第24話 女勇者敗北す


 『あんなコケ脅しに乗るなよライアン、四元徳の装備が揃った今、オレ達が大魔王に負ける道理が無い!!』


 身体からどす黒い邪悪な魔力を放出する大魔王ゾンダイクを前にしてたじろぐライアンに対し知性ウィズダムは彼女を鼓舞する言葉を掛けた。


「そっ、そうよね……ここまでだって辛い戦いを勝ち抜いて来たんですもの」


『その意気たい!! おまんならやれる!!』


 勇気カリッジもどこの方言か分からない言葉でライアンにエールを送る。


「フフフ……そう思うかい? ならさっきも言ったけど早速試してみようじゃないか」


 顔が存在しない為表情は分からないが声色から明らかにせせら笑っているゾンダイクが突き出した右手の指をパチンと鳴らした。

 それと同時にライアンの足元の床が突然勢いよくせり上がり柱の様に飛び出す。


「あっ、危ない!!」


 咄嗟に飛び退いて事なきを得たが一歩でも回避が遅れればその柱により天井に押し付けられ圧し潰されていた事だろう。


「こんのーーー!!」


 キュっと足元を鳴らし体勢を立て直すとライアンはゾンダイクに向けて駆け出し剣を振りかぶった。


「勇ましい事だ、ではこれではどうだい?」


 ゾンダイクが再び指を鳴らすと今度は何もない空間に無数の剣や槍が忽然と現れた。

 それらはまるで空中に固体されているかのように浮いており、切っ先は全てライアンの方に向いていたのだ。


「あっ!?」

『ライアン!! 避けろ!!』


 突然の事にライアンの対応が一瞬遅れた。

 足で急ブレーキを掛けたが時すでに遅く、身体は武器に群れに飛び込むのは必至。


「間に合わない!!」

『任せて下さい!!』


 節制テンパランスのマントが素早くライアンの身体を包む。


「うあっ!!」


 剣の群れから逃れる様に咄嗟に身体を捩るが数本の切っ先がマントごとライアンの身体を掠め肌に傷が付く。

 傷からは血液が薄っすらと滲んでいた。


「大丈夫!? テンパランス!?」


『何のこれしき、まだ行けます……』


「当然ですがこちらも勇者対策をしていましてね、その武器は勇者装備の加護を突き抜けるよう私の魔力が付加されています、急所に刺されば命はありませんからそのおつもりで……」


 ゾンダイクは右手を胸に当て軽くお辞儀をした。

 その態度は完全にライアン達をおちょくっていた。


『気を付けろライアン、奴は戦闘前にも指を鳴らして洞窟をダンスホールに変えたり何もない所からティーセットを出したりしていた……きっと空間を操ったり物体を転移させる力があるに違いない』


「何よそれ!? ずるいじゃない!?」


「何を仰るやら、私に言わせればあなた方こそ卑怯では無いのですか? 並みの攻撃では傷一つ付かない装備の加護、そして何でも斬れるその剣、回復と飛行を可能にするマント、魔力を吸収する盾……大魔王に対しての完全武装をしているのですから」


「うっ……」


 憤慨するライアンに対して痛い所を突いてくるゾンダイク。


「いやしかし、まさか女勇者の実力がこの程度とは……いささか拍子抜けだったかな、それとも少しあなた方を買い被っていたのでしょうか」


「何ですって!?」


「おや、お気に障ったのでしたらあしからず、でもそう感じたのだから仕方がないでしょう」


『耳を貸すなライアン、精神的にこちらを揺さぶるのも大魔王の常套手段だという事を忘れるな』


「わっ、分かってるわよ……」


 しかし口ではそう言いつつも表情にはありありと怒りの感情が現れていた。


「フフフ……もしかしてあなた方、何か不具合が起きているのではないかな?」


『………』


 煽るようなゾンダイクの言葉に知恵ウィズダムが押し黙ってしまう、そして……。


(『ライアン、他のお前たち、もう気付いているよな?』)


(な、何よ? 急に心の中に話しかけてきて)


 知恵ウィズダムは仲間にだけ聞こえる内面世界に語り掛けていた。


(ゾンダイクに聞こえるとマズイんだよ……で、お前達どうだ? ゾンダイクの言う事……)


(んだな、確かに四元徳の装備が揃ったにしては力が出ていない気がするだな)


(はい、前回の女勇者が装備していた時に比べてその半分も能力が発揮できていないと思われます)


(カリッジ、テンパランス、まさか私の力が及ばないって言いたいの!? 確かに装備が四つ揃った割りに三つの時と比較してもそんなにパワーアップした気はしなかったけどさ!!)


(まあそうムキになるなライアン、前にも言ったがお前はこれ以上ない程の勇者適性がある、それはオレが保証する……そうじゃなければ仮にも四元徳装備を四つとも装備出来ている理由が説明できない)


(じゃ、じゃあ原因は……?)


(『………』)


 これまでのやり取りに加わらない正義ジャスティスことルシアンに皆の意識が集中した。


(『……ごめんなさい、私が足を引っ張っているのね……それは自分でも感じていたわ……』)


(そんな……ルシアンは生きている装備リビングイクイップになったばかりだし正義の盾の力の使い方に慣れていないだけだよね? 時間さえあれば少しづつ使えるようになるよ!!)


(『ライアン現実を見ろ、既に大魔王との戦闘に入っている以上そんな悠長な事を言っている時ではないだろ』)


(『んだな、わりいけどルシアンが装備に慣れるのを待ってる時間はねぇ』)


(『こう言っては何ですが、このタイミングで勝負を挑んできた大魔王の作戦勝ちと言わざるを得ません』)


(だけど!!)


 生きている装備リビングイクイップ達の言い分を頭では理解してはいるものの納得がいかないライアン。

 納得してしまえば半ば無理に正義の盾に魂を移された謂わば一方的な被害者であるルシアンを追い詰めてしまうからだ。


(『ライアンお前の気持ちも分かる、しかしこれは紛れもない事実だ、だから認めた上でこの状況をどう覆すか考えるんだ』)


(望む所だわ!! こうなったらルシアンの分も私がカバーするわ!!)


(『……ブライアン……』)


 ルシアンの声が震えていた。


 内面世界から戻ったライアンはゆっくりと顔を上げる。


「……フン、そんな安い挑発にあたし達が動揺するとでも? 仮にも大魔王ならもう少し気の利いたジョークの一つでも言ったらどう?」


 勇気の剣の切っ先をゾンダイクに向け堂々と啖呵を切る。

 既にライアンの瞳からは不安が消え自身に満ち溢れていた。


「フム、一人を相手にしている様で複数を相手にしているのでしたね……お互いを励まし合うのですから精神攻撃は効きづらいと……ならこれではどうです?」


 再び指を鳴らすゾンダイク。

 又しても何かの物体が呼び出されたのだがにライアンは目を見張った。


「……ギロード!?」


 ゾンダイクの突き出した右手にはライアンの元パーティーメンバー、頬にバツの傷のある剣士ギロードが後頭部を掴まれてぶら下がっていた。


「なっ!? ライアン!? これは一体どうなっている!?」


 突然この場に引き寄せられ何が起きているのか分かっていないギロード。


「おっと、私の許可なくしゃべらないでくださいね剣士君」


「ぐわああああああああっ……!!」


 ゾンダイクは掌で握っているギロードの後頭部に力を籠めると彼は苦悶の表情で悲鳴を上げた。


「止めて~~~!!」


 普通止めてと言って止める敵はいないだろうがゾンダイクはその懇願を受け入れ手の力を緩めたのだった。


「ぐあっ……」


 苦痛から一時的に解放されるも焦燥しきっているギロードは脱力していた。

 握られた指先の部分から血液が滴っている。


「……汚いわゾンダイク……大魔王のくせに人質を取るなんて……」


 そう言ったライアンの目は大きく見開かれ眼球が充血しきっている。

 怒りで噛みしめられた口元は細かく痙攣していた。


「おやおやおかしな事を仰る、大魔王とは悪の総元締めですよ? 汚い手段など使って当然……私どもにとって罵詈雑言は寧ろ賞賛に等しい」


 ゾンダイクは芝居じみた動作で両手で空を仰ぐ、勿論ギロードの頭を鷲掴みにしたまま。


「今の状況がどういう事か理解していますよね?」


「……くっ」


 ゾンダイクを恐ろしい程の眼力で睨みつけるしか出来ないライアン。


「いいですね!! いいですねその表情!! そんな情熱的な視線で見つめられては私、この場で果ててしまいそうです……!!」


 恍惚というのか甘美を享受した様な高く震える気持ちの悪い声色で悦に入っているぞんだいく。


「ではその場を動かないでくださいね」


 ライアンにその場への制止を命令するとゾンダイクが空いている左手でもう何度目かの指を鳴らす。

 するとライアンの立っている足元が不意に赤黒い光を放つと何重にも円を重ね合わせた魔方陣が現れた。

 魔方陣は赤黒く鈍く、どちらかというと光っているというより逆に光を吸収しているのではとさえ思わされた。


「何よこれ!?」


『しまった!! これは……』


 知恵ウィズダムが言うが早いか魔方陣に接しているライアンの足が爪先から石の様なセメントの様な物質で覆われていく……これは石化だ。


『ライアン!! 今すぐここから離れろ!!』


「ダメだわ!! 足が動かない!!」


 石化は既にライアンの膝辺りまで上って来ていた、これでは歩く事も飛び退く事も不可能だ。


「クククッ……どうです? 封印される気分というのは……いつも封印されるのは我々大魔王ですが勇者が封印されるなど末代までの恥でしょうねぇ!!」


『貴様!!』


 知恵ウィズダムがらしくなく声を張り上げる。

 石化はもう胸の辺りまで来ていた。


『ぬあ~~~っ!! 無念!!』


 勇気の剣が石になり輝きが失われていく。


『……みんなごめんなさい……私の力が不足していたばかりに……』


 正義の盾もただの石の円盤と成り果てる。


『手段を選ばぬ勝利への執念……完敗です』


 節制のマントも柔軟さを失い硬化していく。


「こんな……こんな事って……」


 あまりのショックに茫然自失となりライアンはうわ言の様につぶやくのみ。

 既に首元まで石化が進んでいる。


『ライアン……!!』


 既に顔全体が石になったライアンは返事をしない。

 残ったのは頭に乗っているヘッドガードだけ、知恵ウィズダムだけがまだ意識を保っていた。


『絶対に負けない!! 覚えておけ大魔王!! オレ達は必ず貴様を倒して見せる!!』


「はいはい、見苦しいですねぇ、そんな状態で言われても説得力無いですよ~~~」


 遂にヘッドガード迄石化し知恵ウィズダムさえも沈黙してしまった。


「おっと、用の済んだ道具は片付けないと……」


 ゾンダイクは右手の平に再び力を籠めギロードの頭を握り締める、今度は止めたりしない。


「があっ……!!」


 まるでスイカ割りのスイカの如く爆散するギロードの頭。

 頭を失った身体は床にごろんと転がった。


「ああ服と床が汚れてしまったね、掃除をしなきゃ」


 指鳴らしと共にゾンダイクのタキシードに付いた血液も床のギロードの身体も綺麗にその場から消えて無くなった。

 そして先ほどまでの戦場はいつの間にか元のダンスホールに戻っている。


「フフフ……クククッ……アッハッハ!! 勝った!! 我が悲願を達成した!!」


 全身を激しく揺さぶりながら勝利に酔いしれるゾンダイク。


 かつて女勇者であった石像が佇むダンスホールにゾンダイクの高笑いだけが響いていた。


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