閑話 崩壊の予兆

「今日も来てないのか?」


兵士の報告に眉を潜めるのはこの国――シルベスター王国の宰相であるガイ・マルネシア公爵……マルネシア公爵家の当主でもあるガイはその端正な顔に疲労を浮かべていた。


その理由は……


「はい。本日までに時雨遥様からの連絡は一切ありません。また、ここ最近我が国の回りだけ魔物が増加しています。正確にはシルベスター王国付近だけが3年前と同じくらいの魔物の数になっております」

「他国の周りはどうなんだ?」

「そちらは何の問題もないそうです。おそらく我が国の周りだけが魔物の討伐がされてないのかと……」

「そうか……」


兵士の報告に頭を抱えるガイ。


彼が現在頭を抱えている原因のひとつはシルベスター王国周辺の魔物の増加……というよりは正確には彼が――時雨遥という人物が来る前くらいと同じくらいまで魔物の数が増えたことが原因の一つだ。


時雨遥――3年前から魔の森に住み着いた異郷の者らしいが、彼が来てから魔の森の魔物の討伐を彼がしてくれることにより民の平和は守られてきた。


いや……正確には彼のお陰で魔物による犠牲者が少なくなったと言うべきだろう。


各国はそれぞれ隣接している国は彼に定期的な魔物の討伐を依頼しているのだが、ここ最近になって、何故かシルベスターにだけ彼からの接触が一切なくなった。


本来は報酬の受け取りにくるはずの日付になっても彼が訪れることはなく、また魔物の増加というのを考えれば遥がなんらかの理由で仕事をしなくなったというのはわかったが、問題はそれがシルベスターにだけ影響しているということだ。


他の国には遥からの接触はあるようだし、魔物の討伐もしているのに何故かシルベスターの周辺のみ討伐をしなくなった……そんな事態に宰相であるガイは早々に手を打つために彼に手紙を送って事情を聞こうとしたが、その返事はなく、また、彼に新しい国王の戴冠式にも招待したが一切の報告は来なかった。


「それと……国王陛下の件ですが」

「何かわかったのか?」

「はい。なんでも陛下の体から毒物が検出されたそうで……他殺ではないかという可能性が出てきてます」


そう……そして、ガイが頭を抱える原因の二つ目はこの国――シルベスター王国の国王陛下の不審死だ。


ここ最近になり急死した国王に変わり第二王子が今回の戴冠式で国王になるのだが、ガイにはそれがどうにも仕組まれたことのように感じていた。


ここ最近になり、第二王子は婚約者であったルナ・エルシア元公爵令嬢と婚約破棄をして、平民の娘を妃に迎えたのだが、ガイとしてはその婚約破棄もかなり頭のおかしい出来事に思えた。


ガイは現場にはいなかったのでなんとも言えないが……どうにも第二王子お気に入りの平民の娘をいじめたという理由で、魔の森へ送還されたルナ・エルシア元公爵令嬢。


家からも追放になった彼女に関してなんとなく人柄を知ってるガイには違和感があった。


彼女が嫉妬からそんな分かりやすいことをするのだろうか?


それに国王陛下不在を狙ったように行われた婚約破棄と、その婚約破棄のすぐあとに国王陛下が死んだこということ……何もかもが出来すぎてるように感じた。


(そして婚約破棄からすぐあとに時雨遥との連絡が取れなくなった。繋げるのは容易くはないが、しかし……)


頭を抱えるガイ。


ここ最近まともに家にも帰れていないのでストレスで痛む胃を抑えてなんとかしようとするが、国王陛下の不審死に、王子の婚約破棄に、その王子の即位に、魔物の討伐……ありとあらゆることが同時に起こっていてガイはかなりいっぱいいっぱいだった。


(どのみちあの第二王子が国王になったらこの国は確実に変わるだろう。出来れば早めに誰かにこの役職を渡して他国にいきたいところだが……)


ガイから見て第二王子は言ってはなんだが出来のいい方ではない。それがいきなり婚約破棄して婚約者を追放するなんて暴挙に出たのも驚きだが……さらに平民の娘を妃に向かえるという話を聞いた段階でガイは国外への逃亡を危うく企てそうになったくらいだ。


(とりあえず……なんとかして時雨遥にコンタクトをとらないとな)


ため息をついてガイは再び仕事に戻る。

――崩壊の音が近づいていることに気付く者は少ない。



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