第19話 初めてのギャル

「ねぇ、兄貴。アタシとデート行こうよ」


 日曜日の朝。


 女児向け魔法少女アニメを一姫イツキ三奈ミナやセブンス、八千枝ヤチエ寿珠ジュジュもテレビにで見ている時――そんな妹達がソファーに並んで座る背中を、俺が牛乳を飲みつつ王様の椅子で眺めていると。


 五子コーコが突然、外出デートに誘ってきた。


 まろやか牛乳を思わず「ごふっっ」と噴き出し、むせ返る。

 ゴホゴホ言いながら6秒数えていると、そんなの様子を、隣に立つコーコはニンマリ笑って見下ろしてきた。

 ゴリゴリの陽キャギャルが、クラス内で目立たない地味男子をからかう時の表情それだ。


「いや動揺しすぎっしょ。ウケるんだけど」


 この程度で面白がることができるとは、人生楽しそうで良いな――と、言い返してやりたかったが。

 思ったより気道の奥深いところまで牛乳が侵入してしまったらしく、咳が止まらなくなる。


「ゲッホ、ゴホ、ガホ! ォエッッ」


「……ちょ、大丈夫? ほらほら、ゆっくり息吸って。お水いる?」


 からかうつもりでいたはずのコーコは、心配そうに俺の背中をさすってくれた。優しい。


「だ、大丈夫……。ありがとう、コーコ……」


 ようやく落ち着いて、改めてコーコの顔を見上げて直視する。


 相変わらず、『10人の陽菜』達の中で誰よりも化粧メイクをバッチリ決めていた。

 金髪のツインテールはサラッサラで良い匂いで、香水なのかは分からないが、全身からも花のようなかぐわしい香りが常に漂ってくる。


 まさに今時イマドキの若い女子ギャル。だがその顔立ちは、陽菜そっくり。

 陽菜とよく見た少女が、陽菜が絶対にしないであろうパリピギャルの恰好をしているという現実に、俺の脳内は混乱しバグってしまう。


 そもそも俺は、スクールカースト上位の女子が根本的に苦手だ。女子大生モデルのアケミちゃんと付き合っている、金次郎キングのようにはなれない。

 どうしても、コーコと絡む時だけは未だに緊張してしまっていた。


「もう大丈夫ね兄貴? じゃあ出掛けよっか!」


「いや、あの、ただ……。……雛森先生からの宿題、全然終わってないし……」


 妹相手にになるのは――『妹』と認めたわけじゃないが――情けなく思いつつ。

 『金髪ギャルとの休日デート』という、地味陰キャ男子にとっては『ヒマラヤ山脈でフルマラソン』にも等しい高難易度ミッションに、どうにか断れないものかと模索する。


 昨夜に和室で一緒に寝て、今も布団の上で爆睡している四姫シキが相手なら、こんなにも緊張したりはしないのに。


「えー。折角の日曜日なのに、勉強漬けとか青春の無駄遣いでしょ。ほらほら、行こうよ~。アタシの買い物に付き合って!」


 俺の腕を掴んで揺らし、まるで「遊園地に連れて行ってほしい」と父親にせがむ娘のようだ。

 だが子供と呼ぶには豊かすぎる胸が俺の肘に当たっており、緊張は更に加速する。内心で何度も6秒を数えるハメになる。

 ……だからギャルは嫌なんだよ! ボディタッチが激しくて!! 好きになっちゃうだろ!!!


「ふわぁ~あ……。……おやおやコーコ殿。一体何の騒ぎでござるか? 兄者あにじゃ相手に、劇場版アルテミリオン・破の『来い! 早波!!』の名シーン再現でござるか?」


 そこへ。階段を下りてきて、眼鏡を押し上げつつ眠そうな目をごしごし擦る、黒い寝間着スウェット姿の六花リッカが現れた。

 ……乙女が白い肌を見せつつ、腹をボリボリ掻くんじゃありません。


「た、助けてくれリッカ……! 太陽の下に連れて行かれる!!」


「吸血鬼だったのでござるか兄者? ラノベ主人公ですな」


「ねぇー、良いでしょ兄貴~。あ、どうせならリッカも行く? 駅前だけど」


 するとコーコの言葉に、リッカの黒縁眼鏡がキラリと光った。


「なんと……! これは僥倖ぎょうこう! 拙者もお供いたす!! 駅前のオタメイトにて、買いたいグッズがあったので!」


 クソッ、インドア派なリッカなら助けてくれると思ったのに……! 裏切りやがって!!


「つーわけでイツキ~。とりまウチら、買い物行ってくるから~」


「今ちょっと話しかけないでコーコちゃん! 先週闇堕ちしたシャインちゃんが、ダークネスちゃんと殴り合ってるところだから!!」


 女子アニメ視聴組は、手に汗を握って熱中している。

 よく分からんが、今週最大の山場らしい。イツキ以外の面々も、テレビ画面に釘付けだった。


「お、お皿洗いなんてできないわ~……! この戦いを、見届けなきゃ……!」


「どうしてですの! どうしてっ、ずっと一緒に戦ってきたこのお二人が、対立しなければならないのですのぉぉおおお!」


「二人はようやく、魂から分かり合っているんだよぉ……! 互いに拳を叩き込んで魔法をぶつけて、マジカルロッドで頭カチ割って!! 陽菜も愛兄にーにと、こんな相互理解したいよぉお……!!」


 物凄い熱量だ。セブンスはハンカチで涙を拭っている。

 ジュジュですら、口元を両手で押さえて小刻みに身体を震わせつつ「ダークネスちゃんっ……!」と涙目で感動していた。意外な一面だ。


兄さんブラット。買い物に行くなら、ついでにサルミアッキ買ってきて」


「……この町で売っていたらな」


 台所でミナの代わりに皿洗いをしているイレヴタニアからは、そう依頼された。

 でもソレどこで売ってるの?


 そして、イレヴタニアと並んで皿洗いをしている九龍クーロンからも、同じく依頼された。


兄兄グァグァ。買いに行くなら、ついでに猿脳えんのう買ってきてほしいアル~」


「この町ではゼッタイ売ってねぇよ! てか何に使う気だ!!」


 そうしたやり取りで、体力の何割かを既に削られつつ。


 俺もリッカも外出用の服に着替え、日曜日の買い物デートへと繰り出すことになった。




***




「も~、遅いよ兄貴ー。女子より支度に手間取るって、どうなってんの?」


 私服に着替え、外靴スニーカーを履いて玄関から出ると――そこでは既に、コーコとリッカが待っていた。


 コーコは相変わらずのギャルファッションといった感じで、ノースリーブの白い服や、短いスカートから伸びる手足が眩しかった。


 リッカはコーコほどではないが、やはり短めのスカートで、ニーハイソックスの隙間から覗く太ももに、視線が吸い寄せられてしまう。

 全体的に黒を基調としたファッションで、黒髪のツインテールや黒縁眼鏡と合っていて、統一感がある。


「急がないと、オタメイト限定ステファン・ウルフ仕様マグカップが売り切れてしまいますぞ兄者! 我々はワープゲートを使えないというのに!」


 しかし見た目は可愛いのに、口を開けば重度のアニオタ。何とも残念で勿体ない子だ。


 コーコの方は買いたい化粧品コスメがあるとかで、リッカの目的は銀河カウボーイ・ステップの限定商品グッズ

 俺としては、まだまだ宿題が残っているというのに……。今日の帰りは遅くなるかもしれない。


 だが金髪&黒髪ツインテールの美少女二人とデートできるなら、それはそれでアリ……だと、自分自身を肯定したかった。

 だが、一応は『妹』らしいし。家族と買い物に行ったくらいでは、自慢にもならないだろう。


 やはり大変な休日になりそうだなと思いつつ、俺達三人は駅前のショッピングエリアを目指して歩き始めた。

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