41話 ユージンは、挑戦権を得る


 ――魔法の世界には『契約』というシステムがある。


 自分に不足している才能や能力を、別の者と分け合い、補うことを目的とした仕組みだ。 

 剣士の俺には馴染みがなかったのだが、最近になって詳しくなった。


 契約の種類は全部で五つ。


・言葉の契約……いわゆる口約束だが、お互いが信頼していないと効果が薄い。


・躰の契約……身体的なスキンシップで効果が発動する。別名『恋の契約』。


・血の契約……兄弟、もしくは義兄弟の契をかわすことで発動。徒弟でもよいらしい。


・命の契約……最も重い契約。片方が死ぬともう一方も命が尽きる。ただし得られる効果は他の契約とは別格。帝国や聖国では違法であり禁止されている契約。


・魂の契約……人同士では結べない。主に天界の神様へ信仰に身を捧げる時に発動。代わりに信者は運命の女神様からの『才能アビリティ』を与えられる。



 ちなみに魔王エリーとは……言うまでもなく『躰の契約』だ。


 共に『天頂の塔』の攻略を誓い合ったスミレとは『言葉の契約』を結んだ状態だった。 

 が、その契約内容に変化があった。



「ユージンくん……♡」


 スミレにキスをされる。

 ゴオオオオオオオ!!!! と恐ろしい勢いの炎の竜巻が発生した。


「ギャアアアアアアア!!!」

「ギイイイイイイイイイ!!」

 ここは80階層主ボスである蜘蛛女女王アラクネクイーンの縄張り。

 そして女王を守る蜘蛛女たちが、スミレの火魔法で焼き尽くされている。


 感情が高ぶると発生するという魔法なのだが、日に日に威力が増している。

 階層主ボスの階層以外では、他の探索者の迷惑になってしまうので使えない手だ。


 つい先日に70階層を突破したばかりなのだが、『躰の契約』によってスミレとの『魔力連結』が大幅に強化された。

 現在、俺の魔法剣・炎刃はほぼ時間制限なく扱えている。


 だが、スミレの発する炎によって、そもそも蜘蛛女は近づけない。

 さらに。


(…………クスクスクス)

(…………フフフフフフ)

(……キャッ! キャッ!)


 スミレと魔力連結すると、時折奇妙な声が聴こえてくるようになった。

 確認したが、スミレには聞こえないらしい。


 しばらくすると80階層を火の海に変えた俺たちに激高したアラクネ女王クイーンが、こちらへ襲いかかってきた。

 女王を守ろうと、蜘蛛女アラクネたちも四方から襲ってくる。


 が、悲しいかな彼らの最大の武器は、『蜘蛛の糸』。

 掴まれば大型の魔物さえ縛り上げることができる強度のある糸だが火には滅法弱い。


 俺たちに到達する前に、全て焼き切れてしまった。


「キサマァアアアア!!!」

「…………」

 直接スミレを狙ってくるアラクネ女王クイーンの背後を取る。

そして、大きく上段に構え、一気に振り下ろした。


「ッ!?」

 慌てて振り向くアラクネ女王は、悲鳴を上げる間もなく首を落とされた。

 

「……!!」

「……ッ!!!」

「……!!」

 女王を失った蜘蛛女アラクネたちは、散り散りに逃げていった。


 スミレの方を見るとまだ、ぼんやりと俺のほうを見つめながらも周囲から炎が吹き出している。


「………………」  

「スミレ、ボスは倒した! 火魔法をおさえてくれ!」

「……んー? ユージンくん……♡ もっとぉ♡」

「す、スミレ、落ち着け!」

 ぽーっとした顔で、スミレがキスをねだってくる。

 まだ、魔力酔いが冷めていない。



 ――挑戦者の勝利ですー☆ おめでとうー!



 天使の声アナウンスが響くが……いつもより更にゆるい。

 低層階の時は、もっと冷たい声だったのだけど。


「……はっ」

 ただし、声のおかげでスミレが我に返った。


「ありゃ? もう終わっちゃった?」

「終わったというか、スミレが終わらせたというか……」

 70階層の殺し蜂や、80階層の蜘蛛女はいずれも群れる魔物たちだ。

 女王の統率のもと、探索者たちを数で圧倒してくるタイプの階層主。


 通常なら十分な対策と、探索者側も人数を用意したほうがいいのだが……。

 周囲を見回すと、スミレの魔法による炎がやっと下火になったきた。

 何百とあったアラクネの巣は、全て焼け落ちている。

 

(迷宮破壊者……)


 女王を倒したのは、俺だが実質の貢献者はスミレだろう。


「次は90階層目指して頑張ろうー!!」

 魔力酔いが冷めたスミレは、元気いっぱいに「エイエイオー」と腕を上げている。

 異世界の文化らしい。


「ね☆ ユージンくん!」

「ああ、そうだな」

 何にせよ探索は順調だ。

 

 魔物の群れをスミレが撃退し、階層主を俺が倒す。


 俺たちの探索部隊パーティーは、破竹の勢いで天頂の塔を攻略していた。




 ◇探索者たちの集う酒場・止まり木亭◇




 80階層突破の祝杯を上げていると、サラが乗り込んできた。


「待って!! 落ち着いてサラちゃん! あれは違うの! 探索に必要な行為だったの!」

「フフフフ……、スミレちゃんを信じた私が馬鹿だったわ……。裏切り者は聖剣のサビにしてあげる……」


「すとっぷ! すとーっぷ! その聖剣って大切なものなんでしょー! そんなことに使っちゃ駄目だよー!」

「大丈夫よ……、私の好きに扱いなさいと巫女様には許可を得ているもの。さぁ、スミレちゃん。懺悔の言葉のあとに、断罪してあげるわ……」


「キャー! コロされるーー!」

「これは罰よ。堕落した雌犬に、罰を与えるの……」

 サラの目が座っている。

 おそらく冗談だとは思うが……。


「サラ、生徒会の仕事は落ち着いたのか?」

 俺が声をかけると、サラはキッ! と強い視線を向けて睨んできた。

 

「ユージンも非道いわ! 私というものがありながら、スミレちゃんとあんなことをして!」

「サラ……説明しただろ。あれはスミレの魔力酔いを抑えるための措置で」

「天頂の塔の中継装置サテライトシステムの記録を確認したわよ! 70階層の階層主の時は、仕方なかったかもしれないけど、その後のキスは本当に必要だったのかしら!」


「そうは言っても、道中の魔物はやり過ごしているから階層主相手の時だけだぞ?」

「ねぇ、ユージン。私たち同じ部隊の仲間よね? だったら立場は対等じゃなきゃ駄目だと思うの」

「さ、サラ……?」

「サラちゃん!?」

 頬を染め、妖艶な視線で俺の頬に手を添えるサラ。


 そしてゆっくりと顔を近づけてくる。

 え……? 一体何を。


「何してるの?! サラちゃん!」

「スミレちゃんはそこで見てなさい。私とユージンの愛の深さを」

「お、おい、サラ」

 酔ってるのか? と聞こうと思ったら、テーブルの上にあった葡萄酒のグラスが空になっていた。


 どうやら俺の頼んだ酒を飲み干していたらしい。

 つまりサラは、酔っていた。


「ふふ」

 髪を耳に掻き上げながら、椅子に座る俺に覆いかぶさるようにサラの顔が迫る。


「あわわわ……」

 目を見開き、オロオロしているスミレは何も言ってこない。 

 居酒屋の客たちも、「何だ何だ」とこっちに注目している。


(これは拒否できないな……) 

 決して嫌なわけではないが、人前だしなぁ。

 どうしたものか、と思っていた時だった。



「サラ会長!」

「何をしてるんですか!?」

「そいつから離れてください!!」

 突然、周りを体格の良い連中に取り囲まれた。


 顔には見覚えがある。

 生徒会執行部、二年の面々だ。


「ユージン! おまえサラ会長に何をする気だ!」

 その中の一人に胸ぐらを掴み上げられた。


「何と言われてもな」

 いや、どちらかというと俺のほうが迫られていたのだが。


「ちょっと、乱暴は……」

 スミレが慌てて止めようとした時。




「ユージンを掴んでいる手を離しなさい」


 さっきまでと打って変わって、凛とした声でサラが窘めた。




「サラ会長、でも……」

「私の声が聞こえなかったのかしら?」

「は、はい!」

 一度は拒んだその男も、サラの呼び声に慌てて手を離した。

 俺は少し乱れた服の襟を正した。



「そこに正座しなさい。これは一体、どういうことかしら?」

 男たちは大人しくその場に座り込んだ。


「そ、それは……」

「はっきり言いなさい!」

 サラが厳しい口調で詰問している。

 流石は生徒会長。


「ねぇ、ユージンくん」

 スミレが、小さな声で質問してきた。


「どうかした? スミレ」

「あれ、誰?」

「……サラだよ。というか最初に会った時はあんな感じだっただろ」

「いつも話す時と全然違うから忘れてたよ」

 スミレが驚いた顔をしている。


「サラは聖国カルディアだと聖女候補だからな。俺たちと一緒の時は素を出してるけど、同郷の人たちと話す時はいつもあんな感じだよ」

「そっかぁ……大変なんだね。聖女様って確か、サラちゃんの居た国だと王様みたいなものなんだよね?」

「ああ、かつて世界を救った聖女アンナ……、その肩書にあやかって聖国の最高指導者たちを『八人の聖女』と呼ぶ。もっとも世襲じゃなくて、選挙で選ぶから王族とはちょっと違うかな」


「選挙なんだ!? 近代的!!」

「噂だと不正票やら買収やらが横行して大変らしいけどな」

「そ、そうなんだ……」

 以前に聞いた所だと、スミレのいた世界でも選挙が行われていたらしい。

 帝国はここ数百年グレンフレア皇家によって統治されているため、国の指導者を民が選ぶという風習には馴染みがない。



「サラ会長! どうして普通科のユージンなんかとパーティーを組んでるんです!」

「あなたは聖女様の筆頭候補のお一人なんですよ!」

「神殿騎士である我々と共に最終迷宮を攻略すべきです!」

「我らはもうじき100階層『神の試練』に到達します! あんな零細部隊ではなく、こちらへお戻りください!」

 あっちではサラが、正座をした生徒会執行部の面々に懇願され困った顔をしている。

 助けにいきたいが、俺が行くと却って揉め事になりそうな気がする。

 

「貴方たち……、リュケイオン学園では祖国の立場は忘れるという話だったでしょう? それにユージンたちも80階層ですから、神の試練はそう遠い話ではありませんよ」

「し、しかし!」

「納得できません!」

「貴方たちに納得してもらう必要はありません。話は終わりです!」

 ぴしゃりと、サラが言い放った。


 生徒会執行部の男たちは、とぼとぼと、しかし俺のほうに鋭い視線を向けながら去っていった。

 サラはため息を吐きながら、俺たちの席へ戻ってきた。


「おかえりー、サラちゃん」

「はぁ、困った人たちだわ」

「悪いな、俺のせいで」

「ユージンのせいではないわ。……ところで」

 ジトっとした目で、俺とスミレを見つめる。


「さっきの話の続きです。これからは私も部隊に復帰します」

「えー」

「えー、じゃないの! これ以上スミレちゃんの抜け駆けは許しません!」

「はーい」

「ユージンもわかった!?」

「もちろん。けど学園祭の準備や生徒会の仕事はいいのか?」

「主要なものは終わらせたわ。細かい仕事はテレシアさんが代わってくれたから!」

 ということらしい。


 ――というわけで、再びパーティー全員が揃っての探索となった。




 ◇翌日◇


 ――81階層。




 迷宮昇降機を降りた先に広がるのは、真っ暗な洞窟である。


 俺とスミレとサラは、ぴったりとくっつきながら迷宮内を慎重に進む。

 くっつく理由は、単に俺の結界魔法の効果範囲が狭いからだ。


 ……ズズズ、とすぐ近くをゴブリンを丸呑みにできそうな大ミミズビッグワームが通り過ぎる。

 81階層より上層は、大ミミズビッグワームたちの巣だ。


(ヒイイイイ……)

 スミレ震えている。


(え……、ユージンの結界魔法ってここまで魔物に気付かれないものなの?)

 サラが驚いた声を上げた。

 彼女は既に来たことがある階層なので、落ち着いている。

 ちなみに初回の時は、スミレと似たような反応だったらしい。


(神獣ケルベロスの鼻を誤魔化した結界魔法・身隠しだからな。あと大ミミズビッグワームは視覚が弱い魔物だから、今みたいに消音魔法も使えば気づかれる心配は無いと思ってた)

(それにしたってこれは反則ね。どおりで『ここ100年で最速』と言われる探索速度で踏破してくわけね……)

(ん?)

 俺は耳慣れない言葉に、思わず振り向いた。


(どういう意味だ?)

(そのままの意味よ。こんな無茶苦茶なスピードで階層記録を更新してく探索者部隊はいないわ。それこそ第九位の探索記録保持者のロザリー部隊の再来と生徒会では噂されてるわよ)

(ロザリー・J・ウォーカー……西の大陸の紅蓮の魔女か)

 驚いた。

 そんな噂がされているとは、全く知らなかった。


(ユージンくん、それって有名な人?)

(ああ、昔にリュケイオン魔法学園に在籍してたらしいけど、たしかわずか数年で300階層に到達したっていう伝説の探索者部隊だよ)

(へぇ! 凄いね。でもどうして300階層で探索をやめちゃったんだろう?)

(謎だよな。俺も詳しくは知らないんだ)


(私は知ってるわよ。生徒会記録に残っているもの)

(そうなの!? 教えて、サラちゃん)

(…………)

 俺も興味があってサラの言葉を待ったが、しばらく言いづらそうに口をつぐんでいた。

 そして、ぽつりと言った。 


(部隊長のロザリーさんは天才的な魔法使いだったけど、同時にとんでもなく好色だったらしいの……。部隊内の男、全員に手を出してそれが発覚して部隊が解散した。記録にはそう書かれていたわ)

((…………え?))

 俺とスミレが、同時に声を上げる。

 伝説の探索者の裏の顔を知ってしまった……。


(というわけで部隊内で不埒な行為は、今後禁止です。いいわね、スミレちゃん)

(……!! ずるい! 私のは魔力酔いを止めるための正当な行為なんです! 不埒じゃありません!)

(そもそも魔力酔いしないように、魔力制御を上達すべきでしょ! 二度とユージンとキスなんてさせないから)

(私怨だ! キスじゃないし! 魔力酔いの応急処置だし!)

(二人とも、少し静かに。魔物に気づかれる)

((……はーい))

 ヒートアップし始めた二人を慌てて止めた。



 ――こうして俺とスミレとサラは、危なっかしくも階層記録を更新していった。




 ◇10日後◇




――91階層。



「うわ! 凄い綺麗!」

「中継装置では見ていたけど、実際に見ると圧巻ね……」

 スミレとサラが、迷宮内の景色に感嘆の声を上げている。


「これは確かに壮観だな……」

 俺も冷静ではなかった。


 91階層も洞窟領域ではあるのだが、これまでの薄暗い雰囲気とは一変する。

 洞窟の壁が様々な色で輝く魔石で彩られている。


 ちなみに魔石は好きに採掘してもいい。

 もっともその音に魔物が寄ってくるのだが……。


(じゃあ、行くか)

(うん!)

(よろしくね、ユージン)

 俺が言うとスミレとサラが、俺に身体を寄せる。

 少し落ち着かない。


 結界魔法を張り、キラキラと輝く迷宮内をゆっくりと進む。


「ギャッギャッ!」

「ケッケッケッ」

 ふと見ると、ゴブリンの集団が遠くで動物を狩っている様子が見えた。

 俺たちはそれを迂回して進む。


 別の場所では、竜がいびきをかいて眠っていた。

 そっちももちろん避けて進んだ。


 91階層から99階層の魔物には、法則性がない。


 これまでに出てきた魔物たちが、不規則に出現する。

 だから対策は立てづらいが運が良ければ弱い魔物しか出てこないこともある。


 俺たちは、静かに迷宮内を進んだ。


(それにしても90階層の階層主は、大変だったねー)

 最初にスミレが無言を破った。


(えぇ、本当に辛かったわ。倒せたのはユージンのおかげね)

(みんなで協力したからだって。スミレの炎が効かないのは焦ったよ)

 サラと俺が答える。



 ――悪食竜。



 それが90階層の階層主だった。


 竜の名を冠してはいるが、見た目はとてつもなく巨大に育った大ミミズの親玉だ。

 正直、長く見ていたい魔物ではなかった。


 しかし、90階層のボスともなれば一筋縄ではいかず。

 まず、スミレの炎が効かなかった。

 

 悪食竜は、土竜の一種だ。

 地上を火の海にしても、地面の中に潜ってしまう。


 さらに皮膚の鱗が分厚く、剣で斬ってもダメージにならない。

 俺の炎刃や、スミレの聖剣でも同様だった。


 どうしようかと迷った末、俺は悪食竜に、体内から攻撃することで倒すことができた。


(ユージンくんが食べられた時、サラちゃん大慌てだったねー)

(ちょっ! スミレちゃんこそ、泣いてたくせに)

(な、泣いてないし! サラちゃんは聖剣を落っことしてたよねー)

(それは忘れて! スミレちゃんは腰を抜かして下着が見えてたっけ?)

(え!? うそ!)

(嘘よ)

(騙したね!)

(騙されるほうが愚かなの)

(二人とも、そこまでだ。驚かせた俺が悪かったから)

 掴み合いを始めた、スミレとサラを止めた。


 どうも90階層を超えても、いまいち緊張感に欠ける。


 まぁ、緊張し過ぎるよりはいいのかもしれない。


 俺たちは一日ずつ、マイペースに階層を上げていき、ついには99階層まで到達した。



 ――こうして、ついに100階層『神の試練』への挑戦権を得ることとなった。

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