23話 相棒

 ◇スミレの視点◇



 ――挑戦者の勝利です。



 その声が聞こえた時、私は大樹の空洞を飛び出してユージンくんの所に駆け寄った。


 ユージンくんは膝をつき、虚ろな目をしてる。


「ユージンくん!」

 私は大声で彼の名前を呼んで、そのまま抱きしめた。


「………………スミレ、大丈夫か?」

「私じゃなくて……ユージンくんのほうが……」

 大きな怪我こそしていなかったけど、ユージンくんは息も絶え絶えで、喋るのもやっとという感じだった。


 こんな、ボロボロになって……。


 私はそのユージンくんの姿を見て、悔しさで泣きそうになった。


 私は……無力で、泣いてばかりで、助けて貰ってばかりで……。


迷宮ダンジョン昇降機エレベーターへ向かおう。迷宮職員ダンジョンスタッフが来てくれているかもしれない」 

「う、うん」

 私たちはゆっくりと歩いた。


「「………………」」

 トボトボと歩く途中、私たちはずっと無言だった。


 ユージンくんは、すこしふらふらしていて足取りが重い。

 私は彼に合わせてゆっくりと歩いた。


 そして、少し開けた場所に出た時、私たちは足を止めた。


 押し倒された木々。


 抉れた地面。


 そして、所々にある真っ赤な


「………………え?」

 その声は、私が発したものだとすぐに気づかなかった。


 目の前の景色を、脳が受け付けない。


 ぽつぽつと。


 そこには赤いオブジェが散らばる、凄惨な光景が広がっていた。


 それらは『体術部』の部員たち死体もの


 皆、どこかしらの身体がねじ曲がっており、酷い場合は身体がちぎれている。


 恐ろしい目にあったのであろう、恐怖の表情に歪んでいる者も居る。


 見るに堪えない光景だった。


「……………………あ……あぁ……」

「…………」

 私の口からは言葉にならない声が漏れ、ユージンくんは顔をしかめて無言だった。


 そして私は、見つけてしまった。


 血だまりの中に倒れる――レオナさんを。


「……そん……な……」

 私はふらふらと、レオナさんだったモノに近づいた。


 キャンプに誘ってくれた屈託のない笑顔。


 私に『体術』を教えてくれた真剣な表情。


 同じ部活に勧誘してくれた楽しそう声。


 つい半日前、その記憶が鮮明に蘇り。


 それが二度と戻らないのだと思い知らされた。 



「うっ……うっ……うっ………………」

 私はその場に崩れ落ち、泣いた。


 なんで……こんなことになったの?


 それとも、この世界ではこれが普通なの……?


 さっきまで仲良く話していた子が、次の瞬間に死ぬかもしれない……。


「無理だよ……私は、こんな世界で……生きていけないよ……」


 ユージンくんがいて。


 レオナさんと友達になって。


 少しだけ、この世界が好きになってきたのに。


 あんまりだよ……こんなのってないよぉ……。


「帰して……、元の世界に帰してよ……神様……お願い……うぅ……」

 目から涙が溢れ、口からは空虚な願いがでるばかり。


 その時、肩を抱き寄せられた。


 振り返るまでも無く、ユージンくんだ。


(なに……?)

 今の私には、どんな慰めの言葉も届かない。


 そう思った。

 

「スミレは、もとの世界に帰りたいのか……?」


 そのユージンくんの言葉に、私の頭はカーッ! と沸騰した。


「そうだよ!!! こんな世界で私は生きていけないよ!!!!! 友達がすぐに死んじゃうような馬鹿な世界はありえないよ! 私の世界はもっと……もっと平和だったの!」


 こんなことを言っちゃいけない。


 ユージンくんは、私を助けてくれた。


 さっきだって命がけで、怪物と戦ってくれた。


 でも、言葉は止まらない。


 これは八つ当たりだ。


 みっともないヒステリーを起こしているだけ。


「帰りたい……帰して……前の世界に帰してよ……」  

「スミレ……」


 ユージンくんが、私の名前を呼んだけど私は返事ができなかった。


 早く泣き止まないと……という冷静な感情と、このまま泣き続けたいという気持ちが入り混じる。


 私はどうしたいのか……、自分でもわからない。


 その時。




「…………俺がスミレを前の世界に帰すよ」




 ユージンくんの言葉が耳に届いた。


 ……え? 


 何を言ってるの?


「そんなの無理に決まってるじゃない!」

 私が顔を上げ反射的に反論した。

 けれどユージンくんの顔は真剣だった。


「最終迷宮では100階層ごとに、聖神様からの『恩典の神器』を得ることができる」

「? ……それが……何?」


 意味がわからない。

 なぜ、そんな話を今するんだろう。


「500階層にある『恩典の神器』は『異界門ワールドゲート』。ことができるという効果を持つ神器……らしい」




「…………………………へ?」




 その言葉の意味が理解できなかった。

 い、異世界へ渡る?


 そ、そんなこと出来るの!?


 500階層に行けば、元の世界に戻れる!?

 え、えーと……と、混乱する頭で言葉を紡いだ。


「だ、駄目だよ……。今の私は炎の魔人族イフリートだから。元の世界に戻っても人間とは違うし……」

「300階層の神器は、どんな姿にでもなれる『身変りの泉』だ。それで転生前の人族に戻ることを望めばいい」

「ふぁっ!? ええええええええっ!!!」

 そ、そんな都合よい神器があるの!?


「そ、それじゃあ……ほんとに……私は前の世界に帰れるの?」

「まあ、500階層への到達者はここ500年でしかいない。500階層に『異界門ワールドゲート』があることを本当に確認したことがある者はいない。今となっては伝説に近い話だから、絶対とは言えない」

 ユージンくんが、少し申し訳無さそうな顔で言った。


「で、でも……可能性はあるんだよね?」

「ああ。天頂の塔の第一位記録保持者レコードホルダーである探索者クリストが言葉を残している。500階層には神器『異界門ワールドゲート』があって異世界を自由に渡れるって」


「す、凄い……」

「何度も言うけど、その事実を確認した探索者は未だに居ないからな。たった一人の探索者の言葉だ」

 しかし、元の世界に戻れる可能性があると知れて私の心が軽くなった。


 生きる希望が生まれた気がした。

 

 だって、さっきのユージンくんは凄く強いという『神獣』にだって勝ったのだ!

 ユージンくんが手伝ってくれるなら、夢物語じゃないんじゃない?


 ……ただ、私には疑問が残った。 


「ユージンくん、……何でそこまで私にしてくれるの?」

 そんな疑問が口から飛び出した。


 私はどんな言葉を期待したんだろう。


 ユージンくんは、私の保護者だ。

 だから、私の我儘を聞いてくれる。


 こんな質問をしたって「仕事だからね」って言われるだけだ。


「ん?」

 ユージンくんが、きょとんとした顔になった。


「そうだな……」

 彼は上を見上げて、少し考える仕草をした。


 そして、ぽつぽつと語り始める。


「……俺の実家『聖原サンタフィールド家』ってのは、東の大陸の小国で、代々主君に仕えてきた一族なんだ」

 ユージンくんから語られる言葉は、以前テントの中でも少し聞いた話だった。


 主君って。

 なんだか、……前の世界のお侍さん? みたい。


「だから俺は仕える相手――皇帝を目指していた幼馴染アイリに捨てられた俺は、人生の目標を失ってた」

「う、うん……」

 私はぎこちなくうなずく。


 ユージンくんの悲しい昔話。


 彼は私の目を正面から見つめた。


「親父の……、いやうちの家系の代々の家訓があってさ。『聖原サンタフィールド家は、自分のために剣を振るうな。人のために剣をふるえ』って」

「そう……なんだ」


「だからさっき思ったんだ。俺は主君を失ったけど……だったら泣いてる子のために剣を振るおうって」

「…………」

 泣いてる子?


 ユージンくんの視線の先にあるのは、私の顔だった。


 涙でぐしゃぐちゃに濡れている私の顔。


 みっともなく、八つ当たりをして泣いてる子供みたいな。


 私は慌てて、目をぬぐった。


「だから俺がスミレを500階層に連れて行くよ。そうすれば、スミレは元の世界に戻れる……かもしれないだろ?」

 ユージンくんが微笑む。

 その目は一片の曇りもなくて、心の底から言ってくれているのだとわかった。


「あ……」 

 ありがとう、と言おうとして思いとどまった。 


 ユージンくんは優しい。

 だから、つい甘えたくなる。


 でも本当にいいの?

 さっきみたいに私は隠れて戦いはユージンくんに任せるの?


 ユージンくんだけ、こんなにボロボロになって……。

 私は震えているだけ?


 駄目だ。

 それは絶対に駄目。


「ユージンくん! 500階層に行こう。私も協力するから!」

「スミレ?」

 ガシッと、彼の手を握り力強く言った。


「私も強くなるよ! 学園長の話だと、炎の神人族イフリートって凄く強いらしいんだよ! 私も修行して強くなる! 私たちが組めばきっと行けるよ! ユージンくんを500階層に連れていって、あの石碑の記録を更新しよう!」


 凄く早口でまくし立ててしまった。

 ユージンくんが驚いた顔をした後、ふっと笑った。


「そうだよな。俺は白魔力マナしか持っていない『攻撃力ゼロの剣士』だし。スミレの赤魔力を借りなきゃ、500階層なんて夢のまた夢だな」

「べ、別にそういう意味じゃっ!?」

 私は慌てて首を横にふる。


 ユージンくんは、ゆっくり右手を差し出してきた。


「スミレ。俺の『相棒パートナー』になってくれ。そして一緒に500階層を目指そう」

 ユージンくんがそんなことを言った。


 相棒……いいんじゃない?


 頼って頼られて、力を合わせて、困難に立ち向かう相棒パートナー

 

「うん! 一緒に行こう!」

 私とユージンくんは笑顔で握手した。




 ――こうして、私たちは500年間不動の記録に挑む、探索者コンビになった。

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