第33話 頭領の判断

 孝霊天皇となった大王と、ヤマトの地で迎えた妻であるクワシが伯耆国に入り、十年近くの年月が経過していた。

 大王が不在の間も、クワシが大陸伝来の作物を育てる技術や道具を伝えてくれていることで、作物の取れ高も上り調子になってきている。


 妻木の里の頭領という立場に君臨し続けているムラジは、床に大小いくつもの小石を置き、片肘を突いて寝転がっていた。


(使えるなぁ。あのクワシという后は……)


 やはり、ヤマトの者だからだろうか。大王の妻になるべく育てられてきた立場の者だからかもしれないが、蓄えている知識の量が違う。


 以前はイヅモの勢力が勝っていたが、今となってはヤマトのほうが力を持っていると見て間違いない。イヅモ王家の顔色を伺いつつ、ヤマトの皇子であった現在の大王に取り入っていったのは、間違いないではなかった。


 その判断を下した当時の自分を褒めてやりたい気分だ。


 世間体もなにも理解しておらず、見てくれがいいだけだったアサギが、飽きられることなく大王からの寵愛を受け続けていることは嬉しい限りである。


 しかし、アサギのあとに続けと嫁がせた二人が自ら死を選んでしまったことは、予期せぬ誤算だった。

 婚姻関係を結んで子を成し、イヅモ族とヤマト族の血を引く血族を増やしてヤマトからの庇護を強くする目的があったのに……けっきょく、ヤマト族とイヅモ族の血が混じった子は、鶯王ただ一人のみ。


 その鶯王も、今年で十二。もう十分に、大人の仲間入りを果たしてもいい年齢に達した。


(と、なれば……コイツを大将に据えるか)


 近く、大王の元へ向かわせる討伐隊を編成することになっている。

 大将を誰にするべきか、ムラジはそれを悩んでいた。


(そろそろ鶯王も討伐に参加させ、武功の一つや二つ上げさせねば、これから先が見い出せぬ)


 実力で決めるべきか、立場で選ぶべきか。


(この地で育ったが、鶯王は大王の血を引く皇子。大将に据えたとて、血筋に異論はないだろう。稽古をつけてもらっている剣の腕前も、そこそこいいと聞く。ならば、誰からも文句は出ないはずだ)


 よし、これでいこう! と膝を打つ。


 平穏に仇なす者達を討伐するために、この地から出発する討伐軍の大将に相応しいのは鶯王だと言いくるめることにしよう。


 ムラジは仰向けに寝転がり、大の字に手足を伸ばす。

 自分の中で方向性が見えて、清々しい気分だ。


「それにしても、使えないヤツらが多いなぁ……」


 妻木から少し離れた溝口(みぞくち)という地で、鬼住山(きずみやま)を根城にした者共が近隣の村々から物や娘を強奪していくらしい。

 鬼住山の周辺に住まうイヅモ族の集落が標的となり、被害が絶えずに困っていると、その地を治める者が陛下に訴えを上げたという。その知らせがこの里にもたらされたのは、つい先日のことだ。


 鬼住山を根城にしている者は、大王に言いがかりをつけて戦を始めたイヅモ族の人間達であるらしい。


(儂は、ただ……大王に嫁がせた娘が二人死んだと伝えただけなのに、殺されたと勘違いしおって)


 戦が起こった原因が自らの発言であると認めたくない。説明をしたのに聞く耳を持たず、解釈を間違えたイヅモ王家の者達のほうが悪いのだ。

 その勘違いから始まった戦は、各地に場所を移しながら、十年近く経った今も続いている。


 嘆かわしい話だ。


 現在の大王は伯耆国を拠点にしつつ、山脈を越えた吉備の地から日野川を辿り、回り込むようにイヅモ軍の戦力を削いでいっているらしい。


(早々に降参して、ヤマト族の傘下に下ればよいものを)


 そのほうが、命の犠牲が最小ですむ。


(生き残らなければ、意味が無い)


 国だけ残っても、人が居なければ意味が無いのだ。

 民の暮らしが豊かになれば、国も豊かになる。伯耆国の妻木という里を豊かにしていくことが、頭領であるムラジの仕事だ。


 目的を達成するためならば、小さな犠牲は厭(いと)わない。


 それがムラジの考え方だった。

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