第9話 足りないものを、埋めていく 4



 一体どうして、こんなことに。



「ジゼル嬢は、心優しい方なんですね」

「いえ、そんなことは……」

「謙遜しないで。貴女ほど美しい方はいないと思っていましたが、内面まで美しいとは」

「あの本当に、汚いくらいでして……」

「はは、そのうえユーモアまである」


 現在、眩し過ぎる笑みを浮かべたこの国の第三王子と向かい合っているわたしは、内心頭を抱えていた。



 今日、わたしは第三王子であるクライド様からの招待を受け、全く気が乗らない中、王城へとやってきていた。


 クライド様と年の近い、上位貴族の子息子女が集められたガーデンパーティに参加するためだ。基本的にわたしを社交の場に出したくない伯爵夫妻と言えど、王族からの招待とあっては、流石に参加させざるを得ないようだった。


「いい? 我が家の恥さらしのあんたは、端っこで大人しくしてなさいよ!」

「うん」


 行先は同じだと言うのに、わたしとはわざわざ別の馬車に乗る直前、サマンサはそう言った。


 彼女はあちこちで、わたしのことを「元平民の売女の娘」などと触れ回っている。そのお蔭で既に浮いているわたしに話しかける令嬢などいない為、最初からそのつもりだ。そもそも、家の恥を晒しているのは果たしてどちらなのだろう。


 自分で言うのも何だけれど、とんでもない美人だった母のお蔭で、わたしも見た目は悪くないのだ。そのせいか、男性から話しかけられることは多々ある。


 けれど普通の会話をしているだけでも、サマンサやその周りの令嬢達からは「男性ばかりと話す男好き」などと言われてしまう。もう全てが面倒なわたしは、誰とも関わらず美味しいものだけ食べて帰ろう。そう思っていた。


 やがてパーティーが始まり、適当に挨拶を済ませたわたしはケーキを摘まむと、離れた場所で花を見て回っていた。


 すると不意に、足元に何かが落ちていることに気が付き足を止める。よく見ると、それは小鳥だった。そっと抱き上げると、どうやら羽を痛めていて飛べなくなっているらしい。


「……可哀想に、痛かったね」

 

 わたしはきょろきょろと辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、そっと小鳥に右手をかざし魔法をかける。人間以外に使うのは初めてだけれど、無事に治せてほっとした。


 傷が癒えた小鳥は、あっという間にわたしの手のひらから飛び立って行く。するとすぐにその子よりも一回り大きい鳥がやってきて、寄り添って二羽は青空に飛んで行った。


「気をつけてね」


 そんな姿を少しだけ羨ましいなんて思いながら、ぽつりと呟いたときだった。


「ジゼル嬢」


 そんな声が、背中越しに聞こえてきて。恐る恐る振り返った先にいた人物を見た瞬間、ぐらりと目眩がした。


「で、殿下……」

「クライドでいいですよ」


 彼はそう言うとわたしのすぐ近くまでやってきて、にっこりと微笑んだ。どうして、主役がこんなところに。


「ジゼル嬢も、魔法使いだったんですね」

「い、今の、見て……?」

「はい。ばっちり」


 誰もいないことを確認したつもりだったけれど、わたしは自身の甘さをひどく悔いた。


「あの、どうかこのことは誰にも言わないで頂けますか」

「もちろん。君が望むのなら」


 その言葉にほっとするのも束の間、クライド様は「その代わりと言っては何ですが」と続けた。


「少しだけ、二人きりで話せませんか」


 そうして、冒頭に至る。




「ずっと、君と話してみたいと思っていたんです」


 そう言って微笑むと、クライド様は優雅にティーカップに口をつけた。ひとつひとつの所作が洗練されていて、その美しさに思わず見とれてしまう。


 わたしと言えば、恥ずかしいことに貴族の令嬢としてのマナーすら完璧ではない。だからこそ、粗相ひとつできない相手である彼の前にいるだけで、余計に落ち着かなかった。


 伯爵家に来てからのこの二年、最低限のマナーは教えられたけれど、普通は子供の頃から学び身に付けるものだ。わたしのような付け焼き刃では時折、ボロが出てしまう。


「ジゼル嬢も、魔法学園に行く予定ですか?」

「は、はい。そのつもりです」

「それでは僕と同級生になりますね。嬉しいです」


 クライド様が魔法使いであること、それもかなりの力を持っていることは有名な話だった。


 魔力のない第一・第二王子を押し退け、いずれ彼が王座につくのではないかという噂も、聞いたことがある。


「これから、仲良くしてくださいね」


 エメラルドのような緑色の瞳を柔らかく細めた彼が、一体何を考えているのかはわからない。わたしと仲良くしたところで、クライド様が得をすることなんて何一つないはずだ。


 それでもわたしは、とりあえず頷くしかなかった。




 ◇◇◇




「っなんで、なんであんたばっかり……!」

「い、った……」


 家に帰った途端、サマンサは発狂した。あまりの様子に、義母ですら慌てて止めに入ったくらいに暴れた。


 思い切り頬を叩かれ、髪を引っ張られ。せっかくルビーが綺麗に結ってくれた髪も、めちゃくちゃになっているだろう。


「クライド様が、なんであんたなんか……!」


 二人で話をする際、人目のないところでとはお願いしたものの、やはり誰かに見られていたようで。どうやらそれが、彼女の耳にも入ったらしい。


 だから、嫌だったのだ。クライド様はその身分はもちろんのこと、見目も良いことからかなりの人気がある。これからは殿下の婚約者の座を狙う令嬢達にも、余計に目の敵にされてしまう。そしてサマンサも、その一人だったようで。


 父がやってきたところで、わたしは逃げるように痛む頬を押さえ自室に戻れば、ソファにはエルの姿があった。


「ただいま。何か変わったことはあった?」

「お前の顔くらいだな」

「っふふ、いたた、」


 そんなエルの言葉に思わず笑ってしまい、頬が痛む。


 わたしは外出用のドレスのまま、エルの隣にぼふりと腰掛けると、早速頬を治した。結構腫れていたため、疑われないよう後でガーゼでも当てておくことにする。


「また、あのヒステリー女か」

「そんなとこ」

「ふうん。お前、腹立たねえの」


 エルは手に持っていた、羽根で出来たペンをくるくるふわふわ器用に回している。どうやら何かを書いていたらしい。


「……もちろん、すっごく腹は立ってるよ。なんでこんな目に遭わなきゃいけないのかとも思う。でもわたしはまだ、この家の中でしか生きていけないから。我慢しないと」


 いくら少し魔法が使えるといったって、こんな子供ではまともな場所では雇って貰えるとは思えない。それこそ、拐われて悪用されたりするのがオチだ。


「今はエルもいるし、大丈夫。耐えられるよ」


 そう言って微笑んでみたけれど、反応はない。


 しばらくの沈黙の後、バキッという音がして。何事かと思えば、エルの手の中にあったペンが見事に折れていた。


「えっ、大丈夫? 手、怪我してない?」

「…………」

「……エル?」


 それでもやっぱり、反応はない。


 エルは何故か困惑したような表情を浮かべたまま、自身の手の上にある折れたペンをじっと、見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る