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「タンっておいしー」

煙巻く店の中での静寂のなかで、高い声が漏れる。

「な、うまいだろ?」

声の主の女に答えたのは隣の男。

「あ、ちなみにだけどタンってどこ?」

「タンは、舌」

そんなことも知らずにここへ来たのか、とでも言いたげな顔をしながらカップルの隣に座る男が酒を仰ぐ。

が、よく見てみると、舌がない。

どこへ行ったのかと探してみても、どこにもない。

「えー、人ってよくそんなところ食べようとするよねー」

と言いながら女はもう一つ、別の種類の肉を頬張る。

こちらは彼女の口の中でコリコリとした音を出し、即様食道へと送られた。


今度は、調理室を隔てた向こう側の席の二人の心臓の部分に、穴が空いた。

もちろん人は大切な部分を抜き取られて仕舞えば無抵抗の人形になる。

全身は脱力し、胸からの血が両者(生きてはいないが)共に絶えず綺麗な床へ滴る。


「うーん、じゃあ今度はねー、あれ?あの土手っていうやつはどこなの?」

「ああ、あれはな、**や***の総称だ」

男は声を顰めながら教える。

「だが味はなかなかだぜ」

「ふーん」

部位を想像してないのか食べることにしか頭にないのか女は適当に返事を返しながら調理師へと注文をする。

「この、ドテと、あとシロを一丁ずつ」

「へいよっ!」

元気のいい返事がすぐに帰ってくる。

「にしても何でお前、こんなところに来たがったんだ?」

「えー、だって……………一生に一度は食べてみたかったから」

「はー、誕生日にこんなもの食べたがる奴なんて初めてだ」

「んー、そうかなー?」

そしてすぐさま運ばれた新鮮な肉に目を光らせながら女は新しい箸を取る。


そしてシロを掴んだ瞬間、目の前にいた白衣の20代ごろの若い男の腹が、裂けた。

「ぐぎゃあぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!!!!」

「え?」

突然の出来事と血に男は悶絶し、やがてすぐに息を引き取った。

女の隣の男は驚きの意を隠せない。

が、女はというと、

「んー、やっぱり腸もいいよねー」

と能天気に言いながら新鮮なシロを頬張っていた。

が、こんな状況でも周りはしんとしている。

騒然としない店の中で、男は膝から崩れ落ちた。

「おい、お前、どういうことだよ…」

「んー?ただお肉を食べてるだけだけどー?」

「違う!なんでそんな風にしていられんのかって話だよ!目の前で、人が死んだんだぞ!しかも訳のわからない方法で!」

恐怖に身が縮こまるのを感じながら喉から精いっぱいの声を出す。

が、

「んー、じゃあ私が今食べてるものは何かな?」

「………シロ」

「部位は?」

「腸」

「目の前の調理師の死因は?」

「……………」

彼女が殺したというのだけはわかる。

が、そこから導き出される答えは、否が応でも現実では不可能なものだった。

「そう、彼は私が殺しましたー。でもさ?周りを見てみなよ」

言われるがままに首を曲げる。

これまで気にしていなかった惨状が、目の前に広がった。

舌を抜かれている隣の男、向こうの席の心臓を抜き取られた二人、そして目の前の調理師。

「まさか…………」

「そう、私はずっと、人の内臓を食べていましたー」

「でも、どうやって……」

「んー、ソレはヒミツ」

謎を一つも知ることのできないまま、自身にも命の危機が迫っていることを男は直観的に察した。

「じゃあ、その土手は……」

「そう!これは、今唯一生き残っているアナタの**でーす」

そう言って女は箸を近づける。

やばい。

死ぬ。

痛いのか?

いやダメだ

もう


カチュ


箸の掴む音が聞こえた瞬間、男の股間部分から血が溢れかえり、ズボンにすぐさま染みた。

「ぁぁあ’’あ’’………」

叫声はひとときのものだった。

すぐに男は倒れ、死亡を意味する心拍停止の状態に陥った。

「んー、**もおいしー」

対する女は最後まで味わい深く噛み続け、ソレを飲み込んだ。

そして、

「んー、やっぱり肉は、内臓に限るわね!」

と嬌声に近い声をあげ、店を後にした。


使い終わった皿は躊躇なく床に落とされ割られ、長い箸もそのままになっている。

そして部屋に残るのは幾分かの死体と、調理具だけになった。



それは愉しくもあり、厭でもある。

もちろん私の見解に過ぎないが。

世の中は、*********************************

愉しいことの方が、当たり前のように多いのだ。















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