第25話 帰還

「無事だったか!」


「心配したんだぞ」


 サーカス冒険団のテントに帰るなり、リルとヤングが駆けつけて来た。


「大丈夫だよ。なあ? マイル」


「そりゃ、ワタシがついてたんだからね」


 俺はマイルと二人で笑い合いながら、リルとヤングに言ってみせた。


 それでも信じられないとばかりに、二人はオロオロとしている。


「言葉とは裏腹にフラフラじゃないか。何が大丈夫だ。聞いたぞ。ドラゴンがいると噂の、氷結の洞窟に行ったんだろう?」


「帰って来ただけで大収穫だ。本当に大丈夫なんだろうな」


 全身隈無く調べられるも、ここまで帰って来られたのだ。問題はない。


 それに、ドラゴンの攻撃はかわしたおかげで、自分の攻撃による反動以外、俺へのダメージもない。


「ほら、大丈夫だろ?」


「いや、大丈夫という見た目じゃないと思うが、何より生きて帰って来てくれてよかった」


 ホッとした表情のリルを見て、心配をかけたことはよくわかった。


 マイルは役に立たないから置いて行くと言ったが、話くらい伝えてから行くべきだったかもしれない。


「それはそうよ。ワタシがオールブーストを使ったんだから」


「使ったのか!」


「ドーラ。本当に無事なんだろうな」


「だから無事だって」


 身動き取れないほどだったと言うくらいだから、よっぽど危険視しているのだろう。


 しかし、俺は動けたし、なんならそのおかげでドラゴンだって倒せた。


「相変わらずすごいな」


「私たちは身動き取れなかったうえ、数日寝込んだほどだぞ」


「そこまでは聞いてなかったんだけど」


 新たな事実にマイルを見ると、マイルは俺に合わせてそっぽを向いた。


 隠していたらしい。


 まあ、なんとかなったのだし、ここは責めないでおこう。


「ということは後ろにいるのが」


「はい。アリサです。アリサ・ブリゲードと言います」


 俺の背中でアリサが頭を下げた。


「ワタシがスカウトしといたから」


 自慢げにマイルが言った。


 まあ、間違ってないか。


「よろしくお願いします」


「ああ。こちらこそ大歓迎だ。これからよろしく頼む」


「はい」


「それじゃ、リル。アリサをお願い」


 俺はそこでアリサを降ろし、疲れを取るため、少し離れた場所で横になった。




 疲れた。


 さすがにもう体が動かない。


 なんだか一度横になってしまったら、体から力が抜けてしまった。


 どうにも力が入らない。


「あー。やっぱり反動はあるみたいね」


「反動?」


 俺と同じように、隣で寝転がりながらマイルが言った。


「リルさんや、ヤングに使った時は身動き取れなかったって言ったでしょ?」


「うん」


「その時はワタシも同時に動けなかったんだ」


 なるほど。


 そして、今回は俺が動けている間は動けていたが、動けなくなったら動けなくなったということか。


 いや、その逆か?


「これはマイルがレベルアップしたから、他の人も動けるようになったってことなんじゃない?」


「そうかもしれない。けど、まだまだ研究のしがいがありそう」


「そうだな」


 身体能力の強化は、サーカスをやるにしても使い道があるかもしれないし、冒険するなら戦い方の幅はあるに越したことはないだろう。


 俺が動けないのを見て、リルに今日はもう休めと言われたものの、まだ頭が働くせいで体を動かしたくて仕方がない。


 まあ、またドラゴンと戦えと言われたら無理なのだが。


 かと言って、体力があるらしくゴロゴロと転がれるマイルと違い、俺は本当に体が動かせない。


「ああ。暇だ」




 なんだろう、いつの間にか枕に頭を乗せてくれたのか、後頭部に当たる感触が柔らかい。


 薄めを開けると、愛おしそうな顔をしたアリサ。


 アリサ?


 なんだか顔が近い気がする。


 それより、あれ、俺寝てたのか?


「むにゃむにゃ」


 目を開けて起きるのが気まずい。


 一体どういう状況だ?


 なんでこんなことになってるんだ。


「うふふ。起きてるんでしょ?」


「え、あ、いや」


「やっぱり起きてるんじゃん」


「ば、ばれた?」


 動きがおかしくなったからか、俺は大人しく目を開けた。


「これは一体どういう状況で?」


 寝て起きたが、まだ体は回復していない。


 つまり、俺は動けない。


 今がチャンスとばかりに、日頃、溜まりに溜まったうっぷんを、ここで晴らそうということだろうか。


 そんな。俺は一体どうしたらいいんだ。


 でも、思い当たることなんてないぞ? アリサもそんなやつじゃないし。


「ありがとうね」


 アリサから目をそらし天井を見ていた俺に、覆いかぶさるようにしてアリサが声をかけてきた。


 しかし、かけられた言葉は俺の想像していたものではなかった。


 少しまばたきを繰り返してしまってから、俺は息を吹き出した。


「いいさ。どうせ、アリサに助けられた命なんだから」


「そんなことないよ」


 そう言って優しく微笑みかけてきた。


 急に俺の頭が撫でられる感触。何故?


「あたしが渡したもの。お金と食べ物しか手をつけてなかったじゃん」


「いや、十分すぎるほど使っちゃったと思うんだけど」


 確か再会したら返すと言って、俺はサーカスを出たはずだ。


 それなのに、結構使ってしまった。


 少ないと叱られることはあっても、しか使ってないと言われるようなものではない気がする。


「ううん。あたしが言ってるのは、あたしの衣装が残ってるってこと」


「ああ」


 そう言えばそうだ。


 アリサは俺、売れば大金にもなると言う、ステージ衣装を俺に預けてくれたのだ。


 しかし、俺にそんな大層なものを勝手に処分することはできない。


「売れるわけないだろ」


 笑いながら言うと、アリサは真剣な眼差しを俺に向けてきた。


「きっと他の人がドーラと同じ状況になったら、すぐに売ってサーカスなんて忘れて悠々自適に暮らしてたと思うよ」


「いや、そんなわけ」


「あるよ。人からもらったものをどう使おうかなんて勝手だろ。って思いそうじゃない?」


 まあ、モーケ団長なら確実にそうだと言える。気がする。


 だが、何にせよ、再会したら日頃の疲れがあるだろうアリサを、甘やかそうと思っていたが、いつの間にか俺の方が甘やかされている。


「ふわああ」


「また眠くなってきた?」


「ああ。まだ新しいスキルに驚いてばかりだし、ドラゴンを倒したなんて信じられないしで、脳を休ませたいのかもな」


「いいよ。このまま寝て。リルさんにも休むように言われてるんでしょ?」


「そうだな。ありがとう」


「うん」


 俺はそのまま目を閉じた。


 って、普通に眠ろうとしたけど、まだアリサの膝の上じゃないか。


 かと言って逃げられないし。


 俺は悶々としながらも、頭に温もりを感じながら仕方なくその場でじっとしていた。

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