第11話


 二〇三八年八月二日 月曜日


                  1

 新日ネット新聞社の社会部フロアでは、窓際に置かれた安物の応接セットに、記者たちが険しい顔で座っていた。強く射し込む朝日を避けるために、ブラインドが軽く閉じられている。

 山野紀子が身を乗り出して言った。

「ちょっと。それ、どういうことなのよ。席を譲れないって」

 向かいに座っていた神作真哉は、眉間に皺を寄せて、山野に説き伏せるように言った。

「しょうがないだろ。役所との報道協定で、全部指定席なんだから。お前だって、分かってるだろうが。それにな、こっちが政治部から席を譲ってもらうのに、どれだけ苦労したと思ってるんだよ」

 山野紀子は神作に向けて人差し指を振りながら言う。

「だから、その『苦労して手に入れた席』を、こっちに譲りなさいって言っているのよ。いきなり今日、会見だって聞いて、こっちは今週号の編集会議を午後にずらしたのよ。それくらいのことはしなさいよ」

 神作真哉は腕組みをして答えた。

「知るかよ。こっちにも今朝、情報が入ったんだから。それにな、司時空庁ビルへの入館パスは『時事新聞社』にしか渡されてないのは知っているだろう。そっちは『週刊誌』なんだから、仕方ないじゃないか」

 山野紀子は神作をにらみ付けて言い返す。

「ちょっと、何よ。『週刊誌』を馬鹿にしてんの。そりゃね、お偉いさんの趣味で、不細工女たちの水着や、カマトト女優のヌード写真を挿み込むことはありますけどね、記者生命を掛けて長期取材した、ちゃんとした記事だって、ガッチリした長文で普段から載せているのよ。その日限りの読み捨て散文を載せてるそっちとは訳が違うんだからね」

 腕を解いた神作真哉は、剣幕を変えて山野に怒鳴り返した。

「読み捨て散文とはなんだ。こっちは限られたスペースと時間の中で、真実を分かりやすく伝えようと必死なんだぞ。のんびり構えて、適当な記事を書いて、気が向いたら『臨時増刊号』を出しやがる、お前らの『ジャーナリストごっこ』に付き合っている暇は無いんだよ!」

 山野紀子が椅子から立ち上がる。

「なんですってええ! もういっぺん言ってみなさいよ!」

 神作真哉も立ち上がり怒鳴り声を上げる。

「おう、何度でも言ってやろうじゃねえか!」

 神作の隣に座っていた重成直人が口を挿んだ。

「まあ、まあ、二人とも落ち着いて。ほら、神作ちゃんも座って。山野ちゃんも、さあ、お茶でも飲んで」

 重成直人は椅子から腰を浮かせると、茶托に乗った湯飲みを少し押して、山野の前に動かした。

 椅子に腰を下ろした山野紀子は、少し口調を落ち着かせて言った。

「とにかく。この件は、もともとウチのハルハルが追っていたんですからね。こっちには追跡取材を記事にして載せる責任が読者に対してありますから。席は譲ってもらうわよ」

 椅子に座った神作真哉は背もたれに身を倒して言う。

「それを言うなら、南米で田爪博士についての情報を得て、奴の行方を追ったのは、ウチの永山じゃないか。この、どでかいヤマのきっかけを時吉ジュニアがぶっ込んできたのもウチだ。こっちの方が先じゃねえかよ」

 持ち上げた湯飲みを再び茶托の上に戻した山野紀子が、唖然とした顔で言った。

「違うでしょ。時吉総一郎のスキャンダルを記事にしたのは、ウチの方が先じゃない。それがきっかけで、『ドクターT』のことも、その謎の人物が政府に上申書を出しまくってることも掴んだんでしょうが」

 神作真哉は呆れ顔で山野を指差しながら言った。

「だから、そのパパ時吉の二股不倫事件は、今度の一件とは関係ないんじゃないか? 論点がズレてるんだよ」

 山野紀子は首を激しく横に振った。

「いいえ。ズレてませーん。ぜっっったいに、関係あるわ」

 神作真哉は再び山野を指差して言う。

「そんじゃ、その根拠を示せよ。根拠を」

「それは……」

 口籠った山野紀子は、開き直ったように言った。

「女の勘よ。ビビッと来たのよ。ビビッと……」

「はあ?」

 神作真哉は大袈裟に首を傾げて見せた。

 山野紀子は隣に座っている春木の膝を叩いて言った。

「ちょっと、ハルハル。なに、さっきから黙ってんのよ。なんとか言いなさいよ」

 スーツ姿の春木陽香は困惑した顔で言う。

「あの……私は、その……」

 神作真哉が口を挿んだ。

「ほら、実際に取材したハルハルも、まだ関連性に納得してないじゃないか」

 山野紀子は顔を突き出して言う。

「納得してますう!」

 そして、春木の方を向いて斜めに座り直し、彼女に言った。

「ね、ハルハル。あんた、堀之内さんとかの話を聞いて、何かキラッて来たんでしょ。この際だから言ってやりなさいよ、バシッと」

 神作真哉が呆れた顔で山野に言った。

「だから、何だよ、その『ビビッ』とか『キラッ』って。魔法の国か、ここは。お前さ、昔からそうだよな。なんていうか、物書きのくせに語彙力が無いっていうか、感情的過ぎるっていうのか……」

 春木陽香は遠慮気味に口を開いた。

「えっと……なんとなくなのですけど、なんか、もっと……」

 そして発言を躊躇して、また黙り込んだ。それを見て、向かいに座っていた重成直人が春木に穏やかな口調で言った。

「なんだ、ハルハルちゃん。何かあるのかい」

 横から神作真哉が春木を指差しながら言う。

「おまえな、きちんと喋れ、きちんと。お前も元新聞記者だろうが」

「すみません……」

 首をすくめて神作に頭を下げた春木を見て、重成直人が彼女を擁護した。

「ハルハルちゃんも、遠方への取材やら資料の整理で、疲れているんだよね」

 重成直人は神作の方に顔を向けて言った。

「神作ちゃんも、神作ちゃんだ。部署の垣根なしで、新人には優しくしないといかんですよ。そのうち、デスクになるんだから」

 山野紀子が向かいの席から神作を指差しながら言った。

「ちょっと、さっきの『元新聞記者』って言うのは何よ。ウチのハルハルは今でもれっきとした『記者』なんですけどね。なに上から目線で言ってんのよ。今の発言、取り消しなさいよ。それに、この子を手放したのは、そっちでしょうが」

「何を言ってるんだ。おまえが引き抜いていったんだろうが。ハルハルは戦力になるから絶対にウチにくれって。言動に責任が持てんのか。まったく。おまえ、そんな風だから、朝美の奴があんな風に……」

 山野紀子は突き出した顔を斜めにして言う。

「あんな風? ひとの大事な娘を『あんな風』ですって? ふざけんじゃないわよ。『元父親』に、そんなことを言われる筋合いは無いわね」

「なんだと……」

 背もたれから身を起こした神作真哉の前に手を出して、重成直人が言った。

「はい。はい。はい。そこまで、そこまで」

 神作真哉が再び背もたれに身を倒す。

 重成直人は神作と山野の顔を交互に見ながら言った。

「とにかく、司時空庁の記者会見は今日だからな。二人とも喧嘩している場合じゃないだろう。俺の方で何とか伝手を当たってみて、もう一席だけ追加してもらえるように、掛け合ってみるから。そのくらいにしときなさい」

 山野紀子が声色を変えて言う。

「ホント? キャー! さっすがシゲさん、ステキ!」

 神作真哉は心配そうな顔で横を見て言った。

「大丈夫ですか、シゲさん」

 重成直人は胡麻塩頭を撫でながら言った。

「ま、俺みたいな老いぼれが役に立つとしたら、こんな事しかないからな。実はね、古い友人が官邸記者クラブの幹事をしているんだよ。だから、まあ、いざとなれば、そいつの弱みをチョチョッとね。ただし、約束はできんよ」

 山野紀子は腕組をして頷きながら言った。

「いやあ、やっぱり、シゲさん。頼りになるわね。本来、現場キャップは、こういう人がならないとね。図体が大きいだけの単細胞を抜擢するなんて、この会社もどうかしているわよ。まったく……ねえ、ハルハル」

「え?……あ、はい……」

 不意を突かれた春木陽香は、一応はそう答えたが、下を向いて首を傾げていた。

 神作真哉が山野をにらみながら言う。

「単細胞だと?――この……まあ、いい……」

 神作真哉は言いたいことを呑み込んで、一度、深呼吸をしてから言った。

「じゃあ、あとは、永山だな」

「そうよ。哲ちゃんよ、哲ちゃん」

「ああ。――とにかく、あいつと連絡がとれんことには、どうにも……」

 神作真哉は腰高のパーテーションの向こうに目を遣った。

 春木陽香は心配そうな顔で、神作の視線の先の永山の机を覗いた。彼の机には今日も誰も座っていない。永山哲也の自宅軟禁は依然として解かれてはいなかった。

 山野紀子が春木に言った。

「ハルハル、あんた、昨日、哲ちゃんの家まで行ってみたんでしょ。どうだった。やっぱり、近寄れなかった」

「はい。門から中には入れてもらえませんでした。レーザー光線が門の前も、家の周りも張り巡らされていて」

 山野紀子は深刻な顔で肩を落とした。

「そう……。電話も盗聴されているだろうし、迂闊なことは話せないものねえ。祥子さんに電話してみたけど、なんか、物凄く注意して話しているって感じだったし……」

 腕組みをした神作真哉が眉間に皺を寄せて言った。

「永山を何とかあの家から出さないと、どうにもならんな」

 記者たちは深刻な顔で考え込む。そこへ、向こうから上野秀則が駆け寄ってきた。

「おおい、聞いたか。司時空庁が記者会見を開くってよ」

 神作真哉は腕組みをしたまま顔だけ上野に向けて答えた。

「知ってるよ。今、そのことで揉めていたんだ」

 パーテーションに背を向けて一つだけ別に置かれた一人掛けの応接椅子に腰を下ろした上野秀則は、左右の神作と山野の顔を見て言った。

「何だ、席の取り合いか? 一席しか提供されていないんだから、連絡が来たウチから記者を送るのが筋だろう」

 神作真哉は目を大きく開いて上野に尋ねた。

「なんだ、ウチにも言ってきたのか?」

 上野秀則は左右の肘掛に手を乗せて、椅子の背もたれに身を倒しながら言った。

「ああ。新日系列では、ウチと、他に政治部にも一席だと。全部、指定席だそうだ。今、連絡が入った」

「なんだよ。どういう風の吹き回しだ? こっちにも一席か」

 首を傾げている神作に山野紀子が尋ねた。

「じゃあ、どうするのよ。政治部に席を返すの」

 神作真哉は首を横に振る。

「いや、これは俺が使うよ。その代わり、こっちの席をお前らに譲る。それでいいか」

 山野紀子は頷きながら言った。

「それでいいのよ」

 そして横を向くと、春木に指を向けた。

「じゃあ、ハルハル。あんた、行ってきなさい」

「え、私ですか?」

 春木陽香は驚いた顔で山野を見た。山野紀子は頷いた。

「そ。あんた、今日はスーツじゃない。私、こんな感じだし」

 山野紀子の服装はテーラードカラーのサマージャケットにブイネックのジレー、黒のタイトスカートである。記者会見に出席するのに、特に支障はない恰好に春木には思えた。

 春木陽香は戸惑いながらボソボソと小声で言った。

「あの……これは、アキナガ・メガネ社の社長さんのところに、タイムマシンでの渡航が中止になったことの感想をインタビューしに行くためで……」

 山野紀子は顔の前で手を振りながら言った。

「そんなの後でいいわ。官庁の会見に参加するの初めてでしょ。何事も経験よ、経験」

「はあ……」

 春木陽香は、いつもの調子で返事をした。

 上野秀則が神作と春木を交互に見たあと、背もたれから身を起こして前に屈み、小声で山野に確認した。

「山野、おまえ、本当にいいのか。本当にそれでいいのか。朝美ちゃんは何て言ってるんだ」

 山野紀子は怪訝な顔で尋ねた。

「なんで朝美が関係あるのよ」

 上野秀則は少し困った顔で膝を叩いた。

「いや……朝美ちゃんも歳頃だし、神作とハルハルは歳の差があり過ぎると……」

 山野紀子は顔をしかめながら言った。

「はあ? なに訳の分からないことを言ってるのよ」

 そこへ別府が駆け込んできた。途中、フロアの中を移動していた永峰とぶつかった。

 別府博が永峰に言う。

「邪魔だよ」

 永峰千佳が言い返す。

「なによ、こっちの職場なんですけど」

 別府博は横に永峰を避けて回りながら言った。

「急いでるんだよ、事件なんだ、事件」

 春木たちが座っている応接セットの所まで走ってきた別府博は、腰高のパーテーションにぶつかるようにして止まり、その向こうから体を乗り出して言った。

「編集長お。大変ですう」

 神作真哉が腕組みをしたまま言った。

「なんだ、まさか司時空庁が下にも指定席を言ってきたのか? じゃあ、俺の分は政治部に……」

 別府博は手を横に振って言った。

「違います。――新志楼しんしろう中学の先生から編集長に電話があって、朝美ちゃんが、樺太か択捉に送られるって。どちらにするか決めたいので、すぐに電話をください、だそうです」

 山野紀子は一瞬神作と顔を見合わせた後、顔をしかめて別府に言った。

「はあ? 樺太か択捉? 溜め込んでた未提出の宿題は今日全部出すって言ってたのに」

 神作真哉が眉間に皺を寄せて言った。

「なんじゃそりゃ」

 山野と反対側を向いた春木陽香は、下を向いてこっそり呟いた。

「あっちゃー。やっちゃったかあ……」

 春木陽香はテーブルの上の湯飲みを手に取り、眉を寄せてお茶を啜った。


 

                 2

 司時空庁ビルの一室で、眼鏡を外した津田幹雄がビニール地の布から頭だけを出して椅子に座り、強いライトに照らされていた。目を瞑った彼の顔に女性スタッフがファンデーションを塗っていく。彼は記者会見のためのメイクをしていた。左右には佐藤雪子と松田千春が立っている。

 口の周りからパフが離れると、津田幹雄は口を開いた。

「ちゃんと新日の連中にも伝えてくれたかね」

 佐藤雪子が答える。

「はい。席は政治部と社会部にそれぞれ一席ずつで」

 津田幹雄は目を瞑ったまま言った。

「位置は」

 佐藤雪子はタブレット型のパソコンを覗きながら答えた。

「壇上の長官の位置からですと、政治部が向かって左の奥、後ろから二列目。社会部は同じ後ろから二列目の右端。ちょうど、入り口ドアの横になりますわね」

 津田幹雄はほくそ笑みながら頷いた。

「それでいい。すぐに帰ってもらった方がいいからな。その隣は、記者仲間からも嫌われているという、例のゴロツキ記者なんだな」

「はい。そのように座席を指定しましたわ」

「いいぞ。そのゴロツキとなら、あの社会部の威勢のいい記者、背の高い……名前は何と言ったかな」

 松田千春が言った。

「神作真哉ですか」

「そう。神作だ。あの男が会見場に来るなら、隣のゴロツキ記者と会見中に喧嘩になることは必至だ。神作ではなく別の記者が来たとしても、そのゴロツキに質問を阻まれる。いずれにしても、こちらの望んだ結果になるからな。それでいい」

 メイクをする手が顔から離れると、津田幹雄は松田の方を向いて言った。

「それから、神作のことだが、私は今日初めて彼と会うんだ。今日の会見まで、彼とは一度も会ったことはない。そういうつもりでいてくれたまえよ」

「心得ました」

 松田がそう答えると、佐藤雪子が不安そうな顔で尋ねた。

「ところで、本当によろしくて。あの追加部分を公開して」

 津田幹雄は髪を整えられながら答えた。

「田爪瑠香からの上申書についての質問をかわすためには仕方あるまい。冒頭であれを公開すれば、記者どもの質問はあの追加レポートの内容に終始するはずだ。特に、新型タイムマシンにな」

 津田の髪を梳いていた女性スタッフがスプレーを取りに離れると、眉を寄せた佐藤雪子が小声で言った。

「でも、永山さんは田爪瑠香のことを話していますわよ。六月五日の件が明らかになってしまってよろしいのですの」

 津田幹雄は片笑んだ。

「心配はいらん。新日の神作はウチの発射施設に不法侵入した当事者だ。テレビカメラの前で犯罪事実であるその事を口には出せんさ。こっちは、田爪瑠香は六月の定期便に乗ったということで通せばいい。あの追加レポートの内容なら、それでいける」

 松田千春も不安そうに進言した。

「しかし、あれを公開すれば、例の物に田爪博士の研究成果が記憶されているということが世間に知られてしまいますが……」

 ヘアスプレーの缶を振りながら女性スタッフが戻ってきた。

 津田幹雄は目を瞑ったまま松田に言った。

「いずれは知られる。下手に隠せば、その追求に伴って例の物自体の顛末までも判明してしまうかもしれん。それに、あのデータは新日社から押収したものだ。問題は無い」

 松田千春は女性スタッフを気にした様子で何度を横目で見た後、話題を変えた。

「昨晩の特集番組はご覧になりましたか」

「テレビか。ああ、見た」

「学者たちは、例の爆発の真相について、いろいろと説を唱えているようですが……」

 ヘアスプレーを吹きかけられながら、津田幹雄は口を閉じていた。スプレーの噴射が終わると、彼は言った。

「まあ、何か証拠がある訳ではない。あくまで、学術的推論に過ぎん。だが、あの学者連中が言っていた通り、永山が飛ばしたタイムマシンが、あの核テロ爆発の真の原因だとすれば、世間から叩かれるのは永山と新日新聞だ。国そして司時空庁は被害者だということになる。こちらにしてみれば、時宜にかなった番組だったよ」

 佐藤雪子が怪訝な顔で言った。

「ですが、そのタイムマシンは蒸発して消えてしまったのでしょう。新日サイドも、証拠が無いのをいいことに、責任を否定してくるのではないかしら」

 カバーを外し椅子から立ち上がった津田幹雄は眼鏡を掛けながら言った。

「いや。こちらには切り札がある。それを奴らに見せれば、奴らは動けなくなるさ。そんなことよりも、会見の流れをリードする記者の位置は」

 佐藤雪子は再びタブレット型パソコンに視線を落として確認すると、答えた。

「手前右、紺のスーツの男性ですわ。彼、政治家への転身を考えているとか。力になってさしあげて下さいな」

 津田幹雄は鏡を見ながら言う。

「今日の働き次第だな。公営放送のカメラは中央に置いたな」

「当然ですわ。今日の生放送の他に、正午のニュース、十九時、二十一時、二十三時の定時ニュースでしっかりと流してもらいますわよ」

 津田幹雄は前髪を指先で整えながら言った。

「流す前に、編集を確認しなさい」

「もちろん。長官が力強く映りますように、ちゃんと指示してありますわ。ご心配なく」

「おいおい、それは編集をしないと駄目かね」

「まあ。そんなことはございませんわ。お人が悪い」

 佐藤雪子が笑いながら津田を軽く押す。津田幹雄は片笑んで応えた。二人の横に立つ松田千春が腕時計を見ながら津田に言った。

「長官、そろそろお時間です」

 津田幹雄は厳しい顔に戻った。

「うむ。では、行くとするか」

 背広の上着を羽織った彼は、前の釦を一つ掛け、もう一度鏡を見ながら背広に皺がないか確認した。佐藤雪子が津田の赤いネクタイを直す。佐藤の顔を見て津田は片笑んだ。

「ショータイムだ」

 そして、大股で出口へと向かう。ドアを開け、一度だけ深く息を吐いた津田幹雄は、顔を上げて廊下に出ると、記者たちが待つ会見場へと続く長い廊下を、割れた顎を上げて姿勢よく歩いていった。


 

                 3

 司時空庁ビル内の一室で開かれた津田幹雄の記者会見は、記者たちの怒号が飛び交う中で幕を閉じた。会見場を後にする津田の背中に、記者たちが次々に質問を浴びせる。

「南米戦争は、現地の天然資源の確保が目的だというのは本当でしょうか。長官」

「新ワープ事業立ち上げは、いつ頃になりますか。一回の渡航費は幾らになりますか」

「長官、待ってください。長官。――ちゃんと答えてください、長官」

「待てよ、話は終わってねえぞ。おい、津田あ!」

 津田幹雄が廊下に出て、ドアが閉められた。

 立ち上がった記者たちが一斉に彼を追い、津田が出ていった前方の出口に殺到する。

 部屋の後ろに並んでいたテレビのカメラマンたちが機材を抱えてその後に押し寄せた。

 立ったままスカートの横で拳を握り締めていた春木陽香は、懸命に涙を堪え固まっていた。隣の席に座っていた皺だらけのジャケットの男が寄ってきて、濁声で怒鳴る。

「おい、姉ちゃん。邪魔なんだよ、さっさと退けよ。廊下に出られねえじゃねえか」

「あ……すみません」

 春木陽香の席の横には部屋の後方の出口のドアがあった。彼女は椅子の横に退き、床に置いていた鞄を持ち上げた。鼻水を啜って顔を上げる。津田が出て行った前のドアは、駆け寄った記者やカメラマンたちでごった返している。春木陽香は、自分が座っていた椅子が邪魔で横にある後ろの出口のドアが開けられないことに気付き、その椅子を退けようと手を掛けた。すると、その皺のジャケットの男が彼女の手を払って、苛立ったように言った。

「いいから、どけよ。津田に逃げられちまうだろうが」

 彼は荒っぽく椅子を退かしてドアを開け、廊下に駆け出していった。春木陽香は鞄を肩に掛け、開いたままのドアの向こうに顔を向ける。さっきの皺のジャケットの男は廊下に立ったまま、背伸びをして、津田が歩いていった方角を眺めていた。

「くっそお……逃げられちまった」

 すると、他の記者たちが春木の背中を押した。春木陽香はそのまま押されて、廊下に出た。その後ろから雪崩を打って飛び出してきた記者たちが、エレベーターの方に競って駆けていく。春木陽香はその場に立ったまま、その背中を見つめていた。

 皺のジャケットの男が内ポケットにペンを仕舞いながら春木に言った。

「まったく、新日は新人にどんな教育してんだよ。ボサーっとしやがって」

「すみません。……」

 頭を下げた春木に、その男は冷ややかな視線を送って言った。

「心のベクトルだの何だの、どうでもいい話で時間を取りやがってよ。流れってもんがあんだろ。おまえの感想文の発表会場じゃねえって言っただろうが。混ぜくりやがって、この素人が!」

 男は春木を睨みつけてから、エレベーターの方へと歩いていった。しゅんとしている春木の肩が叩かれた。振り向くと、神作真哉が立っていた。彼はエレベーターの方に歩いて行く皺のジャケットの男の背中を見ながら、春木に言った。

「気にするな。新アジアフリーっていう小さな新聞社の記者だ。同業者からも随分と嫌われている奴だから」

「でも、私も何か、つい感情的に……」

 神作真哉は反対側に振り返り、廊下の奥に津田を追っていった記者たちを見つめながら言った。

「そりゃそうさ。俺も頭にきたよ。津田の奴、テレビカメラの前で、よくもまあ、こんな白々しい会見が出来たもんだ。なんだ、これ。まったくの出来レースじゃねえか」

「出来レース?」

 キョトンとした顔で神作の顔を見上げている春木に、神作真哉が説明した。

「前列の紺のスーツの男、たぶん、あいつが先導役だ。津田の息が掛かってる。それに、俺の右前の席に座っていた無精髭の男。あいつも、そうだろう。論点を海外に持って行こうとばかりしていた。指定されていたのは、席次だけじゃないってことさ」

「記者の中にサクラが混ざっていたってことですか」

「ああ。よくあることだ。さっきの新アジアフリーの西井上にしいのうえ。あいつも分からんぞ。金で動くゴロツキ記者だからな」

 神作真哉はエレベーターの方に向かって歩き出した。

 横を付いて歩く春木陽香は少し会見を思い出していたが、ハッとして神作に言った。

「そう言えば、津田長官、しきりに手許の資料と私や神作キャップの顔を照らし合わせていましたね」

「俺たちが予定外の席に座っていたからだろ。奴の予定では、俺がハルハルの座っていたドアの横の席に座っているはずだった。汚れ記者の西井上が俺の質問を邪魔して、反対側の壁際から髭の男が国際的な動向を問う。そうなれば、テレビカメラはほとんど、俺の方を映さないだろうからな。だが、俺たちが席を替わっていたことで、津田の計画が狂ったのさ。しかも、おまえの熱い質問に、テレビカメラも一斉にそっちを向いちまった。だから津田も、あんな善人ぶった表情でハルハルに対応せざるを得なかったんだろ。後半で事実上の出馬表明をしたかったんだろうからな。若い新人の女性記者に優しく対応する懐の深い官僚。テレビカメラの前で、そう演じたかったのさ。どれくらいの視聴者が見抜けたか知らんが、これは間違いなく、津田が仕込んだ出馬アピール用のヤラセ会見だよ」

 春木陽香は納得したが、自分の出来には納得できなかった。

 彼女は肩を落として言った。

「でも、あまりちゃんと質問できませんでした……」

 神作真哉は笑いながら言った。

「初回であれだけ堂々と質問できれば、上出来だよ。立派、立派。結構、あの津田幹雄を追い詰めていたじゃないか」

「もっと流れを見て質問するべきでしたよね」

「そのうち慣れてくるさ。おう、お疲れ」

 他の記者に声を掛けながら廊下を歩く神作真哉は、いつに無く優しかった。それは、彼自身も春木の津田への質問に心を打たれたからだった。

 春木陽香は神作に尋ねた。

「でも、冒頭からいきなり、先日押収したばかりの永山先輩の追加レポートを公開するなんて、どういうことでしょう」

 神作真哉は肩を上げて言った。

「俺も驚いたよ。お蔭で、こっちが質問しようと準備していたことが全部パーだ。ま、それが津田の狙いだったんだろうがな。で、たぶん、田爪瑠香の南米への到達を六月の定期便での到着だったということにしたかったんだろ。津田は、発射施設に不法侵入した俺たちには、あの日のことは言えないと高を括っていたのさ。ところが、おまえが直球を投げ込んだ。あの時の津田の顔……」

 背中を丸めた神作真哉は口を押さえて笑いを堪えた。そして、春木の肩を叩く。

「ま、こりゃ、一勝一敗でドローってとこだな。新人にしては大健闘だ。よくやった」

 春木陽香はホッとして、少しだけ頬を上げた。

 そこへ栗毛の白いスーツの女が後ろから話し掛けてきた。

「あんたでしょ、ノンちゃんところの新人さん」

 立ち止まって振り返った神作真哉は、その女に言った。

「よう、藤崎さん。お疲れさん。久しぶりだったな」

 ニュースキャスター・藤崎莉央花ふじさきりおかは、神作に一礼した。

「どうも、お疲れ様です。それより、さっさとノンちゃんと縒りを戻して下さいよ。いつまで偽装離婚してるんですか」

「偽装じゃねえよ、人聞き悪い。――ああ、紹介する。紀子の部下の春木だ。ハルハル、例の『ペエ』さんだ」

 有名人を前にして少し慌てた春木陽香は、急いで鞄から名刺入れを取り出すと、少し緊張気味に名刺を差し出した。

「新日風潮の春木です。いつもテレビで拝見しています。お会いできて光栄です」

 藤崎莉央花も自分の名刺を渡しながら言った。 

「パシフィックテレビの藤崎莉央花よ。よろしく。あなたのことはノンちゃんから色々と聞いてるわ」

 甘い香水の匂いが春木の鼻をくすぐる。藤崎の首元にはブランド物のネックレスが美しく光っていた。春木陽香は受け取った名刺をまじまじと見る。洗練されたデザインの洒落た名刺だ。少し斜めにすると、立体表示の自然光ホログラフィーで、名刺の上に藤崎の姿が薄く浮かんで見える。

 春木陽香は、その高級名刺を丁寧に名刺入れに仕舞った。

 藤崎莉央花はパーマのかかった栗色の前髪をかき上げながら、神作に言った。

「ねえ、神作さん。さっき、この子が言ってた『ドクターT』の上申書とか論文って、この前の『新日風潮』に載ってたグラビアのアレでしょ? もう少し詳しく教えてくれないかしら。どこから、どうやって手に入れたの?」

 神作真哉は苦笑いしながら答えた。

「それは、ウチの電子新聞にアクセスして下さいな。取材ネタは記事以外では外部に漏らさない。特に同業者には。業界のルールは知ってるでしょうが」

 藤崎莉央花は両手を合わせて言った。

「ちょっとくらい、いいじゃない。ね、少しだけ」

 神作真哉は歩き始めた。

「紀子とは親友でしょうけど、俺は、そんな義理は無いんでね。悪く思わんで下さいよ。そんじゃ。行くぞ、ハルハル」

 神作真哉はスタスタと歩いていく。

「失礼します」

 藤崎に丁寧に御辞儀をしてから、春木陽香は神作を追い掛けた。

「もう……ケチ亭主!」

 藤崎莉央花は太腿を叩いて、そう叫んだ。

 クルリと振り返ったニュースキャスター藤崎莉央花は、高いヒールを鳴らしながら、来た道を颯爽と戻っていった。途中、一度足を挫くと、壁に寄りかかって痛みに耐えた。前後を見渡し、目撃者の有無を確認した彼女は、挫いた足首を回した後、プラプラと振る。その勢いでハイヒールが脱げて飛んだ。転がったハイヒールをコソコソと追いかけて拾った藤崎莉央花は、周りに目撃者が居ないことをもう一度確認してから、脱げたハイヒールを履いた。キョロキョロと周りを見ながら、上着の裾や襟を整えた彼女は、何事も無かったかのように姿勢を正して歩いていった。

 エレベーターホールで春木と共に次のエレベーターを待っていた神作真哉は、エレベーターの横の窓に反射して映っている藤崎の姿を見て、首を傾げていた。



                  4

 ワイシャツの胸ポケットに挿したイヴフォンをいじりながら、神作真哉が司時空庁ビルの正面玄関から出てきた。彼はイヴフォンで山野に電話を掛けながら、階段を下りていった。後から出てきた春木陽香は階段の手前で立ち止まると、上着のポケットから取り出した小さな人形を見つめて、何かブツブツと言っている。彼女はそれを大事そうにポケットに戻すと、神作を追いかけて速足で階段を下りていった。

 神作真哉は左目を緑色に光らせながら言った。

「ああ、俺だ。今終わった」

 視界に映る山野紀子の像が話し始める。

『あ、真ちゃん。電話しようと思ってたの。こっちもテレビで見てた。とんでもない会見だったわね。あれじゃ、まるで津田の出馬表明のための会見じゃない』

「ああ。まったくだ。だが、そんな中でもハルハルが大健闘だったろ。後で褒めてやってくれ。それから、藤崎さんから例の上申書について尋ねられた。たぶん彼女にも司時空庁から質問事項の指示が出ていたはずだ。きっと、論文の入手経路について俺たちに探りを入れるよう、津田から頼まれたんだろう。お前から確認してもらえないか。友人として」

『わかった。訊いてみる。――で、どうする? すぐ戻ってくる?』

「うえにょが迎えに来てくれるそうだから、三人で昼飯でも食ってから戻るよ。ああ、何なら、おまえも一緒にどうだ。出て来られないか」

『うん、分かった。学校に行かないといけないから、その前に寄る。どこ?』

「そうだな……カフェ二〇〇七はどうだ。サノージュの向かいの店だ」

『ああ、分かった。じゃあ、千佳ちゃんも一緒に乗せてく。帰りはそっちに乗せてね』

「ああ。――それで、そっちの方はどうだった。学校はなんだって」

『朝美、やっぱり反省授業だって』

「なんで」

『あの子、由紀ちゃんの宿題をコピーして提出したみたいなのよ』

「は? 宿題を写しただけで、最北の地で化石の採掘かよ。厳しい学校だなあ」

『波羅多学園グループの新志楼中学がいいって言ったのは、真ちゃんじゃない』

「まあ、永山も卒業している学校だしなあ。――で、なんで発覚したんだよ」

『それが、あの子、由紀ちゃんの日記の部分までコピーして提出したみたいなのよ。家の周りに司時空庁のおじさんたちがいっぱい居ますとか、家の周りの塀の上がレーザー光線でピカピカですとか。学校では、新学期から登校できない可能性のある生徒がもう一人いるんじゃないかって、先生たちが緊急の対応会議を開こうとしたらしいの。それで、事が大きくなっちゃって』

「あの馬鹿。他人の宿題をコピーするなら、もっと上手くやれよな」

『そういう問題じゃないでしょ。真ちゃんがそんなだから、いけないのよ。十二月には高校受験なのよ。ちゃんと真ちゃんからも言ってもらわないと』

「ああ。分かってるよ。そのうち、一度しっかりガツンと、ガツン、あいたっ!」

 神作真哉は街路樹に正面から激突した。うずくまる神作に春木が駆け寄る。

「大丈夫ですか」

 神作真哉は額と鼻を押さえてしゃがんでいる。山野紀子の像が尋ねた。

『ちょっと、真ちゃん、どうしたの?』

 神作真哉は頭を振りながら答えた。

「ああ……木にぶつかっただけだ。大丈夫。それより、どっちになりそうなんだ。樺太と択捉。もっと近くにしてもらえるように、俺から電話しておこうか。どうせ費用はこっち持ちなんだろ。一方的に指定して経済負担を強いるつもりかって、学校側にも一言、釘をさしておくよ」

『うん、お願い。あ、釘って言えば、昨日あの子、真ちゃんの釣竿で吹き矢を作って釘を飛ばしたり、穴開けて尺八にしたりして遊んでたけど、あれ、よかったのよね。高いやつじゃなかったの?』

「は? ――ま、まさか、あの魚信あたりあきら作の継ぎ竿か。いい訳ねえだろう! 現代の名工の傑作だぞ。漆塗りだぞ。幾らしたと思ってるんだよ!」

『でも、もうバラバラで使えないわよ。どうせ壊れてたんでしょ』

「壊れてねえよ。――よし、樺太だ。樺太にしろ。費用は俺が出す!」

『ちょっと、真ちゃん、真ちゃ……』

 不機嫌そうな顔でイヴフォンの通話を切った神作真哉は、額と鼻から出血していないことを確認すると、路上に膝を付いて再度頭を振った。頭痛がする。それは、街路樹に頭をぶつけたことだけが原因ではなかった。

 落胆している神作真哉の横に身を屈めて彼の顔を覗き込みながら、春木陽香が言った。

「大丈夫ですか。イヴフォンを使用しながら歩行したり、運転したりしないで下さいって説明動画でも言ってましたよ。脳内投影は視界を遮るからって」

 神作真哉は春木に肩を借りてヨロヨロと立ち上がりながら言った。

「分かってるよ。あ痛たた。――くそっ、家宝にするはずだった釣竿が……」

 春木陽香が顔を背けてボソリと呟いた。

「ありゃあ……バレたんだ……」

 神作真哉は春木の左肩に右腕を乗せたまま言った。

「あん。――何か知ってるのか?」

 春木陽香は無理に笑顔を作る。

「いえ。何も。別に……ハハハハハ」

 ウインカーを点滅させて路肩に寄って来た一台のAI自動車が、二人から少し離れた場所で停車した。運転席の上野秀則はハンドルに顎を載せて二人の様子を観察した。彼の眉間に深い皺が寄る。上野秀則の記者としての嗅覚が彼を推理へと誘った。

「白昼堂々、肩なんか組んでイチャイチャと……。ハルハルも笑顔で、嬉しそうじゃないか。神作も照れくさそうに顔を手で覆っている。――あの二人、やっぱり……」

 上野秀則の眉間に、さらに深い皺が寄った。


 

                 5

 司時空庁長官室のドアが荒く開けられ、津田幹雄が入ってきた。

 佐藤雪子と松田千春が後から入ってくる。

 津田幹雄は自分の執務机の方に歩きながら、不機嫌そうに吐き捨てた。

「くそっ。何だ、あの会見は。予定と全く違うじゃないか!」

 椅子に座った津田幹雄は、佐藤を指差しながら言った。

「だいたい、どうしてあの小娘が居るんだ。新日には、新聞社にだけ席を指定したんじゃなかったのか。神作は神作で、政治部に指定した席に座っていたぞ」

 佐藤雪子は言った。

「記者同士で譲り合ったようですわね」

 津田幹雄は荒っぽく椅子の背もたれに身を倒した。

「どいつもこいつも、指示した質問内容以外の質問までしやがって。だから文屋は信用できないんだ」

 佐藤雪子は秘書室へと向かいながら、津田に言った。

「でも、頑張ってくれた方もいらしてよ」

 津田幹雄は憮然とした顔で答えた。

「ああ。一番前の紺のスーツだな。あいつが居なかったら危なかった。名前は」

 ドアの前で立ち止まった佐藤雪子は、振り返って答えた。

「サンライズ・ネット新聞の今村君。政界入りを視野に入れているのは、彼ですわ」

「そうか。覚えておこう」

 そう言った津田幹雄は、肘掛を叩いて言った。

「しかし、あの春木とかいう記者め。田爪瑠香のことも上申書のことも、堂々と晒しやがった。しかも、自分のフルネームまで。あの女、フリーになって、ニュースのコメンテーターになることでも狙っているのか」

 佐藤雪子は気にせずに秘書室へと入っていく。

 津田の机の前に立っていた松田千春は、ハンカチで額の汗を拭きながら言った。

「神作の奴にばかり注意しておりましたが、あの女性記者の方が厄介かもしれませんな。若いせいかもしれませんが、独善的で躊躇することを知らない。私も肝を冷やしました」

「それにしても、あの小娘、どうして機体を元に戻したことや契約のことまで分かったんだ。あの契約書は夫人の自宅から回収して処分したのだろう」

 松田千春はしっかりと頷いた。

「はい。実験終了後に、ウチの控えの分も破棄しました。電子データにも保存はしておりません」

 津田幹雄は声を荒げた。

「じゃあ、なぜ漏れたんだ。たかが週刊誌記者の小娘に、あそこまで正確な推理ができるわけないだろう。情報が漏れているとしか思えん」

「は。早急に内部調査を開始いたします」

 頭を垂れてそう答えた松田千春は、顔を上げると眉を寄せて言った。

「ですが長官、あの春木とかいう記者の言っていた、田爪瑠香がタイムマシンに乗った動機の推理は、なかなか説得力がございました。彼女の指摘を聞いて、夫人がなぜ発射日時を細かく指定してきたのか納得がいった次第です」

 松田を一瞥した津田幹雄は、肘掛けに肘を載せて息を吐いた。

「では、あの春木とかいう小娘は、それなりに頭の切れる女だということか……」

 険しい顔で暫らく考えた彼は、中指と親指の爪先を合わせながら言った。

「君の言うとおり厄介な奴かもしれん。こっちも何か手を打たんといかんな。どうやら、あの小娘をこのまま放置しておく訳にはいかんようだ」

 秘書室のドアが開き、顔を覗かせた佐藤雪子が慌てた様子で言った。

「長官。総理からお電話ですわ」

 背もたれから身を起こした津田幹雄が、困惑した顔で言った。

「なに、総理から。反応が早いな」

 津田のところに駆けてきた佐藤雪子が耳打ちする。

「官邸への上申書は、官邸総務室の事務処理ミスということで手を打ってあります」

 津田幹雄は頷いた。唾を一飲みしてから立ち上がり、机の上の電話機に手を伸ばす。

 彼が立体通話のスイッチを押すと、机の上にホログラフィー画像で辛島勇蔵内閣総理大臣の姿が投影された。

 津田幹雄は作り笑顔で言う。

「あ、これはこれは。総理。私も今、こちらからご連絡しようと……」

『会見を見た。ご苦労だった』

 辛島勇蔵のホログラフィー画像は津田を見据えていた。津田幹雄は視線を下に向ける。

「は。恐縮でございます」

『初耳も多くてね。驚いたよ』

「まったくです。私も対応に苦慮しております」

『――そうか。君は、今がどういう時期か、理解しているかね』

 辛島が細めた目は、津田を切りつけるように鋭い。

 津田幹雄は額から汗を流しながら答えた。

「はい。もう、それは十分に。このような時期だからこそ、この津田幹雄、粉骨砕身の覚悟で……」

『君に、そんなことは求めていない。邪魔さえしなければいい。分かるな』

 津田幹雄は深く頭を下げて言った。

「は。予てより肝に銘じております」

 辛島勇蔵は落ち着いた声で言った。

『それよりも、実際に、文字通りにとなった渡航者たちの遺族への補償を考えねばならん。夕刻に臨時閣議を開く。大臣たちへの説明が必要だ。君、出て来られるな』

 津田幹雄は辛島のホログラフィーに頭を下げたまま答えた。

「は。必ず」

『ん。上申書と有人実験の件については、こちらで調査を進める。一応、伝えておこう。以上だ』

 津田幹雄が顔を上げると、辛島のホログラフィーは既に消えていた。

 電話機に目を遣り、立体通話が切られていることを確認した津田幹雄は、脱力して椅子に腰を下ろした。

 強く歯軋りしてから、机の上を指先で細かく叩きながら、目を泳がせる。

「こちらで調査だと? 不味いことになったな。下手をすれば、地下のアレのことも総理に知られてしまうぞ」

 松田千春は机の前に立ったままだった。彼は津田の目を強く見て言う。

「相応の対処が必要な時期かと」

 津田幹雄は松田の押すような視線を険しい顔で受け止めると、横を向き、秘書室のドアの前に立っていた佐藤に言った。

「奥野国防大臣に繋いでくれ。二人だけで話がしたい」

 津田幹雄はネクタイを緩め、鼻に皺を寄せたまま、大きく息を吐いた。


 

                 6

 総理官邸の執務室の中に、直立して頭を垂れる津田幹雄の姿がホログラフィーで投影されていた。

 辛島勇蔵は厳しい顔を津田のホログラフィーに向けたまま言い終えた。

「――以上だ」

 津田のホログラフィーは腰を折ったまま停止し、消えた。その後ろから、長身の秘書官がリモコンをポケットに仕舞いながら前に出てきて、辛島に報告した。

「調査チームは、法務省に出向中の検察官から選抜いたしました」

 辛島勇蔵は椅子の背もたれに身を倒して言った。

「うむ。徹底して事実を調べるように指示しろ。光絵会長のご令嬢が犠牲になったんだ。私としても、彼女に合わす顔がない」

 入り口のドアがノックされた。

「入れ」

 辛島勇蔵がそう答えると、ドアが開いた。

 スーツ姿の中年男性が入り口に立ったまま素早く一礼して言う。

「国防省の増田です。失礼します」

 国防省情報局の局長・増田基和は姿勢よく辛島の机の前まで歩いてくると、机の前で立ち止まり、綺麗に一礼した。

 辛島勇蔵は言った。

「うん、ご苦労。司時空庁の会見は見たかね」

 増田基和は長身の秘書官を一瞥した。

 辛島勇蔵は軽く顎を上げ、秘書官を退室させる。

 ドアが閉まると、増田基和は口を開いた。

「はい」

 辛島勇蔵は、決して必要以上を喋らない増田に尋ねた。

「感想は」

「それなりに上手く作られているかと」

 辛島勇蔵は口角を上げる。

「相変わらず率直だな、君は」

 そう言って椅子の背もたれから体を起こすと、増田の目を見て尋ねた。

「で、どうだね、作戦の方は」

「はい。現在、鋭意遂行中であります」

「そうか……」

 辛島勇蔵は再び背もたれに身を倒した。彼は言う。

「とにかく、的が判明せんことには始まらん。探索に全力を尽くすように」

「はい」

 辛島勇蔵の鋭い目が増田に向けられた。

「無人機の方はどうなった」

「はい。SAI五KTシステムからは遠隔操作システムを切り離し、独立周波数帯のネットワークで操作できるよう準備しております。量子暗号通信システムの再構築に、もう暫らく時間がかかるかと」

 辛島勇蔵は目を瞑り答えた。

「そうか。已むを得んな。十七師団には空軍の支援無しだと伝えておきたまえ。ま、もともと当てにはしていないだろうが……」

「分かりました。連絡しておきます」

 辛島勇蔵は再び目を開いて言った。

「その後、奥野大臣はどうかね。司時空庁との関係は」

「依然、良好に。ただ、このところは連絡をとっておられません」

「懸命だ。国防大臣が巻き込まれてはいかん。奥野君にも、そう伝えてくれ」

「は。承知しました」

 そう答えた増田基和は、眉間に皺を寄せて言った。

「総理。調達局の津留局長が、総理への直接の面会を申し出ておりますが」

「国防大臣を通り越してかね。必要ない。どうせ、タイムマシンのことだろう」

「そのようです」

 辛島勇蔵は椅子を回し、横を向いた。

「あれを軍事利用するつもりはない。彼と話す機会があれば、そう伝えてくれ」

「わかりました」

 増田の方に顔を向けた辛島勇蔵は、増田の目を見て言った。

「君の部隊による監視は、連携に問題は無いのだな」

「はい。訓練どおり遂行しております」

 辛島勇蔵は一度大きく頷いてから、また増田に横顔を見せた。

「目的を違えないよう注意しろ。私が君の部隊を使うよう指令した意味を忘れないようにしてくれたまえ」

「は。最高の兵士を揃えていると自負しております。ご安心下さい」

 辛島勇蔵は横顔を見せたまま言う。

「うん。実に心強い。今、この機会に奴らを排除せねば、政府はいずれ力を奪われてしまう。そうなれば、この国に未来は無い。今が最良の機会だ。この機会を逃すな。いいな」

「はい。心得ております」

「下がっていい」

 増田基和は総理に一礼すると、速やかに踵を返し出口へと向かった。ドアの前で振り向き、再度素早く一礼して退室する。ドアが閉まると、辛島勇蔵は小さく呟いた。

「たとえ最良でなくとも、やらねばならんがな……」

 壁際で大きな振り子を揺らしている柱時計を見つめる内閣総理大臣の顔は、険しいままだった。


 

                 7

 有多町の官庁街の裏通りには、洒落た飲食店が軒を連ねている。石畳の細い歩道の上には、若い女性たちの姿が目立つが、浮かれた感じは無い。昼食時の混雑時で人が多いにもかかわらず、通りの上は割りと静かである。

 通りの中ほどに天然の自然食材を売りにした話題のオーガニック・レストラン「サノージュ」がある。通りを挟んだ向いには、広いテラス席を設けたヨーロッパ風のレトロな老舗喫茶店「カフェ二〇〇七」があった。背丈の低い観葉植物だけで歩道と仕切られたテラス席では、多くの客が青空の下での昼食を楽しんでいる。テラスの中央に置かれた大きなパラソルの下の席に、神作真哉と上野秀則、春木陽香が座っていた。

 春木陽香は頬をパンパンに膨らませて、満足そうに咀嚼していた。ジンジャーエールが注がれたコップのストローを咥えて吸い上げ、口の中の物を流し込んだ彼女は、頷きながら言った。

「うん。美味しい。ここのホットサンド、美味しいですよね」

 神作真哉は厚めのハムサンドを齧りながら、春木を指差して言った。

「だろ。向かいの『サノージュ』のオーガニック料理もいいけど、たまには、こういう風に、お天道様の下でってのも、いいよな」

 春木陽香は口角を上げてコクコクと頷いた。神作真哉が咀嚼しながら笑顔を見せる。

 二人の向かい側で、机に肘をついた手の上に顎を乗せて、注文した品を待っていた上野秀則は、二人の様子を見ながら呆れたような顔で言った。

「仲の良いことで。――それより、おまえら、そんな呑気なことを言っていて、いいのかよ。これからおまえらも色々と大変だろ。よく話し合えよ」

 神作真哉は口の中の物を飲み込むと、上野に言った。

「なに他人事みたいなことを言ってんだよ。デスクだろうが、おまえ」

 上野秀則が手から顎を離して言った。

「それとこれとは関係ねえよ。別に俺は否定しないけどよ。おまえがそのつもりなら」

 神作真哉はハムサンドに齧りつき、咀嚼しながら言う。

「そうか。分かってくれるか。いや、助かる。おまえの協力が必要だからな。じゃあ、進めていいな」

 上野秀則は机に肘を乗せたまま横を向いて答えた。

「ああ。どうぞ、どうぞ。ご自由に。ただし、山野には配慮しろよ。あいつにも面子ってものがあるからな。会社で仕事をし辛くなるような形にだけはするなよ」

 神作真哉は、落ちそうなハムを指先で拾って乗せ替えながら答えた。

「分かってるよ。子供じゃないんだから」

 隣に座っている春木陽香は、手に持っていたホットサンドを食べ終わると、ナプキンで口を拭いてから、神作の方を向いて座り直した。

 姿勢を整えた春木陽香は、神妙な面持ちで神作に言った。

「あの……神作キャップ。実は、お話ししておかなければならないことが……」

 神作真哉は口に運ぼうとしていたハムサンドを皿の上に戻し、手のパン屑を払いながら言った

「ん? なんだ、どうした。急に改まって」

 上野秀則はその様子を見て、立ち上がった。

「俺、ちょっとトイレに行ってくるわ」

 気を利かせて座を離れた上野秀則は、そのまま店の中に入っていった。

 春木陽香は意を決して神作に言う。

「実は……魚信あたりあきらさんの釣竿、朝美ちゃんと一緒にバラバラにしたの。私なんです。すみませんでした」

 一気にそう言った春木陽香は、すぐに頭を下げた。

 神作真哉は驚いたような顔で言う。

「な……おまえなのか? バラバラ? 節が外れただけじゃないのかよ」

 店内からガラス窓越しに外の二人の様子を見ていた上野秀則は、頭を下げる春木とその隣で困惑している様子の神作を見ながら呟いた。

「そりゃそうだわな。ハルハルから交際を辞退か。歳の差があり過ぎだもんな。神作の奴も馬鹿だな。元女房の部下に手を出すからだよ。まったく……ん?」

 上野秀則は腹部に手を当てた。

「あいたた……。胃が痛くなってきたな。ったく、上司に心配させるなっての。うう……腹まで痛くなってきたぞ。いたたた……」

 背中を丸めた上野秀則は、腹を押さえながら奥に進み、並んで二枚立つドアの右側の男子トイレのドアを開けて、中に入っていった。

 外の大きなパラソルの下のテーブルでは、そのテーブルに両肘をついて、神作真哉が頭を抱えていた。

 彼は呻くように言った。

「――マジかよ。レーザーで四等分に切断かよ。ああ……」

 春木陽香が頭を下げる。

「本当に、すみませんでした。私、弁償します」

 神作真哉は顔の前で手を振りながら言った。

「いや、いいよ。ハルハルが悪いわけじゃないし。紀子のマンションに置きっぱなしにしていたのは、俺だから。――絶対、朝美の奴が何かしでかすとは思ってたんだよなあ。はあ……」

 顔を上げた春木陽香は、恐る恐る小声で言った。

「それと……編集長のコンパクトも……」

「コンパクト? いいよ、そんなもの。どうせ安物だから」

 春木陽香は眉を寄せて言った。

「でも、たぶんあれ、ブランド物なんじゃないかと。いつも愛用されている物みたいですし……」

 神作真哉は皿に戻したハムサンドを持ち上げて言った。

「名工の魚信彬が作った釣竿に比べれば、屁みたいなものだよ。放っとけ」

「――すみません」

 もう一度頭を下げた春木陽香は、しゅんとしながら前を向いた。

 ハムサンドを齧っている神作のシャツのポケットの中から、イブフォンが彼の脳内に着信を伝えた。神作真哉は残りのハムサンドを口の中に押し込むと、指先でイヴフォンを操作して電話に出た。

「もひもひ、――神作です」

 神作の視界に、ハットを被ったトレンチコート姿の男が浮かぶ。

 その像は話し始めた。

『ああ。俺だ。探偵の浜田はまだ圭二けいじだ。裏の世界では、人は俺のことをダーティー・ハマーと呼ぶが、そんなことはどうでもいい。今日もこうして、閉ざされた仄暗い世界から、俺は依頼人に連絡を入れている』

 咀嚼したハムサンドを飲み込み、コーヒーを一口飲んだ神作真哉は、呆れ顔で言った。

「――なんだよ、ハマッチか」

『ハマッチって言うな! それは高校までのコードネームだ。今はダーティー・ハマーだよ。ハマーって呼べ、ハマーって』

「っせえな。それで、なんだよ、用は」

『なんだよは無いだろ。依頼の報告の電話だよ。ちょっと待て。おっと、誰か来たみたいだ』

「おいおい、切るのか」

『いや、小声で話す』

 ガクッと崩れた神作真哉が言った。

「――なんなんだよ、おまえ」

『とにかく。重要な事実が判明した。二つもだ』

「そうか。なんだ」

 そこへ山野紀子と永峰千佳がやって来た。

 山野紀子が手を上げて言った。

「お疲れ、ハルハル。どうだった、記者会見。緊張した?」

 春木陽香は二個目の熱々ハムサンドを頬張りながら答えた。

「おごかれさまです。……ゴクン。――ゴホッ、ゴホッ……」

 永峰千佳が呆れ顔で言う。

「ちゃんと噛みなさいよ。何やってるのよ」

 苦笑いしながら首を横に振った山野紀子は、春木の隣で、独りでブツブツと言っている神作真哉に目を向けた。よく見ると、彼の左目が緑色に光っている。

 山野紀子は顔を前に出してそれを確認しながら言った。

「ん? 真ちゃんは電話中か。ほんと、イヴフォンで通話してる人って分かんないよね。独り言を喋っているようにしか見えないもんね」

 神作真哉の視界には山野の前にトレンチコートの男が立っているので、山野が見えていない。

 彼は一人で驚いていた。

「はあ? それ、マジか」

『マジだ。だから、気をつけろ。奴らはただ、おまえらの記事を気にして、おまえらを付け回しているだけじゃない。本気で抹殺も考えているかもしれんからな』

「そりゃ大袈裟だろう。国の官庁だぞ」

『おまえ、意外と鈍い奴だな。まあ、昔からそうだが。とにかく、俺は感じるぞ。ここのところ毎日感じている。何かに監視されている感覚だ。どこか、遠い所から覗かれているような気がする。時々、それを近くに感じることもあるぞ。それも、冷たく、やけに冷静な視線だ。殺気に満ちた。お前も気をつけろ。敵は意外と近くにいるかもしれん』

「おまえな、神経過敏なんじゃないか。それか、探偵映画の見過ぎだろ。連中が俺たちを付けているのは知ってるが、ただ行動を監視しているだけだよ。この前のこともあるし、さすがに命まで狙う訳ねえだろ」

『じゃあ、後ろを見てみろ。スーツ姿の男が二人、仲良くコーヒーを飲んでいるだろ』

 神作真哉は後ろを振り向いた。奥の席を視界の隅で捉えてみると、彼の言うとおり、日の当たるテラス席に背広姿の男が二人、小さなテーブルを挟んで座っている。

 神作真哉は彼らに顔を向けて、わざと聞こえるように言った。

「ああ。だから尾行だろ。知ってるよ」

『二人の足下を見ろ』

「足下?」

『シッ。声が大きいぞ。いいか、よく見てみろ。ブーツだろ。しかも戦闘用のブーツだ。軍人や防災隊員が履いているものと同じだ。俺も防災隊員時代には履いていた。おまえも履いていただろ。だが、そいつらは防災隊員じゃない。目つきが違う。奴ら、軍人だ。たぶん、ワイシャツの下は強化繊維の防弾シャツだし、銃器も携帯しているはずだぞ。横のアタッシュケースは変形式のマシンガンかもしれん。この前、おまえの元奥さんの車が地下高速で襲われたのも、ただの脅しじゃない。本気だったんだ。警察が駆けつけなかったら、おまえの元奥さんは今頃、交通事故死で遺影の中だ』

 彼の話を聞きながら、神作真哉は奥のテーブルの二人の足下を見た。浜田の像が邪魔でよく見えなかったが、視界の隅で何とか捉えると、確かに軍人や防災隊員が履いている特殊なブーツを履いているように見えた。

 神作真哉は周囲を見回しながら言った。

「おまえ、今、どこに居るんだ。近くか」

『それは、言えん。俺にもプライバシーがある』

「なんだ、そりゃ」

『とにかく、この事実は重要だ。今後、我々もコンタクトの方法を考える必要がある』

「そうだな。どうするよ」

『追って指示する』

 またガクッとよろけた神作真哉は、机の上を指で叩きながら言った。

「今決めろよ、今。――それに、もう一つの重要な事実って、なんだよ」

『それは、今の俺の状況に関係している』

 神作真哉は深刻な顔をして、声を低めて尋ねた。

「――どうした、今、何かヤバイ状況なのか」

『ああ。すこぶるヤバイ。これから、外部の者と交渉する。男の意地とプライドを懸けたシビアな交渉だ』

「どこに居るんだ、おまえ。助けが必要なら……」

『シッ。気付かれた。切るぞ』

「おい、おい。ちょっと待て。もう一つの重要な事実……くそ。切りやがった」

 向かいの椅子に座っていた山野紀子が神作に尋ねた。

「誰よ。深刻な顔して」

 イヴフォンを切った神作真哉は、もう一度辺りを見回しながら言った。

「あ、いや。ちょっとした俺のネタ元だ。なんだか、危険な状況らしいんだが……」

 山野紀子は手を口の横に立てた顔を前に出すと、小声で言った。

「ネタ元って、例の私立探偵でしょ。放っときなさいよ。いつものことじゃない」

 神作真哉は周囲をキョロキョロと見回しながら答えた。

「まあ……そうだな」

 彼は心配そうな顔でコーヒーを啜る。

 その頃、男子トイレの中では、一つしかない個室のドアを上野秀則が必死に叩いていた。

「おい。何やってんだ。早くしてくれよ。こっちは漏れそうなんだよ。まさか、中で電話してるんじゃないだろうな」

 個室の中から声が返ってきた。

「いや。ただの独り言だ。気にするな」

 上野秀則は尻を押さえながら言う。

「気にするも何も、漏れそうなんだよ。早くしてくれ」

「こっちもピンチなんだ。分かってくれ。重要な事実が判明したからな」

「知るかよ。こっちは現に重大な事態なんだよ。早く……」

 上野秀則が尻を押さえながら苦悶の表情を浮かべてそう言うと、個室の中から男が返事をした。

「紙が無い」

「はあ?」

「切れているんだ。トイレットペーパーが。悪いが、あんた。ケツを拭く紙は持ってないか。トイレに流せるやつ」

「か、紙? 早く言えよ。ええと……」

 上野秀則はトイレの奥の用具置き場から新しいトイレットペーパーを取って、それを個室のドアの上から中に差し出した。トイレットペーパーを受け取った中の男が、ゴソゴソと音を立てながら言う。

「悪いな。俺の名は浜田圭二。裏の世界ではダーティー・ハマーと呼ばれているが、そんなことはどうでもいい……」

「どうでもいいなら、早く拭いてくれ! 次が待ってるんだぞ!」

「なんだ。待たせてたのか。悪かったな。じゃあ、これ」

 ドアの隙間から名刺が出てきた。

 上野秀則は素早く名刺を引き抜いて言う。

「あんたを待ってるんじゃない。トイレを待ってるんだ。早くしてくれ。何なんだ、あんた……」

 ガサガサと鳴る音と共に、男の声が返ってくる。

「しがない探偵さ。困った時はいつでも呼んでくれ。このお礼に、一回は半額で仕事を引き受けてやる」

 上野秀則は両手で尻を押さえて震えながら言う。

「そんなことより……急いで……くれ……。俺は、今、困ってるんだ」

 個室の中の男が言った。

「そうか。大変だな。だが、その前に、尻拭き合うも他生の縁だ。あんたの名刺もくれ」

 上野秀則は歯を喰いしばって言う。

「そんな縁は、いらん! 不衛生だろうが! 袖だ、袖! それに、俺はまだ拭いてないぞ。ていうか、早くしてくれ!」

「名刺が先だ。心配するな、それでケツを拭きはしない」

「分かった、分かった。め……名刺だな。ちょっと待て……くう……」

 上野秀則はクネクネと腰を動かしながら、息を止めて、ワイシャツの胸ポケットから名刺入れを取り出した。

 個室の中の男が言う。

「何をモタモタしてる。漏らしてもいいのか」

 上野秀則は怒鳴った。

「ケツから手を離すと、出ちまいそうなんだよ! ほら、名刺だ。さっさとしてくれ!」

 上野秀則はドアの隙間に名刺を挿し込むと、急いで尻を押さえて身を仰け反らした。

 個室の中に名刺が引き込まれ、中から再び男が言った。

「そう焦るな。少し時間がかかるぞ。なんてったって、俺は『痔持ち』だからな。慎重に拭かないと……」

「し……るか……早く……早くしてくれ。も、漏……れ……る……」

 上野秀則は個室のドアに寄りかかりながら、両手で尻を押さえ、震えている。

 天井で古い換気扇がカラカラと回っていた。


 心地よい風が吹きぬける外のテラス席では、パラソルの下で、山野紀子が神作に尋ねていた。

「で、どうするのよ。哲ちゃん、このまま自宅に軟禁させとくの?」

 神作真哉は目で後ろを示しながら、山野に言った。

「声がデカイんだよ、おまえ」

 山野紀子は神作が示した方に視線を向けた。奥の席に背広姿の男が二人座っている。二人とも耳にイヤホンマイクを取り付けていた。

 山野紀子は黙って神作に頷いてみせた。

 神作真哉が言った。

「何か注文するか」

 山野紀子は首を横に振った。

「いい。学校に行かないと。真ちゃんも一緒に行ってよ」

 神作真哉は首を縦に振った。

「ああ。分かってるよ。だから呼んだんだ」

 メニューを見ていた永峰千佳は、それを閉じると、春木の前の皿を指差して言った。

「じゃあ、私もホットサンドのランチセットで。ここに来たら、やっぱり、ホットサンドですよねえ。注文してきまーす」

 立ち上がった永峰千佳は、店内へと歩いていった。

 前に顔を出した神作真哉が、声を忍ばせて山野に言う。

「それより、聞いてくれ。ネタ元の話では、司時空庁が田爪瑠香の論文を無視し続けたのには、理由があるみたいなんだ」

 山野紀子も前に顔を出した。眉間に皺を寄せた彼女は小声で言った。

「理由? それは、タイムマシン事業を継続させたかったからでしょ」

 神作真哉は頷いた。

「それもある。だが、もしかしたら、もっと別の確信を得ていたからかもしれん」

 山野紀子は首を傾げる。

「確信? 何よ、それ」

「ここじゃあな……」

 神作真哉は親指で肩の後ろを小さく指差した。彼は小声で話を続ける。

「後で車の中で話そう。それよりも、永山だ。あいつの話が聞けんことには、どうにもならん。今朝も話したとおり、土日で何度か電話してみたが、会話が重要な部分になると信号が入って、通話が強制的に切られちまう」

 山野紀子は深刻な顔をして言った。

「軍のスーパー・エシュロンまで使って盗聴解析してるのかしら。だとすると、司時空庁も随分と本格的なことをするわよね」

 ジンジャーエールのコップを両手で持って、中に挿されたストローに口を付けていた春木陽香が、顔を前に出して二人に尋ねた。

「顧問弁護士さんに頼んでみたらどうなんです? 過度の通信傍受は憲法違反ですよね」

 神作真哉が答えた。

「ああ。一応、差止めについて相談してみるが、あまり期待は持てんな」

 山野紀子が声を押し殺しながら言った。

「記事でいくのよ。私たちは記者よ。ペンは剣よりも強し。司時空庁のやっていることを記事にして、世論を味方につける。それしかないんじゃない?」

「ああ、そうだな。今日の会見の後だからな。ウチの記事への関心は高いだろうし、夕刊でバシッと載せれば、インパクトはあるかもな。うえにょも協力するって言ってくれた」

 オレンジジュースを手に持って永峰千佳が戻ってきた。

 隣に座った永峰を気にせずに、山野紀子は小声で神作に言う。

「でも、哲ちゃんの軟禁の事実はともかく、今更、何を載せるのよ。会見で哲ちゃんの追加レポートは公開されたし、『ドクターT』の論文のことも認めたじゃない。せいぜい、その事実くらいしか載せられないでしょ」

 オレンジジュースを吸った永峰千佳が普通の声で言った。

「タイムマシンの行方についての見解のまとめってのは、どうです? なんか、永山さんが飛ばしたタイムマシンは、二〇二五年に飛んで、あの大爆発の原因になったって、昨日のテレビで学者が言ってましたから」

 春木陽香が大きな声で言った。

「ええ! あの核テロ攻撃が、永山先輩のせいにされてるんですか? どうしてムグッ」

 神作真哉が周りを見ながら春木の口を押さえた。

 山野紀子が口の前に人差し指を立てて、春木に注意する。

 オレンジジュースのストローを回しながら、永峰千佳が言った。

「根拠の無い憶測よ。でも、きっと誰かが学者に手を回して言わせたんでしょうね」

 春木から手を離した神作真哉が言った。

「知れてるだろ。あの分野の学者に口が利くとすれば、司時空庁だよ。だが、言っていることは、あながち間違ってはいないかもな」

 山野紀子は眉間に皺を寄せて言う。

「真ちゃんまで。じゃあ、南米戦争の勃発も、全部、哲ちゃんのせいだって言うの?」

 神作真哉は腕組みをしながら言った。

「そこまではともかく、もし、あの爆発が、永山が送ったタイムマシンが原因で起こったのだとすれば、事は重大だ。こっちとしては、何としても、あいつに故意は無かったということを証明しないといけなくなる」

 山野紀子は憤慨したような顔で言った。

「ある訳ないじゃない。追加レポートの内容を聞いたでしょ。それに、何の証拠も無いのよ。あの爆発では半径数キロが吹き飛んで、何も残っちゃいないじゃない。今も、爆心地はそのままの状態でしょ」

 神作真哉は顔を前に出して、後ろを気にしながら再び小声で言った。

「だから、妙なんだ。何も残ってないんじゃなくて、何も残さないように、徹底的に何かを回収したんじゃないか。司時空庁が」

「そんな……」

 そう言って眉を寄せている山野に、椅子の背もたれに身を倒した神作真哉が言った。

「ま、詳しくは車の中だ。紀子、車で来たんだろ」

 山野紀子が頷く。

「うん。――ハルハル、千佳ちゃんと一緒に、うえにょの車で帰ってね。私、真ちゃんと新志楼中学に行って来るから」

「あ……分かりました。あの……」

 春木陽香がそう何かを言いかけた時、山野紀子がバッグから化粧ポーチを取り出して席を立った。

「私、ちょっと、お化粧直ししてくるわ」

 神作真哉が呆れ顔で言った。

「たいして変わるまいて」

「うるっさい!」

 プイと横を向いた山野紀子は、店内に大股で歩いていった。

 化粧ポーチを持って歩いてく山野の背中を目で追いながら、春木陽香は呟いた。

「これは……ヤバイ……」

 春木陽香の顔には、大量の汗が浮かんでいた。


 店内の男子トイレの中では、洗面台の前でトレンチコート姿の長身の男が手を洗っていた。壁の古い乾燥機で手を乾かすと、彼は鏡を見ながら頭のハットの角度を整え始めた。

 水が流れる音の後、背後の個室のドアが開き上野秀則が出てきた。

「ふう……助かった。危なかった……」

 トレンチコートの男は振り向いて、握手を求めながら言った。

「こっちも助かったぜ。礼を言わせてくれ」

 上野秀則が手を出すと、男はサッと手を引っ込めた。

 彼は言う。

「待て。手を洗ってからだ」

 上野秀則は怪訝そうな顔で手を洗いながら言った。

「いやあ。探偵さんでしたか。実は私、新聞記者をしていましてね。ああ、名刺をお渡ししましたな。これも何かのご縁ですから、今後とも何かとご協力……って、居ないし」

 後ろを振り向きながら乾燥機に手を翳した上野秀則は、独り言を発した。

「何なんだよ、あの男。変な奴だなあ。この季節にコートって、馬鹿かよ。八月だぞ」

「探偵にトレンチコートは、素麺に麺つゆみたいなものだ。なくてはならん。二つでワンセットだぜ」

 個室の中から、さっきの男の声が響く。

 上野秀則は言った。

「また入ってるのか。腹でも壊してるのかよ、あんた」

「私立探偵は二度ケツを鳴らす。そういう名作映画もあるだろ。ブッ」

「郵便配達だ、郵便配達。しかも、ベル! アホか」

 上野秀則は怒鳴りながら、廊下に出るドアを開けた。彼は一歩だけ踏み出した所で立ち止まり、呟く。

「――と、あんな奴に怒っても無駄だな。この季節にコートじゃ、きっと暑さで頭がイカぶっ!」

 隣の女子トイレのドアが激しく開き、上野の顔面を直撃した。女子トイレから出てきた山野紀子は、不機嫌そうな顔で肩を怒らせ、大股で廊下を歩いていく。開いたドアがゆっくりと戻った。上野秀則が顔を押さえてうずくまっていた。

「っつう……は……鼻が……」

 上野秀則はヨロヨロとしながら歩いていった。


 建物から出てきた山野紀子は、テラス席の大きなパラソルの下までツカツカと戻ってくると、手に持った黒焦げの物体を突き出して言った。

「私のコンパクトが、焼きはまぐりみたいになってるわよ!」

 神作真哉が言った。

「朝美がやったんだと。そうだろ、ハルハル」

 慌てて席から立ち上がった春木陽香は、必死に頭を下げて謝った。

「す、すみませんでした」

 山野紀子は怪訝そうな顔で言う。

「なんで、あんたが謝るのよ」

 春木陽香は顔を下に向けたまま、上目で山野の顔色を伺いつつ答えた。

「いや……その……昨日、永山先輩の家に差し入れに行ったら、お隣の、背と腹が蛙みたいな犬がいる家から、窓に向かって光線を……」

「意味が分からーん! 妖怪屋敷か、そこは!」

 大きな声でそう怒鳴った山野に客たちの視線が集まった。

 神作真哉は周囲を気にしながら、山野に落ち着くように手を振った。

 店の中からガラス越しに、上野秀則が鼻を押さえながら、その様子を見ていた。必死に頭を下げる春木、その前で腰に手を当てて仁王立ちしたまま何かを怒鳴っている山野、周囲を気にしながら山野を宥めようとしている神作を見て、上野秀則は呟いた。

「そりゃ、そうだわな。自分の上司の元旦那とデキちゃったんじゃ、そうなるよな」

 上野秀則は曲がった鼻を戻し、溜め息を吐いて下を向いた。腰に手を当てたまま首を横に振った上野秀則は、顔を上げると眉を寄せて苦笑いしながら言う。

「こりゃあ、俺が取り成すしかないか。上司っていうのも大変だな。やれやれ……」

 上野秀則が店の出口の方に歩き出すと、後ろのトイレの中から大声が聞こえた。

「おーい、さっきの人お。まだいるかあ。また紙が切れたんだ。トイレの友は一生の友だろ。大便仲間よ、助けてくれえ!」

 店内の客たちの視線が一斉に上野に注がれる。上野秀則は視線をかわしながら、速足で男子トイレの中に戻った。

 トイレットペーパーを探しながら、上野秀則は言った。

「なんだよ、もう切れたのかよ。どんだけ使ったんだ」

 個室の中からドア越しに声が聞こえる。

「三分の一はアンタだろ。俺は二回目だから、このトイレットペーパーは実質的に計三人のオッサンに対処したわけで、それならごく平均的な消費量だと……」

「分かったから、ほら、はやく受け取れ」

 上野秀則はドアの上から新しいトイレットペーパーを渡した。

「すまんな。恩に切る」

 上野秀則は個室のドアを強く何度も指差しながら念を押した。

「いいか、紙は切らすな。考えて使え。仮に切れたとしても、もう叫ぶなよ。すっげー恥ずかしいから!」

 個室の中の男が叫んだ。

「うお! なんじゃこりゃあ! 血が出とるぞ」

「知るか! 病院に行け、病院に!」

 外に出た上野秀則は激しく男子トイレのドアを閉めて、廊下を大股で歩いていった。

 テラスに出て、大きなパラソルの下の席に戻ると、永峰千佳がホットサンドを美味そうに頬張っている。その隣には春木陽香が座っていた。

 上野秀則は尋ねた。

「あれ、神作と山野は?」

 永峰千佳が答える。

「あ、出かけました。車の中で、二人で話があるとか」

 上野秀則は眉を寄せて息を吐いた。椅子に腰を降ろそうとした彼は、その腰を上げて、また尋ねた。

「あれ、俺が注文したホットドッグは?」

 永峰千佳がまた答えた。

「山野さんが持っていきました。やっぱりお腹が空いたって。車内で食べるそうです」

「はあ? ったく、何なんだよ……」

 上野秀則は荒っぽく溜め息を吐いて椅子に座り、春木に視線を向けた。春木陽香は下を向いてしゅんとしたまま、コップに挿されたストローで底の氷水を吸っている。顔を覗くと、少し涙目になっていた。

 上野秀則は、一応、永峰に尋ねた。

「どうしたんだ」

「山野編集長に怒られたんです。猛烈な勢いで。なんでかは、よく分かりませんけど」

 上野秀則は眉を寄せて春木を見ながら呟いた。

「だよなあ……。そりゃあ、山野も怒るよなあ……」

 上野に永峰千佳が小声で耳打ちする。

「本当はハルハルのことを心配してるんですよ。山野編集長、車の中で言ってました。自分がハルハルに、津田長官に『一太刀あびせろ』ってプレッシャーをかけちゃったから、気にしてるんじゃないかって。だから、わざと別のことで叱って、ハルハルの気を逸らせたんじゃないですか」

 上野秀則は元々キョトンとした顔を更にキョトンとさせて、春木を見ながら言った。

「なんだ。そうなのか。おまえ、あの記者会見で失敗したと思ってたのか」

 今度は、顔を上げた春木がキョトンとしていた。

 そこへ、店員が困惑した顔で上野の横にやって来た。店員に気付いた上野秀則は、手に取ったメニューを広げて店員に言った。

「おお、丁度良かった。今、追加の注文をしに行こうと思ってたところだったんだ。実は注文した品を後輩に持ち逃げされましてね。ええと……」

 眉を寄せた店員が上野に小声で言う。

「あの、お客様。お連れの方がトイレの中からお呼びですが……。緊急事態だと……」

「知らんと言ってくれ。俺は連れじゃないし、肛門外科医でもない」

 上野秀則はメニューに視線を落としながら即答した後、そのまま注文を続けた。

「じゃあ、改めてホットドッグのランチセットを一つ」

 永峰千佳が口を挿んだ。

「ここは、ホットが美味しいんですよ」

「ばーか。素人だねえ。この店はホットドッグの屋台からスタートした店なのだよ。通はホットドッグを注文するんだな」

「え、そうなんですか。知りませんでした」

 上野秀則は顔の前で手をパタパタと振った。

「かあ。永峰もまだまだ青いねえ。そういうことじゃ、表面的な情報に振り回されちまうぞ。人気店がどういう歴史をたどって人気が出たのか、そこをしっかりと調べるのが記者だろうが。話題の看板メニューにばかり気を取られているようじゃ、駄目ですな」

 そして胸を張って春木を見ながら言う。

「ま、俺みたいな優秀な記者は人気の背景事情をよーく調べてから、その店の本当に美味い品を注文するのだよ。これが玄人の技って奴だよ。ねえ、店員さん」

 肩を叩かれた店員は、腰を少し折ったまま戸惑い顔で応える。

「え、ええ。まあ。そうですね……。ですが、あの、お連れの方がトイレでまだ何かおっしゃっておられますが……。先程から、ネクタイでいいから貸してくれとか……」

「貸すか」

「プライバシーがどうとかこうとかも言っておられますが。ご自分は恥ずかしがり屋だとも。もしかして、何か私どもに失礼な対応でもございましたでしょうか」

「気にせんでください。一人で資源を無駄にしているだけですから」

 そう言って上野秀則は春木と永峰に顔を向けた。

「それよりおまえら、食ったことねえだろ、ここのホットドッグ。美味いんだぞ。試しに食ってみろよ。ああ、店員さん。ここ、ミニ・ホットドッグがありましたよね。ドリンク付きのセットで、それも二つ」

 上野秀則はメニューを見たまま、春木と永峰の順に二人を指差して店員に告げた。

「それと、この若い子に、『この夏一番人気のミックス・フルーツ・パフェ』を一つと、こっちの子に、普通のプリンを一つ。俺は、渋くコーヒーゼリーを一つ」

「え、いいんですか。わーい」

「うえにょデスクの奢りなんですか? 私はフルーツ・パフェ?」

 両手を上げて喜んでいる永峰の隣で首を傾げている春木に、上野秀則は言った。

「上野だっつうの。――おまえ、津田に渾身の一太刀を浴びせたからな。その御褒美だ」

 目をパチクリとさせている春木を、上野秀則はしっかりと指差した。

「雉が鳴いたんだ。あとは討つだけだろうが。しょうもないことでしょげている場合か。これからが本番だぞ。糖分を摂って、しっかり頭を回しとけ」

 椅子から立ち上がった彼は、しかめた顔でトイレへと歩いていった。

 春木陽香は店の中に入っていく上野の背中を見つめていたが、何となく少し元気が出た気がして、少しだけ顔をほころばせた。

 永峰が片笑みながら言う。

「頑張んなさいよ」

「はい」

 春木陽香は元気よく頷いた。

 夏の強い日差しが、パラソルの上に降り注いでいた。




 第四部


 二〇三八年八月三日 火曜日


                  1

 春木陽香は、真新しい大きなビルの前に立ち、上の階を見上げていた。夏の太陽の下で春物の少し厚手のスーツを着た彼女は、ハンカチで首筋の汗を拭う。ポケットにハンカチを仕舞うと、そこから小さな人形を取り出した。カラフルな衣装を着たチョビ髭の男性の人形である。その人形は、奇妙な顔で笑いながら両手を左右に広げている。

 春木陽香は人形を握り締め、目を瞑って祈った。

「どうか、社長が怒ってませんように。インタビューが上手く出来ますように」

 一度頷いてから人形をポケットに仕舞った春木陽香は、前を向いて息を吐くと、姿勢よく歩いて、ビルのエントランスへと向かった。

 ここは「アキナガ・メガネ社」の本社ビルである。世界中にチェーン展開するこの会社は、次々と生み出すヒット商品で順調な成長を続けている。そこの名物社長・秋永広幸あきながひろゆきは春木たちが発射を阻止した最後のタイムマシンに搭乗していた人物で、春木陽香はその感想をインタビューするために来社していた。彼へのインタビューは昨日の予定だったが、春木が急に司時空庁の記者会見に参加することになったので、今日に変更となった。春木陽香は、堅物社長として知られている秋永社長が急な予定変更に立腹していないか不安だった。

 エレベーターを降りた彼女は、少し緊張した面持ちで社長室までの広い廊下を歩いた。左右の壁沿いにはアキナガ・メガネ社製の商品が飾られている。足を止めた彼女は、壁の方に近づいてショーケースの中を見回しながら言った。

「ふーん。ビュー・キャッチかあ。すごーい。いろんな色がある」

 ショーケースの中には、様々な色の眼鏡らしき物が幾つも飾られている。それらの商品「ビュー・キャッチ」は、見た目は普通の眼鏡であるが、眼鏡ではない。カメラのレンズ機能を兼ねた透明レンズを用いて、装着者の視界に沿った撮影ができる眼鏡型の撮影機器である。昨年末に新商品として売り出された「ビュー・キャッチ」は、今期のアキナガ・メガネ社の中核的ヒット商品であった。

 春木陽香は、ショーケースの上で繰り返し再生されているホログラフィー動画の商品解説を見ながら言った。

「へえー。この透明なレンズが、カメラのレンズも兼ねてるんだあ。世界最先端の技術かあ。『透過式フォトダイオード』って言うんだったよね。フレームに内蔵した記憶装置も世界最小、最軽量。やっぱり、日本の技術ってすごいなあ……」

 彼女が一人で感心していると、廊下の突き当たりで、両開き式の重厚なドアが開いた。中からタータン・チェック柄の派手なスーツを着た青年が出てくる。背中を向けた彼は、室内に向けて頭を下げて挨拶した。

「では、失礼します」

 ドアを閉めた男が振り向いてこちらに歩いてきた。

 春木陽香はその青年に声をかけた。

「あれ? 時吉先生」

 時吉浩一は少し驚いたような顔で春木を見て言った。

「やあ。――ええと……」

「春木です。新日風潮の」

「うん。ハルハルさんだね。大丈夫、ちゃんと覚えてますよ」

 春木陽香は大袈裟に目を細めて時吉を見た。

「本当ですかあ?――あ、先生も、お仕事ですか?」

「ん? ああ、ちょっと頼まれ事でね。――君も仕事?」

「はい。インタビューです。社長さんに」

「――ああ。例のタイムマシン」

 春木陽香は米噛みを指先で掻きながら答えた。

「ええ、まあ」

「なんか、大変な事になってるね。もしかして、僕が渡したアレがきっかけなのかな」

「きっかけっていうか……私たち的には、確かに、そうですけど……」

「そう……」

 一度顔を曇らせた時吉浩一は、すぐに顔を上げて春木に忠告した。

「あ、社長は、タイムマシンに乗れなかったことで相当に怒っていらっしゃるから、あまり刺激しない方がいいよ」

「そうですか……。やっぱり……」

 春木陽香は小さく溜め息を吐いた。

 時吉浩一は不安そうな顔になった春木を見て、少し考えてから言った。

「ああ、そうだ。離婚裁判の方、今月でたぶん和解が成立するから、編集長さんにそう伝えてくれますか。期日の日程は、いつも通りメールで知らせるって」

「分かりました。ありがとうございます」

「じゃ、頑張ってね」

「どうも」

 スタスタと去っていく時吉の背中を見つめながら、春木陽香は小声で呟いた。

「なんか、他人事だなあ。自分が持ってきた事件なのに……」

 一度首を傾げた春木陽香は体の向きを変えて、社長室の両開きのドアに向かって歩いていった。


 大きくなる鼓動を意識しながら、春木陽香は社長室のドアの前に立った。彼女は深く息を吸う。

 ドアをノックすると、部屋の中から威圧的で強い返事が聞こえた。

「はあい。どおぞ」

 春木陽香はドアを開けた。

 広い社長室の奥にポツリと置かれた大きな机の向こうに、黒縁の眼鏡を掛けて蝶ネクタイをした初老の男が座っていた。彼は険しい顔で葉巻を吸っている。アキナガ・メガネ社の社長・秋永広幸だった。

 春木陽香は丁寧に頭を下げた。

「失礼します。新日風潮社のハルハル……違った、春木陽香です」

 秋永広幸は灰皿に葉巻を押し付けると、立ち上がって応接椅子の方に手を向けた。

「うん。お待ちしていました。さ、どうぞ。座って、座って」

 意外にも彼は穏やかな口調でそういいながら、机の前のソファーをしきりに指した。

「失礼します」

 春木陽香は少し戸惑いながら、再度一礼して部屋に入った。ソファーの前まで来て秋永に名刺を渡した後、彼女は言葉を選びながら慎重に挨拶する。

「この度は、お忙しいところ、お時間を割いていただき、誠に有難うございます。弊社の都合で予定が変更になってしまい、社長様には本当にご迷惑を……」

 ソファーに深く腰掛けた秋永広幸は、春木に掌を突き出して言った。

「ああ、堅苦しいことはいいから。とにかく座りなさい。それじゃ、こっちもゆっくりと話せないじゃないか。無駄な挨拶などしていると日が暮れてしまうぞ。時間がもったいないだろ」

 彼は背広のポケットから取り出した金の懐中時計の蓋を親指で弾いて開けると、時刻を確認してすぐに蓋を閉め、背広のポケットに戻した。それは、いかにも大会社の社長として多忙な日々を送っていると言わんばかりの態度であると同時に、秋永広幸という男の生来的な性格も表していた。彼は自分の方から春木に言ってきた。

「訊きたいのは、タイムマシンの搭乗についての感想、だったな」

 春木陽香は急いで鞄から電子メモ帳を取り出しながら言った。

「はい。実際にタイムマシンに座られた民間人では、社長が唯一……」

「――生きている、か。――まあ、結果としては、そうだな。命拾いした」

「はあ……」

「止めてくれたのは、あんただってな。おたくの編集長さんから話は聞いたよ」

 こちらを何度も指す秋永の指先を見ながら、春木陽香は瞬きして尋ねた。

「あ、えっと、ウチの……いえ、弊社の山野からですか?」

「ああ。昨日、あの司時空庁から急に呼び出されたんだって? あんたも大変だな。あんな非常識な役所が相手じゃ、気苦労も絶えんだろう。ま、あの司時空庁におたくの雑誌社が天誅を食らわすと言うから、忙しい中でも取材に応じることにしたのに、ドタキャンされて正直、頭に来てたんだ。ムカついたよ。だから、金輪際おたくの取材には応じないつもりだった」

 秋永広幸は顔を突き出してそう言った。春木陽香は小さく頭を下げる。秋永広幸はニヤリと片笑むと、春木を太い指でさした。

「でもな、あんたがタイムマシンの発射を止めてくれたと、おたくの編集長さんから聞いて気が変わった。許してやることにしたよ。で、こうして取材に応じることにした。俺も男だからな、恩には報いるつもりだ」

「そうだったんですか……。あ、いや、そんな、恩だなんて……。私は記者として仕事をしただけですし、とにかく危険だと思って……」

 どうやら山野が取り繕ってくれたらしい。

 春木陽香はそう考えながらボソボソとした声で答えていた。秋永広幸はそんな彼女の声を聞き取ろうともせずに、太く大きな声で一方的に話し続ける。

「だが、あのストンスロプ社は許せん。司時空庁も」

 彼は少しずれ落ちた黒縁の眼鏡を指先で上げた。

 電子メモ帳を手に持った春木陽香は眉を寄せ、今度ははっきりとした大きな声で秋永に尋ねた。

「司時空庁は分かります。お支払になられたタイムマシンの搭乗料金が、まだ返却されていないのですよね」

 秋永広幸は険しい表情で頷いた。

「そうだ。連中は契約書にそう記載されていると言うのだが、これじゃあ、詐欺じゃないか。なあ」

「――まあ、そうも言えないこともないかと……」

「どっちなんだ。はっきりせい!」

 秋永広幸はソファーの肘掛を強く叩いた。春木陽香は口を尖らせて、また少し小声で答える。

「詐欺……だと思います」

「だろ。だから、時吉先生に頼んだんだ。ストンスロプの件と一緒にな」

 春木陽香は顔を上げて、また尋ねた。

「ストンスロプ社は、どうしてなのですか」

 秋永広幸は肘掛けの上で拳を握りながら、悔しそうな顔で答える。

「俺は本来なら、六月二十三日の便に乗るはずだったんだ。それなのに、どこかの馬鹿が横入りしやがって、おかげで俺は、予定していた発射日を繰り下げて、その一ヶ月後の七月二十三日に飛ぶことになった。一ヶ月も余計に待たされたんだぞ、一ヶ月も!」

 彼はまた強く肘掛を叩いて、顔を横に向けた。音に驚いて首をすくめていた春木陽香は、秋永の横顔を観察しながら、恐る恐る尋ねた。

「それは、つまり、順番の割り込みということですか」

「そうだ。そいつは俺の倍の金を司時空庁に支払ったらしい。誰だと思う」

「さあ……。でも、社長の倍の金額を支払ったということは、相当にお金持ちですよね」

「知らんよ、そんなことは。こっちは言われた金額を支払ったんだ。現金で、一括でな。俺の倍額を払ったからって、どうして金持ちだと言える。そいつは借金して払ったのかもしれんじゃないか。俺より金持ちとは限らんだろ」

 そこまで言ったつもりはなかったが、春木陽香はとりあえず頭を下げた。

「すみません。失言でした」

 秋永広幸は不機嫌そうに座りなおすと、また黒縁の眼鏡を指先で上げてから、何か独り言らしきことをブツブツと小声で言った後、こちらを向いた。

「まあいい。――光絵幸輔みつえこうすけという男らしい」

「光絵? ストンスロプ社の光絵会長のご親族ですか」

「それを時吉弁護士に調べてもらっとる。だが、俺が別口で聞いた話だと、あの光絵会長の義理の兄弟だそうだ」

「光絵会長の? じゃあ、光絵会長は、養女の瑠香さんの他にも、ご親族が犠牲となっているのですか?」

「かもな。だが、それを聞いて、さすがの俺も堪忍袋の尾が切れたんだよ。あの会社、いや、正確には子会社のGIESCOジエスコだが、あそこはウチの会社が開発した技術を盗用しているんだ。今その裁判の準備中で、今月にも訴訟提起する予定だ」

「透過式フォトダイオードの件ですね」

「そうだ。ウチの研究部署にいた研究員をGIESCOが引き抜いたんだ。その野郎は、GIESCOの開発部門で同じものを開発しやがった。それが透過式フォトダイオードだよ。ウチのビュー・キャッチにも使われている技術だ。その技術をGIESCOが開発した兵器やAI自動車にバンバン使用したんだ。今あそこが作っている新型兵員輸送機にも使われているらしいじゃないか。特許はウチが取っているんだぞ!」

 剣幕を変えて怒る秋永広幸を前にしても、春木陽香は冷静さを保ち続けていた。彼女の脳裏には、何度も聞いた永山の田爪健三に対する冷静なインタビューがモデルとして浮かべられていた。今日の彼女は、以前、堀之内美代や光絵由里子にインタビューした時の彼女とは違った。

 春木陽香はメモを取りながら、要点を確認する。

「社長としては、それを我慢されてきたけれども、タイムマシンの搭乗の順番に割り込んだのが光絵会長の親族だと聞いて、堪忍袋の尾が切れた、そういうことですか」

 秋永広幸は、下唇を突き出して頷く。

「そうだ。それに、国が返還金を支払わん以上、どこからか回収せんといかんだろ」

「だから、ストンスロプ社に訴訟提起するのですか。時吉弁護士は何と」

「あんたと同じだ。『はあ……』。――まったく、前にウチの顧問弁護士事務所だった美空野法律事務所がストンスロプの顧問もしていると聞いて、慌てて顧問契約を解除したんだが、時吉弁護士に乗り換えたのは失敗だったかな。親父さんの方とは別の事務所になっているとは知らんかったしなあ……」

 秋永広幸は腕組みして、しかめ面を横に向けると、口を鳴らした。

 春木陽香は少し下を向いて電子メモ帳に書き込みながら言った。

「個人的な感想ですけど、いい先生だと思いますよ。誠実そうですし」

 再度こちらを向いた秋永広幸は、黒縁眼鏡の奥の目を見開いて、顔を突き出した。

「そう? 『誠実そう』だって? はっきりもせんことを言うな! 俺はな、国に騙されたんだぞ、国に。もう誰も信用できん。顧問弁護士だって同じだ。あんたもな。『そう』だの、『かも』だの。もう二度と信用せんぞ。誰も信用してなるか! だいたい、『官』がこんなザマだから、世の中の連中も……」

「あの、話を戻しても……」

 控え気味にそう言った春木を横目で見て、秋永広幸は冷静を取り戻そうと努力した。

「――ああ、そうだったな。タイムマシンに乗った感想だったな」

 春木陽香は、少し間を空けてから質問した。

「まず、タイムマシンに乗り込まれた際の第一印象としては、どうでしたか?」

 秋永広幸は天井を見上げて思い出してから、春木の顔に視線を戻して答えた。

「狭い。とにかく、狭い。安アパートの便所なみだ。狭いし、暗いし。まるで棺桶の中にでも入れたような気分だったよ。あれは設計に問題があるとしか思えんな。家族乗り用のタイムマシンも、俺が乗った単身乗り用のマシンよりも一回り大きいというだけで、構造は同じらしいじゃないか。よくあんな狭い乗り物に四人も乗せる気になったもんだ。これだから、国のやることは信用できん」

「はあ……」

 電子メモ帳で録音しながら、その上の接触パットの上にペンを走らせた春木陽香は、次の質問をした。

「社長は、発射予定時刻のどのくらい前まで、機内にいらしたのですか」

「五分前だっかな。いや、五分は切っていたかもしれん。とにかく直前だ。それくらいのタイミングで、突然、機体のハッチが開いて、外に出るように言われたんだ。何も土壇場になって降ろさなくてもいいじゃないか。仮に南米に瞬間移動したとしても、俺はあんな老いぼれ科学者なんかに殺されるような男じゃないぞ。どうにかなったんだ。これじゃ、ただタイムマシンの椅子に座っただけの男じゃないか。みっともない」

「そんなことはないと思います。十分に貴重な体験をされたものと……」

 そう慰めた春木に対し、秋永広幸はソファーの肘掛を三度強く叩いて怒鳴った。

「ふざけるな! あんな体験くらい、都内の遊園地でも出来るだろうが。実際に飛ばないと意味がないんだよ。まったく、そんなことも分からんのか……」

 秋永広幸は諦めたように横を向き、歯ぎしりをした。片足は貧乏ゆすりを始めている。

 春木陽香はそんな秋永の様子に動じることなく、再びゆっくりとした口調で質問した。

「何か他に、お気づきになられた点などは、ございませんでしたか?」

 秋永広幸が再びこちらを向いた。

「気付いた点か……。そうだな……」

 暫く考えていた彼は、貧乏ゆすりをピタリと止めた。

「ああ、一つあるなあ」

「どんなことですか」

「んんー。乗る前に言われたんだがな、あそこの職員が言うには……」

 秋永広幸は首を傾げながら怪訝な顔で春木に語り始めた。



                  2

 新日風潮社の編集室内に山野紀子の声が響き渡った。

「ええー! 確かにそう聞いたのね。タイムマシンがタイムトラベルしているという物証も得ているって」

 山野の机の前に立っていた春木陽香は頷いて答えた。

「はい。秋永社長はそう仰っていました。乗り込む前に武者震いしていた自分に、司時空庁の研究職員がそう言ったと。社長を落ち着かせるために」

 椅子のキャスターを転がして春木の横に滑ってきた別府博が、春木に言った。

「何が武者震いだよ。ビビッて震えていただけだろ」

 山野紀子は別府を無視して春木との会話を続ける。

「ってことはよ、何か、タイムトラベルしたことを示す証拠物体を司時空庁は所持しているってことよね」

「たぶん、そうじゃないかと」

 春木の返事を聞いた山野紀子は腕組をして言った。

「昨日、真ちゃんから聞いた話と一致するわね。司時空庁ビルの地下には、何か、とんでもない物が隠されているって」

 春木陽香は怪訝な顔で言う。

「探偵さんからの情報ですか。でも、その探偵さんが得た情報は、司時空庁ビルを建設した業者さんからのものなんですよね。地下に厳重な保管庫を建築したって。それだけで、何か証拠品らしき物を保管しているということにはならないですよね。ただの資料保管室かもしれないですし」

 山野紀子は首を横に振った。

「いいえ。その建設業者の従業員は、何かにサイズを合わせたような設計だったと言っていたそうよ。そして、それはかなり小さなスペースだったと。二メートルの幅に一メール弱の高さの間口で、奥行きも一メートルなかったって。しかも、まるで金庫のように、何重もの電動扉で遮蔽する造りだったそうじゃない。だとしたら、資料室にしては小さ過ぎるし、保管の仕方も異常でしょ」

 春木陽香は首を傾げながら言った。

「永山先輩が帰国して以来、そこに出入りするSTSの兵隊さんの数が増えているんですよね。だから、私たちが中の物を知っていると、司時空庁に疑われているかもしれないって。――どうして、そうなるんですかね」

 今度は春木陽香が腕を組んだ。眉を寄せ口を尖らせて頭を深く横に倒す。

 腕を解いた山野紀子は両手を肘掛の上に載せて、深刻な表情で言った。

「相手にそう思わせるような行動を、私たちがしているのかもしれない。もしくは、そう思われて当然の事態が生じているか」

 別府博が椅子に座ったまま、眉間に皺を寄せた顔で口を挿んだ。

「まあ、完全にマークされていますからねえ、僕ら」

 山野紀子は別府に冷ややかな視線を送り、首を傾げた。

 口を尖らせた別府博は、椅子の車を転がして自分の席に戻っていく。

 山野紀子は真剣な顔で考えながら、春木に言った。

「地下高速で私たちを襲った車やバイクは本気だった。政府の省庁が国民を事故に見せかけて殺そうとしてまで隠さなければならないもの……」

 椅子から立ち上がった山野紀子は、机を回って廊下の方に歩いていった。

 別府博が声をかける。

「あれ、編集長、どこに行かれるんですか」

 山野紀子は歩きながら答えた。

「上に行って、真ちゃんと話してくる」

 春木陽香が急いで山野に報告した。

「あ、編集長。秋永社長が、技術盗用の件を新聞に知らせたのは誰だと怒ってました。あれ、時吉先生ですよね」

 立ち止まった山野紀子は、振り返り、目を大きくして春木に言った。

「まさか、話しちゃったの?」

 春木陽香は首を横に振る。

「いいえ。でも、どうして時吉先生は新聞社の方にだけ、その情報を流したんでしょう」

 山野紀子が片笑んで答えた。

「訴訟の準備よ。ストンスロプ社側に有利となる既成事実を作られることを防止したのかも。ストンスロプ社をスポンサーに抱えている新日ネット新聞社にネタを持ち込めば、会社としては、情報提供者とスポンサーの間で板挟みになって、中立の立場を貫かざるを得なくなる。そしたら、ストンスロプ社に偏った記事は書けなくなるし、実際に、そうなっているでしょ。あの坊や、なかなか切れるわよね」

 春木陽香は、眉を寄せて言った。

「でも、なんだか呑気な先生ですよね。こう、ピリッとしてないというか……」

「そうかなあ……」

 山野紀子は首を傾げた。

 振り返った彼女は、廊下の奥に進みながら言った。

「とにかく、上に行ってくるわ」

 春木陽香が大きな声で山野を呼び止めた。

「あのお、私はあと何をすれば……」

 廊下の奥から山野の答えが届く。

「無人機の墜落とストンスロプ。そっちを整理してみて」

 ドアが閉まる音がした。

 春木陽香は困惑した顔で呟いた。

「整理って言われてもなあ……」

 彼女は散らかった自分の机の上を見つめていた。


 

                 3

 国防大臣の奥野恵次郎は、国防省ビルの大臣室で中年の男と立体通話をしていた。机の前に男のホログラフィー映像が浮かんでいる。男は、胸の前までボタンを外した襟の高い黒いシャツの上に、光沢のある銀色の派手なスーツを着ていた。胸のポケットには明るい青のチーフが挿してある。それは奥野の机の上に置かれているペン立てに挿された一輪の花と同じ色だった。

 奥野恵次郎は机の上で立体パソコンも起動させていた。立体電話機から投影されている男のホログラフィーの前に、その立体パソコンから投影された平面画像ホログラフィーが並んでいる。神作と上野、重成の顔写真のホログラフィーである。

 奥野恵次郎はそれらのホログラフィー画像を眺めながら、その向こうの派手なスーツの男に言った。

「話は分かった。だが、いくら国防軍が警備しているとはいえ、IMUTAイムタはれっきとした国有財産だ。しかも、実際の保守管理はGIESCOジエスコが行っている。所有者たる国が、事実上ストンスロプ社にIMUTAを任せているんだぞ。合法的に。我々としても勝手なことはできん。現状での早急な対応は不可能だ」

 スーツの男は甘い声で言う。

『それを可能にされる方だと信じて、我々は大臣をご支援申し上げてきたのですがね』

 奥野恵次郎は顔をしかめた。

「無茶を言うな。IMUTAは国内外の病院や研究機関や発電所、そして軍や警察、あらゆるシステムと接続されているんだぞ。世界中の金融ネットワークもIMUTAを経由しとる。それを一時停止などさせたら、世の中が大混乱になるじゃないか」

 男のホログラフィーは奥野に鋭い視線を向けたままニヤリとして言う。

『しかし、このままでは、いずれ大混乱になるのでは』

 奥野恵次郎はホログラフィーの男を強く指差して言った。

「AB〇一八を製造して管理しているのは、おまえらじゃないか! NNJ社や、親元のNNC社の方で何とかならんのか!」

『何とかするつもりです。それに際しては、IMUTAの処置が不可欠だと、あの方は申しております。そして、そのためには、奥野大臣、あなたが協力するべきだと』

「他に方法は考えられんのか。今のところ、特に問題は……」

 ドアのノックが奥野の発言を阻んだ。

 奥野恵次郎は低い声で言った。

「待て」

 そして、ホログラフィーの男に向かって声を押し殺して言った。

「とにかく、考えさせろ。拙速な回答はできん。先方にも、そう伝えてくれ」

『承知しました。良いお返事をお待ちしております』

 男のホログラフィー映像が消える。

 奥野恵次郎はパソコンの上のホログラフィー画像も消すと、姿勢を整えてから言った。

「いいぞ。入れ」

「失礼します」

 ドアを開けて増田基和が入ってきた。

 彼は奥野の机の前まで歩いてくると、デスクの上のペン立てに挿された花を一瞥してから、奥野に一礼した。

 顔を上げた増田基和は言った。

「十七師団が、インビジグラム装甲を使用した実弾奇襲訓練を申請してきました」

 奥野恵次郎は眉間に皺を寄せて尋ねた。

「深紅の旅団レッド・ブリッグか。どこで実施するんだ」

「太平洋上のブロックLの無人島を指定してきております」

 暫らく考えた奥野恵次郎は、増田に言った。

「分かった。よかろう。励むように伝えろ」

「は」

 姿勢を正してそう答えた増田基和は、再度一礼して向きを変えようとした。すると、奥野恵次郎が彼に尋ねた。

「司時空庁のSTS部隊のマネージメントは、上手くできているのか」

 増田基和は奥野の方を向き直して、答えた。

「こちらの直接指揮下の兵士たちとの連携はできております。しかし、STSの指揮権は司時空庁長官が有していますので、部隊そのものをこちらで動かすことは出来ません」

 奥野恵次郎は厳しい顔で言った。

「記者たちの『監視サーベイランス』が上手く実施できているのかと聞いているのだ」

「はい。それは問題なく」

「そうか。それで、動きは」

「今のところ、目立った動きはありませんが、一部、SAI五KTサイ・ファイブ・ケーティーシステムについて調査を始めた者が居るようです」

「どの記者だ。神作か」

「いえ。週刊誌組の記者たちです」

 それを聞いた奥野恵次郎は鼻で笑うと、片笑みながら言った。

「ネタが尽きたんで、興味本位で調べているだけだろう」

 増田基和は答える。

然様さようかと」

 奥野恵次郎は真顔に戻って言った。

「だが、あの神作という記者が指示を出している可能性もある。監視は弛めるな」

「はっ」

 増田基和は短く返事をして、一礼した。

 奥野恵次郎は腕組みをしながら言う。

「しかし、どうして今更SAI五KTシステムを……。ウチの内部に裏切り者は居ないのだな」

「はい。今のところ、指揮下兵員と軍務職員の中に、それらしき動きを見せた者は居りません」

「そうすると、やはり司時空庁内部の者か……。何か情報局の方で掴んでいるか」

「はい。例の田爪瑠香の上申書についての情報は、時吉総一郎前長官から流出した可能性があります」

「時吉から? だが、田爪瑠香からの上申書が届き始めたのは、あいつが退官した何年も後じゃないか。どうして時吉が情報を持っていたんだ」

「司時空庁内部の者が時吉前長官に情報をリークしたものと思われます」

「何のために。退官したジジイじゃないか。今は評論家気取りのただの弁護士だ。そんな男に、何故、あんな重要な情報を送る必要がある」

「我々が入手した情報では、時吉総一郎に接近した女性二名に対して、それぞれ、何らかの報酬と思われる多額の金員が振り込まれています。振り込んだ者は同一の者です」

 奥野恵次郎は一瞬頬を引き攣らせると、増田に言った。

「誰だ」

 増田基和は奥野の目を見て答えた。

「NNJ社。実質的には、フランスにある本社のNNC社だと、我々は分析しています」

「NNC社? ――それと、上申書の情報流出と何の関係があるんだ」

「分かりません。現在、我々の分析班が鋭意分析中であります」

 組んだ腕を解いて肘掛に両腕を乗せた奥野恵次郎は、背もたれに身を倒して言った。

「ハニートラップか。それで時吉総一郎を操ろうとした。だが、何のためだ」

「私の予想ですが、おそらく、次期司時空庁長官に時吉総一郎を据えるためでは」

「NNC社が司時空庁を狙っているというのか」

「考えられます」

 奥野恵次郎は背もたれから体を起こして言った。

「馬鹿な。相手は国の機関だぞ。NNC社は所詮、民間会社じゃないか」

「背後にいる連中が糸を引いているものと思われます。週刊誌の記者たちがSAI五KTシステムについて調べ始めたのも、その繋がりに気付いたからかもしれません」

 奥野恵次郎は横を向いて呟いた。

「くそっ。不味い事になったな……」

「は? 何か不都合でも」

 そう増田に問われた奥野恵次郎は、すぐに作った顔を増田に向け、話題を逸らした。

「いや、何でもない。それより、例の無人機の乗っ取りも、連中の仕業か」

「不明です。システムに侵入された痕跡は見当たりません」

 奥野恵次郎は深刻な顔で考え込んだ。

「システム自体に問題があるということか……」

「可能性は、あります」

 増田がそう答えると、奥野恵次郎は顔を上げ、増田を見て言った。

「武装した侵入者は。そっちの方の情報も無いのか」

「はい。申し訳ありません。ですが、味方の兵員による誤射も視野に入れる必要があるかと。実際に、当日は一件、誤射がありましたので」

 増田の答えを聞いた奥野恵次郎は身を乗り出し、剣幕を変えて怒鳴った。

「我々の防陣態勢を突破して、内部まで侵入されたんだぞ。その敵の戦闘能力を分析して正体を暴き、撃破するために必要な情報を入手するのが、本来の情報局の役目だろうが。しっかりしろ!」

「は。心得ております」

 増田基和は頭を垂れた。

 椅子の背もたれに荒っぽく背中を押し付けた奥野恵次郎は言った。

「総理も、昨日の臨時閣議ではかなり憤っておられた。津田の更迭は間違いないだろう。そうなると、NNC社の思惑通り、時吉総一郎が後任として司時空庁長官に返り咲く可能性もある。例のスキャンダルネタも終息したようだしな」

 彼は、年季の入った顔を増田に向けた。

「手を打とう。増田君、君の所に動かせる兵はいるか」

 増田基和は首を横に振る。

「いいえ。現状では全兵員を動員して事に当たっておりますので」

 奥野恵次郎は残念そうな顔で言った。

「そうか……よし、下がっていい」

「は。失礼します」

 増田基和はそう言って一礼し、入ってきたドアの方を向いた。彼は、そのまま数歩進んで立ち止まり、再び奥野の方を向いて口を開いた。

「あの……」

「なんだ」

 立体パソコンを操作しながら憮然とした顔で答えた奥野に、増田基和は机の上のペン立てを指差しながら言った。

「花を飾られておいでで」

 その花を一瞥した奥野恵次郎は、立体パソコンの上にホログラフィーで表示された各師団の配置表に目を凝らしながら言った。

「ああ。今朝、出勤したら挿してあった。きっと秘書官が気を利かせてくれたのだろう。もういい。下がりたまえ」

「は。失礼します」

 増田基和は姿勢を正して答え、踵を返した。

 再びドアに向かって歩いてくる彼の背後から、電話器を耳に当てて通話する奥野の声が聞こえてきた。

「ああ、大佐。私だ。大臣の奥野だ。君の所に空いている兵員が……」

 退室した増田基和は、眉間に皺を寄せながらドアを閉めた。


 

                 4

 新日ネット新聞の社会部フロアに春木陽香がやって来た。彼女は、いつまでも戻ってこない山野を心配して、下の階から様子を見に上がってきたのだった。

 いつものフロア奥の机の「島」まで来ると、一人座っている重成に尋ねた。

「あのお、こちらに、ウチの編集長が、またまた、お邪魔していると思うのですが……」

 重成直人は老眼鏡と額の間から春木を覗きながら言った。

「ああ。またまた、来てるよ。ほら、上野デスクの部屋。またまた、お祭りだ」

 上野の次長室とフロアを区切る薄い壁の上部の隙間から、上野と山野が激しく言い合っている声が聞こえてくる。

 春木陽香は肩を落として言った。

「ああ……またですか……」

 彼女はトボトボと上野の部屋に向かい、ドアをそっと開けて、頭だけを入れた。

「失礼しまーす。春木ですけど」

 山野と神作、上野が鼎立している。

 上野秀則が自分の机の前で神作を指差しながら怒鳴っていた。

「だから、どうして、おまえは勝手なことばかりするんだよ。永山が幽閉されているって記事は、事実だからいい。だが、司時空庁が何か隠し持っているとか、核テロ爆発には隠された真実が有るなんてことは、憶測だろうが。まして、永山が送ったマシンが焼け残っていて、司時空庁が保管しているんじゃないかだと。空想もいいとこじゃないか。こんな記事を勝手にアップしやがって」

 山野紀子が言い返した。

「でも、ハルハルが取って来た秋永社長の証言もあるのよ。司時空庁の研究職員も、物証があると言っていたって。ネタ元からの情報とも一致するじゃない。だったら、あそこには、きっと何かが隠されている。たぶんそれが、哲ちゃんが送ったマシンなのよ」

 春木陽香は、部屋の中に入ってそっとドアを閉め、注意しながらゆっくりと山野に近づいた。皆、春木に一度視線を向けたが、誰も声はかけない。

 上野秀則は山野を指差しながら言った。

「あのな、確たる証拠も掴んでいないのに、『きっと』とか『たぶん』で記事を書くな。こっちは読者からの信用が第一なんだぞ」

 神作真哉が眉を寄せて言った。

「記者雑感なんだから、問題ないだろう。俺の感想として述べただけだ。それに、おまえも反対はしないって言ってくれたじゃないか」

 自分の机の縁に腰掛けた上野秀則は、腕組みをして言った。

「俺はそんなことは言ってないぞ」

 神作真哉は目を見開いて言う。

「言ってたじゃないか。昨日、『カフェ二〇〇七』で。おまえがトイレに行く前に」

 上野秀則は神作に指を向けて怒鳴る。

「あれは、おまえとハルハルのことだろうが!」

 春木陽香が山野の横から口を挿んだ。

「え。私と神作キャップのことって、何ですか?」

「ああ、ハルハル。ええと、その、まあ、ここでは何だな。ちょっと言いにくいな」

 そう言った上野秀則は、山野の顔を一瞥して、口を閉じた。

 春木陽香と神作真哉は顔を見合わせて首を傾げる。

 山野紀子が言った。

「とにかく、この一件は、何か物凄く複雑な真相があると思うの。今、布石を打って、読者の関心を繋いでおかないと、また圧力で記事を止められちゃうわよ。暫くは記者雑感って形で取材経緯と感想を世間に発信し続けた方がいいんじゃないかしら」

 上野秀則は机の上で腕組みをして俯いたまま、呟いた。

「新聞のことはこっちで決めるんだよ」

 山野紀子は大きな声で上野に言った。

「何よ、こっちだって協力してるじゃない」

 神作真哉が少し穏やかな口調で上野を宥めるように言った。

「おまえの決裁無しで進めたことは謝るよ。だけど、谷里部長や甲斐局長が了承する訳がないだろ。ああするしかなかったんだよ」

 顔を上げた上野秀則は、神作に言った。

「だから奇襲攻撃か。上の幹部連中は昼食を挟んで役員会議だ。今度はどんな処分が下されるか分からんぞ。これじゃストンスロプ社だって、おまえを庇えないじゃないか」

 山野紀子が深刻な顔をして指摘した。

「そのストンスロプ社よ。それに、ストンスロプ社と敵対しているNNC社。どうして民間の二社が、この事件に首を突っ込んでくるのよ。おかしいでしょ」

 神作真哉が山野に顔を向ける。

「確かにストンスロプ社は俺たちの処分を取り消して現場復帰させるように取り計らってくれたかもしれんが、NNCは何だよ」

 山野紀子は神作の方を見て答えた。

「例のパパ時吉へのダブル・ハニー・トラップよ。あの女たちを動かしていた大元がNNC社なら、何か司時空庁に対して狙いがあるはずよ。ストンスロプ社だって、私たちを動けるようにしているのは、何かを私たちにさせるため。だから、この二社は、今回の事件に何か深く関わっている気がするの。ねえ、ハルハル」

 山野から発言を振られた春木陽香は、頷いて見せてから、先輩たちに報告した。

「私もそう思います。私と編集長は自宅謹慎の期間中に、あの無人機墜落事故について調べていたんです。あまりにもタイミングが良過ぎるので。無人機はストンスロプ社の子会社のストンスロプ重工とストンスロプ精機が共同開発した機体でした。遠隔操作システムは『SAI五KTサイ・ファイブ・ケーティーシステム』とリンクされていて、外部からのハッキングを不可能としています。ご存知の通り『SAI五KTシステム』は、そこの大交差点の近くに建造されている生体型コンピュータの『AB〇一八』と臨海物流発進地域の北部に建造されている量子コンピュータの『IMUTA』を、地下にある約二十キロメートルの神経ケーブルで接続して稼動しています。AB〇一八を造ったのがNNC社で、それを現在、保守管理しているのが、日本法人のNNJ社。一方、IMUTAを造ったのがGIESCOで、その親会社がストンスロプ社です。そして、この二機の巨大な高性能コンピューターを接続するよう提案したのが、高橋諒一博士。実際に接続に成功したのが、田爪健三博士」

 山野紀子が上野の顔を見ながら、補足した。

「因みに、高橋博士も田爪博士も、その師匠の殿所教授と赤崎教授も、NNC社から研究費の支援や研究機材の提供を受けていたみたいなの。AT理論とその実用研究の」

 神作真哉が眉間に皺を寄せて言った。

「つまり、タイムトラベルの研究だな」

 山野紀子が頷く。

「そ。しかも、二〇二一年に高橋博士と田爪博士がSAI五KTシステムを使って仮想空間でのタイムトラベル実験に成功した後、現実世界でのタイムマシンの民間実験を支援していたのが、GIESCO。つまり、タイムマシンの初期実験はストンスロプ社の後押しで進められていたのよ」

 上野秀則が尋ねた。

「初期実験って、あの爆心地でやっていた実験か」

 山野紀子が答える。

「ええ。もう一つ言えば、赤崎教授と殿所教授が共同でAT理論を発表した二〇一四年にストンスロプ研究所が組織変更されて、今のGIESCOになってるの。これも、ただの偶然かしら」

 春木陽香が話を続けた。

「その後、二〇二五年のあの実験場の大爆発で、ストンスロプ社はタイムマシンの実験についての発言権を失い、国が実験を管理することになりました。所管は、国家時間空間転送実験管理局。第一実験と第二実験により高橋博士と田爪博士が失踪した後は、その組織名称を変更し、独立省庁として再編。二〇二九年からは本格的に、民間人の自費転送を実施することになりました。それが今の……」

「司時空庁」

 春木より先に言った神作真哉の顔を見て、山野紀子は言った。

「全てが繋がっているのよ。偶然にしては、出来過ぎでしょ」

 上野秀則は腕組をしながら真剣な顔で言った。

「言われてみれば確かにな……」

 山野紀子は報告を続けた。

「だから、私とハルハルとで、もう少し詳しく調べてみたの。まず、例の防災省の内部システムにアクセスして中のデータベースを覗いてみた。撃墜された四機を除く残りの機体のうち、川原に墜ちた三機を、その消火活動の応援に駆けつけた防災隊の前線部隊がいち早く3D撮影していて、それが記録に残ってたわ。その分析記録によると、あの日、墜落して炎上した機体はフル装備だったみたい。弾薬、大型酸素電池、予備の液体燃料。これでもかってくらい積んでいたようなの。まるで戦争にでも行くような装備よね。ところが演習だったはずなのに飛行データ記録用のフライトレコーダーは搭載されていなかった。防災隊も不思議に思っていたようだったわ」

 神作真哉が鋭い視線を山野に向ける。

「初めから落とすつもりだったということか。だから可燃性の装備を過剰に積んでいる反面、証拠を残さないようフライトレコーダーは積んでいなかったと」

 上野秀則が尋ねる。

「そんなことをする狙いは何だよ」

 神作真哉がすぐに答えた。

「田爪瑠香の抹殺さ。墜落事故に巻き込む形で彼女の殺害を計画していたのかもしれん。今の司時空庁なら、国防軍の協力を得るくらい簡単だろうからな」

 春木陽香が更に続けた。

「それから、あの日、防災隊の無人探索機も一時使用不能になっていたことが分かりました。現場の上空に緊急発進させようとしたようなのですが、格納庫の中で動かなくなったようです。通常配置の機体三機すべてが機能停止してしまったみたいです」

「原因は」

 神作の問いに、春木陽香が首を横に振って答えた。

「不明です。ただ、防災隊の整備部門の記録では、後日、人工知能と通信ユニットの検査を何度も繰り返しています。通信ユニットはインド製の物に乗せ替える予定のようです」

 上野秀則が言った。

「つまり、そっちに問題があったということか」

 春木陽香が答える。

「断言はできませんが、編集長や別府先輩たちが見たとおり、軍の無人機も遠隔操縦システムが停止したということと合わせて考えれば、同一犯によるハッキングである可能性が高いと思います」

 神作真哉は眉間に縦皺を刻んだまま、一度首を傾げて言った。

「そのハッキングの犯人は、何が目的だったんだ。結果として、そのお蔭で俺たちは中に入ることが出来たが、まさか俺たちを支援することが目的じゃないだろう」

 春木陽香が神作に顔を向けて言った。

「推測ですが、目的は私たちと同じだったのかもしれません」

 上野秀則が少し大きめの声で言った。

「実験の中止か。無人機をタイムマシンの上に落とそうとした。田爪瑠香が乗る前に」

 山野紀子が大きく頷いた。

「そう。田爪瑠香の上に落とす目的で、可燃性の物をフル装備して、フライトレコーダーは乗せられないまま飛ばされていた無人機を、ハッキングで乗っ取って、逆に田爪瑠香の救出に利用した、そういう事じゃないかしら」

 神作真哉は納得できない顔をしている。彼は言った。

「いや、それなら、先に誰かが田爪瑠香の所在を確認しないといけないだろう。タイムマシンに乗っていないかどうかを確認しないと、逆に危ないじゃないか」

 山野紀子は神作に人差し指を振りながら言った。

「それが、真ちゃんを襲った謎の武装兵なのかも。そのために施設の内部に潜入していたんじゃないかしら。真ちゃんを襲ったのも、ダクトの中の人間を確認するためだったのかもしれない。ダクトごと切り取られて、外に放り出されたんでしょ」

 神作真哉は首を縦に振った。

「ああ。しかも、すごい正確な射撃だった。その場に居たSTSの警備兵たちも目を丸くしていたよ」

 上野秀則が深刻な表情で言った。

「そうだとすると、かなり組織的な犯行だな。いや、救出作戦か。ハイレベルの射撃手にハッカー。実行した連中は、俺らみたいな素人集団じゃないわけだ」

 山野紀子も同意する。

「そうね。明らかにプロ集団。しかも、少人数の精鋭ってところかしら。訓練も装備も、全てが行き届いている」

 上野秀則は自分の顎を触りながら言った。

「単に田爪瑠香の救出が目的なら、ストンスロプ社が使った傭兵集団って線が濃厚だな。光絵会長にしてみれば、自分の養女の救出だからな。金は惜しまんだろう」

 春木陽香が眉を寄せて言った。

「いえ、それも変なんです。まず、私たちを迎えにきた警察を動かしたのは、光絵会長です。あの時点で、まだ瑠香さんの乗ったタイムマシンは発射されていなかったはずです。瑠香さんは、私の解放を目視するまではタイムマシンには乗らないと、津田長官と交渉していましたから」

 神作真哉が春木に尋ねた。

「光絵会長が施設内に田爪瑠香が居ることを知っていたのなら、あの時に警察か、内部に潜入していた武装兵を使って彼女を救出できたってことか」

 春木陽香が頷く。

「はい。仮に司時空庁のSTSと交戦する事態になったとしても、もし、傭兵や何らかの集団まで使ってハッキングや内部探査をするくらいなら、あの状況も視野に入れて行動するのではないでしょうか。目の前で瑠香さんがタイムマシンに乗せられようとしている時に私たちの救出を優先させるなんて、どうも変です」

 上野秀則は天井を見上げて呟いた。

「確かになあ……」

 春木陽香は隣の山野の顔を見て、彼女に尋ねた。

「編集長、あの話は……」

「ううん。まだ」

 首を横に振った山野を見て、神作真哉が山野に尋ねた。

「どうした。まだ他に何かあるのか」

 山野紀子は両肩を上げて答えた。

「伝えたい事実があって来たんだけど、あんたたちが喧嘩してたからね。――ハルハル」

 山野に促されて頷いた春木陽香は、言った。

「はい。――あの日の後、六月二十三日に通常通り実施されたタイムマシンの発射で、マシンに乗った人物は、光絵会長の親族だったそうなんです」

 神作真哉は目を丸くした。

「何だって? 光絵会長の親族? 瑠香の他にか」

 春木陽香は頷いた。

「はい。ただ、秋永社長が聞いた噂話のレベルでの情報ですけど……。その人の名前は、『光絵幸輔』。親族かどうかは、今、時吉浩一弁護士が調べているそうです」

 山野紀子が付け加えた。

「ちょうど、例の御両親の離婚裁判が終結するみたいだから、その話を聞く時に、時吉弁護士に尋ねてみる。もしかしたら教えてくれるかも」

 春木陽香は説明を続けた。

「もし親族なら、光絵会長は、瑠香さんの転送の後も親族の転送を放置したことになります。ですが、あの会長さんがそんな冷酷な人には思えなくて。実際に会ってみて、確かに威厳というか、オーラというか、何か恐い人だなとは思いましたけど、そんなに冷たい人じゃないと思うんです。私のことも、記者だと分かっていて、助けてくれましたし」

 神作真哉は一度顔を斜めに倒して言った。

「まあ、それとこれとは話が別だが……、やはり、光絵会長は、その搭乗者のことも田爪瑠香のことも事前には知らなかったのかもな。杉野副社長の話では、田爪瑠香の救出に俺たちが向かったと伝えて、慌てて会長は警察を動かしたそうだからな」

 上野秀則が神作に尋ねた。

「じゃあ、あの無人機墜落事故を誘発させたのは、NNC社か」

 神作真哉が指摘する。

「だけど、機体はストンスロプ社製なんだろ。しかも、SAI五KTシステムに接続している。それを突破して、自社製でもない機体の遠隔操縦システムを、どうやってハッキングしたんだ。NNC社やNNJ社だけで出来ることじゃねえよ」

 山野紀子が言った。

「両者が結託したのかも」

 神作真哉が顔をしかめて言う。

「ストンスロプ社とNNC社がか? 何のために。あの二社は、もともと激しく対立しているじゃないか。光絵会長もニーナ・ラングトンも、お互いを嫌っているんだろ。NNJ社の西郷にしても。結託なんて、有り得ねえよ」

 春木陽香が言った。

「じゃあ、第三者ですよね。あの無人機墜落を実行したのは」

 神作真哉は春木の顔を見て言った。

「まあ、話の筋からいくと、そうなるわな……」

 ドアを開けて顔を覗かせた永峰千佳が声をかけた。

「あの、神作キャップ。甲斐編集局長がお呼びです」

 神作真哉は項垂れた。

 机から腰を上げた上野秀則が神作を指差しながら言う。

「ほうら、言わんこっちゃ無い」

 神作真哉は永峰に手を振って返事をすると、ドアの方に向かって肩を落として歩きながら言った。

「まあ、とにかく行ってくるわ。あと、よろしく」

 背中を丸めて次長室から出て行く神作を見ながら、上野秀則は言った。

「だから、勝手なことをするなと言ったんだ。上司は俺なんだぞ」

 そして、ブツブツと言いながら机を回る。自分の椅子に座った上野秀則は、机の上の電話機に手を伸ばして、同時に春木に言った。

「ハルハル、ドアを閉めろ」

 春木陽香は、神作が開けたまま出て行ったドアの方に行き、それを閉めた。

 小走りで山野の隣に戻ってきた春木が上野の机に目を向けると、上野秀則は電話の子機を耳に当て、誰かと通話していた。

「ああ、もしもし。浜田さんか。俺だ。新日ネット新聞の上野だ」

 春木と山野は顔を見合わせた。

 上野秀則は通話を続ける。

「上野だよ、うーえーの。ほら、昨日『カフェ二〇〇七』のトイレで、あんたに何度もトイレットペーパーを渡してやった。中で名刺交換しただろ」

 背もたれに身を倒した上野秀則は、面倒くさそうに言う。

「ああ、そうだ。三回だったな、三回。渡したのは三回だ。悪かった」

 身を起こして怒鳴る。

「だから、上野だ! なんで、『の』を『にょ』にするんだ、みんな」

 床を激しく指差しながら声を荒げた。

「違う、新聞記者だ! トイレットペーパーの配達人なんて仕事は聞いたことねえだろ! あれは俺の親切だ」

 長く息を吐いて気を落ち着かせた上野秀則は、再び椅子の背もたれに身を倒した。

「あんた、困った時はいつでも連絡しろって言ったよな。実はちょっと困っているんだ」

 また身を起こして怒鳴る。

「だから、トイレットペーパーのことは忘れてくれ! 大便仲間でもない! 誤解を生むようなことは言うな。今は職場のデスクから掛けてるんだよ!」

 間を空けて、再び怒鳴る。

「知るか! あんた、便所に住んでるのかよ。電話くらい、外で出ろ。客が仕事を頼もうと言ってるんだぞ!」

 表情を戻した上野秀則は、再び静かな口調で言った。

「――そうだよ。この前は半額でいいって言ったじゃないか」

 また背もたれに身を倒した上野秀則は、慎重に話した。

「後でメールするが、そこに書かれた人物の素行調査を行ってもらいたい。いろいろ知りたいんだ」

 何度か頷いた上野秀則は、落ち着いた声で言う。

「――そうだよ。そういう類の話なら、余計にいい。願ったり叶ったりだ」

 身を起こして声を荒げる。

! 『ねじったり、くねったり』じゃねえよ。産卵中の蛇か、俺は!」

 上野秀則は眉間に皺を寄せて言う。

「――そうだよ。さっきから、そう言ってるじゃないか。要は、その人物の弱みを握りたいの! 分かる? 部下が困ってるんだよ。交渉の材料に……」

 口を尖らせて言う。

「そ、そうだよ。ウチの幹部連中だ。なんで知ってるんだ」

 高い声を出す。

「え? そうなのか」

 子機を耳から離した上野秀則は、マイク部分を手で覆いながら、こちらを向いた。

「なあ、山野。ダーティーハマー探偵社の浜田圭二はまだけいじって探偵を知ってるか」

 山野紀子は、こくこくと頷きながら答えた。

「ああ、ああ。知ってる、知ってる。例の真ちゃんの『ネタ元』よ」

「なんだ、そうなのか」

 小さな目を大きくして、キョトンとした顔でそう言った上野秀則は、再び子機を耳に当てて、話し始めた。

「なんだ、あんた、神作たちのことを知ってるのか。なら話が早い。――ああ、すぐに情報を送ってくれ。名刺のアドレスで頼む」

 子機を耳に当てたまま、また暫く相手の話を聞いていた上野秀則は、徐々に顔を険しくしていき、最後に怒鳴った。

「面倒くせえだろ! 普通にメールで送ってくれ。どうして俺が女装してその店に行かなきゃならん。だいたい、その『モーリタック』って店、どこだ。知らんぞ!」

 また相手の話を聞き、そして、また怒鳴り出す。

「だから、その神作が処分されそうで困ってるんだよ!」

 頬を膨らませて相手の話を聞いていた上野秀則は、さらに不機嫌そうな顔になり、ボソボソと言った。

「じゃあ、俺の依頼ってことでいいだろ」

 顔をしかめて声を荒げる。

「どうして半額じゃないんだよ。半額でいいって言っていたじゃないか」

 顔を紅潮させながら怒鳴る。

「あんたの趣味で調べた情報だろうが何だろうが、関係ないだろ。こっちは急いでるんだよ!」

 再度相手の話を聞いていた上野秀則は、片方の手を前に突き出しながら、無理に冷静を装って言った。

「分かった、分かった。あんたが大の車好きだということは、よーく分かった。話を整理しよう。いいか、俺は今、あんたに仕事の依頼を……」

 春木陽香は、身振り手振りを交えながら、それが見えていない音声通話の相手と必死に交渉している上野を見つめながら、隣の山野に言った。

「うえにょデスク、頑張ってはくれているみたいですね」

 山野紀子はフロア側の壁の上部の隙間を指差しながら言った。

「そうみたいだけど、ドア閉めても上が開いてるから、意味無いわよね。全部外に聞こえてる」

 春木陽香はそれを見上げてから上野に視線を戻し、山野に尋ねた。

「幹部さんたちと交渉する気でしょうか。神作キャップの処分のことで」

 山野紀子も上野を見ながら答えた。

「そうだろうけど、あの顔じゃあ、いまいち迫力が無いわよね。押しが利かないっていうか……」

 春木陽香はニコニコしながら言った。

「でも、やっぱりいい人ですね。うえにょデスク」

 山野紀子は腕組して首を傾げる。

「かなあ……。自分に火の粉が飛んでくる前に、火消ししたいだけじゃないの」

 そう言って振り向くと、出口のドアの方に向かった。上野を心配そうに見ていた春木陽香も、山野を追いかけていき、一緒に部屋から出た。

 二人はフロアに出て、春木がドアを閉めたが、その上の壁と天井の隙間から上野の声が聞こえてくる。

「――だからな、何でもかんでもトイレットペーパーに換算するな。普通に料金を教えてくれ。ちゃんと払うから。な」

 山野と春木は顔を見合わせると、二人で同時に首を傾げてから、ゲートの方へと歩いていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る