第7話 挟撃~あるいは結局戦いで一番大切なのは数字に出るようなステータスでは無くて相性なんだよね~

 ザンダが雄叫びを上げてスターブレイバーに正面からぶつかってくる。


 ザンダの主な攻撃手段はその怪力と頭部の頑丈な装甲、そして鋭い角を生かした突進だった。普段の移動速度は鈍重だが、力を溜めてからの突進は意外なほどの瞬発力を発揮する。


 スターブレイバーがそれをかわそうとし、しかしかわし切れずに肩の所に体当たりを受け、その巨体が大きく揺らぐ。


『うわっ……』


『きゃあ!』


 携帯を通して勇の声と雪奈の悲鳴が聞こえた。


「聞こえるか、勇。その怪獣は力を込めて突進してくるみたいだ。多分今のお前じゃそれをかわし切るのは難しいだろう。動かず、逆にロボットの姿勢をしっかり保って両手で攻撃をガードするんだ」


 攻略法を思い出しながら思わずアドバイスしていた。勇なら自分で気付くのかも知れないが、黙っていられない。


『ガード……ですか』


「その機体ならそれで耐えられる。外側から見れば分かるよ」


『分かりました。やってみます』


 流石に厳しい理由付けかもしれない、と思ったが、勇は素直に聞いてくれた。


 翔に対する無条件の信頼のほどがひしひしと伝わってきて少し心苦しい。


 ザンダが再び雄叫びを上げ、スターブレイバーに突っ込んでくる。

 スターブレイバーは今度は動く事無く、ただ両腕を正面で構え、それを真っ向から受け止めた。


 凄まじい轟音が響いたが、スターブレイバーは身じろぎもせず、ザンダの突進を跳ね返す。


 そのまま怯んだザンダの角を掴むと、スターブレイバーが拳を放った。ザンダが唸り声を上げて後ずさる。


 後ずさった所で次は蹴り。ザンダは大きくよろけ、よろけたまま背を向けるようにして尾で反撃してきたが、スターブレイバーはやはり揺らぎもしない。


 そのままスターブレイバーはザンダの尾を掴み、住宅街とは反対の方向へと引きずって行こうとする。


(良し……勝てる!)


 思わず拳を握り締めていた。やはりスターブレイバーもザンダもどちらも能力は自分が知っているゲーム中の物と変わらないようだ。


「あの……翔君」


 一緒に戦いを見ていた亜美がこちらに視線を移してきた。


「ん?何だい」


「ひょっとして翔君、あの怪獣達やロボットの事、何か知ってるの?」


 疑わしげ、と言うよりは戸惑ったような視線だった。流石に色々と不自然な言動が目立ったらしい。


「そんな訳ないじゃないか。たまたまの勘が当たってるだけだよ。それより亜美さん、今の内に手水舎で顔とか洗って来た方がいいよ。あの怪獣達の血がどんな成分か分からないし」


 そう言われて亜美は自分が緑色の液体まみれの顔をしている事に気付いたのか、慌てて手水舎の方に掛けて行った。


(いかん、どうも迂闊な行動が多い……なるべくこの先はあまり事態に介入しないで推移を見守りたいな……)


 我ながらゲーム内の出来事に対して熱くなり過ぎている、と言う自覚があった。和樹の目的は何とかして生き残る事、そして自分がこんな状態になっている原因を探って元の世界、元の体に戻る事だ。


 勇や雪奈、亜美がどれだけ天藤翔にとって大切な人間であっても、西尾和樹は天藤翔ではない、はずだ。


 和樹がそう思い一度クールダウンしようとした時、手水舎に向かっていた亜美が翔の名を叫んだ。


 何事か、と思いそちらを見ると、空中に巨大な赤い光のリングが縦に幾重にも並んで出現し、そのリングの中心に向けて一筋のこれもまた赤い光が天から降り注いでいるのが見える。


(おい、これは……)


 見覚えのある光景だった。


 異星人が新たな怪獣を送り込む時に使用する転移装置。その光だ。


 赤い光が巨大な獣の姿を形作り、異音と共にそれが実体化する。


 やはり全長は四十メートルほど。全身のシルエットはザンダと同じ典型的な双脚怪獣だが、全身の表皮は岩を思わせるごつごつとした黄土色で、手の代わりに巨大な鋏が両碗に付いている。


(こいつ、は……)


 その巨大な鋏を見た瞬間、和樹の背中に冷たい物が走った。幾度となくロードを強いられたゲーム中のトラウマが最悪の形で蘇る。


 近接火砲怪獣ガンガル。


 巨大な鋏から爆発力の高い火球を連続して打ち出し、スターブレイバーに接近を許させないまま一方的な攻撃をしてその衝撃と振動で搭乗者の勇に重傷を負わせ敗退させると言う、ゲーム中初めての負けイベントを起こす怪獣である。


 イベント後は怪獣の弱点を分析した上で自衛隊との初の本格的な共同作戦を立て、それまで色々ぎくしゃくしていた勇と自衛隊のキャラクター達がそれを機に一致団結してリベンジを果たすと言う展開が待っているのだが、実際はそのリベンジ戦も結構な難易度を誇り、何度も挑戦させられる。


 無論そんな怪獣が初戦で登場する訳がなく、本来登場するのはある程度ストーリーが進んだ第四章だ。


 そんな序盤における最大の難敵が、今目の前にいる。


(そんなバカな……こいつが今出る訳が……)


 ガンガルはスターブレイバーに立て続けに怪獣を倒された異星人がその対策のために作り出して送ってくる、最初の対スターブレイバー怪獣だ。


 だから、本来なら今の時期には存在すらしていない。


(こんな事は、ちょっとタイミングがずれただけ、とかじゃ有り得ない……これじゃまるで……敵にもゲームの展開を知ってる奴がいて、スターブレイバーと戦う用意をしてたみたいじゃないか……)


「二匹目の……巨大怪獣……?」


 亜美がガンガルを見上げて呟く。もう驚く気力も無いのか、その眼は若干光を失っているようにすら見えた。


 全く彼女は今日ここまでで一体何度、自分の正気を疑う物を目にする事になっただろうか。


 そんな亜美の様子を見て和樹はどうにか冷静さを取り戻した。いや、本当に冷静になったのかどうかは怪しかったが、それでも自分の思考を目の前の新たな脅威に対する対応へと引き戻した。


(いや、こいつがどうして今出て来たか、何て事は取り敢えずどうでもいい。それよりも問題は……)


 ある程度戦いの経験を重ねた勇が乗るスターブレイバーが一度敗北し、その後自衛隊と協力して緻密な作戦と搭乗者用の新装備を用意した上でようやく勝てた相手である。


 それが緒戦の、しかもザンダとの二対一の状況では、絶対に勝てない。


 しかも搭乗者にダメージを与えてくるタイプであるから、勇だけでなく今一緒に乗っている雪奈の身も危ない。下手をすれば二人とも死ぬ。


「勇!おい。新しい怪獣が……」


 和樹が携帯で勇に警告を発しようとした時、ガンガルがその鋏から火球を次々と放った。


 無数の火球がザンダの尾を掴んでいたスターブレイバーの背中に直撃し、激しい爆発が起こる。


『う……ぐっ!』


 携帯の向こうから勇のうめき声と雪奈の悲鳴が聞こえた。さらに激しい振動音。そこから感じる衝撃の激しさの程は、先程のザンダの体当たりによる物の比ではない。


『新しい……怪獣……!?』


 スターブレイバーが向き直った所でまた火球が降り注ぐ。


 絶え間ない攻撃。機体の装甲自体は破られていないようだが、このままだとやはり中の二人が持たないだろう。


 そしてスターブレイバーが攻撃をかわすのを邪魔するように、背後からザンダが襲い掛かって来る。

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