第四章

第27話 生乾きの遺書


西畑が死んだ2日後、清水久子から手紙が届いた。


急いで彼女の事務所に訪ねたが、もう遅かった。ソレを見ても俺の心は動かなかった。俺の心はもう絞っても絞っても何も出てこないカスになっていた。


西畑は死んだ。

水森恭子は行方不明になった。

清水久子も死んだ。


でも、弥咲は灯火を消すことはなかった。

なかなか目を覚まさなかったが、搬送されてから2日目の夜には目を覚ましたようだ。

そんな弥咲のキセキ的な復活も、俺の心に潤いを与えることはない。むしろ、俺が弥咲から潤いを貰うことを拒んだ。

弥咲は俺のせいで苦しんだ。俺のせいで死にかけた。俺は人殺しになりかけた。

彼女から送られてきたメッセージは見る度に悲鳴が聞こえた。心が軋む音が聞こえた。

その音は俺の心臓をガリガリと痛めつけた。でも俺は毎日そのメッセージを読んだ。嗚咽しながら読んだ。なんで俺だけはのうのうと生きてるんだろうって。生きているだけで苦しいのに、息が出来なくなりそうになるのに、それでも無意識に息をしてるし、無意識に生きてる自分が嫌で嫌で仕方がなくて。でもそれを解決する気持ちもなかった。

本当に馬鹿だ。俺は1度手首を切って死のうとした。生きていて苦しいのに、手首を1センチ切っただけの痛みに負けて死ぬことをやめた。


西畑が死んで4日後。

西畑のニュースは、犯人がすぐに捕まらなかったこともあり、各局報道番組は大きく盛りあがっていた。アホなコメンテーターが「西畑さんは慈善活動や病院への資金援助もしていた立派な方なんで亡くなって残念です。」なんて言っていた。俺は思わずテレビを殴って壊した。もうなんのいかりか分かんなかった。分かんなかったけど、拳から流れる鮮血は少しだけ俺の心を満たした。


この事件、今だったらすぐに気づいたはずだ、水森が怪しいなんてことは。


あの日、俺は弥咲と共に病院へ搬送された。

まあ、俺の方は気絶程度だから点滴打ってすぐに帰された。

家に帰ったら水森恭子の靴はない。どうでもいいと思い、気にもかけず靴を脱いだ。そのままテレビをつけた。

「速報です。西畑海運の代表取締役の西畑敏三氏が社内で腹部を数箇所刺された状態で見つかりました。」

殴られた。

西畑は敵だった。俺の人生を狂わしてきた敵なはずだったが、その報道にショックを感じた。

それは周りから何もかもが消えていく感覚。

次の日、また1つ消えた。


ちょうど俺がテレビを殴った日、やっと水森恭子が怪しいことに気づいた。

西畑が調査依頼してきた人が、西畑が死んだ日から(その日より前からいないかもしれないが、俺も家にいなかったので分からない)いなくなっているのだ。怪しすぎる。


俺は初めて水森恭子の部屋に入った。もちろん、今までも彼女がいない時に入ろうとしたが、いつも鍵がかかっていた。買った時はなかったから後でつけたのだろう。

しかし今回、ダメもとで取っ手を捻ったら開いてしまった。まるで俺に見て欲しいとでも言うように。

部屋は平時の彼女からは想像できないほど散らかっていた。

パソコンも、携帯もなかった。

でも水森恭子の秘密を知る鍵は散らかった部屋には充分転がっていた。

日記を読めば、ほとんど真相が分かってしまい、つまんなかった。この一連の事件にシャーロック・ホームズ級の謎はなかったようだ。



西畑が死んだ日から6日後。

謎が解け、多少なりとも気力が付いた俺は警察に全てを伝えることにした。

玄関を出ると、まだ梅雨だというのにビリビリと太陽が照っていた。

郵便受けをいつものように確認した。


また白い紙が入っていた。


俺の心臓はまた痛み出した。触るのが怖かった。俺にはその白が死人の顔に見えてしょうがなかった。


郵便受けの前で数分がたった頃、大家さんが挨拶をしてきた。

「久しぶりですね。どこかに出かけてたんですか?」「い、いえ。」「たしかに郵便受けがパンパンじゃなかったから遠くには行ってないってことですね。」「そうですね。毎日こうやって、中身を確認していたんで。」

そんな内容の掴めない会話のおかけで俺は紙を手に取ることができた。


差出人はどうやら生者のようだ。

しかし、手書きではない。


「円谷 憲介様へ


これで最後です。

あなたに連絡するのはこれで最期です。

だから面倒くさがらずに最後まで読んでください。


まず、私のことから。

私はすっかり元気になりました!もう病院食じゃ足りないから、勝手に病院内のコンビニに行ってよく怒られています。(笑)

この手紙を出している頃には退院していると思います。

そしてこれに関連して感謝と謝罪をします。

まず、私のことを助けてくれてありがとうございました。そして変なメッセージ送ったりして迷惑かけてごめんなさい。

確かに、憲介に裏切ったって言われて気が病んでたのもあるし、仕事のストレスのベクトルとかもをぜんぶ憲介に向けちゃってたの。

だから私の中の1箇所にだけ綿が寄っちゃってたのかも。

でもそれだけ。私の問題なの。


だってさ、今思えば怪しまれたってしょうがないもんね。本当にごめんなさい!


話は変わるけど、憲介は水森恭子さんとこれからも結婚生活を送っていくのかな?

だったら絶対に大切にしてあげてね。2人はお似合いなんじゃないかなって私は思ってるよ!


あと、憲介が「弥咲はまだ俺の事好きかも」なんて思っているかもしれないから言うけど、私は今、他に好きな人がいるんで会えません。だからこれが最期の連絡です。元カレとは会わない派なんですよ。(笑)


でも、楽しかったよ。最高に。

できれば私のことは忘れてね。

新しい恋に進めよ少年!!


郡山 弥咲より」

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