第7話  行先は敵に聞け


 子供達の無邪気な笑い声が響く。

 

 二人の子供、前を走るは女の子、後ろから男の子が追いかける。


「あはははっ!! もう、ブライアンったら足が遅いんだから!! 悔しかったら私に追い付いてみなさい!!」


「まっ、待ってよ~~~ルシアン~~~」


 少女ルシアンは更に速度を上げ少年ブライアンを引き離しにかかる。


「もっ、もうダメ……」


 立ち止まり両膝に手を置き息を切らすブライアン。


「本当にだらしが無いわねブライアンは!! そんなんじゃ私、お嫁に行ってあげないわよ!!」


 振り向き、遥か遠くから口に手を添えて叫んでいるルシアン。


「えっ……? 何だって……?」


 しかし呼吸を整えるのに手一杯のブライアンには聞こえていない。


「もう!! ブライアンなんか知らない!!」


 顔を真っ赤にして怒り出したルシアンは踵を返し駆け出してしまった。


「まっ、待ってよルシアン!! 僕を置いて行かないで!!」


 しかしブライアンの叫びも虚しくルシアンの姿はどんどん遠ざかりとうとう見えなくなってしまった。


「うわあああああっ!!」


 ガバッと勢いよく上半身を起こすライアン。

 

「あ……れ……?」


 気が付いたライアンが視界を巡らすとそこは昨日から宿泊している宿屋のベッドの上だった。

 窓のカーテンの隙間から朝日が差し込み、鳥のさえずりが聞こえる。


「何だ朝か……じゃあ今のは夢……?」


『どうした? うなされていたようだが……』


「………」


 知恵ウィズダムの呼び掛けに返事をしないライアン。


『悪かったって、お前を騙したことは……だが勇気カリッジ同様オレもあの祠でくすぶっている訳にはいかなかったんだよ、お前になら分かるだろう?』


「………」


 ライアンの機嫌は悪いままだった。


『おっすライアン、大丈夫だか?』


「……最悪の気分だよ」


『あっ!! ライアン!! 何で勇気カリッジにだけ返事するんだよ!! 不公平だ!!』


『そりゃあそうだべ、おめえはホラ吹いて騙してライアンと契約したんだっぺ?』


『違う!! 詳細を説明しなかっただけだ!!』


『それを騙すって言うんじゃねぇのけ?』


 ぎゃあぎゃあと言い争いが始まった。

 知恵ウィズダムが言っていた通りこの二人(?)は実に仲が悪い。


「うるさいな!! 考え事してるんだから静かにして!!」


『『はい……』』


 生きている装備リビングイクイップ達は怒鳴られてしまった。


(何だってあんな夢を? やっぱり昨日の事がショックだったから?)


 ブライアンは知恵ウィズダムと契約した事で身体が女性になってしまった。

 但しブライアン本人は使命を果たして知恵ウィズダムの鎧を外せられれば元の男の身体に戻れると思い込んでいたのだ。

 しかし現実は違った、知恵ウィズダムが言うには一生女の身体のままらしい。


(くそぅ、何だってこんな目に? 確かに知恵ウィズダムが悪いは悪いがその力のお陰で今まで無事だったと考えるとそこまであいつを責める訳にもいかない……おまけに探していたルシアンが魔王軍に攫われたと聞いた以上助けに行かなければならないし、そうなれば益々知恵ウィズダム勇気カリッジの力は必要だ……)


 葛藤……とは言え知恵ウィズダムの鎧はライアンの意思では外すことが出来ない。

 既に選択肢は無いに等しかった。

 ベッドから立ち上がったライアンは無言で身支度を開始した。


『もう出掛けるだか?』


「うん、動くなら早い方がいい、何もかもが手遅れになる前に……」


『済まねぇだな、ギロードは精神力が回復するまでにはかなりの時間を要するんだ、旅に出るのは暫く無理だべ』


「そうなんだってね、悪いけど待ってられないから」


 この辺の経緯は昨日の内に勇気カリッジから聞いていた。

 物入れの袋を肩から掛け、勇気カリッジの鞘を持って部屋を出る。


『だが分かんねぇんだよなぁ、何でライアンは知恵ウィズダムとオラの二つの 生きている装備リビングイクイップを同時に扱えるんだべなぁ』


「それ、昨日も言ってたけどそんなに不思議な事なの?」


『んだぁ、見たっぺ? ギロードの様を、あいつほどの剣の達人でもオラを短時間しか使う事が出来なかった、普通はそうなんだ、並みの人間ではオラたちを一つ装備しても持て余すべよ』


「それじゃあ、何故俺は大丈夫なの?」


『……それはオレが答えよう』


 今まで傍観していた知恵ウィズダムが口を開く。


「………」


『オレと口を利きたくないならそれでいい、だが聞いてくれ……オレの推測が間違って無ければそれは適性だと思う』


「……適正?」


『そうだ、ライアン、お前には生きている装備リビングイクイップを使い熟せる素養、適性が元から備わっているんだと思う』


「そんな馬鹿な、重い剣もまともに持てないし魔法も使えない、そんな俺にお前たちみたいな伝説の装備を扱う適性があるって? 信じられないな」


『何も能力が優れているからって俺たちを使い熟せるわけじゃない、今言った通り適性の無い奴にはどうやっても使う事が出来ないんだ、だからギロードの奴が勇気カリッジをあの程度にしか使えなかったのは単に奴に適性が無かったからだ』


『んだどもギロードの名誉の為に言っておくけど、あいつに全く適性が無かった訳じゃねぇんだわ、本当に無い奴にはオラを持ち上げる事すら出来ねぇからなぁ』


「そう……なんだ」


『だから自信を持て、お前はきっと立派な女勇者に成れる、それは俺たちが保証する、なぁ勇気カリッジ


『んだぁ、もっと誇っていいど』


「そう……なのかな?」


 ライアンの表情がだんだん明るくなっていく。


(『ふぅ、今回ばかりは礼を言うぜ勇気カリッジ』)


(『仕方なかっぺライアンにへそを曲げられたらオレたちは何も出来ねぇべ?』)


「うん? 何を二人でコソコソ話しているの?」


『いやいや!!』『何でもなかっぺ!?』


「そう……」


 それ以上の追及が無く二人は胸を撫でおろす。

 折角上向いたライアンの機嫌がまた悪くなっては元も子もない。


「それじゃあ行くよ二人とも」


『おう』


 ライアンたちは宿の扉を開け外へと飛び出すのだった。


「それで勇気カリッジ、ギロードはどうするつもりだったのか教えてくれるかい?」


 往来を歩きながら勇気カリッジに話しかける。


『おうよ、昨日も言っただが魔王軍は捕まえた女たちを一か所に輸送しているらしいんだ、このヒデリーから北に延びる街道があんだろ? そこを女たちを乗せた馬車が通るのは確認済みだで』


「うーん、それだけじゃイマイチ目的地が分からないなぁ」


『まあ大まかではあれ方向は分かってるんだ、行ってみようぜ』


「そうだね、考えていても始まらないし」


 町の北の出口の門へと到達したライアン。

 来た時同様ここにも門番が立っている。


「ここ、通れるかい?」


「どうぞどうぞ!! 女勇者様なら顔パスでさぁ!!」


 やたらと愛想の良い門番たちが簡単に通してくれた。


『まあこんなものだろう、今まで魔王軍に虐げられてきたんだからな、これで分かったろう? 俺たちは世界の平和の為になる事をやっている、お前は誇っていい』


「何だよ気持ち悪いな、おべっかを使ってもお前を許したりしないからな?」


『チッ、駄目か』


「でもこのままギスギスしてるもの好きじゃない、ここは停戦ということにしない?」


『分かった、じゃあこれからも宜しく頼むぜ女勇者様』


「また、すぐに調子に乗るんだから」


『全くだべ』


 わだかまりが少しだけ解け、三人は取り合えず北を目指す。




「もう、勘弁してよ……」


 数十分北上したライアンの前に複数の街道が交わる交差点が現れた。

 そこは馬車の轍が複数本交わり、ヒデリーから来た馬車がここからどう向かったのか全く分からない。


『まあ待て、ここは敢えてどちらにも進まない選択肢を取るべきだ』


「何言ってんのウィズダム、それじゃあ先に進めないでしょう?」


『じゃあ聞くが仮にどれかの道に進んでもし間違った方向に進んでしまったらどうするんだ? 場合によっては物凄いロスをする事になりかねないぞ?』


「それは……まあそうだけど……」


『じゃあどうすんだ?』


『ヒデリー以外の方角から来る女の輸送馬車を待つ』


「そんな? みすみす女の子達を危険に晒すって言うのかい!?」


 ライアンが異を唱える。


『まあ待てそういう事じゃない、その馬車を敢えて行かせて後を付けるんだ、行き先さえ分かれば捉えられている女たちを助け出す、それでいいだろう?』


「そういう事なら、うん」


『ヨシ、そうと決まればそこの茂みに隠れるぞ』


「分かったよ」


 交差点の近くには何本か木が生えておりその周りに茂みがあった。

 ライアンはそこに潜り、ちょこんと目元だけを出し交差点を監視する事にした。


 数時間後。


「クゥ、クゥ……」


『おい寝るなライアン、やっとおいでなすったぞ』


「んぁ……?」


 知恵ウィズダムに叩き起こされ眠い目を擦るライアンの視線の先に馬車が二台見える。

 それは西の方向から現れた。


「あっ、あれは……」


 一台目の馬車の御者席に、馬を操作しているゴブリン以外に明らかに違和感のある人物が乗っている。

 一人だけ白銀に光る全身鎧を着た明らかに格上そうな人物。

 兜の両側から上に伸びる角、顔の部分のスリットからは何やら黒い煙の様な気体が絶えず噴出している為顔は確認出来ない、それは鎧の各パーツ、関節などの隙間も同様だ。

 そしてその姿にライアンは心当たりがあった。


「あいつ、確か四天王の一人……幽霊騎士ゴーストナイトガランドゥだ」


『何だって?』


「四天王には管轄があるんだよ、世界を東西南北に分けてそれぞれがそれぞれの方角の土地を支配してる、俺たちが居た南は五頭巨竜ドグラゴンの管轄で、あの銀色の騎士が来たのが西なのを考えると外見的な特徴から恐らくはガランドゥに間違いないと思う」


『よりによって四天王が乗る馬車を尾行しなきゃならないのか、こりゃあ一筋縄ではいかないだろうな』


『んだどもやらなきゃならんべ、気合い入れっど』


「うん……」

 

 ライアンはガランドゥの率いる馬車が十分通り過ぎるのを待ち、後ろから付いていく。


(『あまり近付くなよ、でも離されるな』)


(どっちなんだよ)


 馬車は当然人の歩み寄り早く進む。

 しかし知恵ウィズダムの鎧で身体能力を強化されているライアンになら付いていく事は可能だ。

 ライアンは付かず離れずの位置をキープしながら尾行を続ける。


『………』


 不意に馬車が停車し御者席から立ち上がり周囲の警戒を始めるガランドゥ。


(『何だアイツ? まさか俺たちに気付いたのか?』


(そう言えば聞いた事がある、四天王ガランドゥは感覚が鋭敏だって話、特に聴力が優れているんだって)


(『あんな鎧を着てるのにか? どういう耳してるんだべ?』)


(『シッ、そういう事ならもう喋るな』)


 元よりヒソヒソ声での会話だったがここからは本格的にだんまりを決め込む。


(頼むよ、気のせいだと思って先に進んでくれ……)


 心の中でそう念じながらライアンたちはガランドゥの動向を伺う。

 暫く周囲を警戒していたガランドゥだったが御者席に座り、やっと馬車を発車させたのだった。


(『ふぃーーー、コイツは予想以上にキツいぜ』)


(でも絶対目的地を見つけ出してやる、俺は絶対にルシアンを助けるんだ)


 ライアンの決意も新たに、達磨さんが転んだを彷彿とさせる究極の尾行劇が再び開始されたのだった。

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