第9話 銃刀法違反ツインテ現る

 やはりどういう仕組みなのかはよく分からないが、升の中には前回使い残した分の豆だけがかろうじて残されていた。だがそれも良くてふたつかみ分、といったところだ。鬼の狙いが完全のこちらに向いたことを気配で察し、脳を必死でフル回転させる。

 あのブロック塀すら破壊する、突進攻撃の射程距離にはとらえられたくない。だがこの残豆数では、前回のようにただ適当にばらまいて倒すというわけにもいかないだろう。

 まだ鬼との距離が充分に開いているうちに、俺はかすかに震える手で豆をひとつかみした。無表情でよだれを垂らしながら、ゆっくり、ゆっくり近づいてくる鬼をギリギリまで引きつける。

 俺は鬼が軽く身をかがめた瞬間に狙いを定め、控えめにすくい上げたその豆を投げつけた。胸のあたりで炸裂した豆が、突進のモーションに入っていた鬼を一歩後退させる。

 鬼がひるんだ隙に、俺は升を抱えてまたできる限り距離を取った。兎呂はいつの間にか寿司屋の軒上に避難している。

 さあ、ここからどうする……?

 ただれた胸から黒煙をくすぶらせている鬼の前進に合わせて、じりじりと後ずさる。升にはあと一投分の豆しか残っていない。

「豆まきくん、ホントにいたんだ!」

 突然、背後から聞きなれない声が上がる。

 振り向くと、そこには腰まである明るい茶髪をツインテールにした女の子が、身の丈に不釣り合いな大太刀を背負って立っていた。

 うちの高校の制服ではなかったが、暖色系のサマーセーターにプリーツスカート、黒のニーハイにローファーといった格好で、耳には小さなピアスをつけている。

「升持ってるし! ウワサ通りの変なカッコー」

 全く悪意のない笑顔で、いきなりバカにされる。

 困惑するこちらを完全に無視して、彼女はすたすたと俺の脇を通り過ぎていった。知り合いでも見つけたような感じで、迫る鬼に平然と近づいていく。

「あ、危ないから、早く逃げ……!」

「大丈夫、大丈夫」

 気楽な口調で答えながら、彼女は背負い投げの要領で大太刀を抜刀した。鬼の目玉がぎょろりと動き、ターゲットを俺から女の子に切り替える。

 鬼がしとめにかかってくるよりも早く、彼女は身をかがめて鬼の懐に斬り込んだ。

 そのあまりに手慣れた、鮮やかすぎる動きにあぜんとする。懐といっても極端な身長差があるため、実際に彼女が斬ったのは太ももだった。丸太のような鬼の脚に横一線の刀傷がつき、そこから濃い黒煙が噴き出し始める。

「そっちこそ早く逃げた方がいいよー」

 鬼が反撃の爪を振るった時には、女の子はすでに鬼の射程距離から逃れていた。ツインテールの尾を引いてバックステップを踏みながら、太刀が軽々と振られ、構え直される。

 え、あれ……?

 状況的に完全に置いてきぼりを食らい、俺が所在なくとまどっている間に、女の子は再び鬼との間合いを詰めていた。

 迎撃に振り下ろされた鬼の腕を飛び越えるように、華奢な身体が跳躍する。

 大上段に振り上げられた太刀の刃が、流れる茶髪を率いて降下し、鬼の肩に打ち下ろされる。

「今です!」

 鬼がひるんだまさにその瞬間、兎呂の声で孔明ばりの合図がかかる。

 俺は半ば反射的に豆をつかみ、鬼に向かって投げつけていた。

 女の子が斬ったのとは反対側の体側に、ほぼ全弾が直撃する。

 とたんに、鬼から噴き出していた煙の量が一気に増した。女の子が斬った肩側から鬼の身体が黒い霧と化していき、空間に溶けて消えていく――

 実体を失い、次元の向こうに還る鬼を見届けながら、俺は空になった升を抱えて安堵した。

 兎呂が寿司屋の軒から降りてくるのを、視界のすみで確認する。

 女の子は抜き身の太刀を下げたまま、ぽかんとしていた。そのまま数秒が経過し……次の瞬間。

 弾けるような声とともに、女の子が腹を抱えて笑い出した。

「ホンットに豆が武器なんだね。しかも。しかも、倒しちゃったじゃん」

 笑いすぎて涙が浮かんだ目尻を指でぬぐい、女の子が背中の鞘に太刀を収める。

「豆で鬼退治をしている人がいるって聞いた時はさ、ステキでユカイな冗談だなって思ったんだけど、実際こうやって目の前にしちゃうと……ぷっ。笑いが込み上げてきちゃう。しばらく思い出して笑っちゃうなー、これは。どうしよう、授業中とかガマンできる自信がこれっぽっちもない」

 なんだこいつ。

 客観的に自分を見て、確かに笑われても仕方がないとは思えるが、初対面でいきなりここまでバカにされる筋合いはない。

 女の子は俺が不機嫌になったのを見て取ったか、まだ笑いながら申し訳なさそうに手を振った。

「ごめんごめん。私、思ったことがすぐ口に出ちゃうんだよね。友達にもよく怒られるんだけど、悪気はないんだよ。自覚もしてるからさ、許してくれると嬉しーです!」

 よく考えるとフォローになっているようでなっていないが、ツッコんでも無駄な気がして俺は口をつぐんだ。この銃刀法違反少女にどう対応するべきか悩んでいるうちに、兎呂がこちらに近づいてくる。

「お久しぶりです、夏希さん。危ないところを助けられましたね」

「あ、うさぴょん久しぶりー。元気してた?」

「ちょっと待ってください、なんですかそのかわいらしい失礼な呼び方は! 私には兎呂という立派な名前があるんですよ!」

「そうだった、そうだった! ごめんね、とりょりょ!」

 全然分かってねぇ。

 まさか兎呂の肩を持つ日が来るとは思ってもみなかったが、釈然としない顔つきをしている兎呂の代わりに胸中でツッコミを入れる。

「こいつ、誰?」

 ここまでの流れに加えて、兎呂と面識がありそうな時点でだいたい予想はついていたが、確認のために聞いてみる。

「成海さんと同じ地域を担当している、鬼退治仲間ですよ」

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