幼日の姉姫②

 依頼を請け負った景は、朱音を店内に残したまま、猿渡と共に外へ行き、話し込んでいた。


「何話してるんだろ?」


 朱音は会話の内容が気になって仕方がなかった。中からでも二人の姿は見える。それに、猿渡がすごく慌てたように身振り手振りしていた。そんな彼の肩に手を置いた景は微笑みながら言葉を交わす。すると猿渡が深々と頭を下げその場を後にしたのだ。


「すみません。おまたせいたしました」

「いえ、大丈夫です。ところで何を話してたんですか?」

「彼には準備をお願いしました」

「準備?」

「はい。それと明日の朝、お店まで来てもらうようにお願いしました」

「そうですか……」


 では、あの慌て様は何だったのだろうと、朱音は不思議であった。


「あの……、これからどうするんですか? 具体的に何をすれば?」

「朱音さんには、僕と一緒に人を捜してほしいんです。以前、多田くんの話をしたときに、僕には影が視える話をしたと思います」

「はい。覚えてます」

「僕は人が残す強い影のことを、〈想影おもかげ〉と呼んでいます。その想影は必ずしも全て残ってるわけではありません。何処かで途切れてしまうとそこで見失うんです」


 だから、都度都度、人の力が必要になると景は説明した。説明が終わると景は携帯を取り出し、どこかへ連絡していた。


「もしもし、おはようございます。名取です。多田さん、今から店番を任せてもいいですか?」


 電話の相手は真であった。

 通話を終えた景は、真が昼過ぎに来てくれることを朱音に伝えた。真はここで働くための条件というか、お願いを景から言い渡されていた。今回、真はそれに応えたわけである。


「朱音さん、先に僕が視たものをお話しておきます」

「視たもの?」

「えぇ……。先程の彼、猿渡さんですが、強い影が出てました。青色です……。あれは、後悔や憎しみといった想いです。彼の場合は前者だと思いますが……」

「……後悔、ですか」

「あれ程の強い後悔、きっとまだ件の場所に残ってるはずです。まずはそこに向かいます」

「でも、場所がわからないです」

「大丈夫です。先程、彼に聞いておきました」



 昼過ぎ頃、だがしやなとりに真がやってきた。事情を改めて説明する景。閉店までに戻らなければ、そのまま店を閉めて帰って大丈夫と伝えた。

 その後、景と朱音は店から最寄りの駅に行き、2度電車を乗り継いだ。


 最後に降りた場所は、住居が建ち並ぶ住宅街であった。

 そこからしばらく歩くと、建物の間に小さな公園が見えてきた。公園の中央が芝生で盛り上がっており、その周りには花壇が並ぶ。遊具はなく、公園というよりは広場のほうがしっくり来るだろう。


「ここに何かあるんですか? 私にはお花と芝生しか見えないんですけど」

「えぇ、そこにあります」


 景が指差した場所は芝生の中心だった。

 朱音は、景が示した先に近付く。彼女の目には、ただの芝生にしか見えない。しかし、景には違った景色が見えているのだと思うと不思議でならなかった。


「ここには、とても暖かい想いが残ってます」


 そう言って景はおもむろに手を伸ばした。

 その手の先には何もない。何もないはずなのに、そこには確かにあると朱音は景を見て思った。


 数分、手を伸ばしたまま動かなかった景であったが、そんな景を見ていた朱音は思わず驚いた。景の頬に一滴の涙が流れたからだ。


「どうしたんですか!?」

「あ、いえ……。この暖かい想いの中には、同時にとても強い寂しさと後悔がありました。想影に触れるというのは、そういった感情が全て流れてくるということです」

「大丈夫なんですか?」

「ええ。今回の影は安全です。それに僅かですが、捜すべき相手の行方も分かりました」

「……」


 朱音は言葉が出なかった。何もない、何も見えない、なんの痕跡もないこの場所で、景はヒントを得たのだ。実際目の当たりにしても、にわかには信じられなかった。


「少し移動しましょう」


 景はそう言うと、流れた涙を拭った。


 その後、景と朱音は東京郊外から群馬県まで来ていた。

 少しの移動と聞いていた朱音は、1時間半も車に乗ることになるとは思ってもいなかった。


「名取さん、免許持ってたんですね……」

「はい、仕事で必要になることもあるので」


 移動中は些細会話をしながら目的地に向かった。移動に使っている車は急遽近くのレンタルカーショップで借りたものだ。


「着きました」


 車から降りた朱音は、背伸びをする。長時間座りっぱなしでお尻が痛かった。


「すうぅー……はあぁ。ん~~、気持ちいい。空気が澄んでる気がする!」


 二人が行き着いた先は、如何にも田舎といった風情を感じる場所であった。いくつも民家が並び、古い日本家屋から最近できたような家も見られた。その場で何もせずに立っていれば、風の音、木々のざわめき、鳥の鳴き声が聴こえてくる。


「少し離れただけなのに都心とは全然違うなあ」


 朱音はこういった場所へは中々行く機会がなかった。両親は東京の人間で、都外に出る必要がなかったからだ。朱音は生まれも育ち東京である。


「いいところですね。僕もこういった静かなところは好きです。適度に人がいるところが1番落ち着くというか、人が多くても生活がしづらいですからね」

「少しわかる気がします! 朝の出勤とか電車は満員だし、すごく大変ですもんね!」


 二人は一通り、この場の空気感を味わって再び本来の目的へと戻る。


「朱音さん、こちらに来てください」


 朱音は景に呼ばれあとに続く。

 近くの山道に入ると道なり進む。途中足場の悪い箇所や急な階段があったが、景は朱音の手を取り、間違っても怪我をさせないようにしていた。


「……やはり、そうですか……」


 開けた場所に出た景はポツリと呟く。


「わあ! 綺麗!」


 朱音は声を上げ感激した。眼前広がるのは無数のサクラソウ。時期的にはそろそろ見頃を終えるのだろう、疎らに緑が多かった。しかしそれでも辺り一面に広がるサクラソウは見事なものであった。


 綺麗だなと感動する朱音の横で、景は眉間にシワを寄せ目を細めていた。


「何か視えたんですか?」


 景の表情が気になった朱音は問いかける。


「いえ、何も……」

「そうですか……何も……。何も!?」

「はい。彼女の想影はここで消えてます」

「それじゃあ、もう見つけられないってことですか?」

「はい。僕の力では、ここまでが限界です」


 様々な話を聞くうちに、景はどんなものでも人でも見つけ出すことができるヒーローだ。なんて朱音は思っていたが……。その力は当事者の─強い想い─を視て汲み取る事しか出来ないのだと改めて理解した。


「こうなる可能性はある程度予想してました。人を捜すというのは簡単なことじゃありません」

「なら、このあとはどうやって捜すつもりですか? 聞き込みとか?」

「そうなりますね。……実はそのために、保険として朱音さんには同行して貰いました」


 この場所に向かう道中、広場から繋がっていた想影は徐々に薄くなっていき、このサクラソウの咲き誇る場所で完全に消えてしまったようだ。


 手掛かりをなくした景は、朱音と共に近隣住民への聞き込みを始めた。


「さぁ……知らないわねぇ」

「ごめんなさい、力になれなくて」

「なっちゃん? それなら2つ隣の家が飼ってるよ」


 付近の住人、通りかかる人々に聞くも、それらしい情報を得ることはできなかった。


「全然知ってる人いないですね……」


 朱音がそう口にした時には、陽が沈む直前。空の色は薄い黒色に変わっていた。


「今日はここまでにしましょう。また明日、今度は猿渡さんを加えた三人で調べましょう」

「はい……そうですね」


 自分も何か役にたちたいと、景から頼られた時は浮かれていたが、実際に依頼を手伝ってみて凄く大変なことだと、ドッと疲れを感じていた。


「朱音さん、上を見てください」

「上? ……あぁ!」


 上を、空を見上げた朱音には、無数の星々が輝いて見えた。


「すごい……」

「ここは東京と違って緑も多く空気が綺麗ですから、きっと星も沢山見えるんでしょうね。どうですか? 少し楽になりましたか?」

「え?」

「落ち込んでいるように視えたので」

「ごめんなさい! 私そんな顔してましたか!」 

「いえ、そうではありません。そう視えたんです。僕の前では無理しなくて大丈夫ですよ」


 人の想いの影が視える景には、どんなに取り繕ったところで、見透かされてしまうのだと朱音は感じた。だが、その気遣いが嬉しくて、心が軽くなり、自然な笑顔が出ていた。


「ありがとうございます。名取さん」

「気にしないでください。僕はただ、少しでも朱音さんの為になればと思っただけですから」


 そう言うと景は車の運転席へと向かう。

 朱音は景の優しさに胸が温かくなり、少し恥ずかしそうに車の助手席へと乗り込んだ。



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