ?」

「女はあいつだけじゃないからな」

「幼なじみがくっつくってラノベの中の話だからさ」


 等々……。


 ムカつくのが、俺を慰めているようなふりをしている奴ら全員が、ちょっと半笑いなことだ。これって、絶対に楽しんでんな。くそっ。


「あのな、だから、恭子きょうこと俺はそんなんじゃないって。何度言えばわかるんだよ。ったく」

「だけどさ、小中高だけならいざ知らず、大学も同じってさ?これって、お前が髙里を追いかけて来たんだろうってみんな分かってるから。そんなに虚勢をはるな。くっー、、泣けるなー」


 あー、もう、何を言っても駄目だと思った俺は、とぼとぼと大学の食堂から、授業の為に第二講堂の教室に向けて歩き出す。


 さっきまで、俺で遊んでいた奴らは、「いってらっしゃーい」とまぬけな声を出して手を振っている。


 本当に、なんでこうなったんだろう。


 髙里恭子たかさときょうこと俺、澤田昭人さわだあきとは、家が隣同士の所謂、幼なじみだ。

 あいつとは切っても切れない仲なのは、まあ、間違い無いだろう。

 お互い触れて欲しくない恥ずかしい出来事が沢山ありすぎて、学校でも余り話さなくなったり、お互いの秘密を守る為に結託したりと、回り回って結局今に至るというのが正直なところか。


 親同士の仲が尋常でないくらい良いため、家族同士の付き合いも盛んだった。例えば、近場でのバーベキューなぞは当たり前、ちょっとした旅行までも両家族で行くなど、ちょっとお互いのプライバシーの垣根が低すぎるきらいがあると俺はずっと思っていた。

 だから俺は、そんな付き合いをできるだけ避けようと数々の言い訳を使うも、いつも恭子のせいでそれが嘘だとばれ、こっぴどく叱れた後、結果的に同行させられるという有様だった。


 まあ、恭子は、とても可愛い奴だと思う。

 それを証拠に、小中高、、いつもあいつはモテていた。だが、何故かこれまで一度も付き合ったことはないみたいだ。


 正直、俺は、恭子とは違って容姿は中の中、、いや、俺が勝手に思っているだけなのだが…。但し、勉強だけは、恭子に勝っていた。だから、英語が苦手なあいつが俺と同じ外語大を受験すると聞いた時は、心底驚いたのだ。


 大学に入っても恭子はかなり目立っていた。

 容姿や服装は正直、清楚といってもいいくらいシンプルな感じなのだが、なんといっても花があるというか、オーラがあるのだろう。学祭でもミスなんとかに出てほしいと実行委員会の学生にかなり付き纏われていたっけ。

 それに、うちは女子生徒の数が男子よりも多い中、その少ないハズの男子生徒の多くはいつも恭子を視線に捉えているみたいだった。その証拠に、この一年で既に十人以上から告白されたらしい。



 そんな恭子がついに一人の男子生徒の告白を了承し、付き合い始めたという噂が一気に広がった。

 さっきまで、俺を哀れむように声をかけていた悪友達は、きっとこの噂を聞いたのだろう。

 だが、そもそも、俺と恭子はそんな間柄ではないし、俺は本当に恭子の事をなんとも思っていない。思ってないのだ…。いや、、思ってないと思う……。


 たぶん………。




 実は、この間、俺にとって、ちょっとした事件があった。

 バレンタインデーの日、チョコレートケーキを俺の部屋まで持って来た恭子に、俺は見惚れてしまったのだ。

 そんな俺をあざ笑うように、「これ、失敗作品だから昭人にあげる!」とそのケーキをぐっと胸に押しつけるとすぐに部屋を出て行った。


「なんだよ、、ほんとに。礼くらい言わせろよ」


 俺はそう毒つきながらスプーンで一口食べてみる。

 ほろ苦いチョコの味と甘いスポンジが凄くマッチしている。


「美味いじゃん……」


 俺は、そう言うとさっきの恭子の顔を思い出してみる。ん?そう言えば、あいつ、ちょっと耳が赤くなってなかった?でも、あいつが俺に対して照れるなんてあり得ない。見間違いだろう。


 それから一ヶ月が経ったホワイトデーの夜、恭子はまた俺の部屋にやってきた。しばらくは、大学の事や高校生の頃に両家で行った東北旅行が楽しかったとか、他愛も無い事を話していたのだが、急にしびれを切らしたように俺に詰問してきたのだ。


「昭人、今日さ、私になにか渡すものないの?」


 その声は、、、、

 恭子は、イラッとモードに入ってしまったようだ…。


 俺は、今までの経験上、『やばいっ』と感じ、「うーん、ほら、俺、こういうの苦手だから何を返していいのか分からなくてさ、、。今日、本人に聞こうと思っていただんだ」と口から出任せを言ってみた。

 『だって、あれは、失敗策っていったじゃん。処理係として食べさせられただけだろう?』と心の中で毒づくも、それはあくまで心の中だけだ。


 すると恭子は、「もうっ!!」と言いながらも、イラッとモードはオフになったみたいで、ちょっと考えている。

 そして、ほんの少しの沈黙の後、恭子は椅子から立ち上がり、ドアを開くと、ゆっくりと振り返った。


「じゃあ、明日、私と一日付き合って。それで許してあげる。明日、午前十時に駅前集合!じゃあね」

「お、、おい!お前、隣なんだから駅まで一緒に行けばいいじゃん!!」


 うろたえる俺を尻目に、だっと階段を降りて行く。


「おばさん、お邪魔しましたー」

「恭ちゃん、またね〜〜。明日、昭人のことよろしく〜」


 うちの母は恭子のことをとても気に入っていて、自分の娘みたいに可愛がっている。父と俺、、まあ、うちは男ばかりだから、女の子と話したり料理したりするのがとても嬉しいのだろうとは思う。って、なんでうちの母親は明日のことを知ってるんだよ?本当に、訳がわからない……。




「ごめん。待った?ちょっと準備に時間がかかっちゃって…」


 駅前のロータリーの石垣に座って、ぼんやりとスマホを見ていた俺は、思わずだらしない顔をしてしまった。


「どう、これ、今日初めて着る服なんだよ。何、その顔?なんかおかしいの?」


 ちょっとイラっとモードに入りかけている恭子に対し、俺はまだあほ面をしているようだ。


「いや、、むちゃくちゃ可愛いよ……」

「へっ、、。そ、、そう。なら、いいけど……」


 今日の恭子はいつもとは違った。


 俺に話しかける際の笑顔、元気に歩く姿、ウィンドーに映る姿をみて髪型を整えたり、、全てが新鮮で、俺はずっとドキドキしていた。

 それと、思っていたより、俺と恭子の身長の差があることに今更ながら気がついた。ちょっと顔を上げて俺の顔を見る仕草にドキドキが増すのだ。


「恭子って、身長って何センチ?」

「えっ、レディーに向かってそういうの聞くの?」

「おいおい、、別に、バストのサイズ教えてくれって言ってるわけじゃ…」


 言い終わる前に恭子に「バシッ」と右腕をはたかれた。


「もう、絶対に教えてあげない!!!」


 そう言って走り出す恭子を俺が追いかけていく…。

 あー、そう言えば、いつもこんな感じだったな。


 小学生の時から優等生のあいつに叱られたり、指示されたり。でも、それは生まれた頃から幼なじみだったあいつとの関係というか、俺にとって至極当たり前なことだった。

 あいつは本当にしっかりものなんだ。だから、俺がいつもあいつを追いかけていくのか…。


 なんか、思えば思うほど情けないなと思う。

 でも、まあ、いいか。あいつの笑顔をみると俺もなんだか嬉しくなるんだ。


 そんなこんなで、ショッピング、映画、ミニ水族館、そしてちょっと豪華なディナーを全部俺が支払って、二人で自宅へ戻ってきた。


「昭人、今日はありがとう。楽しかった。そして、ご馳走様でした」

「いいよ。まあ、ホワイトデーのお返しだしな。それに、俺もなんかいつもと違って凄く楽しかったな」

「でしょう?だったら、もっと私を誘いなさい!いい!!わかった!?」

「はいはい」

「もうー、はいは、一度でいいの!」

「へーい」

「じゃあね。おやすみ」

「うん、またな」



そう言ったのが先週のことなんだよな。

だけど、たった一週間の間に、恭子に彼氏が出来た、、らしい。



- - - - - - - - -


 次の日から、俺はできるだけ恭子と会わないように神経をとがらした。

 彼女をキャンパスで見かけるとさっと建物に隠れたり、家への帰り道にあるコンビニで恭子を見かけると遠回りをするなど、俺は出来る限りのことをした。

 それが功を奏してかあいつとはまったく会話もしていない。スマホにも何度か連絡が入っていたが既読スルーというやつで対応している。

 なんだか、俺が逃げ回っているようで凄く嫌だけど…。


 

 それから約二週間が経った。

 

 今日は、月曜日。恭子は、一限目の授業に出かけるべく朝八時に家を出ていった。それをチェックして、、、さぁ、出かけようと玄関の扉を開けると、なんと恭子が仁王立ちになっているではないか!!


「あの、なんか私、昭人にやらかした?」

「いや、、なにも…」

「なんか私のこと避けてるしさ」

「いや、避けてない」

「あのね、、コンビニを遠回りしているとか、木陰に隠れてるとか、、全てお見通しなんだけど……」

「・・・・・・・」


 俺は完全に詰まれていることを把握した。

 やっぱ、こいつは俺のこと全てお見通しなんだよな。そう思うと、冷や汗がだらだらと背中を流れ落ちていく。


「何か言いたいことあるんでしょう?言ってよ。言わないとわかんないよ」


 ちょっと優しい声で諭すように俺に話しかけるなんて、本当にかなわない。負けたと思った俺は、今キャンパスで話題になっている事を聞くことにした。


「おまえ、彼氏出来たって噂だけどさ。だから、幼なじみとは言え、俺は男性だし、気を使ったんだよ」

「なにそれっ!!!!!」


 恭子は、キッと睨むと、先ほどの優しい口調からイラッとモードへと変化していく……。


「そんな根も葉もない噂を昭人は信じたんだ。そして、昭人はそれでいいんだ。へぇー」


 地雷を踏んだようだが、俺の気も知らない言葉に流石に俺もイラッとした。


「ばか。お前が付き合うなんて聞いて、どれだけ俺がショックだったかわかってんのか?俺はお前のことがずっと、ずっと……」


 あっ、俺、一体何を言わされてるんだろう。やばい、、と思った時はもう既に遅しという感じで恭子がにじり寄ってくる。


「ん?俺はお前のことがずっと、ずっと、、で、それから?なに?早く言いなさいよ」


 もう、俺はどうなってもいいと自棄になって大きな声で叫んだ。


「俺は、お前の事がずっと好きなんだ!!!!!!」


 叫んだ後にふと我に返った俺は、恥ずかしさの余り走り出す。いや、つもりだった。

 

 だが、俺はそこから一歩も動けないでいた。その理由は、恭子が俺に抱きついているから……。


「やっと言ってくれたね。その言葉を約二十年待ってたんだよ。私は保育園の時から昭人だけが好きだった。でも、昭人は全くそんなそぶり見せないし。でも、大学が別々になったら絶対に終わってしまうと思ったから、得意じゃない英語を必死で勉強して昭人と同じ大学に受かったんだよ。合格を知った時の私の喜びとか昭人には分からないと思う。なんか、いつも私だけが昭人のことを好きで、昭人は全く私のことを眼中にないから、いつもイライラしてたんだ」


 俺は、柔らかい恭子の身体を背中から手を回し、恐る恐る抱きしめている。

 この温もり、、なんて暖かいのだろう。こんな俺をずっと好きでいてくれたなんて、、本当に信じられない。夢じゃないのか?とまだ疑ってしまう。


「もしかして、、噂って、嘘なの?」

「ううん。嘘ではないかな。薫君という子から告白されたのは事実だから。で、了承したのも事実なんだ」

「はっ?意味が、、分からないんですけど…」

「ふふっ。その薫君という子はボーイッシュな女の子で、友達になってくださいと言われて、いいよと答えただけなんだ。それが、なんか尾ひれはひれが付いて、いつの間にか私が付き合ってるということになったみたい。でも、私も良い機会だと思ったんだ。この噂を聞いて昭人がどういう反応を示すかね」


 全く、やっぱりこいつにはかなわない。


「で、俺の反応は予想通りだった?」

「えっ、、、それは内緒。絶対に教えてあげない」

「えー、いいじゃん。教えろよ」

「ばーか、教えない。でも、こうして漸く昭人から告白してくれたから今までの私の苦労が実ったと思うようにする。だから、今までの昭人の私への酷い仕打ちは水に流してあげる」

「酷い仕打ちって、大げさな…」

「はー、、、まだそんなこと言うの?」

「いえ、そんなことはもう言いません」

「そう、それでよろしい」


 二人で顔を見渡すと、どちらかとも無く近づいて、俺達にとって初めてのキスを交わす。凄くふんわりとした唇の感触と共に何ともいえない甘い香りがした。二人とも、顔が真っ赤だ。


「昭人、、あのね、、今、私達のキスをおばさんがガン見してたよ」

「なに!!!あのクソばばあ!!」


 二人とも苦笑いをすると、もう一度唇に触れるだけの短いキスを交わす。


「今日は、一限目サボっちゃったからランチでも食べて午後から行こうよ」

「そうだな。じゃあ、今日は俺が奢るよ」

「駄目よ。カップルは割り勘!将来の事考えたらその方がいいでしょう?」

「はいはい」

「だから、はいは、一度でいいの」

「へーい」



「もうっ」といいながら、恭子は俺の右腕に絡みついたと思うと身体をべったりと寄せてくる。彼女曰く、二十年分をこれから取り戻すのだそうだ。


 こんな調子で大学に行ったら、もう俺は大変な目に遭いそうだ。

 

 だけど、本当に清々しい。

 俺、、恭子の事、凄く好きだったんだなと急に分かった事が驚きだった。今まで、自信がないなど言い訳を作り、恭子と恋愛するなんてことを妄想しないように自分で厚い壁を心に立てていたのだと思う。

 でも、恭子は、きっとこれまで、少しずつ、その壁を壊すための努力してくれたのだろう。そして、その仕上げが、噂に乗じた作戦だったと言うわけか……。


 ありがとう。恭子。俺、お前の事大事にするし、きっと幸せにするから。

 まだ、言えないけど、いつか必ずお前に伝えたい。

 彼女の優しい温もりを感じながら、心からそう思っていた。



第三話

終わり










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