3日目

 透哉は自分が働くことになる場所に向かいました。


 仕事場に着くと、先輩のミトドケヤクと、新しくミトドケヤクになったギアが、どちらもたくさんいました。


 透哉のもとに1体のギアがやってきて、挨拶しました。

「今日からあなたの上司になります。利佳子(りかこ)です。よろしくお願いします」

「透哉です。よろしくお願いします」


 利佳子は4日目のメスのギアです。そのため、透哉に仕事の内容を教えるのも利佳子が今日やるべきことの一つです。


「ミトドケヤクの仕事は、6日目と7日目のギアが安心して生活できるように見守ること。そして、7日目になるとみんな動かなくなってしまうから、お墓というものを作ってあげるの」

 会って早々に、利佳子が仕事の説明を始めました。

「分かりました」

「素直でよろしい。ではさっそくだけど、今日は私と一緒に仕事をしてもらうわ。私は仕事が終わったら子供を作らないといけないから、先に帰ってしまうけど、その後の仕事は教えた通りにやればいいから」

「分かりました。ちなみに、子供を作らなきゃいけないと言いましたが、作らないとどうなるんですか」

「イレギュラーとみなされて、この世界を追放されてしまうわ。ちなみに私たちはオスとメスに分けられているけど、オス同士やメス同士だと子供ができないから気を付けて。できないと分かっていて交尾をするギアもいるけど、そういうことをしたギアたちは、イレギュラーとみなされて追放されたわ」

「そうなんですね。僕はオスだからメスを見つけないといけないのか」

「それじゃ、仕事に行くわよ。最近は生まれつきのイレギュラーや子供を作らないイレギュラーの追放数が増えて、子供の数が少なくなってきているから、ミトドケヤクが足りていないのよ」

 利佳子は、ため息交じりに言いました。その現状に少し苛立っているようです。


(それなら追放なんてせずに、イレギュラーも暮らせるようにすればいいのに)

 透哉はそう思いました。しかし、それを利佳子に言っても仕方がないので、言われた通り仕事に向かうことにしました。


 透哉は利佳子に続いて、6日目のギアのところに行きました。

「あなたに見守ってもらうギアは彼よ。兼次(かねつぐ)さん」

 利佳子が紹介した兼次というギアは、何やら懸命に地面を掘り返そうとしています。

「兼次さんは何をやっているのですか?」

 透哉は利佳子に訊きました。

「あのギアは、自分で埋めた『金の石』を掘り返そうとしているの」

「金の石って何ですか? どうして兼次さんは地面を掘り起こそうとしているのですか?」

 利佳子はため息をつきます。

「そのことは2日目に全て習わなかったのかしら?」

「いえ、習っていません」

「あ、そう。まったく、キョウシたちの教育はどうなっているのかしら。金の石のことについて何も教えないのね、大事なことなのに。……まあ、言われてみれば、私も教わったことはないけど」

キョウシのせいという結論に落ち着き、透哉は少しほっとしました。

「それで、改めて説明するんだけど。まず、金の石というのは、この世界で物を買ったりサービスを受けたりするために必要なの。個数によって交換できる物が決まっているわ。仕事をすると金の石がもらえるのよ」

「なるほど。僕はこれから、金の石をもらうために働くのですね」

 利佳子は頷きます。

「そして兼次さんが地面を掘り起こしている理由は、そこに兼次さんが今まで仕事で稼いだ金の石が埋まっているから」

「埋まっているんですか?」

「稼いだ金の石は、『カイシュウヤ』のギアが来るから、それに1割だけ渡して、残りを決められた区画の地面に埋めるきまりなの。誰かに盗まれることがあるといけないから、できるだけ深く掘って埋めるのよ」


 その説明を聞いて、透哉には疑問が浮かびました。

「その1割はどこに消えるんですか?」

「さあ。私もよくわからないわ。この世界を維持するために使われているみたいだけど、どんなことに使われているかは明らかにされていないの。ただ、そういう決まりだから、みんなそれに従ってる」

「ちなみに、残りを全部埋めてしまったら、僕が3日目から使う金の石はどうなるんですか?」

「あなたたちが金の石を使えるようになるのは、仕事が終わる6日目からね。正確には、残りの金の石は全部埋めなくてもよくて、全体の半分の量でいいの。だから、稼いだ金の石の4割は、3日目から自由に使えるわ。ただ、4割だけ持っていても、みんな仕事で忙しくて使う余裕が無いのよ」

「それじゃあ、どうすればいいんですか?」

「6日目以降のために、残った9割の金の石を地面に埋めてしまうのが暗黙の了解のようになっているわ。ちなみに私もそうしてる」

利佳子は平然とした口調で言いました。

「そうなんですね。あ、それなら早く兼次さんの掘り起こし作業を手伝わなくちゃ。兼次さんは6日目のギアだから、早く金の石を使えるようにならないと」

「あ、ちょっと待ちなさい——」

 透哉は利佳子の制止を振り切り、兼次のところに一直線に走って行きました。


「兼次さん、お手伝いします」

 透哉は、苦労している様子の兼次に声をかけました。

 しかし、兼次は透哉を睨みつけると、「ふざけるな!」と怒鳴ります。

「わしの金の石を盗もうというのか! ミトドケヤクが金の石の掘り起こしを手伝うなんてもってのほかだ! そんなことも習わなかったのか! まったく、未熟な3日目の奴はこれだから困るんだ! それに、わしはまだまだ元気だ! 見てみろ、わしの体を!」

 兼次は衰えてないことを主張したいようですが、腰がずっと曲がっていて、両手を腰に当てていないと立っているのもやっとの状態です。腰を押さえて小さく「いたたた」と言っています。


「ごめんなさい」

 透哉は何が何だか分かりませんが、とりあえず謝っておきました。

 透哉が最もショックだったことは、自分の良心を完全に踏みにじられたことです。掘り起こし作業を善意で手伝おうとしただけでしたが、ここまで怒鳴られるとは思っていなかったので、呆然としてしまいました。


 遅れて利佳子がやってきました。

「透哉くん何やってるの! 人の金の石を掘ることは禁止されているのよ。たとえ善意だとしても、盗みだと思われてしまうから」

 そして利佳子は、兼次に深々と頭を下げました。

「兼次さん、うちの者がすみませんでした」

 透哉もひとまず頭を下げます。

「ふん! 本当に! もっと教育をしっかりせんか! いいか、わしが金の石を掘るのをお前らがそこで見とけ!」

 強情な兼次に対して「ふざけるな!」と怒鳴り返そうとした透哉でしたが、利佳子に制されて、なんとか堪えました。

「透哉くん、落ち着いて。この世界では、自分より長く生きているギアに逆らってはいけないの。もし逆らうと、最悪の場合イレギュラーと見做されて追放されてしまうわ」

 利佳子は兼次に聞こえないように、小声で透哉に言いました。


「僕は何も悪い事をしてないですよ。……でも、もういいです。兼次さんの好きにすればいいんですよ」

 透哉は不貞腐れて、兼次が金の石を掘る様子をそばで見ていることにしました。


 その間、利佳子は子供を作らなければいけないのでどこかに行ってしまいました。

 兼次は痛む腰をさすりながらも、ずっと金の石を掘り起こそうとしています。真っ白な体は、土で汚れていきます。

 しかし、汚れの割に全く掘り起こすことができず、1人でぶつぶつと文句を言い、ずっと怒っています。しばらく足掻いていましたが、掘り起こすことは無理だと判断したのか、その場を離れてしまいました。


 透哉は「オカネヤ」から今日働いた分の金の石をもらい、カイシュウヤに1割渡した後、残り全てを地面に埋めました。

 働いて金の石を手に入れたはずなのに、手元には何も残っていません。不思議な気もしましたが、全ては6日目以降の自由のため。そう思って、次の日も仕事を頑張ることにしました。


 気が付くと、世界樹の時計の針は24を指し、透哉は4日目のギアになっていました。


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