第26話 夜の逢瀬
夜の森というのは昼間とは違い、日が沈んでいるのでその道が慣れているはずの道でもかなり危険に感じるのが一般的だろう。
人間というのは暗闇を自然と避ける生き物で、文明が発達した現代日本なら街灯があるところはあるのだろうが……異世界の魔法のみが発達していて科学がお粗末なこの世界にはそこまで便利なものはないので当然のごとく、夜の森は特に危険なはずなのだが……そんな森を恐れることなく進む人物も居たりする。
「ルナ。そこ段差だから気をつけてね」
もちろんそんな非常識なことができるのはこの世界においては遥くらいのものなのだが……そんな遥はパートナーであるルナの手をひいてゆっくりと進んでいた。
ルナの歩調にあわせて段差があればどんなに小さくても気を付けるようにして、転けそうになったら即座に支えられるように神経を研ぎ澄ます。
まあ、本来なら魔物の警戒に神経を使うべきなのだが……だいたい遥から800メートル範囲の魔物はルナが視認する前に霧散しているので、まったくと言っていいほどに辺りは静寂に包まれていた。
「なんか……夜の森って怖いね」
「そう?怖いなら腕につかまってもいいよ」
「……は、遥は怖くないの?」
思わず揺れそうになった心を押し留めてルナはそう聞いた。
本当はちょっと残念な気もするが……ここで腕につかまってしまうとなんだか凄く高い確率で遥とのイチャイチャ展開になってしまうような気がしたからだ。
いくら遥が強くて安心していても、流石にこんな夜中の森でそういう雰囲気になるのはなんだかいけないような気がしたルナの生真面目な部分と、それをやりたいというような乙女な部分がせめぎあっているのだが、そんなルナの内心の葛藤をなんとなく察しているであろう遥は笑顔で答えた。
「ルナと一緒だからね。何があっても大丈夫だよ」
その台詞に思わず転けそうになるが――もちろんそれを事前に察していたように遥に優しくフォローされるルナ。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして」
照れ臭そうに顔を背けてお礼を言うルナにかなりの萌えを抱きつつも遥は紳士なスマイルで対応する。
本音を言えば今すぐルナをお姫様抱っこして抱えて行きたいという気持ちが少なからずあるが、しかし、流石にそんなことを露骨にすれば嫌がりはしないだろうが、少しルナの機嫌が悪くなるかもしれないので自重する。
「それにしても……遥凄いね。こんなに真っ暗なのに見えてる昼間みたいにすいすい進んで」
現在遥は灯りをつけていない。魔法で火の玉や光の玉くらいは出せるが、魔力に反応して魔物の数が増えそうなので、自前の眼力のみでルナをエスコートしている。
だと言うのに、その挙動は昼間に森を歩く時と何ら損しょなく迷いのないその動作にはいっさいの歪みはなかった。
まあ、身体能力がこの世界にきて跳ね上がっているので、遥からしてみれば現在の森の暗さでもかなり周囲がクリアに見えているので当然と言えば当然なのだが……もちろんそんなことは口にはせずにやんわりと言った。
「ルナに万が一があったら大変だからね。これくらいは当然だよ」
「そ、そう……ありがとう……」
さらりと自分のためと言われてドキリとするルナ。
そんなルナを愛しく思いながら二人はゆっくりと移動して――しばらくしてからこの前とは別の見晴らしのいい場所に出た。
今宵は満月。
月の光がそこには静かに照らしており、どこか森とのコントラストで美しく感じた。
「綺麗……」
「そうでしょ。ここに連れてきたかったんだ。今日は満月だし星が綺麗だからルナと見たくてね」
うっとりとその光景に見とれていたルナに寄り添うようにして遥は星空を見上げて言った。
「とある地域では月の女神のことを『ルナ』と呼ぶそうなんだ」
「それって……」
「月はどんな場所でも綺麗に見える。例え暗い夜道でもその光が目印になることもある。何よりも俺にとってのルナは月の女神なんかとは比べようもないほどに綺麗だと思うんだ」
「……そ、そんなことない。私は……誰からも必要とされなかった役立たずの出来損ない。だから遥のその評価は――」
そこまで言ってルナの台詞は強制的に止められた。理由はルナの唇に遥が指をあてて静かに黙らせたからだ。
「ルナは俺にとって大切な光なんだ。真っ暗な中にいても常に行く先を示してくれる希望の光――俺はそう思ってる」
「……どうして……私は……」
「ルナは今までずっと辛いことが当たり前だったからいきなりは無理だろうけど……それでも少しづつでいいからルナに自分を好きになって欲しいんだ。それに――」
「それに?」
そこで遥は懐から何かを取り出すとルナを抱き寄せてそっと――首に着けた。
「これは……?」
「ルナが俺のものだっていう証だよ」
見ればルナの胸元には月をイメージさせるような装飾のネックレスがつけられていた。
ルナはそれにそっと触れてから――ポツリと言った。
「これがあれば……遥のものだって証になるの?」
「もちろん。ちょっとした仕掛けもあるけど……何より今日はそれをプレゼントしたくて夜出掛けたんだよね」
少し照れ臭そうにはにかみながらそう言う遥に、ルナはその表情にきゅっと胸を締め付けられるような感覚に陥った。
溢れてくるのはどうしようもないくらいに遥に対する愛情。
激流のようなそれを必死に抑えようとするが――
「――好き」
思わずそう呟いていた。
「遥のこと……どうしようもないくらいに好きなの……私、本当に……」
「ルナ」
そう言ってルナを抱き寄せてから遥は優しくあやすように言った。
「大丈夫。俺はずっとルナと一緒にいるから……側にいるから大丈夫だよ」
「……本当に?」
「本当だよ」
「……私の側に絶対にいてくれるの?」
「何があろうと絶対に側にいるよ。だって……俺はルナの旦那さんでルナは俺の最愛のお嫁さんなんだからね」
「遥……うん……うん……好きだよ……」
自然と溢れてくる涙。
それくらい遥への気持ちが溢れてしまうが――そんなルナを遥は優しく抱き締めて子供をあやすように背中を優しく撫でた。
月明かりが二人を祝福するように照らしており、そんな中で二人は互いの想いを確かめあうようにして寄り添っていた。
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