第16話

「俺と……婚約……破棄だと? それも、お前から!?」


 バイデルがイモムシのように身体を這わせて、私のところにやってこようとした。私は虫が全般的に苦手だったのでその姿がとても嫌でしたが、きっぱりともう一度、


「えぇ、もちろんです」


 と告げると、バイデルは歯ぎしりを立てながら悔しがった。


「くっ……くっくっくっ」


 そして、バイデルは笑いだした。


「それで、俺との縁を断ち切ったとでも思ったか? 浅はかな女め」


「わざわざ宣言しなくてもいいとは思いましたが、一応お伝えしておこうと思いまして。私はアナタと関わらないように振る舞うだけです。と言っても、アナタは牢に入るかもしれませんが」


 まだエディの悲願は達成していない。

 晴れて、彼らの悪事が世の光に照らされてこそ、バイデルの罪は罪となる。


「ふっ、いいのか?」


「何がです?」


 往生際が悪いバイデルには、まだ秘密兵器があるようでした。


「俺はな、マリー。キサマの妹、クリスティーヌと婚約を進めていたんだ。だから……」


「はぁ…っ、あの子は本当に……。ですが、構いませんよ? あの子もいい加減大人なのですから」


「実の妹を裏切るのか!?」


「裏切るも何も、もし仮にクリスティーヌがアナタと婚約を進めていたとすれば、それはクリスティーヌの裏切り、そしてアナタがやろうとしたことは複数婚。エディ、この国では複数婚を認めていたかしら?」


 私がエディに話を振ると、エディは、


「いいや。認めていない」


 と答えた。


「残念でしたね、バイデル。私を脅すつもりだったようでしたけれど、そのカードは無意味です」


 そう言うと、バイデルはついに何も言わなくなった。

 その後、私たちはガイアスさんにバイデルを預けた。私は少し心配だったけれど、エディが信じたガイアスさんを信じようと思った。


「少し二人で話をいいかな?」


「ええ。もちろん」


 私たちは再び二人になりました。


「寒いね」


「そうですね」


 エディは世間話を始めた。私は色々と聞きたいことがあるけれど、エディからは話してくれるのを待った。すると、エディが私の手を握ってくれた。


(……エディ?)


 いつもどこかミステリアスで、自信に満ち溢れて行動していたエディ。なのに、その冷たい手は震えていた。


「色々と驚いたよね?」


「ええ」


「……初めは自分の疑問を解消したかったんだ。だが、解消しようとすればするほど、父上の悪事が顕わになった。肉親を、それも父親を裏切ろうとする僕を軽蔑するかい?」


「いいえ。それを言ったら、私だって元婚約者を告発したわ。でも、後悔はない。あれは……人のやることではないわ。あっ、いえ……貴方のお父様は……」


 相手の父親もその犯罪に関与しているのに、私はなんと失礼な言い方をしてしまったのだろう。


「気を遣わなくていい。その方が、僕も……気が楽だ」


 そう言って、エディが笑う。少しは気持ちが落ち着いたようだ。


「一緒に……」


「一緒に?」


 私がエディの顔を覗き込むと、エディはいつもより瞬きを多くしながら、目を逸らす。


「いや、これは、真実をみんなに明らかにして言おう」


「えー、気になりますよ。教えてください」


 私が彼の腕の袖を掴んで揺らすと、彼は私の顔を見てどうしようか悩んだけれど、返事はせずに、私の髪を撫でた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る