ボッチ3 見られていたボッチ

 


「ふぅ、後二着か。随分と時間がかかった気がするな。今何時ぐらいだ? ってもう夕方!?」


 試着と全裸を繰り返していたらいつの間にか空が茜色に染まっていた。

 初めはまだ昼前ぐらいだったのに……まさか転生初日の大半を試着と全裸に費やしてしまうとは……。


「何にしろさっさと試着を済ませてしまおう」


 最後に残った二着は如何にもな特に言うことの無い平民の服装と、丈夫かつ動きやすそうな旅人の、冒険者の服装だった。


 選ぶまでもない。着るまでもない。これだ。

 見ただけでわかる。俺がこれから着ていく服はこの二つだ。

 他は人前では着れないものばかり、俺の度胸で着られるのはこの二つだけだ。


 何故、数多の服がアイテムボックスに入ってる中で、これが最後に出てきたのだろうか? まあ楽しかったからいいか。


「もう服選びは良いとして、寝床の確保をするか。野宿確定だし」


 出しっぱだった服を全部アイテムボックスにしまって次を考える。


 その時、また声が降りてきた。


『やっと全ての服を試着し終えたようですね』

「女神様!?」

『はいそうです。全部見ていましたよ。貴方が転生してからずっと』

「…………へ?」


 今、女神様は何て言った? 全部見てた!?

 全裸で騒いでいたのを!? 変態な服装で騒いでいたのも!?


『いや驚きましたよ。異世界に来て興奮しているとはいえ、まさか全裸で騒いだり変態コスプレをするなんて。引っ込み思案で大人しいと聞いていたのですが、そう言う方でも内に狂気を潜ませていたんですね』


 うわぁぁぁぁあぁ!! 全部見られてたぁぁぁあぁ!!


「いやいやぁ!! 元はと言えば女神様がコスプレみたいな服装を準備していたのが!!」

『はじめからパンツまで脱いで騒いでいたでは無いですか』

「そ、それは!!」

『それにしても本当に驚きましたよ。まさかケモミミメイドセットまで装着するなんて、あれ、本当に冗談で入れたので』

「くばっ!!」


 もう、ダメだ……終った……。

 羞恥心で死にそうだ。俺、人に注目されるのすらダメなのに……。


『まあまあ、誰にだって人に言えない趣味の一つや二つありますよ。そう言う趣味も、人に見せなければ、そして迷惑をかけなければ問題ありませんし』

 と女神様。分かっています分かっていますと優しく頷く。


 完全に俺はそう言う人間だと思われてしまっている。


「いや趣味じゃなくて!! 勢いでヤっちゃっただけなんです!!」

『そう言うならまず服を、せめてパンツを履きましょうね』

「あっ……」


 急いで旅人の服を着る。

 うわっ!? 慌ててるせいでうまく着れない。

 どわっ!? パンツが引っ掛かって!


 スッ転んで全裸よりも恥ずかしい姿を見せる俺。

 わっわっわっ!!

 早くっ! 早く体勢を!

 どわっ!? いぎゃっ!? うわっ!?


 …………。


 ……。



「うわぁぁぁぁん!」

 恥の上塗りだ…俺は恥で作られているんだ……。

 もういぎでいげない……。

 二度目の人生、早くも終った……。


『えっと、その、泣かないでください! 異世界には露出教と言う宗教もありますから、大丈夫です! 貴方でもきっと馴染めます!』

 そうですよ! どうせ俺は変態としか馴染めないような奴ですよ!


「うわぁぁぁぁん!!」

『えっ!? 何でさっきよりも泣いてるんですか!?』

「ううっ、ぐすっ……女神ざま、ざんどめのじんぜいは、恥をかがないじんぜいにじでぐだざい」

『いやまだ人生終わっていませんから! 始まったばかりですから! と言うか貴方がこのまま貴方でいる限り転生しても恥をかきますから!』

「うわぁぁぁぁんっっ!!」


 酷い、女神様酷い。

 まるで俺が根本的にダメみたいじゃないか……。


 女神様は宥めるように優しい口調で話しかけてくる。

『本当に大丈夫ですから。例え貴方が根暗で人に話しかける勇気も無い、それでいて能力的に平凡、それどころか運動が少し苦手な引きこもり体質で特に誇れるものもない、どうしようもなくボッチな貴方でも大丈夫』

 あれ? おかしいな? 優しい口調でボロクソ言われている気がする。


『この世界では本当にやり直せます。幾つもの成長と出会いが、貴方を常に待っています。何故なら貴方はこの世界に足りないものとして召喚されたんですから。世界が、貴方を必要としているんですよ。他に沢山貴方より優秀そうな同級が召喚されていたってそれは変わりません』

 最後の言葉は余計だが、世界が、俺を必要としている……何て嬉しい言葉だ。


 その言葉に奮い起たされて、俺は涙を拭う。

 そして顔を上げた時に目に入った光景は、きっと俺にとって一生、いやきっと次の人生でも忘れない程に、美しい光景だと思えた。


 それは地球でも見ようと思えば見れた、感じられたであろう茜色に染まる空と大地、ただの夕焼けだ。それも適当に雲の散らばったありふれた風景の一つ。

 でもこの時ばかりは、二度と見られない奇跡に見えた。何も欠けてはいけない、偶然もしくは運命のみが作り出せる奇跡に。


 気が付けば俺はその光景を、大切に仕舞い込むように、日が沈むまで眺めていた。


「……女神様、ありがとうございます。お陰で元気が出ました」

『それは良かったです。内に秘めた狂気も貴方の大切な一部、重要なのはそれをどうするかであって、存在自体を否定するものではありません。それも世界を彩る飾りです。前向きに歩んでくださいね』


 若干、女神様に変態と言われ、俺もそれを認めてしまっている節があるが、この際どうでもいい。

 まあ、まだ見られた恥ずかしさは消えないが。


「あ、そう言えば女神様は何で俺に声を? そもそも会話自体出来なかったんじゃ?」

『それはですね。実はここ、大昔の力ある神殿の跡地でして、そもそも私は地球に属する女神なので神殿でも本来は特殊な条件下でないと神託も降せないのですが、ここは放棄された神域ですからこの世界の神々と交渉したら頂けたんですよ。それで神域を得て会話可能になったのでサポートを続けようと。

 まあ、面白そうだから、でもありますけどね』


 絶対、面白そうだからが主な理由だと思う。

 でも触れてほしくないものが俺には多すぎるから、指摘するのはよそう。


「でサポートと言うのは?」

『え? あ~、それは~、そうだ! アイテムボックスの中にマジックテントがあるので使ってください』

 と女神様はニッコリ。


 俺をからかいに来ただけで、サポートなんか本当に考えていなかったようだ。

 俺は言葉に出さずに空に視線で訴えかける。


『さーて、もう遅いので、ここら辺で失礼しますね。それではまた明日!』


 逃げるように女神様の声は遠ざかって行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る