第6話 起動~あるいは警官に倒される怪獣が情けないのではなくそれをやる警官の方が恐ろしいと思うべきかもしれない~

「やらせるか」


 しかしこれはひょっとして結局原作通り死ぬ流れになってるんじゃないか。そう思いながら和樹は二人に向かうギラルを背後から蹴り付けた。


 ギラルが振り向き、標的を和樹へと変える。同時に勇と雪奈がスターブレイバーに乗り込み、コクピットを閉めるのが見えた。


 このまま勇がスターブレイバーを起動させてギラルを叩きつぶしてくれるのを期待したいが、果たして起動が終わるまでこっちの命が持つのか。


 ギラルが長い爪を振りかざし襲って来る。右、左。ギリギリまで引き付け、姿勢を崩しながらもどうにかそれをかわした。


 倒れ込んだ和樹にのしかかるようにして両方の爪を再び振り上げるギラル。その顔に拳銃を突き付け、引き金を立て続けに二回引いた。


 口の中に二発。ギラルが口から緑色の血を吐き出しながらのけぞる。しかし踏み止まった。


 だめか。和樹がそう思った時、鈍い音がして、ギラルが動きを止めた。そのままぐらりとこちら側へ倒れてくる。


「うわっ」


 慌てて這い出した。


 倒れたギラルの背後には、どこから持ち出して来たのか、斧を構えた亜美が青白い顔で震えながら立っていた。顔が緑色の返り血で汚れている。


「あ、亜美さん。どうしてここに」


「翔君が何だか心配で、署に連絡した後、追って来たのよ……」


 肩で荒い息をしながら亜美が言う。


「その斧は?」


「この怪物が本殿に入っていくのが見えたから、庭にあったのを……」


 そう言えばここの神社には巻き割り用の斧が常備してあったのを和樹は思い出した。


「そっか。ありがとう、助かったよ」


 そう言いながら和樹は亜美が差し出してくれた手を掴んで立ち上がろうとする。


 だが、掴んだ亜美の手はびっくりするほど抵抗なく逆にこちらに引き寄せられ、亜美は悲鳴を上げて斧を落とすとこちらに倒れ込んで来た。


 どうやら半ば無意識に手を出して来ただけで、実際には腰が抜けていたらしい。


「きゃあ!」


「わあっ!」


 亜美の柔かい体が重なって来る。和樹はどうにかそれを抱き止めた。


「だ、大丈夫かい、亜美さん」


 慌てて和樹は態勢を整え直すと逆に亜美を助け起こした。


「ご、ごめんなさい……急に腰が抜けて……」


 そう答える亜美の足はまだガクガク震えている。


 こんな事態でなければ、そして亜美がギラルの返り血まみれでなければその体の抱き心地を十分に堪能したのかも知れないが、さすがにそんな余裕は無かった。


(今のは死に掛けたな……危ない危ない、勇と雪奈ちゃんの二人を気に掛け過ぎてたか)


 ゲームの展開通り勇と雪奈が通学路でギラルに襲われるのならその時はミニパトで轢く気満々だったが、神社内部にまで入り込んでくるのは完全に想定外だった。亜美が助けてくれなければ危なかっただろう。


(しかしこの子)


 斎藤亜美と言うのはここまでアグレッシブなキャラクターだったのか、と和樹は思った。


 元のゲームでは序盤に翔の死を悼む発言をする以外は、街の状況に合わせて当たり障りのないコメントをするだけの、さほど印象に残らないモブキャラだったのだが。


「それよりも、一体何がどうなってるの?あの巨大ロボットみたいなのは何?まるでこの神社に隠されていたみたいな……」


「だいたい亜美さんの感想通りの物だよ。勇と雪奈ちゃんが乗ってる」


 そこでスターブレイバーの眼が赤く光った。重機が響くような音と共に機体が振動し始める。


「離れよう。神社を壊すような事はしないだろうけど、それでも巻き込まれるかもしれない」


「え、ええ」


 まだ少し震えている亜美を促し、本殿の穴から這い出すと神社から出た。


 同時にザンダが起こす物とは別のもっと激しい地響きがする。


 そして神社の境内の地面を割り、スターブレイバーの巨体が姿を現した。


 動き出した事で表面の汚れが落ちたのかくすんでいた装甲は鮮やかな青色になり、眼をはじめとした体の各部の宝石のような部品に光が入っている。


(これが……)


 全長約四十メートル、推定総重量1万5千トン以上。


 装甲は人類が精製可能なあらゆる金属を遥かに上回る強度を持ち、さらに自己修復機能まで持った超合金SBで構成された鋼の巨人。

 大きさは今まさに迫りつつある巨大怪獣ザンダに匹敵し、パワーはそれをはるかに上回る、超古代格闘用人型起動兵器。

 さらに隠された機能として宇宙の因果律を操作する力すら持つと言う、無敵のスーパーロボット護星装甲スターブレイバー。


 ゲーム中では遂にこの体の持ち主である翔はその眼で見る事が無かったこのゲームの主役ロボットが、今目の前で動いていた。


(何と言うか……立ち上がって動いている実物を見ると、さすがに迫力が違うな……)


 一瞬感慨に囚われてその雄姿に見とれてしまったが、気を取り直し和樹は携帯電話を勇に繋いだ。


 少し時間が掛かったが、勇が通話に出る。


 若干声が遠いのは、恐らく手が塞がってる勇に代わって雪奈が携帯電話を持っているからだろう。


「勇。そっちは大丈夫かい?」


『はい。兄さんも無事ですか』


「何とかね。亜美さんに助けられたよ」


『そうですか。良かった』


「北から怪獣が来てるが、そっちから見えるか?」


『はい。見えます』


「署には連絡したけど警官隊が揃うまでまだ時間が掛かるだろうし、そもそも警察が阻止線を張った所で止められる相手とは思えない。自衛隊が出動するなんて待ってたら多分もっと先になる。あの怪獣、住宅街に入る前に止めてくれるか、勇。責任は全部俺に被せてくれていい」


『やってみます』


 緊張し切った声で、それでも迷いなく勇は答えた。


 恐怖も不安も狼狽も全て押し殺し、ここは自分がこのロボットで戦う以外に街の被害を抑える方法は無い、と言う合理的な判断を一瞬でしたのだろう。


 この天藤勇と言う少年はそう言う人間だった。


 これで一安心だ、と和樹はほっとした。


 初戦の敵だけあってザンダとの戦いの難易度は高くは無い。ほとんどチュートリアルのような物だ。


 スターブレイバーが倒される可能性はまず無いし、よほど変な行動を取らない限りは街に大きな被害が出たり、病院までザンダが辿り付く事も無い。


 後は安全な所から亜美と一緒に戦いを見守れば、それで取り敢えずこの戦いは乗り切れるはずだ。


 スターブレイバーが周りの建物を潰さないように慎重に道を進んで行き、町外れでザンダと向き合う。


 それまで我が物顔で直進してきたザンダがそこで初めて足を止めた。


 スターブレイバーの巨体に脅威を感じたのか、あるいは本能的に獲物と認識したのか、それともザンダを送り込んだ異星人から何か指示を受けたのか分からない。


 全長四十メートル同士が向き合う光景は圧巻だった。

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