第4話 魔王、再会する2

 というわけで逃げるように校舎から出た。


 あぁ、明日からどうしよう。陰で笑われたりするんだろうか。嫌だなぁ。


「で、どうすんだ? 他の二人は見つかんねえし、先に三人で報告会を開くか?」


「その前に、人目のつかない場所を確保しないといけませんね」


 問題児たちが何か言ってやがる。呑気だな。


 でも、こんな時だからこそリーダー(言い出しっぺ)がしっかりしないといけない。


「報告会は別に急ぎでもないんだ。まずは他の二人との合流を優先しよう。この学校の生徒か部外者かで集まる場所も違ってくるしな」


 残りの同志を捜すべく、今日のところは適当にぶらつくことにした。


 始業式は明日のはずだが、校内はとても賑やかだった。


 というのも上級生の部活の勧誘が凄まじいのだ。様々な部活の部員がプラカードを掲げて、昇降口から校門へと向かう道の端に待機してやがる。もちろん私たちは裏道を行くが、それでも完全に人目を避けるのは難しく、鼻の下を伸ばして話しかけてくる奴もいた。もっとも、その都度背後に控えている龍之介が睨みを効かせて追い払ってくれたが。


 これでは人探しすらもままならん。


 落ち着くまではあんまり行動しない方がいいかなぁ……と思ってた、その時だった。


鬼頭おにがしら! 貴様、いったいどういうつもりだ!」


 あてもなく校舎裏を歩いていると、女性にしては随分と野太い声が響き渡った。


 見回しても、それらしき姿は見当たらない。だが、あの響き方。おそらく中庭だ。あまりにも爆発的な声量だったので、鉄筋の校舎で反響したのだ。


 龍之介と魔理沙に目配せして、私たちは声の方へと向かった。


 校舎の陰から中庭を覗き見る。しっかりと整備された芝生の上で、一組の男女が仁王立ちのまま対峙していた。


 一人は長い黒髪の女子生徒だ。おそらくは先ほどの声の主だろう。『風紀委員』と書かれた腕章を腕に巻き、竹刀を携えていた。


 もう一人は二メートルを越す巨漢だった。なかなかの長身であろう女子生徒を完全に見下ろす形になっている。ただ高さがあるだけではなく、横幅も半端ない。筋骨隆々の肉体は、まさに岩と称しても過言ではないほどだ。


 先ほどの叫び声を聞きつけたのか、何人かの生徒が校舎の窓から顔を出している。注目されているのもお構いなしに、男女は一言も言葉を交わすことなく、剣呑な雰囲気を漂わせながら睨み合うだけだった。


 その様子を見て、私はピンとくる。


「おい、あれって……」


「ああ、そうだな。なんかもったいない感じがする」


「……分かるぅ」


 龍之介の的外れな返答に、私は思わず同意してしまった。


 正義感の強い女と強面の大男。決して相容れぬ存在。お互いの信念を貫こうとするあの佇まいは、昔懐かし風紀委員と番長といった風体なのだ。もしセーラー服と学ランだったのなら、それこそ絵になっていただろう。


 でも残念。この高校はブレザーなのだ。故に、どことなく中途半端……もといしっくりこない感じになってしまっていた。


 じゃなくて。


「男の方、同志の一人ではないのか?」


「たぶんな。《狼》って柄じゃないから、おそらく《鬼》だろう」


 確認している間にも、風紀委員の女子生徒が沈黙を破った。


 大男に竹刀の切っ先を向け、まるで演説でもするかのように声を張り上げる。


「今日は新入生の入学式。我々上級生はまだ春休みのはずだ。部活動に従事する生徒は勧誘に勤しみ、そうでない者は明日の始業式に向けて家で準備をしているだろう。なのに、どこの部活にも所属していない貴様が何故ここにいるのだ!」


「…………」


 ん? 我々上級生?


 気になる単語が飛び出たが、大男は黙ったままだった。


「答えよ、鬼頭! よもや日付を間違えたわけではあるまいよな!?」


「…………」


 今まで頑として不動だった大男が、ようやく動きを見せる。


 風紀委員を見下ろしていた瞳は閉じられ、ゆっくりと頭を横に振った。


「俺は人と会う約束をしているんだ」


「約束だと? 新入生に知り合いでもいるのか?」


 だが大男は答えなかった。


 風紀委員を見据えながら、逆に質問で返す。


「お主もここにいるではないか」


「私は見回りだ。風紀委員としての責務でな。新入生の中に治安を乱す者がいないかを見極めるため、及び入学式を荒らす者がいれば事前に取り締まるのも仕事の内だ。そういう意味では貴様は存在自体が悪影響だ。そんな制服を着崩した大男が徘徊していたら、新入生たちは怯えてしまうだろう」


「制服は身体に合うサイズがなかったと言っているだろう?」


「御託はけっこう。待ち人か何か知らんが、諦めて明日にしろ。今日はさっさと帰れ」


「…………」


 大男は反論できずに再び黙り込んでしまう。


 なんでだよ、もっと言い返せよ。相手の主張は理不尽すぎるだろ。存在自体が悪とか、そんなもの間違ってるに決まってるだろ!


 二人のやり取りに苛立ちを覚えた私は、いつの間にか拳を握っていた。


 すると突然、大男がその場で腰を下ろした。


「……何をしている?」


「俺は約束をした人物が現れるまでここで待つ。陽が沈むまで一歩も動かないつもりだ。陽が沈めば、今日は諦めて帰る」


「…………」


 今度は風紀委員が黙り込む番だった。


 私はスマホを取り出して時間を確認する。今は正午前。日没まで五時間以上もある。


「本当に動かないのだな?」


「動くのは待ち人が現れた時か、帰る時だけだ」


「……いいだろう。貴様の素行は目に余るが、約束は守る男だ。貴様がそう言うのであれば私は見回りに戻る。ただし貴様が一人で校内を徘徊しているのを目撃した場合は罰則を与える。いいな?」


「好きにしろ」


 踵を返した風紀委員は、それ以上大男を一瞥もすることなく早々に去っていった。


 大男は大男で風紀委員の圧力もどこ吹く風。まるで瞑想でもするかのように目を閉じて集中し始めた。


 この光景は、なんか心がムカムカする。


 居たたまれなくなった私は、即座に飛び出して大男の元へと駆け寄った。


「おい、《鬼》!」


「ぬ?」


 呼びかけると、岩みたいな固い顔がわずかに緩んだ。


 あの女が《鬼》を座らせたというのなら、私は逆だ。奴を再び立ち上がらせる。それが《魔王》としての責務だと思った。


「私は《魔王》だ。名は瀬良真央。お前は私の同志の《鬼》か?」


《鬼》の正面に立ち、手を差し伸べる。


 すると《鬼》は私の手を取り、静かに笑ってみせた。


「いかにも。俺の名は鬼頭権三郎ごんざぶろう。久しぶりだな、《魔王》殿」


 我らは同志。どちらが上でも下でもない。立場の違いは純粋な身長の差だけで十分だ。


 こんな形での再会は望まない。だからこそ、急いで鬼頭の身体を引っ張り上げようと思ったのだが……感動の再会は予期せぬ事故で幕を閉じた。


 鬼頭の腕力が想像以上に強く、紙みたいに軽い私の身体が反動でバランスを崩したのだ。


「あぶぅ」


 受け身なんて取れっこない。無残に撃沈。私は芝生の上に顔面を強打した。


 格好つかないなぁ。ってか、なんでお前ら普通に挨拶交わしてるんだよ。助けろよ。同志が無様にパンツ晒してんだぞ。お前らちょっとは共感性羞恥心を持とうよ。


「まあいいか」


 切り替えは大事だ。


 美少女顔を穢した芝生を払いながら、改めて鬼頭の横に並ぶ。


 にしても、本当にデカいなぁコイツ。まるで岩山みたいだ。そこそこ長身だったとはいえ、あの女はよくもまあ臆せず堂々と対峙していたものだ。


「そうだよ、あの女だよ!」


 思い出して一気にスイッチが入ってしまった。


 私のファーストキス(?)が地面に奪われてしまったのも、全部アイツのせいだ!


「鬼頭よ、あの高飛車な女は何なんだ! 久々にムカついたぞ!」


 地面を殺せば今のキスは無かったことになるかなと考えてしまうくらいに、私は激しく地団駄を踏んだ。


「気にするな。この一年間、ずっと目の敵にされているだけだ。今に始まったことではない」


「そうそう、それだよ。なんでお前は二年生なんだ?」


 問うと、鬼頭は気恥ずかしそうに視線を逸らした。


「二月に生まれてしまったからだ」


「そっかぁ、早生まれかぁ」


 なら仕方ないな。転生する時、出産予定日なんて分からないもんな!


「これで残りは《狼》さんだけですねぇ」


「鬼の旦那みたいに入学さえしてりゃ、いずれは会えると思うんだが……」


「鬼頭は会ったことないんだよな?」


「うむ」


 これだけ捜しても出会わないということは、今年は入学していないのだろう。仮に上級生だったとしても、一年も同じ学校で過ごしていれば鬼頭が気づくはずだ。


 何かしらの事情で入学できなかったか、鬼頭みたいに転生に失敗して下級生になってしまったか。というか、今年この学校に集まるということは事前に打ち合わせしているのだ。どんな形であれ、向こうから何かしらのアクションがあってもいいと思うのだが……。


「ひとまず今日のところは解散するか。あでも、どうせなら学校内を案内してくれよ。あの女との約束なら、待ち人である私たちと一緒に行動していれば問題ないだろ?」


「承知した」


 同志と合流するという本日の任務は八割達成。その他にも、私には人間の心を理解するという使命があるからな。早めに学校に慣れておいて損はないだろう。


 さてさて、明日からどんな高校生活が待ち受けているのか不安で不安で一杯だぁ!


 黒歴史の蓋が開きそうになり、私はちょっと泣きたくなったのだった。

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