第6話 献血というか捧血

 純愛系ミドルプライスエロゲだというのに、やたら世界観に詰め込まれた要素が多く、シナリオは作りこまれている。

 結局拡げまくった設定風呂敷の不完全燃焼が、初動でよろしくなかった。

 気合は入っていたが、その表現をしたければ、「小説でやれ」みたいな批評も多かった気がする。

 ストーリーはメイン張れそうなぐらい重いのに、どうあがいても人間種の脆弱さや身元の不安定であるがために、大抵不遇な扱いを喰らうモブ。それがマキビという少年だ。

 ……まぁ、処女厨拗らせなければ、性格はまともで純朴な少年だと思うよ、前世社会人視点から言わせてもらえば、うん。生涯童貞だった自分は彼が報われない現実に、多少なり同情はしたもの。

 で、俺が報われるエンディングなんてもの、本当にあるの?

 そもそも主人公や学園と関わらないやり方だって、あったんじゃないですかね。


「お前はクレオほど世渡り上手でもないんだから、四の五の言うなよ……」

「なに、独り言? 疲れてんのか」

「やっべ――悪い、なんでもなかった」


 ルスキニアに気づかれ、苦笑いながら、三輪バイクから彼を見送る。

 あてがわれた男子寮は、学園から少々遠い高台にあった。

 そしてマキビはここで、彼とは別れる。


「入学式の帰りがけだってのに。

 悪いなぁこっちこそ、スクーターを足に使わせてもらって」

「これぐらいはするさ、世話になってる」

「――、結局、おつむの出来は、お前のほうがいいじゃんか。

 勉強だって、逆に俺が教わってるし」

「ルスキニアって、吸血鬼なのに、変な奴だよね。

 人間にへこへこしてたら、周りには嗤われない?」

「そりゃあそうかもだが……他人を嘲るようなやつは、放っておけ。

 マキビはマキビで、人目を随分気にしすぎる」

「そう、かもな。気を付けるよ」


 孤児院のこともあるが、それ以前の問題だった。

 マキビに、地下帝国で、フラスコ都市以外の生活なんて想定できるのか?

 ずっと孤児院育ちで、それ以外の世界なんて知らない、お前如きが。

 だからクレオを苦しめる、あの子の力になってやれない。

 それを悔しいと思うなら、これ以上彼女に惨めを晒さない努力をしてみせろ。

 吸血鬼でない、なれない人間だから、なんだというんだ?

 人格がふたつあるわけでなく、前世とマキビ、それぞれの記憶があって、共通の意識で思考すべき、価値判断が混濁している。

 そのなかで、可能な範囲でやることの順位付けをしなければらない。

 お前はこの世界で、俺つえーなんてできないかもしれない。

 劣等かもしれない、だけど子どもたちを守りたいという願いは、クレオと同様、偽りではなかったはずだ。

 処女厨のくだらない未練を引きずるんじゃない。


「べつに引きずってはないけど――ところで、あんたのやろうとすることに、今一つ確信が持てないんだよ。

 あんたが考えることが正しいなんて、誰がどう証明してくれるんだ。

 いや……わかってる、やらない言い訳をもう重ねるつもりなんて、俺だってないから」


 それがいまのマキビが出す答えだった。



 下層から中層にかけて、宅配業の日雇いなどにいそしむ傍ら、何冊ものメモ帳や参考書を脂や街の湿気に汚くして、学習時間にあてている。ルスキニアにはドン引きされるが、いた仕方ない。こんなとき、吸血鬼になるための肉体適性がないことは悔やまれた。

 吸血鬼の肉体は、不老不死であれば、人並程度の運動でそうそう疲弊しないから。

 夜はベッドより、壁にもたれかかっている時間が長い。

 主には急なグールの徘徊来訪へ対応するためだ。

 一か月に一度か二度の頻度で、あれは孤児院の敷地内へ個体や群体が侵入してきて、追い払わなきゃならない。頻度はわかっても、「いつ来るか」わからないところがあれはなおのことたちが悪いのだ。

 すると、この前の怪我があって、自身の仕事の暇を縫って、昨日は訪ねてきてくれたマキアトーネには心配された。


「寝ていないのか?

 顔色がすぐれない」

「仮眠はとってますよ――この前グールにやられたばっかりで、子どもたちの夜泣きにも対応しなきゃいけなくて」

「きみは吸血鬼じゃないんだぞ。

 休息は必要だ」

「でも……自分が人間でいることに、甘んじてたら。

 出世どころじゃない、あの子たちに楽させてやれない」

「そうかもしれんが、無理だけは禁物だ」



 クレオが孤児院に最低限しか顔を見せないのは、やはり気まずいからだろう。

 ……これでも長らくの付き合いがあるから、考えていることはわからないでない。

 グールや熱中症や夜泣き、ひとりで対処するのにはしんどいぐらいの負担を、年長のマキビに押し付けて、自分は金のためとはいえ、男との逢瀬をやって、その間、院のことは見向きできない、ぐらいのことで、うしろめたさを覚えないほどメンタルが鋼鉄ではいられないわけで。

 でもあの子は、お金を通してのみならず、子どもたちを安心させようと、定期的に、今日だって俺のところへ相談にやってくるので、院への義理は充分以上にはたしているほうだ。

 あとは受け手側が、どうとるか。

 俺は――クレオをこれ以上悲しませないやり方を、捜そう。


「進学、したの?」


 マキビの制服姿に対する反応だった。


「あぁ――金は自分で稼いでるけど、身分だけはちょっとコネを使ってゲタはかせてもらった」

「ゲタ?」


 彼女は聞きなれない表現に、困惑しているらしい。

 よく考えると、現代日本とは文化観が違うのだ。


「クレオ、俺は……あの子たちを、泣かせないやり方を探したい。

 お前に負担を負わせた、今さらかもしれないけど、あの子たちに、もっとマシな人生を選ばせてやれるように」

「随分、やつれてるけど」


 首を横に振る。


「この前、ラグナが倒れたとき――このままだと、この場所はダメだってわかった。

 孤児院の立地自体、とても安全な場所じゃない。

 いざとなれば、俺たちはずっとそうしてきたように、あの子たちを身を張って守るだろう。だけど、いずれは問題の根っこをどうにかしたい。

 お金や、役所との交渉がいる」

「――、私には、もうできないけど」

「いいんだ。

 クレオは、自分のできることを選んだんだから」


 口に出してそう言うと、不思議と自分で納得できたような気がする。

 彼女の顔を覗くと、一瞬あっけにとられたが、すぐ表情は柔らかくなった。


「なんか、変わったね、マキビ」

「うん。変えていかなきゃ、守れない。

 俺も、自分にできることを選ぶよ。

 あの子たちのために……なにかあったら、頼らせてもらうから。

 そのときはできれば、お金以外のことで」

「わかった。

 ありがとう、こんな私にまだ、頼ろうとしてくれて」


 身近に同い年の異性がいて、優しいなら、そりゃ憧憬の対象にはなろう。

 けど……こうして話しているうち、徐々に思った。

 自分は彼女に恋をする前に、孤児たちを守る「仲間」として、彼女と互いを、こうして認め合うべきだったんだ。

 本当はもっと早く気づきたかったけど、きっと以前の自分には、無理だったろう。

 ――これが最善でなくとも、最大限、手を抜いていない。


「俺はもうふがいないのを、やめにする。

 あの子たちのために」


 自分は自分を、もっとマシなものにしていこう。

 それでこの話はしまいだ。


 夕方、ルスキニアが院を訪ねてきた。


「どうした?」

「差し入れ、それとお前の様子見に来たんだよ」

「俺の、なんで?」

「一生懸命なやつは、放っておけない」


 そういえば、こういうやつだったな。

 ヤンデレである以前、本質的にいいやつ、特に同性に対したら、友達にしておくに損はないかもしれない。

 もっとも、結社からの監視という意味合いも否めないだろう。

 所長らに全面的に信任されると、俺だって考えていない。

 それでも彼を見ていると、不思議と心強い気分になった。


「でもお前、吸血衝動が、夜はしんどいんじゃないの?」

「……だからただで、手土産なんて持ってこない。

 お前の血をちびっと吸わせておくれよ。

 献血へ、ご協力願おう」

「あ、あぁ――これでいいのか?」

「あぁ、ほんのちょっとで一晩はいけるから」


 左手、人差し指の先に、彼の差し入れとともに持ってきた、果物ナイフをあてる。

 滲んだ血を余すことないよう、彼はさっそく吸いついた。

 いきなり同性の美青年の顔が間近に迫るが、マキビの感慨は薄い。

 献血というか、捧血だななどとふと考えている。

 吸血鬼には『ソーマ』という活動の源があり、これを外部の生き物の血中などから、食事を介して取り込めた。

 吸血鬼は人間の血を『ソーマの代替物』として、そこから自身の活動にもっとも高効率な変換を体内で行う。血袋な人間より、よほど強靭にして、有意義な身体なのだ。


「ヤームルは言うよ。

 吸血鬼と人間は、結局持ちつ持たれつ、ってな。

 結社の吸血鬼は普通に食事もするけど、やはり動くときは、人間の血が欲しい。

 定期的にそれを供給してくれるパートナーがいてくれるのは、とても助かる。

 それが信頼できる間柄だったら、なおのこと」

「今度ギョーザ食おうかな」

「東方の焼き料理だっけ?

 血が臭くなるのは困るんじゃけど」


 この世界の吸血鬼、ニンニクは致命的でないものの、それが吸血の際、血中に匂いの蔓延しているのをわかりやすく嫌う。


「ともかく、血を貰えれば、有事のときは俺が動けるし。

 俺は吸血鬼だから、あまり睡眠がいらない。

 お前はその間、ちゃんと寝れるようになるだろう?」

「俺なんかのために、そこまでしてくれるのか」

「ほら、屍鬼のことなんかは俺に任せてさ。

 今度は自分用の寝袋持ってくるかな――」

「ありがとう……今日は甘えさせてもらう」


 ついで鉄分用に差し入れのブドウなど齧っているうち、涙が出そうになった。

 身体中バキバキだし、ずっと固い壁と床にいたので、ベッドが本格的に恋しい。

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