【ミステリ】アリバイが多すぎる

鈴木空論

アリバイが多すぎる

「一人の人間が同じ時刻に三つの場所でアリバイがあるなんてこと、あると思う?」

「……なんだそりゃ?」



 昼休み。

 誠人がいつものように屋上で購買の総菜パンを食べていると、

「生徒が屋上への立ち入るのは校則で禁止されているはずなんだけど」

と、背後から声を掛けられた。

 振り返ると優美が立っている。

「お前も生徒だろう」

「私はいいのよ。取り締まる側だから」

「職権乱用じゃねえか」

と、誠人は言ったが優美は気にする様子もなく、

「隣、空けてもらっていい?」

 誠人の横に座ると、持ってきた弁当を開けて食べ始めた。


 草野誠人と平山優美はともにR高校の二年生。小学校の頃からの幼馴染だった。

 といって、特に仲がいいというわけではない。

 あまり品行も成績も良くなくサボり癖のある誠人に対し、優美は成績優秀で人望もあり、風紀委員の副委員長まで務めている。

 いわば狩られる側と狩る側――と言うのはさすがに大袈裟だが、普段わざわざ避けたりすることはないが必要以上に会話をすることもない。

 腐れ縁、という言葉がぴったりな関係だった。

「で? 元気ないようだが何かあったのか?」

と、パンを齧りながら誠人は言った。

 優美は箸を口へ運ぶ手を止めて誠人を見た。

「わかるの?」

「何年お前の顔見てきたと思ってるんだ。大体、何か相談事があるから俺のところに来たんだろう。どうせ暇だし話聞くくらいならしてやるぞ」

「………」

 優美ははっきりした性格な反面、正義感が強すぎるきらいがあり、入学した当初から風紀委員をしていたこともあって他の生徒たちから疎まれることも多かった。そのせいか友達は多いものの親友と呼べるくらいの人間はこの高校にはいない。

 そのため、あまり他人に言えない悩みがあると誠人のところへ来て相談をしていた。

 誠人は欠点は多いが口だけは堅いのだ。それに妙にカンが鋭くて、優美だけでは思い至らなかったようなことに気付かせてくれたりする。だから優美は内心では誠人のことを信頼していた。

 誠人のほうも頼られるのはまんざらではない。少なくとも拒絶する理由は無かった。

 ただ、今日の優美の様子は普段相談しにくるときとどこか違っているようだったが。

 優美はしばらく黙々と弁当を食べていたが、やがて独り言のように、

「一人の人間が同じ時刻に三つの場所でアリバイがあるなんてこと、あると思う?」

「……なんだそりゃ?」

 予想外の問いが飛んできたので誠人は思わず聞き返した。

 優美は続けて、

「先々週の話なんだけどね、R高校の近所のお店のガラスが割られるって事件があったのよ」

と、話し始めた。「防犯カメラの映像を見た感じだと、それがうちの生徒だったらしくてね。わざとやった訳では無いみたいだったんだけど、割ったあと謝りもせずその場から逃げ出しちゃったらしいのよ。お店側も学校側も大事にはしたくないからってことで、こっそりと犯人捜しをすることになって、風紀委員の私たちも何故か情報収集要員に駆り出されたの」

「なるほど。それが難航してるから難しい顔してたのか」

 ところが優美は首を振った。

「いえ、その件はもう解決したのよ。犯人も判明して謝りに行かせたし」

「へ? じゃあ何を悩んでるんだ」

「まだ犯人が判明する前のことなんだけど、風紀委員の一人がこんなことを思いついたの。その店がある通りを通学路にしている人をピックアップして、その中でガラスが割られた時刻にアリバイが無い人を探せば犯人をある程度絞り込めるんじゃないか、って。そんなわけでその方法で容疑者をリストアップしてそれとなく聞き込みをしてみたんだけど……」

 優美はミニトマトを箸で摘まみ上げて、「そしたら事件とは無関係ではあったけど、妙なことになっている人が一人いたのよ」

 誠人が、

「それがさっき言ってた同時刻に三つのアリバイがどうこうというやつか」

 優美は頷いた。

「仮にその妙な人をA君と呼ぶことにするけれど――A本人はその時刻のアリバイは無いと証言したの。だから一応、容疑者のリストからは外さないでおいた。そしたら後からAのアリバイを証言する人が三人現れたのよ」


 優美は三人の証言者についての詳細を語り始めた。


 一人目の証言者はAの部活の後輩のB。自身のレギュラー入りのことで悩んでいて、その時刻AにはBの家で相談に乗ってもらっていたという。

 Bの家族も家にいたから、必要であれば家族に確認をして貰ってもいいとまで答えた。

 優美はAがどうしてそれを言わなかったのか疑問に思ったが、まあアリバイがあることがわかったのだからとりあえず容疑者から外して良いだろうと考えた。


 ところがBとの話が終わって間もなく、二人目の証言者が優美の元を訪ねてきた。

 証言者はAのクラスメイトのC。

 Cはガラスが割られた時間帯は図書館でレポート作成の調べものをAに手伝って貰っていたと言った。

 優美は内心首を傾げたが、裏取りをしたところその時間に受付をしていた図書委員の子も間違いなくAを見かけたと証言した。


 そして混乱し始めた優美に追い打ちをかけたのが三人目の証言者であるAのクラスの担任D。

 ガラスが割られた時間帯、Dは授業で使う備品の買い出しのため、荷物運び要員としてAを自分の車で連れ出していたと言った。

 裏付けとなる証拠や証人はいないようだったが、こちらが何も言っていないのにAとガラスの件は無関係だと事あるごとに繰り返した。


 優美はいよいよ意味が分からなくなった。


 一人目の後輩Bの家、二人目の学校の図書室、三人目のDが買い出しに行った店はそれぞれ数キロメートルは距離が離れている。常識で考えれば同時刻に同じ人物がそれぞれの場所にいることは不可能のはず。


 これは一体どういうことなのだろう?



「……どう思う?」

 説明を終えると優美は誠人に尋ねた。

 誠人は優美の話に耳を傾けながら黙々と総菜パンを食べていたが、やがてゴクリと呑み込むと、

「Dはともかく、BとCの証言は本人以外の証言まであるのなら信じるしかないんだろうな」

と、言った。「とすると考えられるのは……Aのドッペルゲンガーでも現れたのかね。あるいは変装の名人が三人ほどどこかからやって来てAに変装してBCD三人を騙したか、実はAが四つ子だったとか」

 優美は誠人にじとっとした目を向けて、

「……もう少し真面目に考えてくれない?」

「そう言われてもねえ」

 誠人は再び総菜パンを口に運びながら、「真面目に考えても仕方ないだろこんなの。どのアリバイも本当に正しいんなら、現実味の無いことが起きたって思うしかないんだ。それ以外で考えられることといえば……。お前だって俺に相談する前からもうわかってるんだろ? ま、何を悩んでるのか俺もようやく察しが付いたけどさ」

「………」

 優美は答えず弁当の卵焼きを口に入れた。

 誠人はパンの最後の欠片を飲み込んで包装をくしゃくしゃに丸めながら、

「Aにはっきりしたアリバイがあったのなら本人が最初にそう言っていたはず。言わなかったってことは、後から出てきた三人の証言は全部嘘ってことだ。Aを庇って疑いを晴らすためにやったんだろう。三人が三人別々に思いついて実行したせいで同時刻に完璧なアリバイが三つなんて妙な事態になってしまったみたいだが。……これで当たってるか?」

「ええ、その通りよ」

 優美は頷いた。「実際のところね、三人のことは話を聞いた時点で話し方や仕草なんかからどれも嘘だって簡単に見抜けてたの。あとからその確認も取った」

「てことは、Aを庇おうとした理由ももう調べてあるのか」

「ええ」

 ちゃんとした取り調べではないとはいえ、偽証をするというのはそれなりの覚悟がいる。

 Aと仲が良かったから、というだけではさすがにそこまではしないだろう。

 さらに、本来Aとは無関係な家族や図書委員などの第三者まで協力している。

 何か余程の理由があったとしか思えない。

 そして、その余程の理由というのが恐らく今回の優美の悩みの原因なのだ。

 優美は弁当の蓋を閉じた。

「Aは自分のアリバイはないと言っていたけど、調べてみたらちゃんとアリバイがあったのよ」

 誠人は壁に寄りかかって空を見上げながら、

「へえ。何してたんだ?」

「アルバイト」

「バイト?」

「Aには妹さんがいるそうなんだけど、ちょっと前に事故に遭ったそうでね。Aはその医療費の足しにするために学校に黙ってアルバイトしてたみたいなの。ほら、うち進学校でしょ。勝手にバイトするのは校則で禁止されているし、申請するにしても手続きが多い上に承認まで時間が掛かるから……」

「なるほど。三人はその事情を知っていたから、ガラスの件の疑いを晴らすのとアルバイトのことをバレないようにするためにそれぞれアリバイをでっち上げたってことか。そういう事情なら家族やら図書委員やら第三者も協力するわな」

と、誠人は溜め息をついた。「となるとお前が悩んでいるのは、Aをどうするか、か」

 優美は頷いた。

「Aのことは私が個人的に調べただけ。だから私が黙っていれば何も起こらない。でもそれで本当にいいのかって思っちゃって。ずっと心の中でモヤモヤが晴れないのよ」

 誠人が、

「Aを校則違反だって告発したいのか?」

 優美はキッと誠人を睨んだ。

「そんなわけないでしょ! 私だってそこまで融通効かない人間じゃないわ。そんなことしても誰も幸せにならないことくらいわかってる。でも、どうにも気に入らないのよ。Aは別に悪いことをしてるわけじゃない。それなのにどうしてコソコソしないといけないの? おかしいと思わない?」

 すると誠人はふっと笑って、

「なんだ、どうすればいいか自分でわかってるんじゃないか」

「え?」

「要するにAが校則違反してるのが気に入らないんだろ?」

と、誠人は言った。「だったら校則違反じゃなくしてしまえばいいじゃないか」

「………」

 優美はぽかんとした顔で誠人を見つめた。

 しかしやがてパッと顔を輝かせて勢いよく立ち上がると、

「ありがとう、すっきりしたわ! 私もう行くわね」

 そう言うなり駆け出して行ったが、すぐに戻って来たかと思うと、「相談に乗ってくれたお礼に今日ここにいたのは見逃してあげる。次見つけたら摘発するから気を付けなさいよ!」

 足音が遠ざかっていく。

 誠人はその場でごろんと横になりながら、

「職権乱用じゃねえか」

と、苦笑した。



 優美はやや正義感が強すぎるきらいがある。

 そして何かをすると決めたときの行動も早い。思い込んだら一直線。猪突猛進である。


 優美はそれから数日の内にとある報告書をまとめ上げた。

 具体的な実例やデータを大量に引用したためちょっとした辞書くらいの厚みになっているが、内容をざっくり説明すると「現在のR高校のアルバイトに関する校則は緩和したほうがメリットが大きいからもっと簡易的なものに変更しろ」という意見書。


 二年間の風紀委員の経験で反論させない交渉のやり方はある程度習得している。資料を死ぬほど分厚くしたのもその一計。根回しも十分に行った。

 準備が整うと、優美は資料を片手に生徒会や教員を巻き込んで校長に直談判をし、そのまま勢いで押し切ってあれよあれよという間に校則を変更させてしまった。

 アルバイトを始めるための条件は前より緩くなり、手続きもかなり簡略化されることになった。

 Aがそれをどう感じたかはわからないが、少なくとも今後はもうバレる心配をする必要はなくなったのだ。

 多分まあ悪いようには思っていないだろう。

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