第2話 Gift

※注意※

第2話には以下の表現があります。

・容姿を揶揄する表現

・顔面偏差値至上主義的な考えの登場人物

苦手な方はご注意ください。

あと、第1話と一部登場人物が重複していますが、時系列は数年前に遡っています。




 誇っても良いものと、誇ってはいけないものの違いが私には分からない。生まれながらに持っていたもの――そういったものを巷ではどうやら「ガチャ」で引いたものというらしい――を自慢するのはタブーとされているというのは、なんとなく肌で感じる。

 最近人気が出てきたと思った若手俳優が、実は大物芸能人の子どもだと知れればバッシングに転じる人間がいる。それまでやれ演技がうまいだの、顔が美しいだのともてはやしていたはずの人たちが突然「二世はダメ」とか「ブスなのになんでデビューできたのか疑問だったんだけど、親が大物なら納得」だなんてひどいことを言い出すのはたまに見る光景だけれど、産まれたときから大物芸能人の子どもであることと、産まれたときから顔が良いことの何が違うというのだろう。

 はたまた、学校は学校で、学校らしい判断基準がある。高校の文化祭の企画でミスコンを開催しようという話は、「学生を容姿の良し悪しで判断するなんて言語道断」という理由で却下となった。成績上位者は掲示板に張り出されるし、運動会では徒競走で順位をつけるというのに、どうして容姿が良いものを表彰することだけは許されないのか、と不満を漏らす人たちはいたけれど、学校は勉強をする場だという理論でそれなりに納得していた。

 じゃあ、学校は学校でも、大学はどうなの? 私は新たな環境に身を移す度に、一から何かを積み上げなければいけないような気分に苛まれる。






 大学受験が終わると同時に、ダイエットをし、眉を整え、メイクを覚えた。前髪も、美容室で切るようになった。ここから先は、「学生の本分は勉強」という言い訳が通じない世界になるということは、本やら雑誌、それにSNSで学んでいた。私は買ってもらったばかりのスマホを片手に、日々可愛くなる方法を研究した。――そのときに初めて気づいたのだ。


「自然にふたえを作るアイプチのコツ!」


人中じんちゅう短縮メイクに役立つ神アイテム10選」


「整形級? 目頭切開ラインの引き方を伝授」


「理想のEラインに近づくための3か条」


 コンプレックスを刺激し、人を不安にさせ、記事の閲覧数を伸ばしたり様々な商品やサービスを売りつけるための謳い文句――そういったものを目にしても、私は不思議と心が揺らがなかった。

 色は比較的白い方。ニキビに悩んでいたのは高校二年生ごろまでで、今や特に目立った肌トラブルは見られない。二重瞼だし、瞳の色はほんのり薄い。「梨々花りりかは、実は眼鏡をはずすときれいな目をしてる」なんて友人に言われたことはあったけれど、コンタクトに変えた今、その特長を存分に発揮している。鼻から顎にかけてのEラインだって、別に歯科矯正をせずとも整っている。鼻の高さに適度な唇の厚さ。――どうやら私は、生まれ持った顔立ちに悩む必要のない人間だったらしい。

 私は可愛いんだという、人生十八年目にして初めて知った事実に、当面の間はそこそこ浮かれていた。小説やアニメ、それに今の自由な大学生活を送るための受験勉強だけに囲まれた、どんよりとした高校までの生活では得ることのなかったその自尊心は、なにもない田舎町から東京のど真ん中に出てきたばかりの私のことを幾分守ってくれた。カットモデルの誘いや、ファッションスナップの撮影の打診。なんらかのきっかけで大学の同級生のSNSのアカウントを見つけたときに、私のことを「同じクラスのかわいこちゃん」と表現してくれていたこと。そういった小さな小さなものを積み上げて、私は私の世界を守るのだ。





 最近入った映画観賞サークルで、よく話をする二人の友人ができた。

 一人は愛子あいこ。東京の女子高出身の帰国子女である。育ちの良さが影響しているのか、こだわりが少なく、やや控えめな性格だ。しかし、結構さばさばした部分もあり、同年代の女子としては珍しく、一人で牛丼屋に入ったり、一人カラオケが趣味だったりとかなり自分の時間を大切にしている印象。私と愛子は、生い立ちこそ異なれど、なんとなくフィーリングが合うというか、ちょっとのんびりしていて、ぼうっとしていると他の人に利用されてしまうような、そういったところがよく似ていると感じる。もう一人は、実桜香みおか。彼女は私と同様に地方出身。普段はとても理性的で、理路整然と話をするタイプ。そんな彼女は結構自信家で、たとえ相手が上級生であっても、納得のいかないことがあれば理詰めで論破してしまうところがあった。時折見せる彼女の好戦的な姿は時として格好よくも映ったのだが、大半の場合においてはちょっと怖いな、という印象を与えた。

 彼女たちと知り合ってしばらく経った頃に開かれた懇親会で、愛子が必修英語の特進クラスに所属しているという話を初めて聞いた。おまけに入試の点数も大変優秀で、特に英語の成績は高校生の頃からすごかったという噂を、同級生の男子から聞きつけたのだ。


「いや……なんていうか、その、私海外に居たことあるからさ。仕方がないっていうか、別にすごいことではないんだよね」


 少し困った様子で愛子は彼女が帰国子女であることを明かしてくれて、私は素直にすごいと思った。そんな貴重な経験をしている子が私の友だちだなんて。こんなすごい子と、同じ大学で勉強していることも不思議な気がして、私は興奮した。


「海外の学校がどんな感じなのか、知りたい!」


 私が質問攻めにするのを、愛子はどう感じていたのだろう。少し戸惑いつつも、海外での生活や、その後の生い立ちについていくばくか答えてくれた。小学校の間しか海外にはいなかったこと、小学六年生の夏に帰国し、そのままなんとなく中学入試の帰国子女枠に応募したら合格し、そのまま中高を過ごしたこと。本当はもっといろんなことを教えてほしかったけれど、愛子は決して多くを語ろうとせず、私が質問したことに最低限返答しただけだった。

 しかし、そんな愛子のことをあまりよく思わない人も居るようで。


「そっかー、愛子ちゃんは帰国子女だったのか。なんか納得した、愛子ちゃんって『地頭良い!』って感じじゃないもんね。恵まれた環境で勉強してたんだ、分かる分かる。そういう感じするよ」


 そんなことを口にする実桜香は、なんだか下品だと思った。愛子が帰国子女で、恵まれた環境で学習していたからといって彼女の地頭が残念だと嬉々として決めつけるのは、実桜香らしくなく、とても非論理的な気がした。それに、愛子が英語の勉強をしている間、私たちは日本語で、国語の勉強をしていた。彼女だって帰国後に一生懸命キャッチアップしなければいけなかっただろうことは想像がつくはずなのに。

 私が漠然と抱いた嫌悪感なぞ気づいていない様子で、実桜香は私の腕を取った。


「その点うちらは、田舎のヘーボンな一般家庭出身だもんねー。愛子ちゃんとは違うんだわ」


 私たちは仲間なんだからと言いたげな実桜香に、私は愛想笑いを浮かべる。実桜香は私にとても優しい。いつも可愛いと言ってくれるし、ノートの貸し借りもしてくれる。それまでも、愛子に対しては少しとげのある物言いをすることがあるな、と感じていたが、私に対してそのようなきつい言動を向けることはなかった。実桜香は、愛子のことをライバル視しているのだろうか、と思った。実桜香にとって愛子は絶対に負けたくない存在で、思わずマウントを取ったり、理不尽な物言いをしたくなったりしてしまう相手。それに比べて私は何者でもないとコケにされているのだろう。




 懇親会があった翌週、私は愛子と一緒にショッピングに来ていた。東京に長らく住んでいた彼女と一緒なら、迷子にならずに済むだろうと思い、渋谷の街をぶらついた。道中、何回か声をかけられた。カットモデル一回に、ナンパ二回。友人と歩いているときくらい、放っておいてほしい。


「美人も面倒なのね?」


 愛子が困ったように笑うから、私は盛大に首を振った。


「そんなことないよ。ってか、どんな女の子でもこの街は声かけられるじゃん」

「普通の人とはペースが違うのよ。私みたいな平凡な顔だと、五回に一回って感じよ」


 有名なインフルエンサーがプロデュースしたという新作のアイライナーを見に行くために、私たちは大型商業施設の最上階、バラエティーショップに足を運んだ。


「見て、ちゃんとコーナーが出来てる。結構人いるね」

「ね、売り切れていないようでよかった」


 人だかり、というほどではなかった。女子が数人、ポップアップコーナーでアイライナーを眺めていた。


「近くで見ようよ」


 私は愛子の手を取って、失礼します、と売り場に近寄る。


「よかった、グレイッシュベージュ、まだ売り切れてなかったよ」

「……本当だ、残り少ないし早めに来ておいてよかった!」


 私たち二人はおそろいのアイライナー(愛子は狙っていたグレイッシュベージュ、私はロゼブラウンにした)を購入し、そのノリで他の階のアパレルコーナーを眺め、アイライナー以外の買い物は特にしないまま、店を出た。

 このまま帰るのはなんだか惜しいと、私たちはカフェに寄った。


「それにしても、やっぱああいうキラキラした場所に行くときは、梨々花と一緒に行くべきだね。持つべきものは美人の友人だあ」

「美人じゃないって。メイクがうまいだけだよー」


 美人と言われたときにうまく謙遜する方法を覚えた。「メイクのおかげだ」といえばいい。相手の言うことをただ否定するだけだと、ちょっとリアクションとして薄い。元々の顔が良いと認めれば反感を買うので、メイクやファッション等、後天的なもののおかげであると言ってしまえばその場は丸く収まる。――まあ、愛子はそもそも、そんな微妙な反応の違いでへそを曲げるような幼稚な人間ではないけれど。


「売り場で溜まってた子ぉらいたじゃん? 梨々花が近寄ったとたん、すっと道を譲ってくれた」

「ええ? それと私が派手だってのがどう関係あるの?」

「ほら、そういうもんじゃん、人間って。やっぱり、美人にはどうしても圧倒されちゃうのが性っていうか……。私がひとりであそこに乗り込んだって、たぶん誰もどいてくれないよ」

「そんなことある?」

「あ、梨々花のことは全然ディスってるつもりないからね? むしろ、あの女子高生らが分かりやすすぎてウケたなっていうか……ちょっと卑屈に聞こえたよね、ごめん。私みたいに中途半端な顔面偏差値してると、良い経験も悪い経験もどっちも体験してるだけに、どうしてもそういうのに敏感になっちゃうっていうか」


 そう言って、愛子は困ったように笑った。


「大丈夫。愛子って、他の子と比べて黒い部分が少ないってか、なんか純粋! ってイメージだったから、たまにはそういう話聞くのも正直楽しいかも」

「えー?」


 実桜香と比べても、愛子がきつい言動をしたり、誰かの悪口を言ったりすることって、格段に少ない。感じの悪い人に対する愚痴をこぼしたり、人間のさがや、社会の面倒くささに中指を立てるようなこともない。だからこそ、変な話ではあるが妙に安心感を覚えたのだ。


「……それにしても、やっぱり梨々花自身は気づいていなかったのか。ほら、『持ってる側』は常に気づかないっていうじゃん」

「『持ってる側』?」

「そう。ほら、例えば私なら海外経験を『持っている』、みたいな。何かを運よく手に入れた人って、そのありがたみとかに気づいていない感じを出しちゃうと、めっちゃ嫌われるじゃん」


 この間の美桜香の言動を気にしていたのだろう。


「でもそれって、愛子がズルしてるわけじゃなくない? 海外経験があるって言ったって、現地の学校で愛子自身がちゃんと勉強して手に入れたのがその英語力なら、それはもう、愛子だけの、愛子が誇っていい宝物じゃん」

「……」


 愛子が驚いたように目を見張る。


「そんなこと言う人、初めてだわ」


 そして、吹き出す。


「そうだね。梨々花のおっしゃるとおりだよ。私はちゃんと向こうの学校で勉強したから、英語ができるようになった。もちろん、普通なら経験できないような生活をさせてくれた両親には感謝してるし、その感謝の気持ちは絶対に忘れてはいけないし、その分自分は誰よりも得しているってことは常に心に留めておく必要があるわけなんだけど……『ずるい』とか、『あんたの実力だと思うな』とか、『両親には感謝しなきゃねえ』とかって赤の他人に言われると、変な気持ちになるのよね」


 帰国子女も大変だと思った。


「梨々花は想像力がある子だよね。こういう子こそが、『地頭が良い』っていうんだろうな」


 どうして頭が良いことを良しとするの? 普通に「頭が良い」と何が違うの? 努力だろうと、生まれつきだろうと、恵まれた環境だろうと――






 駅までの帰り道のことだった。二人で歩いていたら、ふいに背後から腕を掴まれた。


「腕も太いのか。顔だけ整形したって、肥えてる女は短いスカートはいたらみっともないというのに……」


 六十代、いや、もしかしたら七十超えているだろうか。年配の男の突然の暴言に、私はフリーズした。変な人だ、逃げるよ、と愛子にひっぱられる。背後から男は執拗に暴言を続ける。甘いものばかり食いやがって、子どもでもできたらさらに太るんだろ、甘えるな――

 肥えている、というほどではない。そもそも大学では美人扱いを受け、いろんなサークルのマネージャーやミスコンからも声がかかるくらいだというのに、デブなはずもない。確かに愛子と比べれば多少肉付きは良い方だし、最近はモデル以上に細い女の子が普通に街を歩いているから、私のことが太く見えたのかもしれない。高校卒業後のダイエットは、ちょっとのんびり過ぎたかしら?


「今のマジで嘘だから」


 男を撒いた後、愛子はアルコールティッシュを取り出しながら、私にそう声をかけた。私はティッシュをありがたく受け取ると、男に掴まれた腕を執拗に拭った。


「ああいう変な人、東京にはよくいるんだよ。高校時代、モデルみたいな美人の同級生が登校中に『ブスが化粧すんな』って怒鳴られて、泣きながら登校してきたことがある」

「……ありがとう、でももうちょっと痩せた方が良いっていうのは事実だから」

「梨々花がそうしたいってんなら止めないけれど、あの男が言ったことはマジで真に受けない方がいいし、梨々花は元々の顔が良いから関係ない」

「あと、私は整形じゃない」

「でしょうね、大学生はなかなか整形費用なんて捻出できないからねえ」


 そりゃそうだろあほらしい、と言わんばかりに愛子は鼻を鳴らした。そんな彼女の様子になんだか心が救われたけれど、ふとあることに気づく。――私だって、皆と同じじゃないか。生まれつきの顔立ちがそれなりに良かったことにプライドを持ち、整形することを見下している。遺伝子だけで決まる顔立ちに甘えて、そんなに努力が必要なかったことを誇っている。

 元々与えられたギフト、努力で手に入れた宝物。別に、大仰に誇る必要はない。しかし、恥じらいたくはない。私はただ、ちょっと日々を上機嫌に過ごすために、大切に持っていたいだけなのに。



『Gift』――fin.

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