第7話 顔


「凄かったな~。ちょっと気持ち悪いが、いい経験ができたな~」


 平衡感覚を失い掛けて酔い気味の俺は、腕を下ろしながら体調を整えつつ呟いた。軽く洞窟内を見回す。


「ここも白いが、南国の旅館みたいでいいな」


 少し呆れる俺は、インターネットで目にした観光案内を思い出して呟いた。


 洞窟内は、岩盤を削り造られていて白色に塗装された様子だ。広さは10畳ほどで現在の立ち位置からは横長に広い。正面の壁際は、豪華に装飾された作業台のような横長の白い机と、その右隣りにこちらも豪華に装飾された全身が確認できる大きさの白色の足付きの姿見鏡が設置されている。机の上は、幅が60センチメートルほどで白色の宝箱のような装飾された箱が置いてある。


「た…、宝箱だ!」


 戸惑う俺は、箱を見つめがら目を丸くして大声で叫び声を上げた。浮かれ気分で表情がにんまりし始める。箱の中身は承知だが、その見た目には抗えない。溢れ出す歓喜の感情を抑え込みながら箱の前に移動する。左手を箱の下側に、右手を箱の上蓋に添える。


「くう~! この感じ! たまらないな~!」


 両手に木の温もりを感じて心拍数を上げ始める俺は、思わず左側を向きながら目を閉じてゲームで激レア装備を入手するかのように興奮して声を上げていた。そのまま全身に武者震いを起こす。


「よし! 開けるか!」


 興奮が爆発しそうな俺は、待ちきれないと視線を宝箱に戻して意気揚々に声を上げた。その興奮とは裏腹に、箱の上蓋を優しくそっと慎重に押して開ける。


『カチャ』


 宝箱は小さな開錠音を立てた。静寂の洞窟内に凛として響き渡る。思わず鳥肌を立てる俺は両手が震え始める。振るえる右手で、更に優しくそっと慎重に上蓋を押して完全に開ける。


「おほーーー! これが、金なのか!」


 感動する俺は、思わずそのまま箱の中に顔を入れて間近で中身を凝視しながら歓喜の声を上げていた。中身は、布の上にキラキラと光り輝く三色のコインが整えて一枚ずつ並べてある。


『ゴクン』


 口元が大きく緩む俺は、右の二の腕で涎を拭いながら溢れ出す唾液を飲んだ。震える両手で全てのコインを掬い上げる。


「たぶん、金貨と銀貨と銅貨だろうな!」


 上々な俺は、姿勢を戻しながらコインの色を確認して得意気に声を上げた。


「数えてみるか!」


 益々上々な俺は、宝物を愛でるかのように声を上げた。振るえる左手にコインを全て移す。開かずの陶器の貯金箱を壊して中身を数えるような気持ちで振るえる右手でコインを一枚ずつ手にし、数えながら再び箱の中の布の上に整えて一枚ずつ並べ始める。数え終わり、コインは、金貨、銀貨、銅貨、それぞれ10枚だ。


「あ~~金の価値を聞き忘れた~」


 うっかりに気付いて落胆する俺は、思わず両手を箱に突きつながら項垂れつつ一息で呟いていた。


「まあ、ギルドがあるとか言ってたし、そこで聞けばいいか…」


 女神の話を思い出して気を軽くする俺は、左側に顔を向けて呟いた。顔を戻し、視線をコインの下の布に移す。


「よし! 次だ!」


 まだまだ楽しみが続くと浮かれる俺は、表情をにやけさせながらご馳走を食べるように声を上げた。両手で箱から布を取り出して広げる。


「う~ん…。これが着替えか~…」


 少しテンションを落とす俺は、不満気に呟いた。


 布は、麻色の長袖の上着だ。生地が厚手なために多少傷付けたとしても破れないと推測される。上着を机の上に広げて置き、箱に残る全ての布も同様にする。机の上にトータルコーディネートが村人風の同系色の服装一式が揃う。箱の底に靴なども用意されている。


「やっぱり、着替えた方がいいよな?」


 失望する俺は、自分の身なりと服装一式を比較しながら疑問に呟いた。


「スーツで行くのは場違いだろうし、こっちのほうがいいか」


 悩む俺は、郷に入っては郷に従うと判断して呟いた。早速、着替えを済ませる。スーツは邪魔なために箱の中に仕舞う。


「う~ん…。贅沢は言えないか~」


 失望が残る俺は、体を捻りながら服装を確認しつつ不満気に呟いた。心の片隅で、この時点で最強の鎧が入手できるのではないかと期待していたためだ。


「今はいいか。次だ次!」


 他にもやることがあると気持ちを切り替える俺は、テンションを強引に上げて前向きに声を上げた。身長も確認しようと周囲を見回す。


「測る物がないな…。たぶん170センチぐらいだと思うが…」


 目安になる物を見つけられずにもどかしさを覚える俺は、若返り時点の目線の変動から推測して呟いた。


「そう言えば、鏡があったな」


 姿見鏡を思い出して気を軽くする俺は、それは視界に収めていたが失念していたと思いながらも明るく呟いた。


「鏡ぐらいは、ある異世界なのか?」


 身長が判明すると期待する俺は、姿見鏡の前に移動しながら頬を緩めつつ気楽に予想を疑問に呟いた。移動し終えて姿見鏡に映し出される姿を確認する。そして、


「あっ。鏡じゃ、身長は分からないか」


 うっかりした。


「はは。さて、どうするか…」


 気恥ずかしさを覚える俺は、思わず右手で頭を掻きながら周囲を見回しつつ呟いていた。


「ん?」


 視界の片隅で姿見鏡に映る自分の姿を捉えて違和感を覚える俺は、思わず疑問の声を漏らしていた。


「う~ん?」


 引き続き違和感を覚える俺は、思わず顔を姿見鏡に近付けながら疑問に声を漏らしていた。


「う~~~ん?」


 違和感に気付き始めた俺は、姿勢を戻しながら首を捻りつつ疑問に声を漏らした。


「う~~~ん~~~………」


 混乱する俺は、腕組しながら唸るような声を漏らした。


「これ誰?」


 頭の中が真っ白な俺は、思わずそんな言葉を呟いていた。


「これ~…、俺か。服が~…、今着替えたやつだしな」


 姿見鏡に映る自分を確認しながら戸惑う俺は、視線を箱の中のスーツに移して得心を得て呟いた。


「顔が、随分変わったな~。この世界に合わせた美形…、いや、男前なのか? いや、この世界の男前って、そもそもどんなだ?」


 様々な思考が巡るために未だ頭の中の半分以上が混乱する俺は、視線を姿見鏡に戻して首を二度捻りながら平静を取り戻しつつも疑問に呟いた。


「まあ、それはいい。女神が変えたんだろうし、おかしなことにはならないはずだ」


 落ち着いて平静を取り戻す俺は、両手を広げながら何も問題は発生しないはずだとジェスチャーしつつ呟いた。この世界の男前の顔の基準は不明だが一応女神を信頼し、顔は異世界に合わせて修正されたと判断して安堵するためだ。


「それよりも…?」


 頭部の中に未だ先程の違和感を覚える俺は、再び顔を姿見鏡に近付けながら疑問に声を漏らした。普段の髭を剃る時のように顔の角度を数回変える。顎髭を確認する。顎髭は産毛が生える程度だ。


「元々髭は薄いからな~。この際、濃くなってみたかったが…」


 コンプレックスを覚える俺は、その事は無い物ねだりだと理解しながらも思わず顎を見つめつつ願望を呟いていた。更に顔の角度を変えて他の部分も確認する。


「あれ?」


 見慣れないものを見つけて戸惑う俺は、心の片隅で違和感の原因はこれだと理解しながらも思わず疑問に声を漏らしていた。頭部を姿見鏡に向けて突き出す。上目遣で頭皮を観察し始める。


「あれーー?」


 益々戸惑う俺は、頭部の角度を数回変えながら毛根を観察しつつ思わず無機質で棒読な声を漏らしていた。


「あれれーーー?」


 頭の中が真っ白な俺は、必死に毛根を凝視しながら思わず再び無機質で棒読な声を漏らしていた。


「…」


 愕然とする俺は、思わず言葉を失っていた。状況を整理しようと姿勢を戻そうとするが、そのまま背後に数歩よろけてしまう。


「か…、か…、髪が!?」


 驚愕する俺は、立ち止まりながら左側に振り向いて素早く前屈みの姿勢を作るのと同時に両手を頭部に運びつつ絶望のような声を上げていた。ぎょっとして慌てて頭部に両手を押し当てる。


「だ、大丈夫だ。カツラじゃない。毛根も確認したし根付いてる。だからハゲではない。ハゲではないが………」


 激しく動揺する俺は、思わず頭皮を優しく揉み解しながら安堵と複雑な感情を得つつ震える声を漏らしていた。恐る恐る顔を姿見鏡に向ける。再び頭部を確認する。頭の中がぐちゃぐちゃなる。冷静に対処しようと試みる。そして、ゆっくり姿勢を正す。


 ・・・


「金髪かよ!」


 ・・・


「そこは、真っ白じゃないのかよ!」


 ・・・


 冷静に混乱している俺は、間を空けながら大事な事なために二度しっかり腕を伸ばしつつツッコミを入れた。


「あの女神。何かが変わるとか言ってたが、この事だったのか…」


 混乱をツッコミに載せて弾き飛ばして冷静を取り戻す俺は、変わる内容は姿だと気付いて思わず項垂れながら左膝に左手を突いて右手で顔面を押さえつつ呟いていた。そのまま放心状態に陥る。


 しばし時が経過して少し心を落ち着かせる俺は、改めて指の隙間から鏡に映る自分の姿を確認する。


(この姿、髪の色は確かに金髪だが服装との違和感はなくて寧ろ似合ってるな…)


 崖っ縁に立つような感情の俺は、変化の結果を前向きに捉えて思考した。希望の光を目に宿しながら体を起こし、姿見鏡に正対する。


「金髪か~。目立ったりは、しないよな~?」


 不安が残る俺は、髪を指で弄り始めて違和感しか残らない頭部を再び角度を変えながら眺めつつ疑問に呟いた。


「まあ、考えても仕方ないか。これは、新たな自分として受け入れよう!」


 受け入れ難い現実を突き付けられて未だ少し戸惑う俺は、腰に手を当てながら現実を真正面から受け入れて前向きに声を上げた。そのまま前屈みの姿勢を作り、姿見鏡で若干ウエーブ掛かった金髪サラサラヘアーの最初の明るい笑顔を確認した。



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