第8話 達磨さんは転ばない


 『………』


 ササッ……。


『………』


 サササッ……。


 それからも四天王ガランドゥはある程度馬車を進ませると停車させまたある程度進ませると停車して周囲を警戒する、を繰り返していた。


(『中々に用心深い奴だな、ここまで警戒されるとこちらの精神が持たんぞ』)


(何言ってんの、主に苦労してるのは俺だけなんだけど?)


 ライアンは両手に葉が生い茂った木の枝を持ち、ガランドゥが振り向く度に隠れる場所がある場合はそこに隠れ、無い場合はその木の枝で姿を隠しながら馬車の後を尾行していたのであった。


(しっかし感覚が鋭いと言ってもこんなお粗末な隠れ方で見つからないんだからどうかしてるよね)


(『オレが思うに奴は聴覚だけが異常に敏感なんだと思う、お前のお粗末な尾行に目視で気付かないんだからな』)


(お粗末って言うな)


(『でもいいじゃねぇか、このままなら時間は掛かるが女たちの集荷場のある場所は特定できる』)


(集荷場って、女の人は家畜や野菜じゃないよ)


(『おっと失敬、悪気は無かった』)


(まあいいけどさ……)


 知恵ウィズダムに限らず生きている装備リビングイクイップの感覚が人間と齟齬があるのは薄々感じていたライアン、ここは無理に価値観を正しても不毛な事だ。


『………』


(おっと、危ない)


 ササササッ……。


 もう何度目かのライアンの枝で自身の姿を隠す行動。


(分かっちゃいるけどいつまで続くのこれ……)


 ライアンはいい加減辟易していた。


(『耐えろ、耐えるんだ』)


(『おう、お二人さん、どうやらそれもそろそろ終いになるんでねぇべか?』)


(えっ?)


 勇気カリッジに言われて初めて気付く、ガランドゥの馬車の遥か前ではあるが進行方向に集落らしい影が見えていた。


(位置的にマルロゥ村……かな? こんな所を拠点にしていたなんて)


(『どんな村なんだ?』)


(何てことの無い普通の村さ、特徴の無いのが特徴って感じかなぁ)


(『見てみろ、馬車が村に入って行くだ』)


 大きな扉が開きガランドゥの乗った馬車を招き入れると再び扉は閉じてしまった。


『またかよ、どうしてこうも人間てのは一々町や村に仕切りを作るかなぁ』


 さすがに村の中にまで声が届くとは考えにくいのでヒソヒソ会話はここでお終いになった。


「仕方ないでしょう、周りにはモンスターがいて物騒なんだから……でも今回はどうするの? 前みたいに普通に通行手形って訳にはいきそうにないよ?」


『チッ、また中に入る方法を考えなきゃならないのか……いや待てよ? 寧ろこっちの方が簡単かもしれないな』


「えっ?」


『分からないか? なあ、この村は誰を集めてるんだった?』


「あっ!! そうか!!」


 そこまで言われれば誰でも気付く、そう、ここマルロゥ村は……。




『こっちだ、入れ』


 錆びた鉄格子、薄汚い牢獄、ゴブリンに連れられそこにぶち込まれたのは何を隠そうライアンだ。


「ううっ……俺が何でこんな目に?」


『何でってお前の思い人を奪還する為じゃないか』


「そういう事を言ってるんじゃないんだよ、何で俺が捕まらなきゃなんないかって言ってんの」


『仕方ないだろう、この村に入る一番確実な方法が『女として捕まる』って事なんだから』


 簡単な話だ、マルロゥ村が女たちの収容施設だというのなら女であるライアンが真正面から近づいて捕まればいいだけの事だ。


「でもそのせいでカリッジを取り上げられちゃったじゃないか」


『大丈夫だ、生きている装備リビングイクイップは不滅の存在、奴らにどうこう出来やしないのさ』


 勇気カリッジの剣は取り上げられてしまったが解除不能の知恵ウィズダムの鎧だけはそのまま装備したままだ。

 ゴブリンたちも鎧を剥がそうと奮闘したが無理なものは無理だ。


「でも武器無しは心もとないだろう?」


『何とかなる、まだあいつら、オレたちが伝説の女勇者だと気付いていないみたいだしな』


「ねぇ、一つ言っていい?」


『何だ?』


「どうせ捕まるんだったらあの交差点で初めてガランドゥの馬車に遭遇した時にすればこんなに苦労しないで済んだんじゃ?」


『仕方ないだろう、最初はこんな予定じゃなかったんだから』


「……あのう、何を一人でしゃべってるんですか?」


 先客である数人の女性の一人がライアンに話しかけて来た。


「えっ? ああ、捕まったのが悔しくてついブツブツと独り言を……」


「そうなんですね……その気持ちは理解できます……」


 どうやら知恵ウィズダムの声だけが女性たちに聞こえていないらしい。

 ライアンが改めて牢内を見回すと意気消沈し暗い表情の女性たちが膝を抱えて座っている。

 ライアンはルシアンがいないか食い入るように女性たちを見たがこの牢獄内で彼女を見つける事は出来なかった。


「ねえ、この収容所でルシアンって女の子を見ていませんか?」


「さあ、私達は連れてこられた最初からこの牢獄に入れられて外へ出されたことはありませんから」


「そうですか……」


 それを聞いて肩を落とす。


「でもね、不定期に一人づつ外へ連れ出されるのよ」


「えっ? 今外へは出された事は無いって言いませんでしたか?」


「それはそうなの、だって連れ出された女性は誰一人戻って来ないんですもの」


「あっ……」


『ふぅん……こいつはきな臭くなってきやがったな』


(バカ、何面白がってるの? その女の人たちがどうなってるか心配じゃないの?)


『そりゃあ気になるさ、もしかしたら別の部屋で既にルシアンは外へ連れ出されているのかもな』


(なっ、そんな事あってたまるか!!)


 ルシアンは頭の中で念じて知恵ウィズダムと会話をする術を手に入れた。


『ルシアンが見つからなかったんならもうここには用は無いな、ライアン、ここを出るぞ』


「おうとも!!」


 ライアンは鉄格子を両手で掴む。


「ふんぬううううううううっ!!」


 力を込めて両側に引っ張ると鉄格子はまるで飴細工かと錯覚してしまう程簡単にぐにゃりと曲がり、人が一人通れるほどの隙間が出来た。


「みんなは危ないから暫くここに居て、あたしは魔王軍を片付けて来るから」


「あの、あなたは一体?」


「えーーーとそうね、女勇者見習いってところかしら? じゃあそういう事で」


 ライアンは女性たちに手を挙げて挨拶をすると駆け足で牢から立ち去った。


「これからどうするの?」


『決まってる、カリッジの奴を回収する』


「なっ、貴様らどうやって牢から出た!?」


 牢の監視をしていたゴブリンに見つかってしまった。


「こうやって、よ!!」


 ライアンはゴブリンの顔面目掛けて右ストレートを放つ。

 拳はゴブリンをいとも容易く弾き飛ばし、廊下の奥の壁まで飛んでいった。


『ヒュウ!! 世界を狙える良いパンチだったぜ!!』


「冗談言ってないで行くよ!!」


 知恵ウィズダムの冷やかしに取り合わずさらに奥へと進む。


「お前ら!! どこから……」


「フン!!」


 拳にものを言わせ出くわしたゴブリンをノックダウン。


『おいおい、無駄な戦闘は極力避けろ』


「仕方ないでしょう!? 邪魔なんだから!!」


『お前……怒ってる?』


「当たり前だよ!! こんなに苦労して辿り着いたのにルシアンがいなかったなんて!! 八つ当たりしたい気分だよ!!」


 ライアンの握った拳が小刻みに震えている。


『おーーー怖っ』


 そうこうしている内に武器庫らしい一角に辿り着いた。


『おーーーい!! こっちだべ!!』


「カリッジ!!」


 戸棚の上に無造作に置かれた勇気カリッジを発見、すぐさま回収する。


「よし、取り合えず外へ出よう!!」


『んだな』


「はっ!!」


 勇気カリッジの剣を壁に振るい大穴を開けた。

 そこからはそのまま建物の外へと出ることが可能だ。


『こんな所には長居は無用、さっさとずらかるぞ!!』


「ダメだよ!! 女性たちを解放しなきゃ!!」


『解放って、まさかお前、四天王と一戦構えようって言うのか!?』


「もちろん!!」


 ライアンの瞳には強い闘志が宿り燃え盛っていた。


「まさか怖いの? ウィズダム?」


『ばっ、馬鹿言え、そんな訳あるか……』


「そうだよね、前に自分で敵は無いって言ってたもんね?」


『……ああ』


 しかし知恵ウィズダムの声には覇気が無かった。


(『あのガランドゥとかいう騎士、何か嫌な感じがするんだよな……』)


 虫の知らせとでも言うのか、知恵ウィズダムには嫌な予感がしていた。


「でもどこに居るのかなあの幽霊騎士……」


 村の広場に差し掛かり辺りを警戒していると……。


『その二つ名で呼ぶな、不愉快だ……』


「うわっ!! びっくりした!!」


 いつの間にか目の前にガランドゥが立っていた。


「あんたいつの間に!?」


(『こいつ、全く気配がしなかった……いつ移動した?』)


『まさか中立地帯からずっと付いて来た者が女勇者だったとはな』


 抑揚のない一本調子で語り掛けてくるガランドゥ。


「なっ……」


『何だよ、気付かれてたじゃないか』


 今までの苦労が全くの無意味であったことをライアンたちは思い知る。


「なっ、何の事かしら? 女勇者? 人違いじゃないのかな?」


 ライアンはわざとらしい口調でそう言ってみるも目が泳いでいてダメだった。


『……その手にしている剣、着ている鎧……生きている装備リビングイクイップなのだろう?』


『貴様!! オレたちの事を知っているのか!?』


『知っているも何も私もそうなのだよ!!』


 ガランドゥの身体の各所から噴出していた黒い霧が一瞬にして消え去る。

 するとそこには何もなく、鎧だけが立っている状態であった。


『何だと!? 貴様も生きている装備リビングイクイップだというのか!?』


 知恵ウィズダムは驚きを隠せない。


『……さて、始めようか、積年の恨み晴らさせてもらう』


 一瞬にして黒い霧がガランドゥの鎧に再び現れる。

 そして彼の身体と同じく銀色に輝くランスを虚空から取り出し手に取った。


「こいつ何を言っているの? ねえウィズダム?」


『あっ……ああっ……』


 知恵ウィズダムは明らかに動揺している。

 

くぞ紛い物!!』


 ガランドゥはそのままランスを正面に突き出しライアンに突進するのだった。

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