第5話 例外


 女神は顔を俺の胸に埋める。


(こいつ。本当に困ってるのか…)


 動揺する俺は、震えながら咽び泣き始めた女神を見つめて愛おしく思考した。顔を上げて白い空を眺める。


(まあ、行くことは決めたんだし、ここはそれで妥協するか…)


 複雑な感情が洗い流されていく俺は、決断とスキルが一つ身に付く話を思い出して思考した。顔を下ろして再び女神を見つめる。


「それでいいから。とりあえず、顔を上げてくれないか?」


「手…、貸して」


 同情する俺は、女神を安堵させるために優しく尋ねた。女神は俯いたままで俺から離れて弱々しく話した。俺は左手を差し出す。女神はそれを上下から両手で優しく挟む。両手は薄っすらと光を放ち、左手は暖かさを覚える。


(これは…?)


 不思議と暖かさから優しさを覚える俺は、女神の行為を疑問に見守りながら思考した。光と暖かさは数秒で消える。女神は、俺の左手の甲の上を右手でポンポンと軽く二度叩く。


「これでよし! ふふ~ん」


 そのままの姿勢で満足気に声を上げた女神は、顔を上げてこちらに明るい表情を見せながら得意気に鼻を鳴らした。後ろ歩きで俺から距離を置き、クルリと振り向いて背中を見せる。


(泣いてたのは、嘘? いや、分からないな…)


 戸惑う俺は、女神の背中を見つめながら先程の震えていた様子は女性が得意な嘘泣きではないかと疑念を抱くが、それは俺個人の経験則なために偏っていると回答を保留にして思考した。


「何をしたんだ?」


「今のは、あなたが向こうに行った時に強力なスキルが手に入りますようにって、おまじないしたの。それと、ついでに言葉と文字も分かるようにしておいたわ」


「へ~。そんなことができるんだ~…」


 疑念が残る俺は、一連の行為の回答を求めて尋ねた。話し始めた女神は、こちらに振り向きながら前屈みの姿勢を作りつつ人差し指を立てて可愛らしく説明した。そのあと、姿勢を戻して胸を張りながら腰の左右に両手を当てつつ得意気に話し終えた。戸惑う俺は、頭では話の内容は凄いことだと理解しながらも自分の一切の変化が見られない左手を見つめて実感が持てないために思わず相槌を打つような返事を戻していた。未だ温もりが残る左手をグーパーする。


(あれ? この事は小説なんかでよくある話で、いい事だよな。言葉が分かれば、なんとでもなるからな!)


 話の内容を少しずつ理解し始めた俺は、徐々に頬を緩めて自信を身に付けるように思考した。コミュニケーションの大切さは、十分に理解しているためだ。


「歳も変えれるけど、どうする? 勿論、体も若返るわよ」


「はあ!? そんなこともできるのか!?」


 不意に女神は話し、驚嘆した俺は思わず目を見開きながら視線を女神に移しつつ大きく声を上げて尋ねていた。勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた女神は、子供をあやすように小さく二度頷く。


(それは嬉しい! ぼろぼろな三十過ぎの体を一から鍛えるのは、流石に辛いからな。是非やってもらおう!)


 大いに歓喜する俺は、左側に向きながら前屈みの姿勢を作りつつ力強くガッツポーズを決めて思考した。何故なら、俺はサッカーで両足首を痛めた際にそのまま過度の練習を続けてそれが怪我として完治しなくなった件と、自動車の事故で左側の頭部と首と肩に後遺症が残る件と、原因不明で内臓を痛めている件と、ヘルニアになって右足に繋がる神経に異常をきたして老後は右足を引きずりながら歩くようになると予想される件を抱えていて、女神の話は棚から牡丹餅以上の内容のためだ。


(だが、若過ぎるのは嫌だな。赤ん坊になるのは論外だ。あの趣味は俺には無い。となると、十七ぐらいが丁度良さそうだが…)


 興奮する俺は、未来をイメージしながら優柔不断に思考した。女神の顔をチラ見する。女神は唯々ニコニコするのみだ。


(アドバイスは、なさそうだな…)


 察した俺は、当てが外れたと気落ちして思考した。気持ちを切り替えながら姿勢と服装を正す。


「ギルドの登録は、何歳からできるんだ?」


「一五歳からよ。ちなみに、大人として認められるのもその歳で、お酒も飲めるようになるわ」


「それは、俺達の世界での二十歳と同じ感じか?」


「ええ、そうよ」


(ふむ、どうするか? 二十歳でもいい気はするが…。まあ、十五でいいか。少しでも長生きして、スキルで色々遊ぶのも悪くない)


「じゃあ、十五にしてくれ」


 真剣な俺は顔を女神に向けて尋ねた。微笑む女神はご機嫌に返事を戻した。俺は続けて尋ね、女神はそのまま返事を戻した。悩む俺は、俯きながら顎に手を当てつつ頭をフル回転させて思考した。顔を再び女神に向けて決意を話した。


「わかったわ。それじゃあ、ついでにちょっとだけ体も強くしておくから。それと…、向こうの世界の日にちのことを話しておくわ。子供でも知ってることだから聞き辛いでしょ。


 まずは、1年って言うのは12か月に分かれてて、1か月は30日あるの。だから、1年間の日にちは360日になるの。あとは、あなたの居る世界と同じように曜日があって四季もあるの。四季はあなた達の世界だと変わりそうだから一応話しておくけど、春、夏、秋、冬に分かれてて、だいたい3か月ぐらいで変わっていくわ。他には100人目記念の細工もしておいて………。


 ねえねえ聞いてくれる~? 歳もそうなんだけど体を強くするって事も凄いことなのよ。あなたは運がいいわ。私に感謝しなさいね。こんな事、今までの子達にはできなかったんだから。なんでできなかったて言うとね、これには決まりがあってね、100人目じゃないとダメだって言われててね。ホント面倒臭い決まりよね。私の世界なんだから自由にさせてくれればいいのに。でもね、私、最近、例外って言葉を覚えたの。勿論、この言葉は知らなかったわけじゃないわよ。でもね、これを付ければなんだってできることに気付いたの。体を強くすることも本当はダメなんだけど、これで書き換えてやったわ。ホント便利な言葉よね。他の子達にも色々と付けてあげたかったわ。うちの御神達は頭硬いんだから。嫌になっちゃうわよね。この間キノコ狩りに行った時なんて酷いのよ。女神だから簡単に死なないからって言って、私に毒キノコを食べさせたの。じゃあ、同じ神なんだからあなた達も食べなさいって言ったらなんて応えたと思う? 嫌に決まってるだろ。そんなのバカがやることだ。ぎゃははは、って言ったの。私はそのあと案の定お腹を壊して寝込んでキノコが怖くなったわ。あんなのパワハラよ。自分がやられて嫌だって思うことは、他人にもやらせちゃいけないって何で気付けないのかしら。ううん。あの様子だと、その意味をまったく分かってないんじゃないかしら。御神は本当に頭が膿んでるわ。私、ああいうバカは大っ嫌いなの。それと他には何かあったかしら。ああ、そうだったわ。その記念のせいであれが変わるけど、それはいいわね。毒じゃないから。体には特に影響ないわ。それからね、」


「ちょ、ちょっと待て! 色々言いたいが…、100人目記念ってなんだ!?」


 普通に話し始めた女神は、途中から口調を早口に変えた。愚痴を溢し始めた女神にこのままでは永遠とこれを聞かされるのではないかと不安を募らせていた俺は、聞き捨てならない内容を耳にしたと慌てて右足を前に一歩踏み出しながら両腕を伸ばしつつ声を上げて尋ねた。話を止めた女神は、驚いた様子で咄嗟に両手で口元を抑え込む。


(この女神、ほっとくと暴走するタイプだな…。いやそれより、日にちのことはなんとなく分かったが…、その記念って100人目記念のことだよな。それが細工とか、納得いかないんだが…。早口で愚痴を溢しながらしゃべるから内容はよく分からなかったが、あれとか…、なんか言ってたな?)


 話しが止まったことでとりあえず安堵した俺は、左側に振り向いて腕組しながら頭部に手を当てつつ思考した。


「えっと…」


(何から聞けばいいんだ…)


「わ、私ったら…。愚痴をこぼす相手が居なかったからついしゃべり過ぎちゃったわ。ごめんなさいね。すぐにやるわね」


「いやそうじゃなくて」


 女神の暴走を阻止するために一先ず言葉を漏らした俺は、続けて眉間に皺を寄せながら早急に思考していた。言葉を漏らした女神は、動揺のためか再び早口で話した。意表を突かれて驚く俺は、慌てて右足を女神に向けて一歩踏み出しながら両腕を伸ばしつつ早口で話した。女神は既に俯いて祈りを捧げるように両手を胸元で結び、聞き取れない呪文のような言葉を口にしている。


(なんだ? 何かを唱えてる…?)


 戸惑う俺は不思議に女神を見つめながら疑問に思考した。女神は全身が徐々に神々しく輝き始める。輝きが次第に右手に集中する。全てが集中した右手を俺に向けてかざす。輝きが空中を渡るようにして俺の全身を包み込み始める。


(んん!? なんか…、体中が…、もぞもぞして………、くすぐった痒いぞ!?)


 違和感を覚える俺は、思わず体をくねらせながら全身を掻きつつ思考していた。徐々に痒みは収まり、落ち着きを取り戻していく。


(今度は…、体が軽くなっていく? これで、若返るのか?)


 別の違和感を覚える俺は、全身の薄れていく輝きを見つめて疑問に思考した。輝きは、ゆっくり体内に吸収されるかのようにして消滅する。


(あ、あれ? さっきまでと…、視線の高さが違う………? あっ、そうか! 背も縮むのか!)


 女神の身長が伸びた様に見える俺は、体も変化することに気付いて思考した。手足を確認する。スーツの裾が少しダボついて見える。


(15の時の身長に戻ったのか…。はは…、これは…、慣れるのに少し時間が掛かりそうだな…)


 戸惑う俺は、思わずうっかりと苦笑して思考していた。



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