第12.5話 ロイドの英雄と馬の骨


 ロイドにとってレイリンは尊敬する同僚であり、騎士の理想像であり、そしてなにより――憧れの英雄ヒーローだった。端的に言うと熱狂的な信者ファンである。

 そもそもロイドはレイリンがいたから騎士団へ入団した。彼女が騎士になって以降、国防騎士団の入団希望者は格段に増えたのである。若い世代にはレイリンを支持する者が多い。


(ちゃんと話せていただろうか。パレードの件の必要事項は伝えたはず……)


 レイリンを前にすると頭の中が真っ白になってしまう。どうやら事務的な処理はできているし、事前に伝えようと思っていたことも話せている。しかし彼女と話している時の緊張はいつまで経っても緩むことがなく、何を考えていたかもほとんど思い出せない。……むしろ何も考えられていないのかもしれなかった。

 ただ、ロイドはレイリンの活躍を支えることに全力を注ぐのみ。上層部がレイリンにやらせようとする雑用を率先して片付け続けていたら周囲から生真面目という評価を受けるようになっていた。レイリンの役に立ちたいだけで動機が不純であるし、その評価が妥当かどうかは判断が難しい。



「ロイド。パレードについてなんだが、進行具合はどうだ?」



 廊下で団長であるギルウィスに声をかけられ振り返る。魔獣行進を退け、我が国は変わらず盤石であるという内外に向けたアピールのためのパレード。その中心となるのは英雄レイリン。となればその準備にロイドが奔走しない訳がない。

 団長ジャスティンからもロイドなら上手くやるだろうと責任者に任命されていた。丁度彼を探していたところであったので手に持っていた書類を差し出す。



「主役であるレイリンの衣装、装飾などはすでに発注済みです。行進の編成やルート、その一帯の当日の地域住民の協力はすでにお願いしてあります。演出のため、魔塔や楽団への協力依頼はこちらにまとめましたので団長殿に目を通していただきたく」


「……お、おう。お前は本当に……レイリンの事となると行動が早いな」



 レイリンを前にすると思考能力がとことん落ちてしまうがそうでなければ頭の回転は速い方だ。サポートや事務処理に関しては得意分野である。ジャスティンの苦笑を受けながら背筋を伸ばす。すべては英雄を輝かせるため。張り切るのは当然だ。



「お前はやはりレイリンのことが……」


「いえ。決してそのようなことはありません」



 ロイドはレイリンを敬愛している。崇拝と言ってもいいかもしれない。だからこそ、彼女の隣に立ちたいとは思わない。彼女の活躍を支え、その輝きを見ていたいだけの自分は対等な存在ではないのだ。

 そのあたりの感情はあまり周囲に理解されないようで、レイリンのため動き回るロイドは度々「レイリンに特別な好意を寄せている」と認識され、告白しないのかなどと声を掛けられることもある。


(レイリンには幸せになってほしいと思っているが、私はそこに必要ない)


 自分はただ英雄の活躍を楽しみにしている群衆の一人にすぎない。その輝きの土台にはなりたくとも、並び立つ対等な存在になりたいと願ったことはなかった。

 ただ、彼女にふさわしい人間が隣に立ってほしいとは思う。そしてそれは彼女が心から愛し、愛され、その輝きがさらに増すような存在であれと願っている。……まあ、レイリンが決めた相手で、レイリンが幸せになれるなら誰でもいいのだが。不幸にする存在だけは許せない。どこの馬の骨とも知らない、怪しい相手が候補にあがれば全力で素性を調べ上げてしまいそうな気はしてもレイリンが望むなら応援するだけだ。ファンとはそういうものである。


 そういう訳でロイドは全力でパレードの準備を行った。一切の妥協を許さず準備を行い、当日は行進に参加せずそれを見ることができる場所に自分を配置した。



「レイリン様ー!!」


「ゴルナゴの英雄ー!!」



 最も人が集まる中央区をぐるりと一周するパレード。その先頭には馬に引かれた輿に立つレイリンの姿。騎士団の制服を元に作られた、それよりも装飾の多い白の衣装は彼女の燃えるような赤い髪がよく映える。ところどころにあしらわれている金の装飾の輝きよりも彼女自身が眩い光のようで、ロイドは思わず目を細めそうになった。が、堪えた。ファンたるものあの姿を目に焼き付けないということだけはあり得ない。


 そんなパレードの最中、レイリンに向かって矢が射られた。主役の彼女が目立つように配置しているのだから刺客からすれば狙いやすい的でしかない。その矢を飾りであるはずの剣で華麗に叩き落とし、輿から飛びあがって自ら刺客を取り押さえるなんて場面もあったがそれすら一つの演目のように盛り上がったのはレイリンの言葉のおかげだろう。



「私がいる限りこの国の防壁は決して崩させない。私を倒せるものなら倒してみろ、いくらでも受けて立つ」



 その一言で襲撃への不安が大歓声へと変わったのだ。そんな事件が起こったというのにパレードは大成功に終わった。なお、ロイドはそんなレイリンの姿に打ち震えていた。


(格好良すぎる……生きていてよかった……)


 これでまた同志ファンが増えるだろう。こういった催しの後は騎士団に多くの贈り物が届く。殆どがレイリン宛なのだが彼女は物欲がないため、金銭的価値のあるものは騎士団に寄付している。その贈り物の仕分けはロイドの仕事の一つだった。

 レイリンから許可を得て贈り物と手紙を精査する。殆どは好意的なもので、たまに脅迫めいたものや嫌がらせの品が届くこともある。光が強すぎれば集まるのは好意だけとは限らない。


(さすがに今回は多いな……一人では無理か)


 パレードの翌日、大量に届いた贈り物は部屋一つを埋め尽くすほどで、その仕分けは流石に一人でこなせそうになかったため、何人かの兵士の手を借りることになった。その贈り物の中でもっとも目立っていたのが、宝石でつくられた花束である。



「うわ、凄いですね。この花、全部宝石か魔法石ですよ」



 色とりどりの宝石で作られた枯れない花束。素材の金銭的な価値もさることながら、花の形に加工するという芸術性の価値も高い。あまりにも高額な贈り物に驚きながら、添えられた手紙を開いた騎士が「あっ」と声を上げた。



「これはレイリンさんに対する求婚のようです」


「どこの馬の骨だ!」


「ろ、ロイドさん……?」



 兵士に詰め寄って困惑させてしまった。しかしそれに気を遣うどころではない。彼が持っていた手紙をなかば奪うように受け取って読んだ。

 云わく、パレードで見たレイリンに一目惚れした。この宝石の花束は自分の気持ちの証。是非、結婚を前提にお付き合いがしたい。また後日騎士団を尋ねるのでその時は挨拶をさせてほしい。とそのような内容だ。


(東国デルセアの商人か……これだけの宝石を贈れるのだから大商人には違いないが……)


 いままで誰も、レイリンに求婚の手紙を送ってきたことはなかった。当然だ、国民はレイリンが“騎士”であることを望んでいる。誰も口にはしなくとも結婚して引退などしないでほしいとどこかで思っているのだ。

 レイリンの結婚に伴う引退を強く望んでいるのは彼女を疎む騎士か、敵国の人間くらいだろう。一瞬、敵国のそういう陰謀かとも思ったが、デルセアは友好国だ。


(……レイリンに縁談か……いずれ彼女も結婚して騎士を引退する……)


 ロイドとてレイリンには長く騎士を続けてほしい。けれど同時に彼女には幸せな暮らしも送ってほしい。しかし突然の結婚と引退を表明されたら目の前が暗くなるほどの衝撃を受けるのは間違いない。


(他国の人間だからこそ、レイリンに求婚できるんだろう。まさか、こんな話、受けないとは思うが……)


 求婚の手紙を二重の意味で握りつぶしたい気持ちを堪えつつ、レイリンへの報告事項としてメモをしておく。さすがに大金となる宝石の花束やそこに添えられたメッセージを無視したりなかったことにしたりする訳にはいかない。

 その特別な贈り物のせいか、はたまたパレード効果で異様な量の品が届いたせいかその日は仕分けが終わらなかった。レイリンへの報告は全てを確認してからまとめて行う。その日、ロイドはレイリンにその手紙のことを伝えなかったが――別の兵士が伝えてしまったらしい。しかもレイリン本人以外にも広めてしまった。


 おかげでその日のうちに騎士団中に他国の商人からレイリンへの求婚があったことが広まり、翌日には民衆へと広まっていた。

 しかも噂とは尾ひれがつくもので、民衆の中ではレイリンが他国の商人と結婚する話が進んでいることになってしまっている。それを知ったレイリンは困ったように首元を掻いていた。



「……これは、困ったな。否定して回るのも面倒だ」


「申し訳ありませんレイリン……私がしっかり口止めしておけば……」



 レイリンを前にして舞い上がり緊張するのが常であるロイドもこの時ばかりは反省と後悔の感情が強く、冷静でいられた。いや、胸の中が申し訳なさでいっぱいになっていると言うべきだろうか。喜んでふわふわとした気持ちになどなれるはずもない。



「謝らなくていい。むしろロイドに任せきりにしていてすまなかった。……しかし、ハウエルになんと言うべきか」



 その時、ふと。ロイドは一つのことに思い至った。こんな騒動が起きた時に真っ先に何か説明をしなければ、と思い浮かぶ相手は特別なのではないかと。


(大魔導士殿はレイリンの幼馴染だったはず……レイリンの特別は、大魔導士殿か?)


 瞬間、夏の緑のように強い生命力を秘めた目がロイドを見つめる。目が合った途端、ロイドは何も考えられなくなった。すぐに逸らされたけれど、それでも一度高鳴った心臓は中々収まらない。



「まあ、どうにでもなるか。その商人とは結婚する気はない。誰かに聞かれればそのように伝えておいてくれ」



 レイリンはそう言い残して去っていった。その背中に「商人“とは”と言うからには、それ以外に結婚を考えている人がいるのでしょうか」と問いかけることもできず、ロイドは彼女を見送った。



(……大魔導士殿なら……馬の骨ではないのではないか?)



 歴代大魔導士を凌駕する魔力量を持ち、魔法開発にも才を発揮する希代の天才。人付き合いは良くないがその才能は誰しも認めるところ。そして彼の目は常にレイリンを追っていた。ロイドはそれで大魔導士ハウエルもまたレイリンの支持者なのだと思い親近感を持ってしまったのだが。……レイリンが幼馴染である彼に対し何かしら特別な情を持っているのだとすれば、彼もまたそうであり、彼の視線の意味は自分とは別の物だったのではないかという考えに至った。


(応援するしかない。よし、決めた。私は大魔導士殿を推す)


 その日、ロイドは勝手に二人の仲を応援することを決意したのである。

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