二章

第12話


 突然の魔獣行進から始まった一件は解決に向かって動き出した。指輪の回収も終わり、侵入した魔法使いも捕らえ、そちらに吐かせた情報から魔獣を操る魔法を持っている敵の捜索が行われ、無事に捕まえることができたようだ。

 春の訪れで魔獣が増える前に捕らえることが出来て本当に良かったと思う。再び魔獣行進など起こされては堪らない。

 毎日状況を報告に来てくれるロイドから護衛の任務は今日までであることが伝えられ、上層部も危険が去って残すは片付けのみと考えているらしいと分かった。



「ハウエルの護衛任務も終了か。……案外短かったな」


「そうだね」

【レイリンが居なくなるのか。……ほっとするけど、なんか……】



 私は結構寂しいと思っている。執務机に向かいながら何でもない顔をしているハウエルもおそらく同じような心境だろう。短い間だったがずっとハウエルと過ごせたのは楽しかった。離れていた七年の時間を埋められたとまでは言えなくとも、少しは取り戻せたと思っている。



「もう朝からハウエルの髪を整えてやることもできない訳か。……私がいなくなると困りませんか、大魔導士殿?」


「……からかうのはやめろ。君がその言葉遣いになる時は僕で遊んでる時だろ」

【心臓に悪い】


「はは。私もハウエルと離れるのは寂しいからな、つい」


【もっと心臓に悪いこと言い出した……ッ】



 彼のペンが余計な線を引いたのには気づかないフリをした。私が助手をしていれば魔力面では役に立つけれど、集中力をそぐという意味で邪魔になっているので彼の研究が進んだかどうかは怪しい。

 何食わぬ顔で新しい紙を取り出し一から魔法陣を描き始めたハウエルは【今日中に完成させる】と意気込んでいた。私はそれ以上彼をからかうのをやめて大人しく助手に徹するのみである。



「これに魔力込めてみて」



 神妙な面持ちのハウエルが差し出した紙を受け取る。初日に見た時とは随分魔法陣の形が変わったように思う。研究テーマは変わらず、個人に付与する防壁魔法だ。さっそく魔力を込めて発動を確認し、腕を動かしてみる。



「ふむ。動けるな」



 透明な壁に阻まれることなく自由に動ける。そして自分の腕を軽く指で叩いてみれば堅い感触が返ってきた。たしかに魔力の壁が私の体を覆っている。携帯型防壁魔法と呼ぶべきものが出来上がった。私のような身体強化魔法持ちで魔力が余りがちな騎士ならこの魔法はかなり有用だろう。



「良さそうだな。これなら新しい魔法として報告できる」

【魔道具にするのはまだ時間かかるけどとりあえず完成だ。……レイリンが外に出る前に間に合ってよかった】



 魔道具はこういう研究から生まれた魔法陣を刻み込み、誰の魔力でも発動できるようにしたものでゴルナゴ独自の技術が使われている。作るには魔法石が大量に必要で、何より使用に魔力が必要だ。国内ではさまざまな種類が出回っているが他国ではほとんど見かけない。

 他国からすれば珍しい品になるため、魔力がなくても欲しがる好事家もいるらしく商人が高値で買い求めることもあるけれど。他国に売られるのは今回ハウエルの作ったような戦闘に使えるものではなく、生活魔法が込められた便利品だけだ。



「そういえばこれ、効果はどれくらい続くんだ?」


「一日はある。それあげるから効果切れまで使ったら? 君は怪我ばかりするからな」

【そうすればやっと、少しは君を守れる】



 紙に描かれた魔法陣には使用回数がある。それを引き延ばし修理さえすれば何度でも使えるようにしたのが魔道具だ。複雑で緻密な陣を魔力を込めながら描ける人間なら何度でも同じ魔法を使えるのだろうが、それが出来ないから魔道具を作るのである。



「ありがとう。ハウエルに心配をかけないよう、毎日使う」


「…………そう」

【うっバレてるのなんか恥ずかしい。今まで全く気付かなかったのに、なんで急に鋭くなったんだよ】



 心のふきだしが見えるようになったからだとは言えない。もしハウエルが結婚の話を持ち出してくれれば私も秘密を打ち明けられるのだが、今のところそのような雰囲気はなかった。


(いっそ私から言い出してもいいのかもしれないがな)


 大人になったら結婚しよう。その約束を言い出したのはそもそも私だったのだ。その約束をどうしたいかと尋ねてみるだけでこの関係は前に進みそうではある。しかしそれではいつまで経ってもハウエルの言葉が聞けない可能性がある。


(直接言ってほしいと思ってしまうのは何でだろうな。……もうしばらく待つか)


 そういう訳で私たちはいまだ幼馴染の友人のままだ。夜になって護衛任務も終了の時刻となり、名残惜しい気持ちはあれど任務でもないのに他人の家に居座るのはよろしくないと彼の家を出ようとしたところで声をかけられる。



「……傷、治ってないのにもう復帰するのか」

【完全に治るまでは休息になると思ってたのに】


「そうだな。まあ大体治っただろうし大丈夫だ」


「こんな短期間で治る訳ないだろ。ちょっと動くな」

【こんなことなら早く治してやればよかった】



 ハウエルが治癒魔法をかけてくれた。ほんの少し体に残っていた違和感が綺麗に消え、体が完全回復したことを悟る。しかし元から殆ど治りかけていたようで、一瞬で魔法が消えたしハウエルも少し驚いたように目を大きくした。



「君の回復力、どうなってるんだ?」


「まあ昔から体は丈夫だしな。……でもありがとう、ハウエル」


「……別に。大したことしてない」


「気遣いが嬉しいんだ。……じゃあ、またな。夕食を作れそうなら明日も来る」



 無言でうなずいたハウエルが【そうか明日も来るかもしれないのか】と内心嬉しそうだったので、ちょっと無理してでも明日は必ず夕食を一緒に食べようと心に誓って魔塔を後にした。

 そのまま騎士団本部に併設されている寮で使っている部屋に帰宅する。明日には団長に任務終了の報告をしなければならないので自宅に戻るよりこちらが楽だからだ。


(家よりここの方が魔塔に近い、というのもあるがな)


 何かあった時に駆け付けやすい。護衛任務で一日中傍に居て、離れることが不安になったのは私の方だったらしい。そんな自分に苦笑しながら眠りについた。


 翌日。朝起きて整えていたハウエルの雪兎のような髪を思い出し、寝ぐせを放置していないかなどと気にはなるがわざわざ毎朝大魔導士の家に通う訳にもいかない。朝の支度を済ませ寮内の食堂で朝食を取ったのち、団長の部屋へと向かった。



「レイリン=フォーチュンです。任務完了の報告に参りました」


「ああ、入ってくれ。丁度話があった」



 ジャスティンの返答を受けて団長室に入る。まずはハウエルの護衛任務を無事終えたことを報告し、指輪持ちの刺客を捕えた件を褒められた。そしてこの一連の事件の収束を祝い、パレードを行うことを告げられた。

 曰く。謎の魔獣行進から騎士団が慌ただしく動き、国民の中にはまだ不安の種が残っている。それを吹き飛ばすため、また我が国の安泰を敵国にアピールするために派手な演出が必要だと。



「主役はお前だ、レイリン。頼んだぞ」


「……私は目立ちたい訳ではないのですが」


「……まさか自分が目立っていないと思っている訳じゃないだろう?」

【今更過ぎるだろう、それは】



 目立っている自覚はある。ただそれは、結果的にそうなっているだけであって私自身が目立ちたがり屋な訳ではない。華やかな行進の主役になりたいなんて微塵も思わないし、パレード自体には賛成するけれど注目を集めてくれと言われたらできるだけお断りしたくもなる。



「魔獣行進を一人で退けた騎士が健在であること。お前が皆の前に立ち、その姿を晒すだけでかなり効果があるんだ。国民に対しても、国外に対してもな」

【多少、レイリンの危険が増える可能性もあるが……まあこいつなら大抵大丈夫だろうからな】



 団長の言葉で一つの可能性に気づいた。今、敵国が狙ってくるのは一人で防壁を張っているハウエルだ。しかし、私という人間が敵国にとって脅威であると認知されれば――その矛先が、少しはこちらに向くかもしれない。どっちにしろ私が叩き潰すことに違いはないので、最初から私を狙ってくれれば話が早くて済む。



「承知。引き受けましょう」


「よし。……そういえば、体調の方はもういいのか?」


「ああ、はい。もう万全です」


「……それはよかった」

【やっぱり化け物じゃないか?】



 ハウエルが治療してくれたからというのもあるけれど、ほぼ治っていたのも事実なのでジャスティンのふきだしは黙殺した。……私の回復力が異様なのはどうやら事実である。


 それからの日々はパレードの準備で忙しくしつつも、ハウエルと夕食を摂ることも多く充実した日々だった。そうして訪れたパレードのせいで私の身に全く予想していなかったことが起きる。……パレードで私を見初めたという他国の商人から、求婚状が届いたのだ。

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