第14話 少女は駆け抜ける、明日への活路のために

 エルの合図と共にコインが弾かれ、天井高く舞い上がる。そして今か今かとようやくコインが地面と出会った瞬間、一気に前足を踏み込み、直剣を下に構えてエルトリアの目の前まで接近する。


「はァァァっ!」


 下段からの素早い斬り上げを初撃とする一撃をエルトリアへとみまう。


 それに対しエルは刀を抜くことは無く、修練場に常設されている訓練用木剣を持って対峙する。


「ほう、なかなかに鋭いねぇ」


「それはどうも!」


 斬り上げた直剣を引き戻し、正眼の構えを取りつつ彼から距離をとる。


「ふーん、私なんかに腰の得物は必要無いってことかしら?」


 向けられた視線の先は、エルが常日頃身に付けている緻密な龍の意匠が施された白磁の刀であった。


「あぁ、そうだな。ここ数十年以上は抜くに値する存在と出会ったことは無い。つまりお前もその値しない人間の一人ということだ」


「私も大分舐められたものね!」


 通常の攻撃では一切隙を晒さないエルトリアを力押しによって体勢を崩させて隙を作るべく、一気に体内の魔力をブーストさせ、上段からの強烈な斬り下ろしを彼が持つ木剣へと叩き込む。


「はッッ!」


 力強い一撃を見舞うが、やはり相手は【剣神】とも讃えられた剣の頂きに位置する人物。

 鉄壁の護りを有する巨城の如く、一寸たりともビクともしない。


 闘気で強化された私の膂力は一時的にとは言え、成人男性の数十倍の膂力であるのに対して、彼は何の強化もされていないただの訓練用木剣を用いて、すまし顔で私の上段斬りを防ぎ切ってしまう。


「発想自体は悪くねぇが、これは相手との実力が拮抗してる時にじゃなきゃ、今のように簡単に流されてしまうぞ?」


「そんなこと言えるの貴方ぐらいよッ!」


 叩き込んだ剣を引き戻し、再度彼へと攻撃を繰り返す。


 さっきは吠え面をかかせるなんて啖呵を切ってみたものは良いけども、相対してみて分かる。


 、バケモノと形容するのですら生ぬるい程に卓越した技術を持って、この私の攻撃を軽々と捌ききっている。


 私が天才だと自惚れているつもりは無いが、これでもBランク冒険者相当の実力はあると思う。

 Bランク冒険者ともなれば、並の騎士をも圧倒する実力があると言われる程だ。

 そのレベルの実力がある私が先程から隙のない連撃を加えたり、フェイントを織り交ぜた攻撃を放ってはいるが、全くビクともしない。



 そんな余裕のない状況故に徐々にだが、私は挑む相手を間違えたのではないか?と疑心暗鬼に陥り始めてしまう。


 それではダメだ、戦いにおいて肉体が傷つくことよりも、精神が折れてしまうことはいくら屈強な戦士だとしても、いとも容易く負ける原因となり得るのだから。


 彼への闘志を奮い立たせ、私は直剣を強く握りしめて彼へと振るうのであった。




 修練場が白熱する中、一人の青年とそれを追いかけるエルフの少女が姿を見せる。


「おぉ、やってるやってる。あれはエルさんと.....先週の少女?」


「ちょっと待ってよ、ファル!」


 修練場入口から姿を現したのは、Bランク冒険者パーティ【蒼天の狩人】リーダーのフォルシュと僧侶のケミィであった。


「もう!少しは私のことも待ちなさいよ」


「おぉ、悪りぃ悪りぃ。なんかすんごい剣と剣が弾かれ合う様な音がしてさ、ついつい気になっちまって急いじまったよ」


「それは良いけども、あの姿は.....エルさんとルミィ!?」


 彼らが向ける視線の先にいるのは、激しい剣撃(一方的だが)を交じ合わせる一人の少女と老人の姿であった。


「そうなんだよ。いやぁ、あの少女がまさかこれ程の剣士だったとは以外だよなぁ。」


「ええ、そうね。彼女が剣を嗜んでいるとは聞いていたけど、ここまでの実力とは.....」


 白熱する会場を背に剣を強く引き戻し、ここに来て初めて彼女は自身の本気とも言える会得している流派【式風シキカゼ】の剣技を放つ。


「式風流剣術【嵐刃ランジン】!」


 彼女の直剣から解き放たれた闘気の刃は、嵐の如く地面を削り渦巻きながら、エルトリアの元へ襲いかかる。


「へぇ【刃飛ばし】の応用とは、俺に啖呵を切るだけはあるようだなッ!」


 彼女を賞賛しつつ、エルは木剣のひと凪によって襲い来る斬撃を消し去った。



【刃飛ばし】とは、闘気による武具強化【呼応】を発展させた技術であり、その名の通り武具に纏わせた闘気を刃として飛ばす技法なのだ。


 それに加え彼女は、ただの【刃飛ばし】では無く流派独自の技として発展した【刃飛ばし】を使用しており、彼女が如何いかに練度の優れた剣士であるかを物語っている。


 と、そんな場面の変化もあってか外野も盛り上がりの様相を見せる。


「おぉ!ルミィがエルさんに斬撃を飛ばしたよ!」


「【刃飛ばし】とはこれまた彼女の実力の底が見えないな。それに彼女が振るうのは隙の無い連撃と、あらゆる状況から起点を作り出すことで有名なエルフ流剣術【式風シキカゼ】。それも相当高位な技を放てる程に練度が高いとは.....彼女が啖呵を切ってエルさんに挑むのも納得だな」


 彼女の実力分析など、外野は外野でなかなかの熱狂具合が伺える。



「さすがに【刃飛ばし】まで使えるとはな。なかなかにやるじゃねぇか」


「私に嫌味を言ってるのかしら?ほんと、一々達観したその態度、癪に触るのだわ。」


「そりゃあすまんな。これが俺の素なんでね」


「ならそんな余裕ごと打ち砕いてやるのだから、覚悟してなさい!」


 再び大地を蹴り飛ばし、身体の隅々まで闘気を巡らせ加速。

 そして剣と肉体の闘気の循環度を高め、戦闘のギアを一段階上昇させる。


「八連突破、【八凪風ヤナギカゼ】ッッ!」


 人が急所となり得る両膝、金的、みぞおち、脇腹、喉笛、頭部へと見るも叶わぬ素早さで八連撃をエルへと放つ。


エルは余裕の態度を見せながら、彼女の苛烈な八連撃全ての攻撃を片手で捌ききってみせる。


「キレのある良い技だが、これじゃあ俺の身体には届かないぞ」


「ふん、それぐらいわかってるわ。これで終わりと思ってたら甘いわよ!」


 ここで終わらないのが彼女が剣士たる所以、そして八連撃の勢いを纏ったまま、空を舞うように空中へと高く飛び上がり新たなる技へと派生する!


「打ち砕けッ!【裂空斬レックウザン】っっ!」



八凪風ヤナギカゼ】の連撃の勢いを纏いつつその勢いを打ち下ろしへと乗っける。

 それは空をも裂いてしまう程の、天から振り下ろされる稲妻の如き凄まじい一撃ッッ!


「ハッッ!」


 しかし、それすらも英雄は掛け声のひとつと共に木剣を握った片手で、自身が立つ場所から横へと打ち下ろされたエネルギーを逸らしきる。

 彼女の打ち放った攻撃のエネルギーがエルの剣術によって斜め後方へと逸らされ、修練場の地面を抉り取りながら離れてゆく。


「なっっ!これでも効かないと言うの!ッッ、関係ないわ!絶対に負けを認めさせてやるのだから!」


 再度直剣を強く握りしめて、果敢に攻撃の手を緩めず技を繰り出す。




「すごい、凄いよファルシュ!エルさんに対して並々ならぬ技を次から次へと放っているよ!これなら」


「そりゃあ凄いけどさ、少し.....いや、結構厳しいんじゃないか?」


 ファルシュの口から出たのはケミィの予想とは別のものであった。


「えっ?だってケミィさっきに比べて技の速さも、その手数も威力も断然と上がっているよ?」


「ケミィの言うように、技の速さも手数も威力も上がっちゃあいるけど、逆に言えば自分の中での攻撃のギアを上げているのにも関わらず、未だにエルさんに両手で木剣を使わせることすら出来てないんだぜ?」


「それでも、まだ負けたわけじゃないよ!今だって.....」


「まぁ勝って欲しい気持ちは分かるが、彼女の顔を見てみれば、どれだけ精神的に追い込まれてるかよく分かると思う」


 そう言われケミィは注意深く彼女の顔を見つめると、ルミナリアの顔は確かに苦悶の表情を浮かべているのであった。




 かれこれ一時間以上未だ決着は着かず、場は頓着状態に陥っていた。

 最初こそ言葉のやり取りはあったものの、次第に口数は減り修練場には剣が弾かれ合う音だけが木霊する。



「なぁ、そろそろ辞めにしないか?お前も疲れてきただろうし、もう充分だろ。これがお前と俺の実力という壁の高さの違いだ。」


「はぁ、はぁ、うるさいわね。そんな減らず口叩いてる余裕があるなら私に負けるわよ!」


 なんて口では強く言って見るが、私がこの爺さんを切り崩せるイメージが一向に湧かない。


 なんで、なんで、なんで!全く見えない.....勝利の活路ビジョンが全く見えない.....どれだけ剣を振っても、どれだけ隙のない技の数々を放とうとも、この老人に勝つ未来が見えてこないのだわ.....。


 まるで深き谷底の深淵のように、いくら攻撃しても到達しない。それどころか、もがけばもがくほど、深みは増してゆき、この老人の実力の深さを感じ取ってしまう。

 なまじ私自身の実力があるから分かってしまうのだろう。


 この先、千年以上鍛えてもこの老人に勝てないと.....



 ダメだ、それだけはダメなのだ!絶対にこの爺さんを打ちのめして、認めさせねば!私を育ててくれた叔母のためにも、そして剣士としての矜恃のためにも!!


 疲弊しきった肉体を再度引き締め、力強く大地を蹴飛ばし、強く引き絞った直剣に渦巻く風を刃に纏わせ、エルトリアの持つ木剣を打ち砕くというたったこの一つの目的目掛け、一心不乱に駆け抜ける。


「ハァァァッッッ切り裂けッ!!【一陣烈風イチジンレップウ】ゥゥッツ!」


 残り僅かとなった体力で彼女が唯一、放つことが出来る大技。それは正しく疾風の如く猛々しく、他の追随を許さぬ程の速さ、そして一寸のブレも無い大きな一撃であった。




 To Be Continued.....

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