第5話 柏木くんと10人の魔女

 学校じゃなく、この後社交の場パーティーにでも出席するのか? と思うほど。派手な赤いドレスを着た、金髪縦ロールヘアーのお嬢様。

 しかしイギリス貴族的な雰囲気は全く感じられない、大雑把なアメリカン気質スタイルのセブンスは、俺からのダウト宣言に激しく動揺していた。

 両手を頭上へ伸ばし、「Whyホワァイ!?」と大げさにアピールしてくる。アメリカ人ってマジでソレやるんだな。いや、アメリカ人かどうかも怪しいけど。


「せめて国籍くらいは合わせろや! なんで日本人の父さんと母さんから、金髪の陽菜が出てくるんだよ! よくそれで『陽菜です』って言い張れるな!? 雑! いろいろ雑なんだよアメリカ!!!」


「そ、その発言は国際問題になりますわよお兄様ブラザー! いくらアメリカまで届かないとはいえ! 聞いているアメリカ系住人が総ブチギレですわよ!?」


 セブンスは猛抗議してくるが、それでも『陽菜である』と認めることはできない。


 けど……確かに陽菜は、ジャンクフードも好きだった気がする。

 特にギガビッグバーガーは、何よりも好んでいた。チーズバーガーとかタルタルフィッシュとか、別の商品を選んでいる姿は見た覚えがない。

 しかし自分で注文したくせに腹一杯になって、「残りはお兄ちゃんが食べて」と押し付けられたことも何度もある。

 そしてセブンスの手元に置かれている朝食メニュー。ギガビッグバーガーを食べる時にコーラじゃなく、冷えたメロンソーダをチョイスしている部分も、陽菜と共通だ。


 ……それにしたって、金髪縦ロールなのはおかしいだろ。金髪ギャルな五子コーコという前例もあるが。

 時たま口にする英語が、やけにネイティブ発音なのも気にかかる。

 赤いドレスを見事に着こなし、黙ってさえいれば、まさに『深窓のお嬢様』と呼べるほどの美貌なのに。色々と残念な子だ。


「ともかく、何であろうと、キミ……セブンスだけは陽菜じゃないと、俺は判断したからな!」


OMGおクソ! それはとてつもないMistakeですわよブラザー! でもワタクシは諦めませんわ。ネバギブアップ!」


「メンタルが強い」


 確かに俺の妹も、目標が達成できず落ち込む時があろうと、途中で投げ出したり諦めることは皆無だった。


 でもやっぱり、似非アメリカ人なセブンスだけは認められない。

 いや……セブンスってことはないか。


 もう一人、認めたくない少女がいた。


「ハァッ、ハッ、はぁあん……っ! 愛兄にーに……あんなに興奮して、大声出して……! しゅごいぃぃ……っ! 怒り狂う愛兄に、首絞められたいよォ……!!」


「うわぁ……」


 セブンスを激しく否定するの姿を見て、ゴスロリ少女は頬を赤く染めて歓喜している。


 セブンスが座る左斜め側、オタクな六花リッカの右隣に座る黒髪美少女は、狂気的な笑みを浮かべていた。

 熱っぽく潤んだ瞳で見られると、セブンスにツッコミを入れたり、この状況に対して激しく異議を唱えている自分の状態が、気まずいというか恥ずかしくなってくる。それと身の危険も感じる。


 それに俺は、『冷静沈着』を人生のテーマにしているのだから。

 妹が10人に増えて、しかも金髪アメリカ人までもが陽菜いもうとを名乗る状況に、つい大声を出してしまっているが――思えば、俺らしくない振る舞いだった。


「1、2、3、4、5、6」


 6秒数えて、落ち着いてから。

 ゴスロリ少女にもクールダウンしてもらうため、丁寧に声をかけた。刺激しないよう、地雷を踏まないよう、ゆっくりと。


「あー……。え~っと……。首は絞めないけど。キミの名は?」


「んんぅっ!♡」


 そう問いかけると、少女はビクン! と身体を震わせた。


 えっ、地雷踏んだ?


 もしかして、俺に話しかけられただけで気持ち良くなったりしたの?


 白米でもパンでもハンバーガーでもなく、サプリメントと水だけしか朝食として用意していないゴスロリ少女は――常時発情した様子で、手首に巻いた赤いリボンを弄りながら、尖った八重歯を覗かせて微笑む。

 ファッションと相まって、まるで吸血鬼美少女が恋人エサの血を吸う直前みたいな、猟奇的な雰囲気を感じさせる笑顔だった。


「『柏木・八千枝ヤチエ・陽菜』だよ、愛兄にーに……! にーにが望むなら、『雌豚』でも『ゴミカス』でも、好きに呼んでくれて良いからね……!」


「うん、ヤチエちゃんね。オッケー。把握した」


 極めて平常な口調で、呼び名を決める。

 ヤチエは「……もしくは『専用バカ雌犬』でも良いのに……」と、どこか不満げだったが。


 とにかく、一番厄介そうな相手はスルーできたと思う。

 いくらなんでも、五子ギャル六花オタクセブンスアメリカ人八千枝ヤンデレの順番は、個性キャラが渋滞しすぎている。

 朝から摂取して良い『濃さ』を超えているだろ。頭もお腹も痛くなってくるよ。


 だがそれでも……セブンスと比べて『黒髪』というだけでも、八千枝には陽菜の要素を強く感じてしまう。

 頭のカチューシャも、手首の赤いリボンも、黒白ドレスのゴスロリファッションも馴染みがないはずなのに。顔立ちや長めの髪は、どこまでもだった。


 そして次にヤチエの正面、セブンスの左側に座るチャイナ少女へと番が回る。


 激辛な麻婆豆腐を誰も食べようとしないため、作った本人だけがレンゲで黙々と食べていた。

 死ぬほど辛そうな匂いを放っているのに、汗ひとつかかずにパクパクと口に運んでいる。


「ん、次順番ワターシカ。マーボー美味だし、皆食うネ」


 そんな姿からも、陽菜を思い出している自分がいた。


 俺は辛い味は全然ダメで、逆に陽菜は激辛だろうと平気な人間だった。

 小学校低学年の時、我が家のカレーの味を甘口にするか辛口にするかで、陽菜とは三日三晩の大喧嘩に発展したこともある。

 結果は、母さんから「いい加減にしなさい!」と怒られ、父さんの好きな中辛味で決定になったが。

 中辛にすら不満を述べていた陽菜であれば、あのマグマみたいな色や粘度をした麻婆豆腐でも、難なく食べてしまうだろう。


 そんな陽菜要素を感じさせるチャイナドレスの少女は、片言カタコトの日本語で自己紹介を始めた。


「ワターシ『柏木・九龍クーロン・陽菜』アル。『烏龍ウーロン』と間違えちゃ、ダメダメね~。社長サン、お見知りおきを~」


「誰が社長サンだ」


 俺は頭を抱える。

 セブンスの手番ターンで、もう既に国籍問題にはツッコんだのに。どうしてまた、『チャイナ陽菜』でゴリ押せると思ったんだ。


 クーロンはチャイナ服だし口調もカタコトだし、どうしても陽菜だとは思えない。なのにやはり、ヤチエと同じく、その鼻筋の通った小さい顔は陽菜そっくり。

 ただスタイルの良いボディラインは、妹とかけ離れている。足も長いし胸もテーブルに乗るほど大きいし。あぁクソ、またそんな外見的な部分を……。


 乱れた心を再び落ち着けようと、刺激的なものではなく『見慣れたもの』を目にしつつ、6秒数えてから落ち着こうとする。


 そう――この10人の中で、誰よりも陽菜に近い背格好や顔立ちの少女。


 緑色のパーカーを着て、目元までフードを被り、ゴツいデザインのヘッドホンで何かの音楽を聴いている、胸も平均サイズな黒髪少女。

 しかし目の前に置いてあるカロリーバーやエナジードリンクにすら興味を示さず、椅子にもたれかかってスマホを操作していた。


「ひ、陽菜ちゃん」


 一姫イツキに促されても、テーブル奥に座る彼女は反応を示さない。

 ここまでは、それぞれ個性的ながらも、最低限ちゃんと名乗ってくれた。

 しかしパーカーにヘッドホンのあの子だけは、ガン無視。朝のリビングには重たい空気が漂い始める。


「あらあら、順番が回ってきていましてよ陽菜さん! 日本人ジャパニーズは空気を読むのがお得意ではなかったので? いえしかし、引っ込み思案なのも日本的と言えますわ~! ワビサビ! サムライ! 舞妓Haaaanハーーン!」


「………………」


 セブンスのデカい声すら届いていない。

 陽菜によく似た少女は、陽菜とは思えない態度でシカトをカマす。

 たった一人だけ、ずっと非友好的なムードを崩さない。


 すると――まるでフォローするかのように、俺の座る場所に一番近いイツキが、おずおずと小声で教えてくれた。


「……あの子は『柏木・寿珠ジュジュ・陽菜』ちゃん。確かに普段から大人しいけど、あそこまでツンツンした態度を取る子じゃなかった……はずなんだけどね。……お兄ちゃんを前にして、緊張してるのかも?」


「緊張している人間の姿か? アレが……」


 俺からすれば、どう見ても反抗期の真っ最中といった感じだが。


 結局彼女ジュジュは何も話すことなく、一人飛ばして最後の『陽菜』へと順番が回ることになった。


 ジュジュの正面、長テーブル最奥の左サイドに座る、銀髪少女が口を開く。


ヤー……『柏木・イレヴタニア・陽菜』だよ、兄さんブラット。……学校、一緒に行こうね」


 シチュー……ではなくボルシチってやつか? 郷土料理らしき朝食を木製スプーンですすっていた銀髪少女が、テーブルの奥からひらひらと手を振って挨拶してくれた。


 態度的には、ジュジュと似たようなクール寄り。言葉少なく、セブンスやヤチエみたいに俺へと激しくアピールしてくることはない。

 しかしそれでも、ジュジュに塩対応された後に微笑まれると、それだけで好感度が高くなってしまう。やだ、俺ってばチョロい。


 肌は白く、髪は銀色で、日本人離れした瑠璃サファイア色の瞳。

 セブンスやクーロン同様、これまた国境ラインを反復横跳びするみたいな『不法入国陽菜』だ。


 なのに落ち着いた彼女の喋り口調や声は、テンションが低い時の……いや、平常時のフラットな陽菜に一番近い。

 陽菜は笑ったり怒ったり悲しんだりもするが、基本はイレヴタニアみたいな調子で、日常のほとんどを過ごしていた。


 ――あぁ、もう、本当にパニックだ。


 誰しもが陽菜に思えるし、誰も陽菜じゃない気がする。

 服装も髪色も態度も名前もバラバラで、なのに「この中に陽菜がいるかもしれない」という予感もしている。

 兄としての直感が、そう告げていた。


「手の込んだドッキリなら、さっさと終わらせてくれ。もう良いだろ? 本物の陽菜がいるなら……正直に名乗り出てくれよ」


「だから私が陽菜だよ! お兄ちゃん!」と一姫。

「ワタシも陽菜ですよ、新也お兄さ~ん」と三奈。

「わたくしこそが陽菜でございます、兄様あにさま……!」と四姫。

「アタシが陽菜だって言ってんでしょ~、兄貴さぁ」と五子。

「せせせ、拙者こそが陽菜でありますぞ、兄者……!」と六花。

「ワタクシが陽菜ですわ、お兄様ブラザー~!」とセブンス。この子だけはゼッタイ違う。

「陽菜はね、陽菜なんだよ愛兄にーに……!」と八千枝。

「ワターシが陽菜で決まりネ。迷う要素どこアル? 兄兄グァグァ」と九龍。

「………………」何も喋らない寿珠。

「ヤーは。それだけだよ、兄さんブラット。だから――」とイレヴタニア。


 交通事故に遭い、1年半の昏睡期間から復活し。

 学校へ行く日の最初の朝、目覚めると――そこには、俺の目の前には、全く知らない『10人の妹』が現れた。

 その全員が『陽菜』を名乗り、そして――。



「「「「「「「「「結婚して!!!」」」」」」」」」



 寿珠を除く全員が、俺の正妻ポジションを狙ってきた。

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