4_夏めく日差し、その影で

 三宅猫発見から、もう一週間が経った。着実に情報は集まっているはずなのに、決定的なそれが一つも見つかっていないことから、本部全体に焦りとイラつきが滲み始めていた。

 通常の情報収集の傍ら三宅猫の元へ向かう頻度が低くなかったのは、自分自身焦りがあったからと、そう言った空気感の本部に居るのが居心地悪かったから、というのもあったのかもしれない。

……なぜか、僕に疑いをかけてくる同僚が何人か居るのだ。第一発見者だから、らしい。彼らの死亡推定時刻や犯行推定時刻に、僕は仕事をしていたというアリバイがある。どうしてそんな思考になるのか、僕には理解できなかった。

 

 しかし、そんな疑いを掛けてくる同僚がいるにも関わらず、僕はずっと被害者である三宅猫担当でもあった。

 

 

「こんにちは、烏宗田さん」

「こんにちは。体調はどう?」

「もうすっかり、ほんとに、記憶がない以外は普通なんです」

「そうなんだ。まあ、記憶に関しては残念だけど、体が元気なのは良かったね」


 同意を返しながら苦笑する彼の表情は、今思えばやや硬かった気がする。まだ彼が目覚めてから二日しかたってなかったのに、この時彼は既にリハビリを始めていた。

 

「捜査は、どんな感じですか?」

「順調、って言えたらよかったんだけどねえ……申し訳ない限りだよ」

「いえ、そんな、それ言ったら、こっちこそ記憶飛んじゃってて申し訳ない、っていうか」

「君が謝ることじゃない。君の記憶頼りになってしまっている現状が良くないんだ、悪いのは僕ら警察だよ」


 彼に情けない答えしか返せなかったのは、彼が目覚めてから三日後のこと。僕の言ったことに彼はなんと返していいか分からなかったみたいで、おろおろさせてまったのを申し訳なく思った。

 

「烏宗田さんは、刑事さん……なんですよね?」

「うん? そうだよ。それが、どうかした?」

「いえ、あの……自分の持ち物見た時に、警察学校の生徒だったことが分かったので。何か、思い出すきっかけになったりしないかな、と思って」

「なるほどねえ、でも、一括りに警察って言っても幅が広いからね。君が何になりたかったのか、僕は分からないし。参考になるか、分からないよ?」

「それでもいいですから。良ければ、何か聞かせてくれませんか」


 唐突な問いに驚いたのは、彼が目覚めてから五日後のこと。最近の話は出来ないから、と話した交番勤務の頃のエピソードはありふれたものだったけれど、彼は楽しそうに聞いていた。そういえば、この頃から一人称が僕と俺でぶれ始めていたような。それが、記憶を取り戻しかけているからなのか、単純に僕に対してあまり気を張らなくてなったからなのかは、分からないけれど。

 

「そう言えば、あの……烏宗田さんが、僕を見つけてくれた、って聞いたんですけど」

「そうだね。ちょうどパトロール中でさ、音がした方に向かったら君が居たんだ。見つけられてよかったよ。……本当は、君がこんな目に合う前に犯人を捕まえられれば良かったんだけどね」

「いえ、そんな。……先生に、もう少し発見が遅かったら怪しかった、って言われたんです。それに……」

「それに?」

「記憶がない俺が言うのもあれなんですけど、死ぬのは怖いな、って思うので。きっと、死ぬのってすごく冷たくて、寂しくて……そういうものだと思うんです。だから……本当に、見つけてくれて、ありがとうございました」

「……うん、こっちこそ、ありがとう」


 そんことを言われたのが、昨日のこと。

 

 彼は、僕ら警察を責めることもなく、僕個人を疑うことも無く、ただただ真っ直ぐに僕と話してくれいた。それが、彼の本来の気質だからなのか、それとも記憶を失っているからなのかは、分からないけれど。

 

 彼に対して情が湧きかけているのは、日々のやり取りの中できっと変な疑いを全くかけてこない人物だったからなのだろう、と無理やり結論を付けた。

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