13話 ユージンは、階層主と戦う


 剣を握ったのはいつぶりだろう。


 それを思い出し、苦笑した。


(……決まってる。幼馴染アイリに振られたあの日からだ) 


 それ以来、あれほど打ち込んだ剣の道から遠ざかっていた。


 我ながら軟弱なことだ。


 だが今日再び、俺は剣を手にした。


 帝国軍の標準的な剣よりやや軽い蒼海連邦の探索者の剣を強く握りしめる。


 そしてDランクの文字が書かれた、探索者バッジに小さく呟いた。




「ユージン・サンタフィールドは、10階層の階層主ボスへ挑む」




 探索者バッジは、それ自体が魔道具マジックアイテムであり、それは『迷宮の魔法』がかかっている。


 俺の声が探索者バッジを通して、『迷宮の管理者』へ送られる。




 ――探索者ユージンの挑戦を受理しました。健闘を祈ります




 10階層内に無機質な声が響いた。

 同時に輝く白線が現れる。

 挑戦者の境界だ。

 

 ちなみに声の主は神々の創造物『最終迷宮ラストダンジョン天頂の塔バベルの管理者の声らしい。


 天頂の塔の管理者は、聖神様の使いである『天使』たちだと言われている。


 俺は見たことがないので、本当のところはわからないが。


 とにかく管理者は、俺を挑戦者と認めてくれた。


 そうか……学園に来て一年以上経って、俺はやっと階層主ボスへの挑戦者になれたのか。

 少しだけ感傷的になった。 



「グオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」



 自分の縄張りに入ってきた俺を見て、『人喰い巨鬼トロール』が吠えた。


 

 ……ズシン、……ズシン



 と巨鬼が歩くたびに、地面が揺れる。


 巨鬼と俺との間合いは、まだ遠い。

 だが、すでに見上げないといけないほどの巨体だった。

 ギロリと、人の頭ほどもある人喰い巨鬼トロールの目玉が俺を捉える。


(……でかいな)


 かつて魔物のオーガと戦ったことはあるが、それは帝国士官学校の訓練でだ。

 他の訓練生との共同作戦だったし、帝国軍の教師がフォローしてくれた。


 今回の戦いは、俺一人だ。

 仲間はいない。


 けど、不思議と恐怖感はなかった。

 頭に浮かぶのは、かつての剣の訓練での記憶。

 

(……そう言えば、前に親父は何て言ってたっけ?) 


 ふと、剣の師匠でもある父親の言葉が頭に浮かんだ。




 ――いいか、ユージン。戦う時、目の前の相手だけを見るなよ? 常にに意識を配るんだ


 ――なぁ、親父。俺は次の剣大会のアドバイスが欲しいだけなんだけど? 何で戦場なんだよ。


 ――円鳴流が戦場の剣だからだ。一対一の戦いで勝敗なんざ、戦場じゃ何の意味もない


 ――いや……、でもさ。大会で勝たないと成績が……


 ――んなもんは、どーだっていい。大事なのは生き残ること、そして主君を護れるかどうか、それだけだ。戦場じゃ、暗殺者が狙ってきたり毒矢を放たれることだってある。お前ならどうする?


 ――だから……、剣大会には暗殺者も毒矢も無いって


 ――わからんだろ。幼馴染アイリちゃんは皇女だ。悪いやつに狙われるかもしれない。その時はお前が守るんだ


 ――はいはい




 士官学校の剣大会に役立つ助言ではなかった。


 結局、なんとか大会で優勝することはできたが。



 目の前には、人喰い巨鬼トロールの巨体が迫る。


 スミレや他の探索者たちは、階層主の領域外からこちらを見守っている。


 10階層の草原エリアは見晴らしがいい。


 遠くに鹿のような草食動物が、こちらの様子を伺っているのが見えた。


(……これはまぁ、あれかな)


 どうやら、俺は落ち着いている。


 初の階層主戦でも、気負ってはいないようだ。



「…………」

 人喰い巨鬼トロールの威嚇するような唸り声が耳に届く。


「さてと……」

 俺は赤く輝く炎の剣を構え、少しだけ腰を落とした。

 

 人喰い巨鬼トロールも、こちらを警戒するように姿勢を低くした。


 突進してくるかと思ったが、そうではなく「ブオン!」足元に転がっていた岩石を投げつけてきた。


 子供の身体ほどもある大岩が猛スピードで迫る。

 俺は慌てず結界を張る。

 


 ――結界魔法・光の盾



「ガン!!」と音を立てて、岩は砕けた。


「わー!」

「ひゃぁ!」

 後ろで見学してる探索者のほうに砕けた岩石の破片が飛んでいった。


 スミレは大丈夫かな?

 ぱっと、後ろを振り返る。


 幸い岩石の欠片は、スミレのいる場所には飛んでいってないようだ。

 彼女は両手を組んで、俺の戦いを祈っている。


 ……これは負けられないな。



 視線を『人喰い巨鬼トロール』に戻すと、さらに岩石を投げようと振りかぶっていた。


(近距離でやろう)

 観戦者に怪我人が出ちゃいけない。




 ――弐天円鳴流『風の型』空歩




 一歩で相手との間合いを零にする歩法。


 それを使って俺は、人喰い巨鬼トロールの懐に入った。


「ガァッ!?」

 人喰い巨鬼トロールが戸惑いの声を上げ、拳を大きく振り上げた。

 そして、そのまま振り下ろされる。

 

 ドン!!!!!


 巨鬼のこぶしが、地面を大きく揺らした。

 目の前に柱ほどもある、巨鬼の腕が地面に突き刺さっている。



「はっ!」 

 俺は一呼吸で、巨鬼の腕に剣を横薙ぎに払った。


 

 音は無かった。

 手に斬った感触も残らないほど、あっさりと剣は振り切れた。


 次の瞬間


 ドサリ、と人喰い巨鬼トロールの右腕が地面に転がった。



「ギャアアアアアアア!!!!」



 絶叫があがる。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 怒り狂った人喰い巨鬼トロールが、俺に向かって残った腕で俺を掴もうと迫る。


 それをかわしつつ、炎の魔剣の残魔力を確認する。

 一回斬りつけただけだが、すでに赤い輝きが半減している。 


(もってあと一撃かな……?)

 

 人喰い巨鬼トロールは、憤怒の形相で足を上げ、俺を踏み潰そうとする。 



 ドン!!! ドン!!! ドン!!! ドン!!! ドン!!! 


 

 巨鬼が地団駄をするように、しつこく足踏みをする。




 ――弐天円鳴流『林の型』柳流し



 

 俺はそれを、余裕を持って躱し続けた。

 

 人喰い巨鬼トロールは、片腕を失い出血している。


 距離をとって魔物の体力が尽きるのを待ったほうが賢いかもしれない。


 ふと、スミレのほうに目を向けた。


 人喰い巨鬼トロールが足を振り下ろすたびに、「ひっ!」とか「きゃ!」とか小さく悲鳴をあげている。

 

 ……心配をかけないように、さっさと決着をつけるか。


 俺は次の巨鬼の攻撃に、カウンターを合わせるタイミングを測り、腰を落とし剣を構えた。


 巨鬼の大木のような足が迫る。


 それをギリギリで躱しながら、俺は剣撃を放った。




 ――弐天円鳴流『火の型』獅子の舞




 演舞のように身体と剣を回転させる。


 炎刃が、巨鬼の身体を切り裂いた。



「ャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」



 と人喰い巨鬼の断末魔が階層内に響き渡った。

 

 どさりと人喰い巨鬼トロールが倒れ、動かなくなった。


 俺は油断なく、階層主ボスが起き上るのを待ったがいつまで経っても立ち上がってこなかった。


 やった……のか?


 こんなにあっさり?


 俺が勝利の判断に迷っていると……。




 ――探索者ユージンの勝利です。おめでとうございます



 

 再び無機質な『天使の声アナウンス』が、10階層内に響いた。


「…………」

 意外にも、勝利の喜びの気持ちは湧き上がってこなかった。

 戸惑いのほうが大きい。


 本当に……、俺は階層主ボスに勝った……のか?


 スミレに分けてもらった『赤魔力マナ』は、ほとんど失われている。


 どうやら先程の魔力連結マナリンクの魔力量だと二撃で、魔法剣としての効果は尽きるらしい。


 ふぅ、と小さく息を吐いた。


「スミレ」

 勝ったよ、と言おうとして続けられなかった。


「ユージンくん!!!!!」


 頭を両手で抱えるように抱きつかれ、一瞬息が出来なくなる。

 俺はそっとスミレの背中を支えた。


「勝ったね! おめでとう!」

 弾けるような笑顔で祝福された。


「ああ、スミレのおかげだ」

 思わず笑みがこぼれた。


 実感できた。

 俺は、……勝ったんだ。


 こんなに心から笑えたのはいつぶりだろう。


 気が付くと俺はスミレを抱きしめていた。


「わわわ、ユージンくん!」

「あ、ゴメン」

「う、ううん。いいよ、えへへ……」

 少し赤くなったスミレがはにかんだ。



 こうして、俺は10階層の階層主ボスの討伐に成功した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る