4日目

 透哉は引き続き兼次を見守ることにしましたが、7日目の兼次は昨日以上に腰が曲がっていて、生きているのもやっとの状態に見えます。

 ついにはその場に座り込んでしまって、立てなくなりました。


「おい、お前ミトドケヤクだろ! おれの墓を掘れ! 早くしろ! おれはもうすぐ死ぬんだぞ!」兼次は透哉を怒鳴りつけます。

「死ぬ寸前でも声だけは大きいな。お前なんか早くくたばっちまえ」と、透哉は独り言を呟きましたが、耄碌している兼次には聞こえていないようでした。


 墓を掘るのもミトドケヤクの仕事だと利佳子から聞いていた透哉は、兼次の墓を掘りました。そしてある程度の深さまで掘ると、確認のため兼次に見せました。


「お前、ふざけるなよ! こんな深さの墓でおれが安らかに眠れると思うか! もっと深く掘れ! あとな、おれは3日目から5日目まで、この世界のキョウシたちを管理する重要な仕事に就いていたんだ! もっとおれを敬う気持ちを見せろ! 墓を綺麗に見せるために花を持ってこい! 早くしろ!」


 兼次がどんな仕事をしていたかなんて、今の透哉には全く関係のない話ですが、この世界では年長のギアに逆らってはいけません。

 怒鳴っている兼次を鎮めるために、透哉は花を見つけに行くことにした。


 そして、兼次のいる場所からかなり歩いて、この世界の端に来ました。

 そこにはたくさんの花が咲いている花畑があります。


 透哉が花を取ろうとして手を伸ばすと、何者かの手に触れました。

「ごめんなさい」透哉が謝ると、そのギアも「いえいえ、こちらこそごめんなさい」と謝りました。とても感じの良いギアです。


 顔の仮面にはギアの情報が書かれています。

 そのギアは、透哉と同じ4日目のギアで、性別はメス。名前は沙智(さち)というらしいです。


「私、花の種をいろいろなところに蒔く仕事をしているの」沙智はいきなり話し始めました。「それで、この花の種を採取しようと思ったのだけど、あなたはこの花を何に使うの?」

「僕は、墓に飾るための花を取りに来たんだ」

「あら、それは大変。どうぞ、持っていってね」

透哉は沙智から花をもらいました。

「いいの? 仕事は大丈夫?」

 透哉が気遣うと、沙智は顔の前で手を振りました。

「今日の仕事は終わっているし、ギアを看取る方が大切だから。花をかざって、そのギアが安らかに旅立てるようにしてね。——そうだ、私もお墓まで一緒に行くわよ。花がどのように使われているのか見てみたいし」

「それじゃあ、墓まで行こう」

 透哉は沙智と一緒に、兼次のお墓に向かいました。


 墓に着くと、さっきまで世界樹に寄りかかっていた兼次の姿が無くなっていました。少しあたりを探してみると、兼次は既に死んでいました。死にたくないと最後の力を振り絞って暴れたのか、あたりには土がえぐれた跡があります。


 自分の墓を綺麗に見せるために、ミトドケヤクを花摘みに行かせ、誰にも看取られずに死んでいく——

 なんて皮肉なものなんだと、透哉は思いました。


 死んだ兼次は強烈な異臭を放っています。

 これ以上ここに放置しておくのは嫌だと思った透哉は、先ほどまで掘っていた墓穴に兼次を入れて、適当に足で土を被せ、その上に適当に花を乗せました。


 一通りの作業を終えるとオカネヤが来て、今日働いた分の金の石を透哉に渡しました。

 カイシュウヤに金の石を1割渡し、残りを地面に埋めた透哉は、沙智の方を見ました。「ギアを看取ることは自分の仕事よりも大事」と宣っていた沙智はさぞ悲しんでいるだろうと思いましたが、沙智は兼次の死にまるで興味が無いようで、ただ立ち尽くしています。


「ねえ、あなた4日目だよね。結婚はしているの?」

 沙智は、何の脈絡も無いことをいきなり透哉に訊いてきました。

「まだだよ」

 どんな意図があってそれを聞かれたのか分からない透哉は、素直に答えます。

「ちょうどよかった。私と結婚しましょう」

「え、なんで?」

「結婚して子供を作らないと、イレギュラーとしてこの世界から追放されてしまうじゃない。私はそんなのごめんだわ。あなたもそうでしょ?」

「たしかに追放は嫌だけど……」


 透哉が悩んでいると、その前を2体のメスのギアが通りかかりました。そのメスたちは手をつなぎ、なんだか楽しそうにしています。

 そのとき、その2体のメスギアに対して、周りにいたギアが石を投げつけました。

「イレギュラーだ! 追放だー!」

 2体のメスギアは、特に悪いことをしたわけではなさそうですが、ひどい目に遭っています。


 透哉は庇いに行こうとしますが、そこに「ケイビヤ」のギアが現れました。

 ——きっと、2体のメスギアを守るために現れたんだ。よかった。

 透哉は一安心しました。


 ところが、ケイビヤはなんと、他のギアと一緒になって石を投げつけ始めたのです。

「こいつらは子供を作らないイレギュラーだ! 追放だ!」

 そしてケイビヤは、弱った2体のメスギアを取り押さえてしまいました。

「よし! 取り押さえたぞ。この世界から追放してやる」

 抵抗する2体のメスギアは、ケイビヤによって連れ去られてしまいました。


「あーあ、イレギュラーだったか。可哀想に。あなたはあれを見てもまだ結婚しないと言える? あのギアたちは、たまたまメス同士だったけど、あなたも結婚しないと彼女たちと同じようにケイビヤに連れ去られてしまうのよ。それともあなたは、オスと交尾をするの? 別にいいけど、結婚しないギアはイレギュラーだとみなされるからね」

 一連の騒動を透哉と一緒に見ていた沙智は、吐き捨てるように言いました。


 透哉は、追放されるくらいなら結婚した方がマシだと考えました。

「分かった。君と結婚するよ」

「はー、よかった。じゃあ時間もないし、さっそく交尾しましょう」

 透哉が世界樹の時計を見ると、時計の針は24の近くまで来ていました。そろそろ交尾をしないと、イレギュラーとして追放されてしまいます。

 交尾の仕方は2日目の勉強では習いませんでしたが、歩いているときに交尾しているギアたちを見たことはあったので、動きは理解していました。


 沙智に誘われるまま、透哉は交尾をしました。

 この世界では、結婚をしたら必ず2回以上交尾をしなければならない——

 そう教えられた透哉は、決まり通り2回も交尾をしました。


 ——2回交尾をするということは、2体ギアが生まれるということか。

 ——つまり僕にも、兄弟がいた可能性があるんだな。でも会ったことがないから、イレギュラーだったのか。


 透哉は沙智と交尾をしながら、そんなことを考えていました。


 2回目の交尾が終わり、ふと我に返った透哉が足元を見ると、そこには先ほど兼次に供えた花がありました。

 透哉たちは、知らぬ間に、兼次の墓の上で交尾をしていたのです。

 透哉は、あれほど「早くくたばればいい」と思っていた兼次に、雀の涙ほどの申し訳なさを感じました。しかし、今すぐにでも交尾をしないといけない雰囲気だったから仕方が無かったのだと、心の中で自分を正当化しました。


 そうして、慌ただしく4日目が終わり、5日目を迎えました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る