第33話  クラトさんのお願いごと②

「ごめんごめん。それで?何か急用だったかな?」


 園生くんは私をからかって満足したのか、ふぅと一息入れながら聞いてきた。

 目尻に涙までためている。そんなに面白かったかな、と少しイラッとしたけど、それよりも大事なことがある。


「急用と言えば急用かな。クラトさんがね、『なんでも屋』に依頼したいことがあるみたいなの」

「へえ?クラトさんが?」


 クラトさんの名前を聞いて、園生くんが目を見開いて少し驚いたような顔をしている。

 タイムも不思議そうな顔で園生くんを見上げている。


「昨日会ったからわかるだろうけど、クラトさんってどっか掴みどころがないのに、律歌ちゃんってばいつの間にそんな仲良くなったの?」

「えっ……別に仲良くなったってわけじゃないよ」


 どちらかと言えば、私のお願いにクラトさんが交換条件のように言ってきた感じだ。

 それでも、約束したのだから今日はクラトさんのところへ出向かなければならない。

 私は昨日のクラトさんとのやりとりを園生くんへと説明した。


「へぇ~。僕がおばあちゃんと話し込んでる間にそんな話してたんだ」


 どことなく、園生くんの言葉の端にすねているような空気がまとわりついている。

 普通なら大の男がイジイジするな、と感じるのに園生くんだと不思議とそんな気持ちがわき上がらない。むしろ、可愛らしいとまで感じる。


 この違いは一体何なんだろう?


「僕に依頼があったわけじゃないし、律歌ちゃんいってきなよ」

「え!?いやいや、クラトさんは園生くんも交えて話したいって言ってたよ!」

「でもさ、そんなのただの口実で、本当に僕が一緒に行ったら邪魔者が来たと思うかもしれない」


 邪魔者?

 ……園生くんが何か大きな勘違いをしているような気がしてならない。


「あのね、園生くん。何か勘違いしてないかな? 園生くんが邪魔な訳ないじゃない」

「……」

「私には園生くんの力が必要なんだ。助けて欲しいなぁ~」


 少しワザとらしかったかな?どうやら拗ねているみたいだったから、必要アピールしてみたんだけど……。


 園生くんはしばらく黙り込んでいたけど、一人で「うん」と何か納得したみたいに小さく頷いた。


「わかった。お邪魔虫にならないように一緒にクラトさんのところへ行くよ!」



 ◆ ◆ ◆



 タイムを一度すずさんの宿に置いてこようとしたのだけど、タイムがなぜか頑として動かない。

 ところが、進行方向をクラトさんやおばあさんの家があったほうへ向けるとさっきまで嘘のよう。

 尻尾まで振ってご機嫌に歩き出そうとする。


「これは……」

「タイムも連れて行くしかないねー。……頑固なところは律歌ちゃんと通じるものがあるかもなー」

「……何か言った?」

「ん?……タイム、おばあちゃんの所まで競争しよっ!」


 わんっ、とタイムが楽しそうに反応すると、園生くんと一緒に駆け出してしまった。


「あっ、ちょっと!」


 私も先に行ってしまった一人と一匹を慌てて追いかける。

 何か誤魔化されてしまった気もするんだけど……、とりあえず今はクラトさんだ。

 私は置いて行かれないように、必死に走って追いかける。

 普段の運動量の違いか、年齢の差か、ちょっとずつ園生くんたちとの間に距離が出来る。


 く、これがっ、アラサーと若者の……差だと言うの……っ。


 私がクラトさんの家に着く頃には、息も絶え絶えでヒィヒィ言いながらやっとの思いで呼吸をしていた。

 それに対して、園生くんは呼吸一つ乱した様子もない。

 ここに来るまでに、必死の形相の私に泣いた赤ちゃん、引いていたお母さんに心配そうな顔のおじいちゃん……すれ違った人たちにはとんでもない顔を見せてしまった。


 もう……お嫁にいけない……。せめて、赤ちゃんのトラウマにならないといいな……。


 それにしても、クラトさんの家はおばあさんの家と比べるとこじんまりとしている。

 マイダの国は全体的に2階建ての家が多い。宿屋など大きくお店を展開しているところだと3,4階くらい建てもある。

 しかし、それは街の中心部に少しある程度で、2階建てが主流のようだ。

 そんな中でクラトさんの小さめの平屋は存在感も薄い。そのせいかはわからないけど、人がいる様子もない。


「こんにちはー」

「……律歌ちゃん、約束したんだよね?」


 園生くんがタイムを撫でながら確認してくる。確かに約束はした。

 おかしいなぁ、と家の周りをぐるっと回ってみても、人影はない。


 一体、クラトさんはどこに行ってしまったのだろう。


 おばあさんの家にお邪魔してるのかと思って、タイムにしれっと見てきてもらったが中にはクラトさんはいなかった。

 園生くんと一度、宿に戻ろうかと話していると、マイダの国のはずれにある雑木林からクラトさんが現れた。


「おぉ~、おまえら。よく来たな、あがれや」


 えぇ~……結構待たされたのに、それだけ?


 そんな不満が顔に出ていたらしい。


「ん~?うちに来い、とは言ったが特に時間までは決めてなかったろ。んな顔すんなって」


 クラトさんはケロッとした顔で、家のドアを開けて入ってしまう。

 園生くんも「なるほど」とつぶやきながら、クラトさんのあとに続く。


「おじゃましまーす」「おぉ~。あ、一応簡単に玄関で泥ははたいてくれよ~」


 お邪魔虫は、園生くんじゃなくて私だったみたい。

 私を置いてけぼりにして2人とも家に入ってしまった。


 パタンとドアが閉まる音が寂しく響く。


 タイムが私のスカートの裾をくわえて引っ張る。心配してくれているのか、こんなところでへこたれないで私も家に入れと急かしているのか。


「ありがとうね、タイム……」


 少ししんみりとした空気を打ち破るように、さっき閉まったドアが今度は勢いよく開いた。


「おーい、んなとこで何してんの。早く入った入った。話始めらんないでしょうよ」


 開いたドアの縁に体を気怠げに預けたクラトさんが、こっちを見ている。

 私のこともちゃんと「なんでも屋」としてカウントしてくれていたみたい。それだけで、沈みそうになっていた気持ちが浮上してくる。

 クラトさんが片方の口角をニヤッとあげて、手招きしている。


「やっと、呼吸も落ち着いたみてぇだな。もっと、運動しろよ~」

「……明日からよく検討します……」


 ニヤニヤしたクラトさんはやっぱり一言多い。

 でもおかげで、一度閉まったドアは再び開いた。私は、今度こそ閉まる前にクラトさんの家の中に入ることが出来た。


 室内はかなりシンプルで、あまり物も置いていない。なんだか本人のキャラと合っていないような気もする。

 小さなキッチンにテーブルとイス。仕切りがあって、となりが寝室とかなのかな?

 キッチンでは小さなヤカンが火にかけられている。その脇には片手鍋、ペティナイフが無防備に転がっている。


 あ、危ない……。


 テーブルにはカップが3つ用意されている。が、カップの形はどれもバラバラ。イスも3脚あるうちの2脚は同じものだが、1脚だけパイプイスのような簡素なものだった。

 普段、クラトさんは家に人を呼んだりしないのだろう。


「ほれほれ、んなとこにボーッと突っ立ってないで、座れ座れ」

「え、あっ、お、お邪魔します」

「律歌ちゃん、こっち~」


 園生くんがどうぞ、と示してくれたイスへとりあえず腰掛ける。

 クラトさんはキッチンへ向かい、湯気が少し出ているヤカンを持ってきてそれぞれのカップに注いでくれた。

 カップの中の液体は透き通った、淡い黄緑色をしていた。そっと鼻を近づけると、ほんのり香る新緑のような匂い。そのままひとくち口に含むと、抹茶のようなすきっとした苦みとそれを和らげるような甘みを感じる。


「美味しい~。上等なお抹茶を飲んでるみたいです」

「確かに。でも色味は緑茶に近いよね。……お高めの緑茶?」


 園生くんもこれが何かは知らないらしい。

 クラトさんは私たちの問いに答えず、カップの中身をぐいっと一気に飲み干した。


「どっちもいい線だが不正解だ。これは桑の葉を蒸して乾燥させた健康茶だ。意外とうまいだろ」

「へぇ!これが桑の葉茶ってやつですかぁ。薬局の健康茶コーナーによく置いてありますよね」

「そうそう。オジサンはそろそろ健康を気にしないといけないからねーツラいんだわ」


 クラトさんはそう言いながら、ヤカンから桑の葉茶を再び注いで空いていた簡素なイスにどかっと腰を下ろした。

 ふぅ、とひとつ息を吐くと今度は真面目な顔で私たちのことを見つめた。


「じゃぁ、お嬢ちゃんの元気が戻ったみたいだし、本題に入るとすっか」

「ぁっ……」

「別に、茶ぁも飲めたしちょうど良かった。俺からおまえさん達に頼みたいことはひとつ。ばあちゃんの息子を捜して欲しい」


 クラトさんは私が何か言う前に本題に入ってしまい、口を挟むタイミングを失ってしまった。

 園生くんはクラトさんの言葉を聞いてから、お茶で喉を潤した。


「昨日、おばあちゃんのところでも言ってましたよね?おばあちゃんは捜さなくていいって言ってたと記憶してますが……」

「そうだな。だから、これはばあちゃんの為じゃねぇ。俺があいつに一言言わなきゃ気が済まねぇんだ」

「うーん……受けるのは構いませんけど、おばあちゃんの息子さんに関しての情報がないと僕らもどうにも動けないんですよね……」


 園生くんは、眉を八の字にして小さく肩をすくめた。

 クラトさんは園生くんの言葉を腕を組んで静かに聞いていた。


「まっ、そりゃそうだな。あいつの見た目と目撃情報は紙にまとめてある」


 クラトさんはそういうと、1度隣の部屋に消え、戻ってきた時には紐で綴った紙束を持っていた。それをバサッとテーブルに乱暴におく。

 園生くんは出された紙束にざっと目を通して、ニコッと笑うと


「これだけ情報があれば、どうにかなるかもしれないですね」


 クラトさんに前向きな返答をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る