第3話

  金鞠の家系、特に女性は昔から霊能の力を持っていたという。

まだ、山や川、森や林など自然があちこちに残っていた頃。夜になれば、街の中ですら灯りなど殆どなく闇がそこここにまみれていた時代。妖怪と呼ばれる異形のモノ達は跳梁跋扈し、人間に悪さをする連中が相当いた。

でも、文明開化が進むと、妖怪達は住処を追われていき、能力も衰えていった。当然人間の方も彼らを怖がらなくなっていく。それ所か存在を否定し始めた。そのことは妖怪にとって何よりの恐怖だった。


 居場所も定まり、信仰を受けて祀られている神とは違い、彼らは人に認知される事で存在出来るといっていい。人の想念が彼らの拠り所なのだ。妖怪が悪さをするのも、時に人に利益を齎すのも、そのためだといっていい。

 人に自分達が『居る』という事を知ってもらう為。

 怒り、憎しみ、哀れみ、悲しみ、恐怖、畏怖、畏敬、感謝、愛情…………。

 実際は何でもいい。それらを受ける対象として存在する事が彼らの存在する意味。それを強くするのも弱くするのも、そうした感情、想念をぶつけてもらえるかに掛かっている。

 

 しかし時代が下るに従い妖怪達が認識されることは少なくなり、存在自体が消滅の危機を迎えそうな時、見兼ねたのが何代か前の金鞠の当主だった。

 今までだって悪さをする妖怪ばかりではない。悪さをして退治した中にも、金鞠の眷属として働いてくれるようになったものもいる。

 そもそも、妖怪というのは人の負の想念を受け止めてくれていたともいえる。

 

 だから彼らを絶やしてはならない。そう思ったそうだ。

 同じように退魔の役を担っていた人達の中で同じ想いの同士を募り、金鞠家は『彼ら』と人との仲介役を担う事になった。

 このアパートはそんな訳で行き場にあぶれた妖怪達を受け入れる為に住んでいた家を改装して造られたという。

 ひみかがここに来たのは小学校にあがるちょっと前のことだ。元々はここよりずっと北にある雪深い地方に暮らしていた。雪女や雪男の住処『雪の里』が彼女のお母さんの故郷。そこに程近い村で農家を営んでいる人間のお父さんと三人暮らしだった。

 所がそのお父さんが雪崩に巻き込まれて亡くなってしまった。お母さんは里に戻るにしても、彼女の身体はそこで暮らしていくのには向いていない。


 人間の戸籍も持っているので大きくなれば学校にも通わなければならない。そんな訳で、お母さんの知り合いのツテを頼りここまでやってきた。


「あれって丁度、冬場の一番寒い日に合わせたんだったよね」

「うん、私も北の地方からでた事は無かったから、移動するのは寒い日がいいだろうって事でね」

 

 そして、ここに着くなり彼女を風呂場へ案内した訳だが、外の寒さと風呂場の熱気に面食らったのだろう。おまけに幼く、能力の調節もままならなかったひみかは風呂場全体をおもいっきり凍結させた。

 

「連れてくるまでは婆ちゃんが周りに結界張ってひみかの能力を抑えてたんだってさ」

 

 多津乃はひみかがここで暮らしていくにあたって実際どの程度の能力があるのかを知っておきたかった。そこで、冷えこんだ彼女がいきなり熱いお風呂場に放り込まれたらどのような反応が起きるかを試してみたということらしい。

 

「呆れたな、そんな事全然しらなかったよ。でも、お婆ちゃんらしいっちゃあらしいね」

「うん、半分は面白がってたっぽい」

「そっか。はあ……。まあ、大恩人の娯楽として楽しんでもらえたならよかった。とでも思うことにしようかな。実はね、知らない土地ですっごく心細かったんだ。でも、暴走した後不思議と少し心がおちついたんだよね。ある種ガス抜きになったというか……」


 それも含めて祖母の狙いがあったのかもしれないなとあゆみが思った時、

 

「懐かしい話してるね」

 

「メア姐!いつからそこに?」


 声の方を振り返ると、見た目は二十歳前くらいだろうか。金髪碧眼の女性が立っていた。

 ストレートの髪を肩まで垂らし、胸元にリボンをあしらったピンクのフレアワンピース。

 彼女は吸血鬼の母と人間の父を持つ。ヴァンパイアハーフで名をメアリークレイトソンという。

 母親のジェシカと共にかなりの昔。明治の頃日本にやってきた。このアパートの住人の中でも古株の一人だ。

 二人とも、彼女のことは昔から面倒を見てもらっている為、メア姐と呼んで慕っていた。

 

「二人が抱き合ってるところからだよ」

 

「ええ、結構前からじゃん。ずっと黙ってみてたの?」


「ああ、久々に見た光景だったしね。中々いい雰囲気だったじゃないか。あゆは『寒いだろ、温め合わなきゃ』なんっつっちゃて。ひみかも『きゃっ、そんないきなり、、、でも、嬉しい』なんてやりとりをしてるもんだから、姐さん目のやり場にこまっちまったよ。熱い熱い」


「そんなことやってないってば、捏造じゃん捏造」


 あゆみがたまらずツッコミを入れた後続ける、


「第一ひみかが、きゃっ何てそんな乙女チックな反応する訳……」


 パキッ、、、言い終わらない内に小さなつららが頬をかすめて飛んでいった。


「あぶなっ!なにすんだよ」


 あゆみは間一髪でそれをかわす。


 パキッ、、、言い終わらない内に小さなつららが頬をかすめて飛んでいった。


「あぶなっ!なにすんだよ」


 あゆみは間一髪でそれをかわす。


「くっしゅんっ」くしゃみを一発かました後、構わずひみかは言った。


「メア姐の言ってることはともかく、私もこれで一応乙女のつもりなんだけどね」


 そういうひみかの顔一瞬赤く染まった後、「くしゅんっ」というくしゃみが響く。


「いや、それは十分わかってるよ」


「本当に?」


「うん、わかってるけど……」

 


 言われるまでもなく、この抱き合っていることにより生じている感触はそれを大いに感じさせるものだからだ。そしてメアリーとのやりとりを聞く限りやはりひみかも彼女なりに自分と抱き合う状況を男女として意識しているのだろうか。姉ぶったりしているのも照れ隠しかもしれないと考えつつ、それを確認することができない。


「だって、しょうがないじゃん。温めてやらないとひみかの身体が冷えちゃうし」


「うん。だから仕方なくお姉ちゃんが抱かれてあげてるんだよね」


 ひみかは皮肉めいた笑顔を浮かべていった。そして照れ隠しなのか何なのかやはり判別できない口調のまま続ける「身長、体格からいったら私の方が断然大きいし、落ち着いているだろう。私が姉になるのが相応しい。ほらほら、お姉ちゃんがなでなでしてあげよう」


 ひみかは撫でるというよりもこするといった方がいいように頭の上で手を動かす。


「む、むううううう」


 あゆみはくすぐったさや気恥ずかしさなどないまぜの感情を爆発させた。そのまま身をよじってかわそうと試る。しかし、無意識に身体は密着させたままだったので、お互いにバランスを崩しそのままもつれ合って床に二人すっ転んだ。


「アイタタタ。急に動かないでくれないかな」


「そもそも、ひみかがふざけすぎなんだろ」言葉を言いかけてふと気づく。


 まるでそれはひみかがあゆみにのしかかっているような態勢だ。


「ひっ」


「あっ」


 二人はそのまま固まってしまう。


 ひみかも流石にこの状況には気恥ずかしさを感じたらしい。


「あはははは。悪かった悪かった。もう十分あったまったよ。ありがとう」らしくない妙な笑いを上げながらよたよたと立ち上がった。


「う、うん。どういたしまして」あゆみもぎこちなく返して立つ。


「まったく、二人とも仲がよろしくって羨ましいよ」

 

 それを見ながらメアリーはニタニタと笑っていた。


「そうだろ?姐さん。私もずっと姉として弟と仲良く居たいと思ってるよ」


 ひみかは立ち上がると事もなげな様子で答えた。


「だ、だから。そうやって姉ぶるのは」それに対してあゆみもむきになりそうになるが、


「ああ、ああ。わかったわかった。もうこれ以上若い連中の拗れたスキンシップを見るのは胸やけだよ。続きは又にしな。それよりほら、昼飯の時間だよ」とメアリーに手で制されてしっまった。

 

 彼女は親指を突き立ててその先にある時計を指していた。時刻は正午を少し過ぎていた。

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