24話 一章のエピローグ

◇ユージンの視点◇


 スミレと500階層を目指す誓いを立てた時。


「おーい、ユージンー!」

 俺を呼ぶ声がした。


 迷宮ダンジョン昇降機エレベーターの扉から、誰かがやってくる。


 顔なじみの迷宮職員ダンジョンスタッフのおっちゃんだ。

 よかった。

 思ったより早く来てくれた。


 他の迷宮職員さんたちの姿も見える。

 緊急事態に駆けつけてくれたのだろう。


「おっちゃん! 来てくれたのか」

「いやぁ、大変なことになったなぁ」

「本当だよ……」

 何度、死ぬかと思ったことか。


「ほら! この回復飲料ヒールドリンクを飲め。酷い顔をしてるぞ!」

「あぁ、ありがとう」

 俺はおっちゃんから受け取った飲み物を一気に飲み干した。

 

 やや甘ったるく、それが身体に染み渡るようだ。

 ……朦朧としていた意識が、徐々にはっきりとしてきた。


「おじょうちゃんもいるかい?」

「いえ……、私は隠れていただけなので大丈夫ですー」

 おっちゃんはスミレにも回復飲料を勧めたが、断られた。

 

 もしかすると、どぎつい緑色の見た目に引いたのかもしれない。

 味は悪くないんだけどな。


 他の迷宮職員さんたちは、冥府の番犬ケルベロスが暴れた跡を。

 そして体術部メンバーの死体を見回っている。

 

「あー、あー。随分と派手にやられたもんだなぁー」

「こりゃ、欠損した身体の一部を探すのも一苦労だぞ……」

「今日は一日、死体の回収作業だな」

「残業代を請求しなきゃな」

 他の迷宮職員さんたちが、口々にそんなことを言った。


「なっ! そんな言い方っ!」

 スミレが憤った声を上げるが、彼らにとっては日常的な光景だ。

 ここまでの惨事はあまりないと思うが。


「スミレ、落ち着け。おっちゃん、この子からお願いできるか? レオナって言う俺たちの友達なんだ」

「わかった、この子からだな」

 おっちゃんは、レオナの遺体に近づくと瓶を取り出し、一滴の雫を垂らした。


 その雫は虹色に輝いており、レオナの遺体が光に包まれた。




 そして、次の瞬間レオナの身体が元通りになり、ぱちっと




「……へ?」


 スミレが素っ頓狂な声を上げる。


 レオナは視点が定まっていないのか、瞬きを繰り返す。


 そして、ふらふらと上半身だけ起き上がった。



「……んー? …………スミレちゃんとユージンくん……あとは迷宮職員ダンジョンスタッフさん?」

 レオナが俺たちを寝ぼけたような目で見つめる。


「レオナ。気分はどうだ?」

「……なんか、すっごい怖い魔物に追いかけられた記憶はあるんだけど……」


「あんまり思い出そうとするなよ。自分が死んだ記憶なんて、無いほうがいい」

「だねぇ……わわっ!、探索服がボロボロ。これ結構高かったのに~」

 レオナが自分の服装を見て、顔をしかめている。


「なななななな…………」

 スミレが何か言いたそうにして、言葉になっていない。


「スミレ?」

「スミレちゃん、どうしたの?」

 俺とレオナが顔を覗き込むと、次の瞬間絶叫した。




「どうなってんのーーーーーーー!!!!!」




 あ、そうだ。


 魔王と契約した後遺症で頭が働いてなかった。


 肝心なこと、説明してなかったわ。


 


 ◇




「えっと、さっき迷宮職員さんが使ったのが『復活の雫』っていう魔法道具マジックアイテムで。100の最終迷宮で死んだ探索者は、24時間以内なら生き返ることができるってこと……?」

「ごめん、スミレ。説明してなかったよ」

 学園で習う基礎的な知識だけど、こんなにすぐ必要になると思っていなかった。


 そのうち授業で習うはずと思い、俺はあえて低層階の探索前には説明していなかった。


 そもそも今回の探索で階層主ボスと戦う予定すらなかったからなぁ。


 まさか『神獣』が出るなんて思いもしなかったし。


「じゃあ、私たちが死んじゃっても大丈夫だったってこと?」

 スミレが微妙な顔をする。


 怯えて損をした、と思っているのかもしれない。


「んー、でも『天頂の塔』で死んだ場合のペナルティってのがあってさ」

「ペナルティ……?」

『復活の雫』は、死者を復活させることはできるが、その対象者には『後遺症』が残る場合がある。


「スミレちゃん。『復活の雫』を使われると記憶が欠落したり、運が悪いと身体が欠損したりするの」

「えええっ!?」

 スミレが大声を上げて驚く。


 そう……、決して『復活の雫』は万能の魔道具ではない。


 あくまで『命を救う』ことを優先したアイテムだ。


「まぁ、今回の私は特にそんなことは無かったみたいだけど……」

 レオナが、くるっとその場で回転して自分の身体を確認する。


「それから身体にも不調が残るんだよな?」

「そうそう……、実はさっきから身体がすっごく重い……」

 レオナが、しんどそうにしている。


「そ、そうなんだね……」

 スミレが真剣な顔に戻る。


「あと、これはとても重要だから絶対に覚えてほしいのが……、生き返らない」

「………………っ!」

 スミレの顔が、さっと青ざめた。


 さっきの状況が、決して楽観できるものではないことを再認識してもらえたようだ。

  

「それは相手が神獣でも同じだ。もっとも、今回のケルベロスが捕食したのはゴブリンたちだけで、人間は食べなかったようだけど……」

 

 途中で聞こえてきた捕食音も、ゴブリンを喰っていただけのようだ。

 見たところ神獣ケルベロスは、人間を食べていないようだ。

 なんでだろう?



(ケルベロスちゃんは誇り高い神獣だもの。勇敢な挑戦者を食い散らかしたりしないわよ)

 頭の中に魔王エリーの声が響く。


(エリー。そうなのか?)

(そうよー。だけど久しぶりの『神の試練』に召喚されたから張り切っちゃったみたいね。まさか20階層で呼ばれたとは思わなかったみたいだけど)


(……なぁ、エリー。今回どうして20階層に『神獣』が召喚されたんだ?)

(さぁ? 不思議よね)

(何か知ってるのか?)


(わかるわけないでしょ。私は魔法学園の地下深くに『封印』されてるのよ?)

(そうか)

 エリーの口調から、本当のことを言っているのかはわからなかった。

 

 ……あとで、改めて話に行くか。


 どのみち魔王エリーとは話さないといけないことが多くある。


 特に――『契約の代償』について。


 魔王との契約だ。


 軽いはずがない。


 契約したことは後悔していないが、やや気が重い。

 一体、何を支払わされるのか。



(私の可愛いユージン、神獣ケルベロスちゃんとの戦いお疲れ様☆ 会いに来てくれるの待ってるわよ♡)



 俺の心情を知ってか知らずか、それだけ言ってエリーからの念話は途絶えた。 



「ユージンくん? どうしたの、ぼーっとして」

「あ、あぁ。なんでも無いよ、スミレ。少し疲れたんだ」

 心配そうな顔をするスミレに、笑顔を向ける。


 少し離れた場所で、復活したレオナと迷宮職員のおっちゃんが話している。


「君は部隊の隊長さんだね? これから他の探索者も『復活』させるから、メンバーに漏れがないか一緒に確認してもらえるかな?」

「……はい、わかりました」


「あと、『復活の雫』の代金はこちらで立て替えるけど、後日学園に請求がいく。『復活の雫』の代金は、原則『自己負担』だからね。知ってると思うけど」

「は、はい……。ちなみに現在の『復活の雫』の相場って……?」


「…………」

「……あの?」

 ここで迷宮職員のおっちゃんが渋い顔をする。


「……300万Gだ」

「えええええっ! 通常価格の三倍以上!? なんでそんなことに!」

 レオナの悲鳴があがる。


「最近、『復活の雫』の在庫を大量に消費する事情があってな。価格が高騰してるんだ」

「そ、それじゃあ……私たちの部隊全員を復活させた合計金額は……?」

 レオナの声が震えている。

 ……確か体術部の三軍って20名以上いたよな?


「まとめての購入だから多少の値引き交渉はできると思うが……、おそらく5000万G以上はかかると思う」

「…………は、はは。終わった……私の学園生活……、これから借金漬け……お、おしまいだわ……」


「れ、レオナさん! レオナさんがメンバー全員の借金を請け負うわけじゃないんでしょ?」

 話を聞いていたスミレが、心配になったのかレオナに駆け寄る。


「駄目なの……、こういう時には隊長が責任を取るのが決まりなの。それに今回の探索は私が企画したものだし……。あー、もう無理ー。おわったー。私の青春がオワッター」

「れ、レオナさーん!!」

 遠い目をして「アハハハ……」と乾いた笑いを続けるレオナの側に、スミレがおろおろと立っている。


 今回の件はどう考えても理不尽だし、何か力になってあげたいけど……。


 俺だって何千万Gの貯金とか無いしな。

 

 その時だった。



「大変だ!!! おい、これを見ろ!」



 その時、別の迷宮職員が大きな声を上げた。

 何だ何だと人が集まっている。


(何かあったのか……?)


 と思っていると、すぐに理由は判明した。


 慌てた様子の迷宮職員が、こっちに走ってきた。

 どうやら服装からして上級職員のようだ。


「なぁ! あの冥府の番犬ケルベロスの首を落としたのは君だろう!!」

「はい、そうですね」

 上級職員が指差すほうには、俺が斬り落としたケルベロスの首が転がっていた。


 あっちは召喚で戻らなかったんだな。

 あまり気にしてなかった。

 というか、気にする余裕がなかった。


「凄いぞ! 神獣の首が持ち帰れるなんて!」

「ああ! 素材にすれば一体、いくらになるか!」

「間違いなく1億は下らないな!!」

「いやいや、それどころかケルベロスの首を剥製にして飾りたい大貴族なんていくらでもいるぞ。オークションにかければどこまで値上がりするか想像もつかん!」

 そんな会話が聞こえてきた。

 

(神獣の首をそんな風に使ってもいいんだろうか……?)


 少し心配だが、問題があればきっと『天使の声アナウンス』が注意するだろう。

 いや、でもな。


 20階層で『神の試練』とか始めてしまう天使の声だし……。

 うーむと、悩んでいると、上級職員さんに話しかけられた。


「ユージンさん。あの神獣の首は君の獲物だ。勿論持ち帰ってくれて構わない。だが、もし我々『迷宮管理組合』に任せてもらえるなら、可能な限り高額で換金をしようと思う。勿論、手数料はいただくが学生の君が取引をするよりも、我々のほうが有利に交渉できるはずだ」

 上級職員さんが真剣な顔で、俺に提案してきた。


 どうやら神獣の首を使った取引を任されることは、相当重要なことらしい。

 組合の上長からの指示なのかもしれない。


「俺は素人なんでお任せします」

「そうか! ありがとう、ユージンさん!」

 上級職員さんは、ぱっと笑顔になりケルベロスの首の周りにいる職員たちに指示を出す。


「探索者からの了承が得られた! すぐに『収納魔道具』に保管! 組合倉庫に移動するんだ! いいな!」

「「「「はい!!!!」」」」

 あっという間に、ケルベロスの首は運ばれていった。


 ここでふと気づく。


「あの、一個お願いがあるんですが」

 上級職員さんに話しかけた。


「なんでしょう? ユージンさん。可能な限りの希望に応えますよ」

「今回の20階層で使った『復活の雫』の代金は、ケルベロスの首の代金から差し引いておいてください」


「……おや、ユージンくんは彼らとは正式なパーティーではなかったはずですが」

「いいんです。護衛を頼まれたんですが、守れなかったので」


「そうですか。わかりました。おそらく『復活の雫』の代金を差し引いても、十分な利益が残ると思います。のちほど明細をお伝えしますね」

「ええ、よろしくお願いします」

 俺たちの会話が、にも聞こえたのだろう。



「ゆ、ユージンさん!? ちょっと、待って!!」

「ユージンくん!」

 レオナが焦った顔で。

 スミレが笑顔で駆け寄ってきた。


「そこまでしてもらうわけにはいかないわ!」

「でも、本来なら同行した結界士おれが体術部の盾になるはずだったからさ。これでチャラってことで」


「全然、釣り合ってないから!」

「どうしても気になるなら、ぼちぼち返済してくれたらいいよ。無利子、無担保、無期限。ある時払いの催促無しでいいから」

「ゆ、ユージンさん……」

 レオナがなんとも言えない顔になる。

 

「おいおい、ユージン。適当過ぎないか?」

 俺の言葉に、迷宮職員のおっちゃんが呆れた声で言った。


「いいんだって。むしろ使い道の無い大金なんてあっても困るだけだから」

「ユージンくん、素敵!!」

 俺がおっちゃんに返事をすると、スミレが抱きついてきた。


 スミレは感情表現が、とにかくストレートだな。


「やれやれ、私は仕事に戻るよ」

 おっちゃんは他の迷宮職員たちと、20階層の確認に向かうようだ。

 ちなみに、スミレはくっついたままだ。 

 

 俺は、ぼーっと突っ立っているレオナに話しかけた。


「金のことなら気にしなくていいから。とりあえず、隊長として他にもやることが多いだろ。あとは、しばらく休んでおけよ」

 と伝えた。


「はぁ……、スミレちゃんが居なかったら危うく惚れるところだったわ。この御礼はまた今度するから。あと、お金はちゃんと返しますからね!!」

 そう言ってレオナは、迷宮職員たちのほうへと向かっていった。

 残りの部員たちが全員、復活しているか確認するためだろう。



「じゃ、そろそろ俺たちも帰ろう」

 俺に抱きついたままのスミレの頭をぽんぽんと合図する。


「はーい」

 スミレが名残惜しそうに離れた。


 迷宮昇降機エレベーターの前にやってきた。


 はぁ……、やっと帰れる。


 これは、スミレにとって初めての探索だったはずだ。


 終わってみると、とんでもない探索だった。


(……だけど得たものは大きい)


 ちらっと、俺は隣を見た。


 するとスミレがじぃー、っと大きな瞳でこちらを見つめている。


 ……ドキッとした。


「えへへ……」

 へらと笑う顔に、何とも言えない愛しさを感じた。


 一瞬、スミレを抱きしめたくなりその邪念を振り払った。


「これからもよろしくな、相棒スミレ

「うん、よろしくね、ユージンくん」


 俺たちは笑い合い、迷宮昇降機に乗り込む。



 ――こうして、俺たちの最終迷宮ラストダンジョン天頂の塔バベル』への挑戦は始まった。

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