14話 閑話 生徒会棟より

◇生徒会・庶務 テレシアの視点◇


 リュケイオン学園、生徒会棟の大広間。


 そこには巨大な魔法画面モニターがあり、中継装置サテライトシステムによって『最終迷宮ラストダンジョン』様々な階層の様子が映し出されている。


 もし、学園生徒に危険な状況が迫っていて迷宮職員ダンジョンスタッフの手が足りない時、生徒会執行部隊の隊員メンバーが急行することもあるから。


 が、今はとても平和。


 生徒会室内はのんびりした空気が漂っています。

 

 私は自分用の紅茶を淹れて、広間の脇にある机で書類仕事を片付けていました。


 そこで、ふと周りのざわつきを感じて視線を上げました。


 そこに映っているのは。



 学生と10階層の階層主ボスが対峙している場面。



 どうやらその学生さんは、『蒼海連邦』の探索者の救助を行っているようです。

 

 そして、その学生さんは私の知り合いでした。


(ユージンくん?)

 つい先日、異世界人のスミレさんと一緒に生徒会に挨拶にきた男子生徒。


「見ろよ、あの裏口結界士が10階層に行ってるぜ」

「へぇ、いつも低階層でコソコソ探索してるのにな」

「どうせ異世界転生の女の子にいい所を見せようと、頑張ってんだろ」

 嘲るような声がそこかしこで上がっている。


 ……はぁ。

 残念ですね。

 彼らは『上級科』の戦士なのですから、『普通科』のユージンくんにそのような敵意を向けなくてもよいのに。


 でも、ユージンくんが階層主の領域に行くのは珍しいですね。

 もしかしたら、初めて見るかもしれません。


 気になった私は、仕事の手を止めて、映像を目で追い続けました。



 ユージンくんは、あまり強くない『蒼海連邦』の探索者たちが逃げるため囮となり。 



 遂には、巨大な『人喰い巨鬼トロール』の攻撃を防ぎきりました。



(凄い……)

 そう思ったのは私だけではないようで、生徒会の面々もざわついています。


「あれって、凄くない?」

階層主ボスって、十名以上の部隊チームで挑むのがセオリーだよな?」

「見ろよ、結局一人で階層主ボスを食い止めたぞ」

 驚きの声が上がっています。



「ユージンのやつ。やっと本気をだしやがったな」



 その時、私の仕事をしている机に誰かが腰掛けた。


 おかげで画面が見づらくなりました。


(もう! 誰ですか)


 見上げると、金髪で整った顔の男子生徒が私を見下ろしていました。


「やぁ、テレシアちゃん。いま少し話せるかな?」

「あら、クロードくん。いらっしゃい。何かごようですか?」


 彼は『英雄科』に所属するクロード・パーシヴァルくん。

『勇者』として知られる私と同学年の有名人です。 

 

「実はこの前の遠征の申請を忘れててさ。隊長に怒られたから申請書を持ってきたんだ」

「また事後申請……、これで何回目ですか?」

「ゴメンゴメン」


 片手で拝むように、ウインクして詫びるクロードくん。

 本当に反省しているのでしょうか。


 私は、クロードくんから申請書を受け取りました。

 そして、さっきの彼の言葉を思い出した。


「クロードくんは、ユージンくんと仲良いのですね」

「ああ、俺の相棒の世話を頼んでるし、何回か遠征にも付き合ってもらったことがあるからな。頼りになるやつだよ」

「へぇ」

 珍しい。

 

『普通科』のユージンくんと『英雄科』のクロードくん。


 学生数が数千人を超えるリュケイオン魔法学園において、『英雄科』に入れるのは、ほんの一握り。

 選ばれし人たちの一人であるクロードくんは、ユージンくんを高く評価しているようです。


 その時、10階層の魔法画面モニターの映像に動きがありました。


「お、ユージンがまた出てきたな」

「ですね。でも、一人だけで戦うのでしょうか?」

 ユージンくんは、赤い魔法剣を片手に一人で階層主の境界に足を踏みれています。

 


「はっ! どうせあいつには階層主ボスは倒せねぇ!」

「あいつの魔法剣は攻撃ができないからな!」

「10階層のボスなんて俺たちだって倒してる!」

「ああ、俺たちの部隊なら余裕だ!」

 武闘派な男子生徒たちの声が聞こえてきた。


 ……本当に彼らはユージンくんに対抗意識がむき出しですね。


「ねぇねぇ、テレシアちゃん。なんであいつらってユージンを嫌ってるの?」

 私の耳元でクロードくんがささやくように聞いてくる。


 ……顔が近いですね。


「サラ生徒会長が、ユージンくんをお気に入りですから。それが気に食わないんですよ」

「あー、サラか。確かにユージンのことを気にしてるなー」


「そういえば、サラ会長も『英雄科』でしたね。よく話すんですか?」

「いや、サラはいつも忙しそうだからさ。ゆっくり話すとかできないよ。『聖女候補生』の任務もこなしつつ、生徒会長だろ? あれは本物の化け物だな」


「失礼な言い方をしないでください」

「悪い悪い」

 私は尊敬するサラ会長のことを化け物と表現するクロードくんに少し怒った。

 決して、悪い意味で言ったのではないと思いますけど。



 その時、生徒会室から大きな声が上がった。



 画面では、ユージンくんが階層主ボスの腕を切り落としていました。



「ええええっ! 凄っ!!」

「このまま倒しちゃんじゃないか?」

「ま、まさかぁ……」

 皆、食い入るように画面を見ています。




 そして……10階層の階層主ボス――大型の人食い巨鬼トロールをユージンは、単独で撃破しました。

 



「た、倒した……?」

階層主ボスをたった一人で……?」

「う、うそだ……」


「なぁ、階層主ボスを一人で倒したのっていつ以来だ?」

「わざわざそんなアホなことするやついねぇよ……」

「……ここ数年は見たこと無い」


 生徒会室からざわめきが止まない。

 皆、信じられないという顔をしています。


 一人、隣にいるクロードくんだけは当然、という表情だった。


「やったな、ユージン」

「こんな事ができるなら、どうして今まで実力を隠してたんでしょう?」

 私は不思議に思いました。


「ま、あいつも苦労してるんだよ」

 クロードくんは、事情を知っているようでしたが、詳しくは話そうとはしませんでした。


「ところでさ、テレシアちゃん」

「なんですか?」


「俺、ちょっと小腹が空いたんだけどこのクッキーもらっていい?」

「いいですけど。もう湿気ってますよ?」

 彼が指さしているのは、私が紅茶受けに用意していた安物のクッキー。

 取り出してから随分時間が経っていて、もう食べる気がしなかったもの。


 クロードくん、甘いもの好きでしたっけ?

 首を傾げる私をよそに、彼はぽりぽりとクッキーを美味しそうにかじる。


「ありがとう、テレシアちゃん。助かったよ。御礼に今度夕食を奢るよ。いつが空いてる?」

「…………はぁ」

 本題はこっちですか。


 クロードくんは、『蒼海連邦』共和国の中でも『大国』にあたる貴族の息子という噂がある。

『英雄科』に所属しており、『勇者』の才を持つ将来有望な彼。

 おまけに顔も良い。

 文句の付け所のない良い男だ。



 ……女癖が悪いということを除けば。



「迷宮都市のレストランでもいいし、飛竜に乗って遠くの港町まで行っていい。希望があれば、どこでもエスコートするからさ」

 ニカっと笑って、やや強引に話を進めるクロードくん。

 その強引さも、彼の整った顔だと様になる。


 これに騙される女の子は多いんでしょうね。

 

「そういえば、クロードくんは竜騎士でもあるんでしたね。飛竜って私も乗れるんですか?」

「ああ、俺と一緒なら大丈夫。最初は少し怖いかもしれないけど、慣れると最高に景色がいいんだ。どう?」 

 本当にぐいぐいきますね。


 まぁ、草食な男よりはいいのかもしれませんが……。


「クロードくん」

「なに? テレシアちゃん」

 断られることなど一切考えてない笑顔を向けられる。


「最近、生徒会に『とある竜騎士』さんに関する苦情が来てまして。『剣術部』や『体術部』の女の子たちと次々に口説いて、同じ部活の男子生徒のやる気が削がれて困っているとか。そんなこと生徒会に言われても困るんですけどねー」

 私は白々しい口調で、言葉を発しました。


「…………」

 私の言葉に、クロードくんの笑顔がすーっと引く。

 そして真顔になって、その口を開きました。


「そうか、大変だな。テレシアちゃん」

「そうなんです、大変なんです。その竜騎士くんが真面目になってくれたら私も一緒に夕食くらいはいけるんですけどねー」

 ちらっと上目遣いで見上げると、クロードくんが少しだけ引きつった笑顔になりました。


「そっか、そっか。テレシアちゃんは真面目な男が好きなんだな」

「女性に不真面目な男を好きな女の子はいませんよ?」


「わかった、今日のところは出直すよ。また来るね、テレシアちゃん」

「次は事前に申請してくださいねー」

 ひらひらと手を振って去っていくクロードくん。

 私も小さく手を振って見送った。


 ……やれやれ、ですね。


 生徒会は、未だに階層主をユージンくんが一人で倒したことにざわついている。

 

 そういえばユージンくんは、女性関係の噂を全然聞かないんですよねー。

 クロードくんとは正反対。


 もしかすると、サラ会長との噂に他の女子生徒は遠慮しているのかもしれませんけど。

 なんて考えていた時でした。


「騒がしいですけど、何かあったんですか?」

 ちょうどサラ生徒会長が、私のところにやってきました。


「サラ会長。ユージンくんが10階層の階層主ボスを倒したんですよ」

「え? うそ! ユージンが!?」

 サラ会長が、いつもの優雅な口調を崩す。


 ユージンくん絡みだと、いつものことだ。


「テレシアさん! 説明してください! 何があったんですか!!」

 がくがくと肩を揺さぶられる。


「お、落ち着いてください、サラ会長。えっとですね……」

 私は、さきほどの様子をさっと説明しました。



「という訳で『蒼海連邦』の探索者の協力と言う形で階層主ボスをユージンくんが倒したんです。本当に見事でしたよ。おそらく映像は記録魔法で残っているので、あとで見返して…………サラ会長?」

 説明の途中で違和感に気づきました。


 サラ会長が、ぽかんと口を開けて画面を見ている。


 その視線の先は……画面内で、ユージンくんに『新入生』の指扇スミレさんが抱きついていました。


 瞳をキラキラさせ、頬を染めている。

 うーん、ユージンくんもすみにおけませんね。


「ユージンくんとスミレさんは、すっかり仲良くなってま……」


 私は言葉を最後まで続けられませんでした。




「よくも……しのユージンに……」




 それは普段冷静なサラ会長からは聞いたことがないような、怨嗟が混じった声。


 こ、怖い。


「…………えっと。あのサラ会長?」

 戸惑いながら、私はサラ会長に声をかけました。

 

 会長が「はっ!」とした表情になり、すーっと真顔になる。

 さっきのクロードくんみたいに。


「なんでもありません。今度会った時、ユージンに言葉を伝えないといけませんね」

 その声は、いつもの優雅で美しいサラ会長のものでした。


 でも私は知っています。


 サラ会長はサバサバしているようで、実はとても嫉妬深い。


(あーあ、ユージンくん。ご愁傷さまです……)


 面倒なことにならないよう、陰ながら祈っていますよ。


 私はさっきクロードくんから貰った書類を片付けようと、仕事に戻りました。

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