幕間劇
大きなアクビがでた。
その拍子に魔法の穴への視線を断ち切られ、ロキ神の意識が戻った。
魔法の穴を覗きこみ始めてから、さほどの時間は経っていない。天敵であるスコール狼に追いつかれまいと太陽は急ぎ足で天空を横切ってはいるが、それでもほとんど位置が変わったようには見えない。
そよ風。暖かさ。柔らかな草地。さきほど食べた魚の残りには、もう蟻がたかってしまっている。アブが一匹、どこからともなく飛んで来ると、ロキ神の足の先に止まって汗を舐めはじめた。
平和な光景だ。
草の大地の上で体を反転させる。うんと、大きな伸びをして、強ばった筋肉をほぐす。
ロキ神の体から無数の影が伸びた。変身者。いたずら者。反逆者。夜の王。詐欺師。世界の終わりを画策する者。騒乱の主。
どれもこれも大忙しだ。神の世界であるアスガルド界を中心に、ロキ神の無数の側面が、水の上の波紋のように広がる。
確率的多次元宇宙連続体という言葉はロキ神の頭には浮かばなかった。そのような言葉を使わなくても、神である身の存在だけで、すべてのことは行える。説明の必要など、そもそもここにはない。
ロキ神は草の葉をむしると唇に当てた。不思議な音色の調べが、そこから産み出される。
存在し、存在せず、存在したかもしれない、そして存在しなかったかもしれない世界の一つ。主旋律から生まれた変奏曲の一部。
ラングとファガスを主題とした、別の北欧神話界の一つだ。
そこにはロキ神自身の本質の一部も含まれている。
もう一度大アクビをすると、ロキ神はまたもや地面に寝転がった。午睡の時間はまだ終わってはいない。ロキ神はその視線を魔法の穴へと戻した。
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