第7話 安アパート

 入学式から一週間、学内の敷地をルスキニアと調査している。

 侯爵の秘匿する黄白丹を、発見するためだ。

 ……場所にはおおよそ、見当はつく。

 内偵にいつまでなら待ってくれるか、聞けば一か月ほどとヤームルからは返事を得た。

 その期限が少しづつ近づいていた。

 ただし、「俺はホバーリムジンの動力源やその形態を知らない」という建前である。

 メタ知識というやつは、交渉に使おうとすると結構不自由にして、慎重な扱いが要求されるらしい。

 いざ発見するはいいが、発見してからそれをどう取り扱うかから、俺自身考えなきゃならない。

 無論、研究材料ということもあり、ゲーム本編でも複数のプロテクトがかけられていたし、侯爵に気づかれないうち、これを秘密裡に回収するのが、俺たちの目的になる。

 で、ルスキニアが悶えていた。


「なにかあったのか」


 カマをかけてみると、肩口が露骨に震えるのだ。


「女か」


 図星だったらしく、わかりやすいリアクションが戻ってくる。


「――ば、ばっかじゃねぇの!?」

「違うんだったら、堂々と構えていろ。

 からかうつもりはない。……話してみな」


 どうせこっちはお前が今後青姦するとこのCGまで知ってるのだ。

 隠し立ては通用しない。


「全部お見通しって顔腹立つな。

 っ、さっきヘマして……」

「ふむ」

「保健室、行ったんだよ」

「吸血衝動か?」


 吸血鬼である彼は、作中序盤、女主人公がいないと日夜結社の仕事で駆けずり回り、血が足らなくて保健室で休息をとるようになる。


「俺のパートナーはお前だ。

 お前の血さえあれば――」


 なんだかあっちは口ごもっているのだが、こちとら男にもじもじされても、変な気分になったり、そういう気はない。


「とっとと学内の女子でも手篭めにしてりゃいいじゃんか。

 お前だっていいとこの吸血鬼なんだろう?

 学内は自由恋愛推奨だけど、そこをうまいことやれば――」

「……わりにお前、侯爵に幼馴染取られて貞操観壊れてない?

 吸血鬼は血があればどうとでもなる。

 俺は野郎の血でも構わない」

「やめて」「え?」「やめて」


 なんか気色悪くなってきた。


「わかってるよ、血のことは。

 自分が動ける程度にいつでも持っていけ。

 ――保健室で、何?」

「見たとこ多少、血が美味そうな、女が寝てたんだ。

 吸血鬼には、血中のソーマ、いわば精気の色を鑑定する目がある。

 知ってるだろう?

 でさ、本人や先生は貧血とか抜かしてたけど、あれは……どっかの吸血鬼のパートナーをしてる。定期的に、随分持ってかれてるようなんだ」

「日常生活に支障をきたすレベルで、か。

 心配だな。調べてみようか、ヤームルさんに頼んで」

「いやいや、俺が気になったってだけで、結社動かすわけにはいかないだろう」

「だったらお前で調べろよ。

 ――っつっても、俺の監視役と並行してたら、厳しいものがあるか」

「――」


 この時期、本来のルスキニアは血の供給に迷いながらも、単独で行動できていた。

 結果として、侯爵に早い段階で目を付けられてしまうのだが。

 彼の諜報活動をサポートすることも、マキビの目的である。

 それと彼が保健室で見た少女の名も聞いておく。


「名前は?

 流石に調べたんだろう」

「あぁ、アイドニ、って茶髪の子」


 ゲームでは、プレイヤーで名前の編集はできるシステムだったが、デフォルトの名前の人気が高い。ナイチンゲールとサヨナキドリ、それが今作の女主人公と吸血鬼ヒーローくんのカップリングになる。

 名前の意味がほぼ重なるところから、オサレってらしい。

 ……こいつらが青姦するまで見届ける義理はないけど、交際までは手助けしなきゃだよな。でないと最終決戦までのいくつかの波とか、カップルの「愛の力(物理強化)」がないと超えていけねぇもん。


「かわいいの?」

「は――何言って。

 心配にならねぇのかよ」

「あぁ、いや。お前の目にはどう見えたのか、気になっただけだから。

 所長のとこ行くぞ」


 ほんと、根はいいやつである。吸血衝動に振り回されていないときの素、理性的ってだけでなく、優しい。これで戦闘能力に多少アクが強いのは、ご愛嬌ってことで。

 放課後、またもスクーターを駆り出す。

 うちの学園はバイク通学ありで、本当に助かってる。


「――というわけです」

「ほぅ、ルスキニアにもついにいい子が」

「そういうんじゃないっての、ただ……不自然だった」

「パートナーが我慢してないのか。

 もしくは」


 ヤームルのもうひとつの予測は、マキビが引き継いで答えた。


「複数の吸血鬼に、血を要求されているか、ですか。

 在学のために必要だった、なんて言うなら、辻褄はあいそうですよね」

「そうね。

 気になるなら、ルスキニア、調べてみなさい」

「――、いいのかよ」

「お節介で言ってるんじゃない。

 その子の周りの吸血鬼は、彼女の疲弊に気づいて黙認してしまってるかもしれないし。

 彼女の血が、よほど純度のいいものとしたら、こっちでも押さえておきたいわね。

 ざっと名簿から調べたら、この子地方からフラスコへのお上りさんだ。

 あれじゃない、都会に出てきた子が、あれよあれよと変な勧誘に引っ掛かったやつ。

 なまじ吸血鬼が安値で彼女の血を買い叩いているとしたら、いいカモにされてる。

 住所は……あった。居住実態のあるか、ふたりで調べてきなさい」

「あの」


 マキビは尋ねる。


「俺は構いませんけど――例の、リムジンの中身。

 いつまで待ってくれるんですか、遅すぎてもダメなんでしょう?」

「侯爵に勘づかれないように、月末までの一か月以内、この前も言った通りね。

 ……きみが始めたことで、なにぶん、私たちは確信がないことだし。

 それができなかったら――それまでの話ね。

 あなたは子どもたちと元の生活に戻る『だけ』。

 あなたには、酷な話でしょうけど」


 ヤームルの言葉が身に染みて、彼は俯く。


「わかり、ました。

 それまでに、必ずけりをつけます」


 ゲーム本編でも、黄白丹にまつわる騒動は、この月末に集中する。

 だがマキビはこれの予定を敢えて繰り上げることで、騒動を最小限に収めたい。――その一環として、ルスキニアやアイドニの初期強化が必要になる。



 アイドニの自宅、下層の安アパートへ向かう。

 孤児院よりぼろなアパートを前に、ルスキニアは辟易していた。


「このぼろアパート、独身用のとこだよな。

 おのぼりさん、ほんとにこんなとこ住んでんの?」

「まぁ、住所だけで、別のとこに寝泊りするって手もあるけど。

 ……そうだったら、そも所長が嗅ぎつけてると想うし、一言あったんじゃ」

「同感。あの子、頭くるくるぱーなんでは」

「その言い回し、もう二十年位前かと」

「え? わりとみんな使わん?」

「そうなの?」


 ……だめだな、現代日本の常識と、ライターの脳内妄想設定が素直に噛み合うとか考えてちゃ。少なくとも俺の時代では、完全に死語だったはずだ。

 ゲーム本編は彼女の視点で、若い少女の一人暮らしというなかなかに「危うい」出だしから始まる。

 それって危機管理がいくらなんでもなってないんじゃない、おのぼりさんといえ――ってところを、世話焼きなヤンデレヒーロー君に叱咤されながら、ゆるゆると交流を始めるのが、ゲーム序盤の頭の中ゆるふわなぽんこつ娘のシンデレラストーリー的な先駆けなわけだが、いくらなんでも頭が緩すぎる馬鹿にしてんのかと、肝心の女性ユーザーらから共感を得られないポイントでもあった。

 ただ、作品全体がダークでハードアクションなファンタジー世界観であるため、主人公を明るめでコミカル気質にあらかじめ設定しておかないと、プレイするだけのモチベーションを中盤維持できないというのもそうだったかもしれない。

 共感云々とは別途、体験版配布のときは「面白い」と着実な前評判だった。

 ……すると結局、よくある「体験版ばかり面白くて本編でライターが燃え尽きた・ないしスケジュールに追われて不完全燃焼」「面白いけど名作となるには一歩足らなかった」タイプの佳作どまりとなるわけだ。

 エロゲーってもののノベルゲーム寄りは、エロはストーリー表現のおまけみたいなとこはあるから、そうなるのもある意味必然じゃあるのだけど。


「じゃあ紳士くん。

 彼女になにかあれば、きみがしっかり守るんだよ」

「なんで俺に荒事押し付けようとするの……」

「俺は吸血鬼じゃないからな――なることもできない。

 危険が及んだとき、相手が吸血鬼だったら。

 俺はひとたまりもない」

「そんな、グールからは身を張って、子供らを守ってたじゃないか」

「そうやって、何度でも死にかかる。

 傷もすぐには治らない。

 やっぱり人間の身体は、ひ弱だよ」

「――」


 マキビの意を汲むと、ルスキニアはそれ以上抗議しない。

 彼の言っていることは、単なる卑屈ではなく、大切なときに守りたいものを守れないふがいなさと歯がゆさ、そして資質ばかりが左右する現実であるから。


「ま、肩の力は抜いていこう。

 いざってとき、女の子を前に緊張されても困るからな」

「また茶化す。

 大体お前はどうなんだよ?

 そんなことだから侯爵に……」


 幼馴染をかっさらわれると?

 流石にまずいことを言いかかったと、ルスキニアは途中で口を噤むが、意図は伝わっている。


「まぁ――、自分のこと言われると、実際しんどいよ。

 でも吸血鬼のお前は違うだろう。

 誰かを守れるだけの、戦う力がある。

 ……お前の力に、俺は夢を見てしまうのかもね。

 お前には、俺にできないことができる。

 いまはそれでいいだろう」

「あ、あぁ――」


 本来このアパートへルスキニアが訪ねるのは、もう一日は後のことだった。

 ゲームでは、という但し書きをつけないと区別できない自分に、そろそろ嫌気がさしてくる。


(ま――繰り上げて、悪いってこたないよな。

 いなければまた、明日ここを訪ねなおせばいいんだし)


 そうして部屋の前へやってくるまでは、マキビは焦っていなかった。

 玄関脇のベルを鳴らすと、キンキンとやたらけたたましいくせ、錆びついた匂いがして、顔を顰める。


「ごめんください」

「――、いま」


 奥で物音がした。

 すぐに出てこないということは、居留守を使われているかもしれないが、それ以上に、マキビは根拠のない胸騒ぎがした。

 ルスキニアが彼へ小声で耳打ちする。


「いる、よな、誰か」

「……出てこれないってことは、空き巣か強盗の線も?

 考えすぎかもだけど、一応踏み込む用意をしてくれ。

 武器は持ってる?」

「お前が使えるものは?」

「ない」

「こっちは――」


 彼はリボルバーの拳銃と、暗器を担う。

 拳銃のほうを、マキビは渡された。


「使い方は?」

「撃鉄起こして、だっけな」


 この世界で一般市場に出回る銃器は、現代社会のもののような細かな安全装置はない。

 そういうのを作る、専門の職人が時々はいるようだが、殆どが貴族のお抱えになる。

 これも安物だが、吸血鬼の彼にはそれなり取り回しがいいから使っていたはずだ。


「わかっているなら、問題ない」


 ふたりは頷きあい、マキビがドアノブを握った。


「……ルスキニアはアパート裏、この部屋の窓下に回って。

 ここは建物の二階だけど、この程度なら人間でも窓枠や壁伝って逃げ出せてしまう。

 きみの身体能力なら、俺が取り逃がしても追跡できるっしょ。

 なにかあれば、大声で呼ぶけど、相手が吸血鬼なら、反応する前にこっちがやられかねない。

 返り討ちにあってたら、ヘマったとおもって」

「ならヘマするなよ」

「胆に銘じるよ――、アイドニさん?

 いません?」


 マキビは先に、念のため何度か扉を叩いて、反応を確認する。

 それからドアノブを回して引く。


「お、開いてる。

 お邪魔します」


 少女の部屋へ、踏み込んだ。

 ……実は入浴やお手洗い中だった本人に、不意打ちの反撃でも喰らうぐらいのが、よほどほっとしたのだが。

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