第2話

「まるで、吸血鬼だな」


 その男たちは、恭介の血液を大量に抜いた。

 恭介の抜け殻は、彼らの実験室にあった。


 数日後…。

  

 睦美たちが、花火見物からの帰り道。

 恭介の最後を見ていた公園の樹が、揺れる。

 下品なミニバン。

 スーツ姿の男たち。

 黒スーツの男が一人、睦美たちの前に、立ちふさがった。


「今晩は、先生」


「どなたでしょうか?患者様のお顔は、全て覚えているはずなのですが、失礼ながら見覚えのあるお顔は、ございませんが」


 一歩踏み出した、黒スーツの男。


「あなたの造られたナノマシン。あれは、実に素晴らしい。わが国の防衛にとても適している」


 小椋は、少し考えた。


「ダイエットマシンは、心の治療をするためのもの。兵器ではありません」


「しかしね、先生。あれは、使い方次第では、この国以外の世界中、全ての人間の心の動きを止める事が、出来る。汚さない、殺さない。この国のためにあるような武器だ」


「繰り返しになりますが、あれは武器では、ありません」


 スーツ姿の男は、小椋に話しかけているのに、欲しい返事以外には無視をする事にしたらしい。

 どうやら、役人の類いだ。

 最もたちが悪い。


「こちらの学者に解析させたところ、あれには、方向づけがされている様ですね。心の活動を止めるくらいにパワーを上げるには、そのコントロールが必要の様です」


「何故それを。大気中のナノマシンを回収できたのか?だったら今すぐ全てのナノマシンを回収すべきだ」


 黒スーツの男の手は公園の雑草をもてあそんでいた。

 雑草は嫌がっているように見える。


「なるほど、先生には、あれが武器転用出来ると最初から分かってたわけですね。残念ながら、大気中のものは、回収出来ませんでした。先生の患者の牧野さんの身体から採取させていただきました」


 小椋は、青ざめた。


「そんなに大量の血液を…」


「先生は、失恋内科でしたね。牧野さんの失恋の痛みは、私たちが、永遠に取り除いて差し上げました」


 小椋は、黒スーツの胸ぐらを掴んだ。もちろん友人が、すでにこの世にないことは、理解していた。


「逃げろ。睦美、加奈子さん逃げるんだ」


 胸ぐらを掴まれたままの黒スーツは、平然としていた。


「それは、無理です」


 スーツ姿の男たちは、加奈子と野々乃を平然と撃ち殺した。

 大型の拳銃。

 助かる見込みは無い。

 いつの間にか、近くに止まっていた黒い車から数人の男たちが、降りて来て加奈子たちの死体を回収する。


「人質は、ひとりで、じゅうぶんです。我々の本気度。理解していただけましたか?」


 黒スーツの男は、すでに小椋の手が、自分から離れている事に気づいた。

 小椋の視線は、すでに自分を見ていない。

 視線の先は…。

 睦美だった。


『この男の女房だったはず。何故?』


 睦美は、視線が定まらなかった。

 加奈子の笑顔を探そうとするのだが、見つからない。

 そして、それは永遠に見つからない事を理解していた。

 しかし、心は、その事を否定する。


「もう、終わりだ」


 睦美の姿を見た小椋は、つぶやいた。


 睦美は、絶望した。


「加奈子」


 地球上、人と呼ばれた動物が、発した言葉は、それが最後になった。


 当初、小椋の作ったナノマシンは、未完成だった。

 睦美の体内でようやく完成したのだ。

 元々は、侵入した宿主の肉体を健康な状態に、作り変えるだけの物。

 脂肪過多なら消費を助けるし、心に悩みがあれば、取り除くように働く。

 睦美のような失恋体質の肉体に侵入すれば、失恋の痛みをやわらげる様に、自己進化する。

 睦美の体内で失恋内科用ナノマシンとして、完成された。

 

 今世界に拡散しているナノマシンは、睦美バージョン。

 小椋自身が、治療中誤って、漏らしてしまった。

 失恋対策適用体。

 つまり、心の痛みを取り除くタイプのナノマシンだ。

 睦美の感情に素直に従うナノマシンは、既に人類全てに、入り込んでいた。

 問題は…。

 侵入してから早い段階では、オリジナルに従うという部分だ。

 時間があれば、侵入した宿主に最適な状態に、自己進化する。

 しかし、その時間が無かった。


 加奈子の死に耐える心の強さは、睦美には無い。


 睦美の望んだ通り、心の働きを停止する。

 もちろん、世界中のナノマシンが、それに従う。

 時間が、止まったわけではない。

 しかし、地球上の人間は、誰ひとり動かなかった。

 1週間もすると、ほとんどの人が、命を失い、三年もすると、風に飛ばされる塵となった。


 地球上に、大型で、数の多さを誇り、地上を荒らし回った動物は、いなくなった。

 地球は、豊かな自然を取り戻し、厳しくも優しい生き物の楽園に戻った。


 ダイエットマシン。

 美しい地球。

 そこには、人の姿は、必要なかったのかもしれない。


 

                         

          おわり

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失恋カルテ3 ダイエットマシン @ramia294

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